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0-1 プロローグ


「はっ……早く帰らなくてはっ……」


 冬田貴博ふゆたたかひろはバイトを終え、少し早足で帰り道を歩いていた。


 今は午後十一時四十二分。別に重要な用事がある訳ではなく、ただお気に入りの深夜アニメがもうすぐ始まってしまうから急いでいるというだけ。


 冬田は今年二十六歳のフリーターだ。高校を中退し、親の遺した金と不定期に入るバイト代で生活をしていた。

 両親はもう早くに他界しており、身寄りがないからひとり暮らしだが幸いか親が金持ちだったので遺産を有効に使い生活には今のところ不便しない。そんな彼の唯一無二の誇りはギリギリ「ニートではないこと」だった。


 友人も一人もおらず、心の支えはアニメ。主に深夜帯の。

 最早この世の誰もがもう冬田のことを気に留めないが、アニメだけは違うような気がしていた。


 最近、あるアニメに冬田は強い衝撃を受けた。自分が追い求めたものがそこにはあった。あのアニメは忘れかけていた人間の真理とも言うべきものを思い起こさせてくれるのだ。


 ただし、それはあくまでも彼にとっての、真理である。


 ぶフフ……ぎゅふフフフ…………


 これからあれが見れると思うと思わず笑みが溢れる。


 冬田は運動が苦手で頭も良くない。顔も良くないしそのぽっちゃり体型を中学生の頃からネタにされていた。最近、メガネをかけ始めたし、ますます容姿をイジられそうなので一層に人に会わなくなった。


「うわぁ、もう五十分だぁ!」


 今日はバイトが長びいてしまい帰りが遅くなった。街灯の下で携帯を見て時間を確認し、重い体をゆさゆさと揺らしながらさらに歩くペースを上げる。走った訳でもないのに息切れしかけている。


 そんなとき、横目に街灯ではさっぱり照らしきれていない細く暗い道がふと目に入る。

 冬田にはアニメはリアルタイムで見るものだという持論がある。その時間を外せばアニメの価値は六十パーセント減だ。録画など以ての外なのだ。しかしその理由は彼本人にも具体的に説明することはできない。


 この道を通ると家に帰るには大幅に時短できるはず。ただかなり暗く、人通りもない。民家から漏れる灯りさえも微々たるものだ。電柱に大きなカラスが一羽、冬田をじっと見つめている。

 道幅は車道がぎりぎり大型車一台分くらいと、申し訳程度の歩道。ほとんど路地と言って良く、幽霊などといった類いが苦手な冬田は昼でも不気味な雰囲気の漂うこの道を避けており、その内存在を忘れていた。


 それでも冬田にとってはこれはラッキーな気付きだった。運命の……いや、アニメの女神が僕の味方をしたんだ!


 冬田は恐る恐る、しかし早足に道に足を踏み入れ歩き出した。

 その後、十字路で向かいに横断しながら携帯の時計を確認した。画面が眩しくて薄目になる。まずい、オープニングは諦めなければならなそうだぞ……。


 その時、突然冬田を強烈な光がつつみ込んだ。一台のトラックが狭い道路を冬田に向かって突進してきていた。どうしてか、気づくことができなかった。冬田はあまりの出来事にパニックに陥る。


 迫り来るトラック、体が動かない自分。


 そして冬田は絶望した。こんなにも泣きそうなのに涙すら流せなかった。


 ――あぁ、僕は死ぬのか。こんな所で。


 トラックは文字通り、目の前だった。ブレーキの音はせず、クラクションも鳴らない。

 女神は……僕を見放した。冬田はそう思った。そうしてその時ばかりは運転手よりも自らの運命を呪ったのだった。


 ――死にたくないっ!!


「……あ」


 そして――――暗転。



【SIDE:咲波春馬】



 俺、咲波春馬さくなみはるまは特売で買った10枚切りのパンのトーストをかじりながらため息をついた。特売で買った粉で淹れたコーヒーが湯気を立たせている。


 趣味なんてものを聞かれると、「特にない」と答えるより他はなかった。お金のかかることはできないし、読書もゲームもそれなり。運動は嫌いではないのだが、いかんせんやる機会がない。友達に誘われることもないし、自らジョギングでもしようとする気にもならないし、ジムはお金がかかる。

 元々、それなりに貯金があったのだがかつて怪しい壺やら割高で胡散臭い新聞を買っていたせいでもうスッカラカンだ。


 性格は「普通」以外の表現が自分では思い当たらない。昔は草食系というやつであり内気でなんと言うべきか、弱い人間だったものだが、今はどうなのか。なにせそういう話をする友達もいないものだから。


