97.自分にあった武器
シンが立ち去ってから数日経った今日。
エーデル公国のギルド支部の裏にある大きなドーム状の施設にて。その大きなドーム状の施設の大きさは体育館を一回り大きくした程。中は円形のグラウンドになっており、地面は砂地になっていた。周りを見れば木製の客席が控えており、数百人程度であれば収容できるようになっていた。まるでイタリアのローマの円形闘技場の様だった。
それはギルドであれば必ず設けている建物、訓練場だった。
そのど真ん中である2人の冒険者達が戦っていた。
ボンッ!
ガチィン…!
ガキャッ!
バコッ!
ザリッ!
何かが爆発する音。金属と何か硬い物とが勝ち合う音。その後に聞こえるのは金属を強く当てたような音。頑丈ではあるが金属のようなものではない何かに当たるような音。砂等を思いきり擦る音。
そんな音を聞きながらナーモ、シーナ、ニック、クク、ココの残りの皆は客席で円形のグラウンドで戦っている2人の様子を見ていた。
「ふ~ふ~ふ~ふ~・・・」
「・・・・・」
激しい運動をしたのか肩で息をして、荒い息遣いが聞こえてくる。その息継ぎをしていたのはエリーだった。
エリーは相手との距離を取りながら魔法で攻撃をしていた。しかし、相手はそうはさせないと距離を詰められて攻撃される。だが、ここで何もしないエリーではなく爆発を起こす魔法や氷の壁を作る魔法で凌いできた。相手が何か行動起こす前に魔法で攻撃するがかわされて一気に近付かれて攻撃されるが、避けるか魔法で防御してまた距離をとっていた。
それを繰り返していた。だが、そろそろエリーは限界に近付いてきて今の様に荒い息遣いになっていた。
だが、エリーの相手は大して疲れていないからか荒い息継ぎをせず、冷静に見ていた。
(ふ~ん、思ってた以上に反応するわね)
ネネラだった。故あって皆を強くなる事へのサポートと鍛錬への惜しみなく力を貸す事になり、今それを実行していた。
今行っている訓練は一人ずつ軽く模擬戦闘を行ってそれぞれの腕を見ていた。
するとそれぞれ戦って見れば驚きの連続だった。因みに他の皆とは一人ずつ模擬戦闘をしており、今戦っているエリーで最後だった。
エリーは杖の先をネネラの方へ向けて魔法を唱えようとした。
「アイスシ・・・」
「(でも・・・)甘い!」
ネネラは距離をとっていたエリーとの距離を一気に詰めて、持っていた剣で杖を弾き飛ばした。
カッ!
カラカラカラカラ…
杖はエリーの後ろ数m程離れた所で落ちていた。杖の行方を確認したエリーはネネラの方へ見た。
「!」
「はい、ここまで」
ネネラはエリーの目の前まで近づき、剣を突き付ける事無く、フッと笑いながら優しく降伏する様にそう言った。
エリーは攻撃手段である杖を弾き飛ばされて数m以上離れていた。目の前のネネラをどうにかして取りに行くという方法はなかった。最早どうする事も出来ない。今の状況に対して小さな溜め息を吐いたエリーは訓練に付き合ってくれた事に感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます」
無論この言葉は事実上「私の負け」だ。それを聞いたネネラはニッコリ笑いエリーの身のこなしを褒める。
「うん、反応良いね。その辺にいる魔術師とか魔法士とかってそんなに身のこなしとか反応とかが良くないんだけど、誰から教わったの?」
ネネラが何気なく気軽な口調で誰から教わったのか尋ねた。その瞬間の事だった。エリーの顔が氷の様に強張った。
「!?」
いきなりエリーの表情が変わったせいでネネラは少し驚いた。この時エリーはギアから受けた過酷な訓練の事を思い出していた。そのせいで顔が青くなり小刻みに震えだしていた。
「・・・・・・・・・」
明らかに何か恐怖体験をしてその記憶を呼び覚ましたような反応なっていたエリー。それを見たネネラは何かいたたまれないような気持ちになってしまった。
「あ、思い出したくないなら無理に思い出さなくていいよ・・・うん・・・」
少なくとも何か怖いものを思い出させた事を謝罪するネネラ。それでもエリーは小刻みな震えが止まらなかった。ネネラはしまったと言わんばかりの顔になり少し前に戦ったナーモとシーナの事を思い出した。
(そう言えば、他の子でもそうだったけど筋は良い上に戦闘慣れしている様に見えるんだよね)
今までの事を振り返ってみれば皆の訓練の中で共通して優れていた事があった事を思い出す。
身のこなしだ。
