第3話:恋って本当に悪いもの?
私が転生したのはとある種族だった。
両親に関係なく極稀に生まれる魔力がとてつもなく多い種族。熾天と呼ばれ、数百年に一人生まれるが生まれないかというもの。
当然、私の新しい両親は知らない。
彼が昔話してくれたこの種族の特徴に私が当てはまっているから、そう思っているだけ。確認する方法なんてないし、わかったところでどうしようとも思わないんだけどね。
熾天は総じて魔力が高くて、ハイエルフよりも魔力操作に長けているらしい。言い換えれば生きた魔法のようだと彼は言っていた。
何方かと言えば、人間よりも悪魔や精霊に近いものらしい。もしかしたら、過去の熾天も転生者だったのかもしれないな。
地球の人達は皆平均よりもかなり魔力が高いみたいだったし。
この世界にも所謂勇者召喚とかあるのかな?それで日本から呼ばれたりするのかな?そうしたら、同郷の人に会いたいな。あっ、でも彼らから見たら私は日本を混乱に陥れた、それこそ地球での認識の悪魔みたいに見えているんだろうな。
地球では悪魔は完全に悪者だけど、本当はそうじゃない。悪魔は契約を結んで要求を叶えてくれる。雇用主と労働者のような関係。まぁ、労働者の方が発言権がかなり強いという事故は発生してるんだけどね。
それでも、一度結んだ約束を違えることはない。本人が破棄使用しない限り。
熾天は体のどこかに熾天であることを証明して、魔力により馴染みやすくなるタトゥーみたいなものが出るらしい。もっとも、一度神のなんとゃらかんちゃらに触れた後に現れるらしいから今の私にはない。
そしてこれは、神殿とか國のトップの王族しか知らない事らしい。だから、ほかの人に見られてもお洒落か魔道刻印かなーくらいにしか思われない。
うん。かなり助かる。
生まれつきあったら誤魔化しようがないもんね。神のうんちゃらかんちゃらはかなり気になるけど、いつどこで起こるかわからない以上はとりあえずスルーする。
……どうして飛び降りたはずの私がここまで完全に彼の話を覚えているかと言うと。
私は記憶を失うことなく、完全に保持したままで転生した。
もしかしたら、夜匀様がなにかしてくれたのかもしれない。あの、優しげな雰囲気の太陽の神様が何かをしてくれたのかもしれない。
どちらにせよ、輪廻転生の輪を歪めるのはそう簡単ではなかったはずだ。司る分野において万能に近しい神々にとっても。私個人のためにそこまでしてもらってしまい少し申し訳ない気持ちになる。
でも、そのお陰で私は彼のことを覚えているのだから、感謝しかない。
「どうしたの、ユー?」
難しい顔をして悩んでいたからだろうか。
優しげな雰囲気の女性が心配そうにのぞきこんでくる。綺麗な金髪に青い瞳の彼女は私のお母さん。
私のことを心配してくれる親がいることに嬉しさが溢れて笑ってしまう。
「うー、あー!」
まぁ、出る声はなんとも言えないようなものなんだけどね。それでも、私の嬉しげな雰囲気を感じ取ったのだろうか。
お母さんは優しげに微笑んで私の頬を撫でてくれる。彼のいない世界は寂しいけれど、あそこでは得られなかったものが感じられて居心地がいい。
あ、そうそう。夜匀様の力は一切失われてないどころか前よりも多彩に、強くなっている。
やっぱり、こういう世界の方が夜匀様似合っているんだろうな。
何もしなくても、魔法という神に還元されるものを使ってくれる人たちがいて、儲けられる?から。放任主義のあの人にあっていると思う。
「お昼寝でもする?ユー。もうすぐお兄ちゃんとパパが帰ってくるよ。」
ユー、というのは私の名前。正確にはユーグラシア。
奇遇なことに、私を助けた彼が私に名付けてくれた「ユグ」という名前に似てる。
それが嬉しいな。名前ばっかりはどうしょうもないと思っていたから。