 そんな俺のいる町である此処、田瀬介町(たせかいちょう)は東京都郊外にひっそりと佇む特徴に乏しい町だ。

 昔は一面に田園風景が広がっていたらしいが今では町のシンボルと言える建物もなく、大量の住宅が軒を連ねている。


 そんな町の端に建つ俺の住んでいるこの独特のセンスの名前のアパート「レジデンス白鳥レイク」は駅から徒歩二十五分で築四十五年のオンボロだ。

 外の塗装は剥がれてるし手すりは赤茶色に錆付き壊れかかっていた。

 誰がこの名前を付けたのかは知らないが、そいつは一度でいいから「レジデンス」の意味を調べるべきだし「白鳥の湖」も観るべきだと思う。

 内装はというと六畳間で申し訳程度のキッチン、風呂、トイレ付。

 一応、一通りが揃う部屋を抑えているが、その分内装があまり清潔ではない。壁紙は所々が剥けていて天井に謎のシミがある。

 天井にあるあのシミは「アホ」の形に見えてどうも腹が立つ。……どうでもいいか。


 俺はベットに寝転がり「アホ」のシミを眺めながら自分の仕事を今更ながらに振り返ってみた。

 あれから随分経つが、未だに現実味がない。


 今年俺は二十二歳になるが、発端は高校時代まで遡る。


 あれは確か高校三年生の頃だ。俺は訳あってとある新興宗教に入信していた。

 その宗教は「平行世界パラレル・ワールド」を司る女神を崇拝していて納得のいかないこの世の中や現実から抜け出して、「もしも」の世界である平行世界へ行き、それぞれが理想とする世界へと旅立とう! という思想だ。


 それからしばらくして、今から一年程前に俺に転機が訪れる。


 その日、俺は宗教の集会へ向かっていた。いつ、どんなときも信心を失ってはならないからと移動中でも構わず祈りを捧げていた。

 横断歩道を渡るときに女神を模したという小さな立像を落としてしまった。

 そんな事に気を取られていてトラックの接近に気が付かなった。そして死ぬか、大怪我を負う……筈だったのだが、不思議なことに俺は何事もなく目を覚ました。


 *******


「う……なんだ?」


 辺りを見回すと、益々訳がわからなくなった。

 何だろうか、このサイケデリックな空間は。黄色や赤、紫といった様々な色が不思議に渦まき、グラデーションを作っている。なんとも頭の痛くなる光景だ。目がちかちかする。


 壁や床の区別もつかない。今、俺はどこに座っているのだろう。遠近感が狂いそうだ。

 なんとなく、四次元的な空間なのだろうと思った。


「あ、起きたかな?」


 後ろから女の声がした。女というよりは女の子、いや女児のような高い声だ。


 振り返るとその声の主はいた。パッと見たところ、十か、十一歳くらいだろうか。幼い外見は声相応だ。

 どことなく快活そうな印象を受ける。


 肩の下程まで伸ばした金色の髪は艷やか。汚れ一つない真っ白な一枚布の服を着ている。確かトガという服だった筈だ。

 そして一際目立つのがその背中から生えたその服以上に白い純白の翼……。


 ……翼?


「えと、うまく行ったかな? どう、わたしのお話、通じるよね?」

「あの……あなたは誰……です、か?」

「だいじょうぶそうかなあ。さっきまで全くお話が通じないからちょっと落ち着いてもらおうと思ったんだけど、やりすぎて気絶しちゃったの」

「そうだ、えと、俺は確か……轢かれて……」


 そう。女神に祈りを捧げながら歩いていたのだ。そしてトラックに轢かれた。ならば、ここはどこだろう。


「待って待って。ちゃんと説明するからね」


 色々質問をぶつけようとした所で俺の言葉を先回りされ止められた。


「まずは自己紹介するね。わたしは新米女神のマンダーレ。平行世界の管理をしているの。こう見えて百歳。人間だと、凄い歳なんでしょー?」

「平行世界の……女神!?」


 俺の思考回路はどうも入信していた今までと違いまともになったようだ。それがこの子の力によるものかはともかく、今の俺はおかしくない。

 だが、俺の目の前にいる少女は言った。俺がついさっきまで祈っていた平行世界の女神であると。もし突然熱く信仰する神が目の前に現れたら? 話が通じなかったというのも当然だ。


 ――しかし、もしそうなら本当に平行世界の女神はいたのか?