プロの冒険者の身のこなしに近く、立回りが早かった。それぞれ持っていた武器の特性を可能な限り活かして戦っていた。
また、次は何をすればいいのかについてもすぐに判断をしていた。この位の年の者であれば少し距離を詰めたり、予想外の事が起きれば動揺や体の一瞬の膠着等により、攻撃されて体勢を崩してしまっておしまいだ。しかし、剣等で近距離で戦うにしろ、そこそこ距離をとって攻撃にするにしろ、この年の子供であれば予想外の事をネネラは仕掛けていたのにも拘らず、動揺せず、必ず次の攻撃に移る様に動いていた。
さっきエリーと戦っていたのがいい例だろう。
ネネラが一番驚いていたのがこれだった。まるで、戦い慣れした戦士の様だった。
(一回皆を集めてそれぞれの良さ悪さを言っておくか)
とは言え、全員ネネラに挑んでも一本を取る事は出来なかった。原因は様々ある。
ただ共通して決定的なのが、皆まだまだ戦いの勘をとらえきれていない事だ。戦うに当たって攻撃と防御の対応こそ並みの冒険者であれば下を巻くだろうが、相手への攻撃に対する反応がどこか遅い上に、無駄な動きが多い。そのせいで体力が奪われていき、ちょっとした持久戦になれば確実に不利になる。
これでかなり目立っていたのはナーモとシーナとエリーだった。
ネネラは今まで戦ってきた事で感じた事を伝えようと客席にいる皆の方へ向き声を掛けた。
「おーい、皆~降りて来て~!」
「「「は~い」」」
皆はそう大きな声で返事をしてグラウンドにいるネネラの元へ行った。
グラウンドの真ん中にネネラと皆が立っていた。すっかり震えが収まり落ち着きを取り戻したエリー。
その様子を見たネネラは皆に向かって口を開いた。
「今まで君達と戦ってきて感じた事を言うね」
今まで模擬戦闘をしてきて長所と短所を具体的に言った。
内容は皆に共通した長所と短所の事だった。身のこなしや判断力の事。戦いの勘をとらえきれていない事。その話を聞いていた皆は真剣な表情だった。
次のネネラの言葉が来るまでは・・・。
「まず最初に皆に聞きたいのは、誰からその身のこなしや判断力を手に入れたの?」
エリーの時と同じように気軽な口調で尋ねてみた。それを聞いた瞬間の皆の顔が氷の様に強張り、ギアから受けた過酷な訓練の事を思い出し始めていた。そのせいで急に顔が青くなり小刻みに震えだしていた。エリーの時と同じだった。いやそれどころか、エリーもまた震え始めた。その様子を見たネネラは慌てて皆に思い出すのを止めるように言った。
「ゴ、ゴメン!今の忘れて!今の無し!」
しかし、手遅れだった。こうなると中々復帰できない事はさっきのエリーの様子でよく分かっていた。エリーの時と同様、しまった、という顔をして皆の様子を見ていた。
(一体どんな事をしたらこんなになるのかしら・・・)
ネネラの顔は困惑気味になり、皆の様子を眺めていた。
皆の様子が落ち着いて軽く咳払いして、改めてそれぞれの長所と短所を話すネネラ。
「コホン…。じゃあ個別に良かったところと悪かったところを言うね。まずは最初に戦ったナーモ!」
「はい!」
ナーモの武器は剣と盾で防御しつつ剣で攻撃するオーソドックスな戦い方でネネラに挑んでいた。
「剣と盾の攻守のバランスはとてもいい。剣に頼り過ぎず、盾に頼り過ぎず、臨機応変に対応できていた。でも武器そのもの自体との相性が悪いね」
「相性が悪い?」
「うん、盾の方はそれ程問題ないのだけど、剣の方は重たいのかかなり鈍いし疲れたでしょ?」
「・・・・・」
ナーモは腰に下げている長剣をもう一度見る。その長剣は2日前に新しく買った鉄製の長剣だった。もっと言えばRPGはおろか、中世ヨーロッパの文献や資料でよく見かける様な何の変哲もないシンプルな鉄製の長剣だった。
盾は何かの動物の皮と丈夫な木で作られたシンプルな盾。それ故にかなり使い勝手いい。
その為、鉄製の長剣の方が重くて一振りするのに渾身の力とまではいかないもののかなり力を使うのは間違いなかった。
つまり、持っているだけで体力を消費する物だった。
「お金があるなら、買い替えた方が良いわ」
ネネラはナーモに買い替えるように勧めた。それを聞いたナーモは素直に頷いた。
「分かりました。ありがとうございます」
その言葉を聞いたネネラはフッと笑って次にシーナの方へ向いた。シーナの武器はククリナイフ2本でスピードを重視した戦い方でネネラに挑んでいた。
「ん~とシーナちゃんは、他にも武器を使った方が良いとだけ言っておこうかな」
「他にも・・・ですか?」
