96.これからの目的
軍事施設の中の会議室を暫定的な自室。長机には大きな皿があり、何かの食べ物の欠片があった。パイプ椅子にシンは座って何かを食べていた。
ムシャムシャ…
シンは大きなナンの様な食べ物を頬張っていた。その様子にアカツキは疑問を口にした。
「ボス、俺の記憶が正しけりゃ、ピザってのは4つに折って一気に食べる様な食べ物ではなかった様な気がするんだが?」
アカツキの言う通りこれはピザだ。分厚いナンの様に見えるがこれはマルゲリータピザだ。その証拠に齧り取った個所から赤いトマトソースとチーズが今にも零れ落ちそうになっていた。
「アカツキの言う通り、これは切り取って食べるものだ」
間違いなくピザだった。シンが何故そんな食べた方をしているのか更に尋ねる。
「じゃあ、何でそんな食い方してんだ?」
「一度やって見たかった」
「は?」
「挟んで食べてみたかった。」
しょうもない。全く持って酷くしょうもない理由だった。
「あ、さいですか・・・」
アカツキの呆れた返事に気にする事無く、4つ折ったピザをクマの様に食べた。
(ボスってたまに変な事をするんだよな・・・)
アカツキがそう思いながらシンの食事を見ていた。するとシンは食べながらアカツキに声を掛ける。
「アカツキ」
「ん?」
「野菜はどうにかできそうだが、米と麦が現状無さそうだ」
現在、ジンセキには農業ができる様になっていた。栽培している作物はトマトやニラ、アケビ、リンゴ等々によく似たこの世界で特有の植物が主になっている。「ショップ」で一応野菜や果実の種があったのだが、それらを栽培して突然変異等、どんな影響があるのかが分からない為、屋外栽培は無しにして屋内栽培で前の世界の作物を育てている。
屋内栽培方法は地下深くまで施設を作り、そこで前の世界の作物を作っている。前の世界のポピュラーな作物はこの世界ではバイオハザード扱いだ。
因みに家畜は現状いない。「ショップ」にも売っていない。その為この世界のどこからかで手に入れて飼育する事になる。
一応、この世界の動物である為、屋外飼育にしても問題無い。
「それは商業用か?」
「いや、それもあるんだが、俺が食べる為がメインだ」
「何で必要なんだ?エネルギーに変わる・・・炭水化物とかタンパク質類の食べ物ならこの島にある豆とか肉とか魚でどうにかならないのか?」
「ん~、それはそうなんだが・・・こう・・・物足りないんだ」
「物足りない?」
「何て言うか・・・食べたいんだよ。特に米とか味噌とかが・・・」
シンの身体は構築や維持に必要な物質が足りなければ自然と何かが分かる様になっていた。現状ではアカツキの言う通り、タンパク質や炭水化物はジンセキでも十分に確保できる。
だが、シンはそれでも米が欲しがっていた。
一応食品加工ができる機械はある。だが材料がない。その為味噌も手に入る事ができない。リーチェリカが言うにはこの世界に麹菌は存在しており確保している。しかし、米と大豆が無い為味噌や醤油が手に入らない。やはり、どこかで米と大豆を確保する必要があった。
「我慢できないのか?」
「とてもじゃないができないな」
真だった頃、朝食は御飯派だ。パンの時は小学校の給食か間食の時しか食べなかった。だからシンにとって食事の中でのご飯という存在は余りにも大きい。我慢しろという方が酷だろう。
「「ショップ」は無かったのか?」
アカツキがそう尋ねるとシンは首を横に振る。
「高いんだ。一枚当たり7万以上する」
本来の稲の苗は一枚当たり700~1000円程までだ。それの100倍で、安くとも7万。更に一反辺り20枚程必要になる。それらを計算すれば140万もする。
「結構いい値段してるんだな・・・」
「ああ、しかもせめて1町程欲しいんだ。多くても、保存さえしっかりしていればかなり持つし」
1反で8俵、即ち480kg程だ。1町は10反だ。つまり、4800kg、4.8tの米を手に入れる事ができる。米の賞味期限は4月~9月は精米日から一カ月で10月~3月は精米日から二カ月程。しかし、酸化しない様に真空パックにする等すれば2年以上も保存可能だ。この事を考えれば米は確かにあった方が良いだろう。
