第65話 ハチミツ中毒者
ハチミツによって起きた幸せ空間ではスプーンに掬われた一杯のハチミツを幸せそうに口に運ぶ冒険者達で溢れ還っていた。料理していたスタッフですら仕事を放棄してハチミツを頬張っていた。そんな空間に僕を呼ぶ声が聞こえた。
「おい、ソウタ!ソウタはいるか!ってなんだここは?てかあれはハチミツか!俺にも寄越せ!」
どうやらギルド長は僕を呼びに来たようだが、ハチミツが目に入った瞬間に血走った目で睨んできた。ギルド長は顔が怖いので辞めてほしいんですけど。
「あとで上げますから、それよりどうかしましたか?」
「おぅ、絶対くれよな!黒猪王と白猪女王の件だ!今すぐ来てくれ!」
先程まで幸せそうにハチミツを舐めていた冒険者達はスプーンでハチミツを掬う手を止めてギルド長を殺気が混じった目で見ていた。
「おっと、すでに討伐済みだから、気にしなくていいぞ」
その言葉にほっとしてからまたハチミツを幸せそうに舐め始めた。先程の殺伐とした瞬間はなんだったのかと言いたくなるほどの切り替えのはやさだ。ギルド長についていくと、補給所を出て大きめの建物に来た。
「ここは討伐された魔物を保管する場所だ。あとは軽く会議を行うためのものだな。武器なんかもあるぞ」
ギルド長の説明を聞きつつ入っていくとそこには先程までハチミツを味わっていたはずのレイさんとレイジュさんがいた。というかレイさんは立ったままハチミツを食べていた。
「おいぃぃ!なんでレイまでハチミツ食ってんだよ!俺にも寄越せよソウタ!」
ギルド長はハチミツ中毒かなにかなんですか?なんでハチミツが目にはいるたびに叫んでるのですか?とりあえずうるさいので、コップにハチミツを注いで渡した。すると先程の叫びが嘘のように静かにハチミツを食べ始めた。レイジュさんもどこからか皿に注がれたハチミツを取り出して舐め始めた。
僕は今から何をすればいいんですかね?用事がある人がハチミツを幸せそうに舐めてるんですけど、これから何が始まるんですか?そんなことを思っていると誰か来た。
「すまんすまん、ちょっと遅くなった。思ったよりここが遠くてな?ん?お前らなにやってるんじゃ?」
来たのは砦の主と1人の受付嬢とシロウとリューヤさんだ。四人が来たにも関わらず、幸せそうにハチミツを一口ずつ味わって食べている3人がいた。僕が原因でもあるため、目をそらしたくなった。
「えーっとハチミツに夢中になってます」
その言葉に呆然とした砦の主だが、その反面受付嬢は羨望の目で3人を見ていた。
「今はやめんか!」
砦の主が大声で怒鳴ると3人は手を止めた。ギルド長は砦の主が来ていることにやっと気づいて急いでハチミツを隠した。すでにばれているのでもう手遅れである。
「す、すいません。つい、夢中になってしまい、お、お疲れ様です」
ギルド長は目を泳がせながら言っていた。レイさんは落としてしまったハチミツが入った皿をみて絶望していた。レイジュはハチミツなんて食べてませんよでも言いたげにハチミツをどこかわからないが隠したようだ。
「全く…まぁ良い。後でわしにもハチミツを分けてくれるなら許そう」
「ソウタ!頼んだぞ!今回の黒猪人族の分全部やるから、ハチミツの件頼んだ!」
黒猪人族の分全部か、それならいいだろう。ハチミツなんていくらでもあるので無料でも構わないのだが、ギルド長がこれだけ言って回避しようとしてるということは砦の主のことが怖いのだろう。レイさんとレイジュさんも「頼むぞ…」「よろしく頼む」と拝みながら言ってきたので、やはり怖いのだろう。僕は砦の主が怖いので誰よりも多く渡そうと誓った。