でも、彼以外にはユグって呼ばれたくないから、略称は注意しておかないと。そして、私には三つ年上の兄がいるらしい。あったことはまだ無い。
こういう村の赤ん坊は生まれてしばらくは、母とお手伝いさんしか出入りしない専用の部屋に預けられる。
病気の抵抗の低い赤ん坊に畑をいじったり、狩りに行った男達に付いた病原体が移らないように。
お母さんが言った帰ってくる、というのはつまり、二人からの手紙が届くという事。手紙サイズの除菌の魔法は簡単らしい。それをいつも、嬉しそうに音読してくれる。
毎日手紙を書く父と母の仲は良好なのだろう。嬉しい。幸せそうな家庭だ。でも、たまに不安になる。私の存在で、幸せな家庭を歪めることはないか。私は上手くやれているか。
転生した私は普通の赤ちゃんとは違う。まず、意識もはっきりして、こうして思考することも出来る。
更には、両親や周りが気が付いていないだけで、私は熾天。普通からかけ離れてる。
こんな私を可愛がってくれてる村の人達。昨日だって木で出来たおもちゃや果物が届いた。
でも、私には、破壊衝動シンドロームもある。
もともと、物凄く感情が高ぶったりしない限り起こさないように抑制する程度の精神力はあるけど、人生、何があるかわからない。
もし、力を暴走させてしまったら簡単にこの村程度破壊出来てしまう。だから、まだ力の馴染みきっていない幼いうちから訓練して、完璧に制御できるようにしようと思う。
場合によっては敢えて解放することで必殺技にもできるだろう。たしか、彼はこの症状のことを余剰魔力暴走誘発なんて言っていた。正式な名称はないけど、なんとなくそんな感じで呼ばれてるみたい。
だから、私が完璧に魔法を使えるようになったら余剰魔力を消費して器に入り切るようにできるんじゃないか。
なんて思ってる。
夜匀様の力で魔力の流れを完璧に見えるようになってるけど、私の母がバレーボールくらいの大きさで、他の村人も野球ボールからバレーボールくらいの大きさ。
対する私は、なんかこう、頭にイメージが流れ込んでくる形で海が見える。海に魔力が重なっていて、これが私の魔力量だと思う。
そこから蒸発するように雲ができて、留まることなく何処かへ流れ続けている。もしかしなくてもこれが余剰魔力だと思う。
お手伝いのおばさんが母のことを魔力が多いと褒めていたから、私のコレはどうなるんだろう。余剰魔力を常に消費し続けられる日は来るのだろうか。なんか、無理そうで泣けてくる。
「どうしたの?お腹減った?」
確かにお腹も減ったけど、それよりも辛い現実を向けられて泣きそうなんです。そして、御飯は最初こそおっぱいを飲むのに抵抗があったけど、食欲には敵わないらしい。
前の体なら、飲まず食わずでも死ななかったのに。くそう。
なんて思っていたのに、慣れとは怖いもので二週間もすればご飯の時間はむしろ、数少ない楽しみになっていた。
「あら、お食事中だった?ごめんなさいね。はい、旦那さんと息子さんからお手紙だよ」
そこに入ってきたのは肝っ玉母さんなんて雰囲気のお手伝いさん。手紙を届けてくれたらしい。
ちょっと前までは人前でなんの公開プレイ!?なんて思ってたのに、今じゃ「あー」程度の感想しか出ない。本当に慣れって怖い。
「ありがとうっ!」
その手紙を受け取り、まるで恋する乙女みたいに頬を赤らめて微笑むお母さん。いかにも村娘と言った風貌なのに、とても美しく見えた。
昔の私にとって恋とは、不確かで、不安定で、危うく、それでいて不条理なものだったのに。今の母を見てると、恋とはいいものなんじゃないかと思えてくる。
百点たっても変わらなかった感情がたった一月足らずで変わってしまうなんて。やっぱり、ここに来てよかった。
「リサにユー、元気か?
今日は畑仕事をしていたんだが、随分と豊作になりそうだ。きっとユーの誕生を地の精霊達も祝福してくれているんだな!