「俺を……俺の望む夢の世界に連れて行ってくれる、というのか……?」


 殆ど独り言の様な呟きだ。

 そして洗脳を解かれたはずの今も、その夢の世界に期待を寄せる自分に気付き苦笑した。


「えっと、今助けてくれる人を探してて……君が偶然ここに迷い込んだからびっくりしちゃった」

「は、はあ、助けが……って?」


 マンダーレから絶望的に分かりづらい絵とともに一通りの説明を受けた。

 心の方は全く追いつかないが、不思議と理屈だけはなんとなく理解することができた。


 まずこの世界には幾つもの平行世界が木のように枝分かれしながら存在すること。俺達がいた世界はその木で例えると幹に当たる中心の世界線。これを「本線」と呼ぶ。

 昔読んだSF小説では基底次元なんて呼ばれていたっけ。


 そしてその本線からの些細なこと――例えば今、俺が右手を挙げるか左手を挙げるか、等々――で分岐する「無限の『もしも』の世界」これらをまとめて「異線」と呼ぶ。


 その異線の中でも遥か昔から分岐を繰り返し生まれた本線とは全く異なった世界。それを異線の中から特別に「異世界」と呼ぶらしい。


「で、で、『世界の意思』っていうのがね、運命を操作して異世界を破壊しようとしてるの! それを止めるために助けが必要だっんだよ」


 マンダーレの方はぴょんぴょんしながらどことなく無邪気に話しているがとんでもない規模の話になってきたような気がする。


「よくわかんないけど神様なんだろ? なんでわざわざ人なんかに……」

「わたしたち神様は世界に直接干渉することは禁止されているから、だよ。それに人の中でも本線にいる人だけが他の世界の運命に大きく干渉することができる……特別な存在なの」


 運命、異世界。心臓の鼓動が速くなるのを感じる。呼吸が荒くなる。頭のあたりがカッと熱くなり、首筋や背中が一気に冷えていく。


「異世界って……俺が、行くのか?」

「ううん、君に頼みたいのは別のお仕事だよ」


 そう言われると少しホッとした。


「で、その仕事って?」

「本線の人たちを異世界に連れて行くお仕事だよ。……そうそう、いいもの見せてあげるから見てて!」


 マンダーレはこの時を待ちわびたようにニヤニヤしながら俺から少し離れる。


「これがマンダーレちゃん特製の異世界転送専用トラックでーす!」


 そう言うとマンダーレはドヤ顔で手をパンと叩いた。すると彼女の隣に一台のトラックが煙と共に現れた。

 大型のトラックで運転席の上に大きなルーフがあり、荷台の方は結構大きめで軽く引っ越し作業ができてしまいそうなサイズ感だ。

 まるでマジックショーのようだがさすがにいよいよ本当に神様らしかった。


 自慢気で瞳をキラキラさせながら俺にトラックを主張するマンダーレ。


「これを使ってね、ターゲットの人に突進! ぴゅーってなって転送完了! ね、えへ、すごいでしょ!」

「と、突進って……轢くってことか……?」

「そうそう。でも、死んじゃうワケじゃないから安心してね。わたしのサポートも完備で関係ない人を巻き込むこともなし!」


 そんな事を言われてもあまりにも現実味がない。いや、この時点で現実とは到底思えないんだけども……。


「どうする? 今の人間は皆働くけど、キミはそうでもないみたい。()()()()()っていうのももちろんあるよ」


 マンダーレはにっこりとしている。なんて自然で、無垢な笑顔だ。

 だが今の俺にはそれが恐ろしく見える。そう、俺は無職だ。まぁ、直前まであの有様だったので当然と言えば当然だが。


「あぁ……分かっ……りました」


 もうヤケだ。この際、やるしかない。それに神様の仕事をした()()がどんなものかも気になった。もしかすると……もしかするかもしれないだろ?


「よーし。じゃあ決まりね! ……そうそう、お名前、聞いてなかったね」

「俺は咲波春馬。よろしく」

「うんうん、春馬くんね。それじゃ、春馬君に異世界転送業者の()()()()()を与えます! よろしくね」


 ああ……免許、とらなきゃダメかなあ。


 *******


 こうして俺はこんなとんでもない職に就くことになった。

 だがこの仕事が災いし、世界中、いや全世界線の運命をも賭けた物語に巻き込まれることになるとはこの時は考えもしなかった。

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