だが、「ショップ」で購入する事になれば、1400万もする事になる。現状シンが持っている魔力量ではそれらを手に入れる事は容易ではないし時間もかかる。
この世界に前の作物を作っているには作っている。しかし、野菜の苗や果樹の苗木があまりにも高すぎる為、「ショップ」ではそれぞれの種類の作物の種を一袋ずつ買ってそれらを栽培している。しかも始めたばかりである為、大量生産が出来ていない。それと同じ理由で米も稲の苗を1枚だけ買って徐々に生産するしかない。時間はかかるがこれが確実な手段だ。
これらの事を考えたアカツキは高い米を買う必要性があるのかどうかについて尋ねた。
「どうしてそこまで欲しいんだ?」
「祖国の味を欲しているからだ・・・!」
「は?」
背景にドンッ!という文字がデカデカと表現できる位に胸を張って大きな声で言い切るシン。呆気にとられる返事をするアカツキ。
「じいちゃんが軍人だった頃、長い間外国に遠征していた時、どうしても米が欲しくてたまらなかったらしい・・・。その時はよく分からなかった・・・。でも今ならわかる・・・!米が必要である事を・・・!」
「・・・・・」
シンの祖父は旧日本軍人だった。祖父はインパール作戦で配属されて3日程で米が食べたくなったらしい。
因みに現地で感染症にかかり祖国へ送り返されてその後駐屯兵として過ごして戦後を向かええて90歳まで生きた。
シンが小学生の時に祖父が米が食べたくなった事を話をしていた事を思い出した。小学生だったシンは祖父の話の意味が分からなかったが、今なら痛い程良くわかる。現代で日本を離れた事のない者には分からないかもしれないが、長期間海外の料理ばかり食べていると、ある日を境に白米ご飯が食べたくなる。そして、その限界は近かった。
そんな事を思い出し熱く語るシンに対してアカツキは何も言えないでいた。
「俺がピザをバカみたいな食べ方しているのは、米が食いたいっていう衝動を少しでも抑える為に・・・!」
(そんな理由かよ・・・)
改めてピザの4つ折り食いをしていたのはそういう理由である事に呆れて心の中でツッコミを入れるアカツキ。
「米食いたい・・・豆腐食いたい・・・味噌食いたい・・・大豆・・・米・・・」
俯き気味になり、段々と譫言の様な独り言になっていくシン。
「ボ、ボス?」
「米・・・大豆・・・」
「・・・・・」
熱く語り、徐々に力無く譫言を吐き、完全に俯いたシンに呆れた気持ちになるアカツキ。故郷の味というべき食べ物に飢えてきているのが分かる。
「(・・・あ、いやでも食う、食わないは置いといて、稲とか大豆等の穀物類はバイオエタノールとかバイオマスエネルギーの元となるもんだよな)OKボス、何処か米とか大豆類がある所が無いか周辺から探すぜ」
その言葉を聞いた瞬間俯いていた姿勢から一転してガバッ!と顔を上げるシン。
「頼むぞ」
「お、おう・・・」
シンの鬼気迫る様な表情になり、これまでにない位恐ろしくドスとキレのきいた返事をした。その返事に対してアカツキはやや押され気味に返事をした。
食の云々は置いてアカツキの判断はある意味正しい。ジンセキのエネルギー源は電気が中心。発電方法は水力、風力、太陽光、地熱、潮汐、そしてバイオマスだ。
石油による火力や原子力を使わないのには理由があった。この世界において石油などを使った火力発電や原子力発電をすると当然、煙や廃棄物が生まれる。煙はこの世界においてどんな影響を及ぼすのか分からないし、廃棄物はより分からない為、迂闊に捨てる事ができない。処理や煙の問題があるから環境に影響が少ない発電方法をとっている。
だがもう一つ使わない理由があった。
「ボス、今後の予定で獣人が多くいる国とか集落に行く事はあるのか?」
丁度ピザの2口目に入っていたシンは口の中にある物を細かく咀嚼していた。