何を言っているのか今一つ分からないという困惑気味な返事と顔で表現するシーナ。ネネラは詳しい説明をする。
「うん、シーナちゃんは・・・カーブしたナイフ2本だったでしょ?それもいいんだけど何か、固執したような戦い方になっている様に見えるんだ。だから他にも武器を使って身の丈にあったその武器にするか、くの字のナイフと何かにしてどちらかを補助に使った戦い方の方が良いと思う」
シーナの方は武器を追加するように勧める。確かにククリナイフを中心に戦ってはいた。だが、ククリナイフ2本だけの攻撃しかしなかったのだ。それを見たネネラは固執した戦い方と考えた。実際シーナはククリナイフで戦っていたのだが、それ以外の武器は使える。その為、ククリナイフが使えなくなった場合他の武器で攻撃すればいいし、相手から奪って攻撃もいい。そう言った汎用的な戦い方にするようにネネラはシーナに促した。
「はい、分かりました。ありがとうございます」
その言葉を聞いたネネラはニッコリ笑って頷いた。そして次の番のニックの方へを見た。ニックの武器はショートボウで距離を取りつつ動きながら射る戦い方だった。
「ニックは足さばきと素早さで距離をとって弓矢を射るという方法は良かったね」
「はい、ありがとうございます」
「でも、無駄な動きが多いし、何よりも近距離に関してどうにかして対処する方法が無くて逃げ回っていたね?」
「・・・はい」
声のトーンが低くして返答するニック。
「だから短剣の様な物と種類の違う矢を手に入れて攻撃の手段を増やした方が良いね」
「はい、ありがとうございます」
次にククとココの方を見た。ククとココの武器はナイフで隙あらば急所に攻撃する戦い方。
模擬戦闘では1人ずつ戦ったが、2人とも双子のせいなのかネネラが感じた事が2人ともほとんど同じ事だった。その為、2人同時に伝えた。
「君達は本当に双子だね~」
しみじみククとココは双子である事を思い知らされそう呟くネネラ。
「「?」」
それに対し同じ方向に小首を傾げるククとココ。それを見たネネラは小さく首を横に振る。
「何でもない。それよりも模擬戦闘の事を言うね」
「「はい!」」
「2人ともに言える事だけど、攻撃に徹さず良く相手の様子を見て、ここぞという時に弱い所を狙っていたね」
「「はい!」」
「それはとても良かった。普段の戦闘でもそれが中心だから」
その言葉を聞いた瞬間、素直に喜び顔が綻ぶククとココ。
「でも、防御はしなかったね。私だからこそよかったけど、私以外で避けられない攻撃の時は防ぐ事ができないでしょ?」
その言葉を聞いたククとココはしょぼんと気持ちが沈み俯いた。
「だから、短剣と篭手を買っておいて、防御する事を覚えてね」
「「は~い」」
その言葉を聞いたネネラはニッコリ笑った。最後にエリーの方へ向いた。エリーの武器は当然魔法の杖で距離をとって魔法を中心に攻撃する典型的な戦い方。
「エリーはニックに近い戦い方だったね。身のこなし方も素晴らしかった。それに攻撃でも防御でもちゃんと徹していたのは良かったね」
「はい」
エリーは心の中では素直に喜び、真剣な表情でネネラを見ていた。
「でも魔法に頼り過ぎているね。後体力面が低いし、近距離での戦闘面ではせめて防御できるようにナイフ位は持っていた方が良いね」
「はい、ありがとうございます」
エリーの心の中では少し肩を落としたような心境になるが今後の課題としてしっかりと受け止めた。ネネラはニッコリと笑い頷き、皆が見えるように改めて皆の方へ向いた。そんな中シーナが手を挙げた。
「ん?何シーナちゃん?」
「皆の結果を聞く限り、皆武器を買い替えた方が良いという事ですか?」
その問いにネネラは縦に頭を振った。
「そうだね、まず最初にやる事は武器を買い替えないといけないね。だから最初の課題は「本当に自分に合った武器を買う」だね」
ネネラがそう言うと皆の顔は真剣な顔になる。実際自分に合った武器でなければいざ戦うとなれば必要以上に体力を使うか、自分の体格が邪魔して武器の特性や威力が発揮できなくなってしまう。
当たり前な事ではあるが非常に重要な事なのだ。
「じゃあ早速武器屋にでも行こうか」
ネネラがそう言うと皆は歩み始めた。皆は数日間、訓練しつつギルドで受けた採取等の比較的安全そうな依頼受けて貯めた幾枚かの金貨を握りしめてギルドの訓練場を後にしたネネラと皆。
「何を買うか・・・」
「何が自分にあって・・・」
それぞれ自分に何があって何を買うのか考えつつ武器屋へ向かった。