その場所なら風邪は引きにくいだろうが、十分に気を付けてくれ。
ディートより」
「ままげんきですか?ぼくはげんきです!はやくあいたいです。
しおん。」
ふふっと上機嫌に笑う母の顔を見て私も嬉しくなって笑う。
それを見た母はさらに嬉しげに笑う。あと一週間で私も外に出て、家に帰れるらしい。楽しみだ。
なんて思っていたからか、一週間はあっという間に終わった。初めて見る外の世界はとても綺麗で、美しかった。
何処までも優しい自然の風に人々の営み。
村だと思っていたけど、サイズは街くらいあるんじゃないだろうか。建物なんかはthe村って感じなんだけどね。
色んな人がお母さんに声をかける中、グレーの髪の男性が片腕に男の子を抱いて走ってきた。
「ディート!久しぶり!」
嬉しげに駆け寄るお母さん。彼が私の父親らしい。田舎臭さはあるがイケメンだ。
にしても、私の髪の毛は紺。それに白いメッシュ。さらには目の色は金。
お母さん、浮気とか疑われなかっただろうか。前世とほとんど変わらない色彩なのは嬉しいけど、この二人から生まれる色ではないでしょ、普通。
このラブラブな2人に限って浮気を疑うなんてことはないと思うけど、不安になる。きっと大丈夫だった。そう信じたい。そう信じよう。
そして、彼の腕に抱かれている私の兄を見てみる。銀の髪の彼も幼いながらなかなかのイケメンだ。
こちらをじーっと見た後、にへらっと花が咲いたように笑った。
今は私の方が三歳も年下のはずなのに、不覚にも可愛い、守ってあげたいなと思ってしまった。
大人にならないでほしい。ヒゲなんか生やしてダミ声で喋られたは確実に泣ける。
あ、でも、お父さんみたいなグッドガイならいいかな。なんて、立派なファザコンになるのかな。
楽しげな父と母を見てると私も嬉しい。だから笑っていたら、お兄ちゃんも私の方を見て笑っていた。
家族全員でひとしきり笑い合うと、私の、私達の家に向かって歩き始めた。のどかで畑が沢山ある町並み。広場の奥には酒場とおもわれるところがある。
その隣にはもしかしてギルドだろうか。話だけしか聞いたことがないから正確には分からないけど、多分冒険者ギルドというものであってると思う。
この村は近くに森があるから魔物も出るらしい。それに対処する冒険者が所属するギルド。まぁ、規模は小さいんだけど、憧れの方が大きい。
いつか私も冒険者になってあちこち行ってみたいな。そのためには強くならなきゃ。
彼から剣や槍、弓に刀、さらには暗器の使い方もみっちり仕込まれているけど、この身体になれるまでうまく使えそうにないしね。
防具や装備だって沢山ボックスに入ってるけど、身体ができるまでは装備も出来ないし武器に振り回されてしまいそう。だからしばらくは魔法の練習メインかな。
出来る限り魔力消費量の多いパッシブで発動できる魔法を見つけるか作りたい。それをいくつも自分にかけておけば余剰魔力を消せそうだし。
もしくは魔道具という魔石と呼ばれる魔力が入った石で動く機械のようなものを少し加工して私の魔力を吸って動くようにする腕輪型の魔道具とか作ってみるのもいいかも。
とにかくはやく魔力を消費してしまう方法を確立して破壊衝動シンドロームを克服して見せなければ!!
そのためには、まず魔力を操れるようになろう。地球と違って魔力を体外に出して直接操作ができるから楽しいな。
彼に魔力をあげる時に心地いいなと感じていたけど、余剰魔力が多すぎてそれを吸い出されていたから気持ちよかったみたい。きっと分かってて代償を魔力にしてたんだろうな。
とことん優しいなぁ。
私にはもう、恋が悪いものとは思えない。むしろ、素晴らしいものだと思う。
だけど私は一生、死ぬまで、いや死んでも恋はしない。
だって、気が付いちゃったから。私は彼が好き。好きだった。大好きだった。
今までの私が言う好きはきっと本来家族に向けるようなもので。
彼は私のことをどう思ってくれていたのかなって考えるとドキドキして、もう彼は別の人のものって考えると胸が締め付けられて苦しくなる。
でも、彼がそばに居るだけでとても幸せだったし、笑顔一つ、声一つで私の気分は浮き沈みした。
私の心をここまで動かせるのは彼だけ。だから私の初恋は彼で、私の好きな人は私が死んでこの記憶を還すその時まで、変わることはない。
この先どんな人に出会ってもこの気持ちは絶対に変わらないから。できるなら、この気持ちを彼に伝えたかったなって思う。
だけど、きっと子供の頃から見てきた娘同然だろう私にそんな事言われても困るだけだろうし、迷惑だろうから、言えなくて良かったかもしれない。
私がそばに居たら、迷わずに伝えてしまうだろうからね。
今日は雨上がりだったらしい。水たまりに映る自分の顔を見て微笑む。
彼と同じ色の、この金の瞳が私は大好きだ。