この世界の人類にはそれぞれ種族と言う形の人種がある。その中には獣人族と言う種族がある。ルシャターク君主国は幾多の獣人族で構成された巨大な国家だ。
獣人族は見た目が人間だが、ネコミミ、ウサミミ等の様に耳や角、尻尾がある種族。しかし、見た目だけが獣人とは限らない。ここは感覚も獣人であろうと考えるべきだ。
もし、石油や原子力の煙や廃棄物等がシンの服に付いてしまい、獣人族と接触してしまえばほぼ確実にこのジンセキの事やシンの正体がバレてしまう恐れがある。バレてしまえばルシャターク君主国という国が大きく動く。それは拙い。
だから極力少ない発電方法を使っている。
シンは口の中にあったピザを飲み込み答える。
「あるにはある。だけど、当分の間はジンセキの事と資金集め、それから俺達のテストを行う」
「テスト?」
「ああ、俺、グーグス、リーチェリカでこの世界にあるダンジョン、或いは盗賊の塒に1人ずつ潜入して踏破する。時間を計り踏破できればそこで終了とする」
いつかはシンとリーチェリカたちの様な人型のA.Iの能力を検証しなくてはならない。そこで、ジンセキの件を終えて、超大陸での旅をするに当たって始めにする事がダンジョンの踏破と盗賊の塒潰しだ。
「自分達の能力や武器の性能を調べるんだな?」
「ああ、それに出来ればどちらもやっておきたい」
「何故だ?」
「行ってみないと分からないが、ダンジョンは恐らく人間以外の何かで守っている可能性が高い。という事は獣とか人工物を中心だろ?」
「ああ、なるほどな。つまり人間以外の敵を想定した実験か・・・」
「そう言う事だ。盗賊の件は言うまでもないな?」
「ああ」
その返事を聞いたシンは3口目に入った。
シンとアカツキの言う通り、ダンジョンは人以外の敵、盗賊の塒は人が中心だ。どちらもシン達にとっては敵以外何ものでもない。それらと戦う事により自分達の能力の検証や武器や兵器の性能の検証をする。これがシンの目的だ。
何をするのか分かったアカツキはいつそれを行うのかについて尋ねた。
「いつダンジョンに潜り込むんだ?」
口の中にあった物を飲み込み答える。
「夜だ。できれば22時~4時まで活動する」
今度は4口目に入る。
ダンジョンとその周辺の管理は恐らくギルドだろう。ダンジョンに入る前に通行許可を求められるか何かするだろう。身元を明らかにしたくないシン達にとって昼間は論外だ。この世界の灯りの事情は松明やランプと言った原始的なものばかりだ。それを考えれば恐らく夜の方が問題ないだろう。真夜中でダンジョンに挑む人間はまずいないだろう。無論誰の断りも無くこっそり、とだ。
また盗賊の塒は、昼間は活動している可能性が高い。昼間でも問題ないのだが、こちらもこの世界の灯りの事情の事を考えれば夜はほぼ間違いなく塒に固まっているだろう。可能なら一網打尽にしておきたいから、こちらも夜の方が良いだろう。
「OKボス、夜だな?」
丁度飲み込んだシンはすんなり答える。
「ああ。ところで何で獣人の国とか集落の事を聞いた?」
シンは「獣人」というキーワードが気になりアカツキに訊ねた。
「ああ、米とか大豆ってバイオマスエネルギーにもなるだろ?それでジンセキの件が終わったら、あの大陸に行くんだろ?その時に獣人族がボスの匂いとかでこの場所の事とかボス自身事とかがバレねぇんじゃねぇかって」
訊ねられた事について正直に答えるアカツキ。シンはやはりA.Iであるアカツキに食べ物のこだわりが無いから分からないか、と思いつつ答える。
「ああ、それは俺も考えていた。犬とか狼の獣人とかいれば俺の正体とかがバレる可能性は高いよな」
「だったら・・・」
「けど、俺達は獣人の事については何も知らないし、どのみちこの世界を歩き回るからいずれ遭遇するだろ?」
「・・・まぁな」
シンの言葉が正論なだけにこれと言った反論が思い浮かばず肯定の返事をするアカツキ。
「もっと言えば匂いとかでどの程度で分かるのかも俺達は知らない。・・・何にせよ接触しないと分からないだろ?」
シンの説得により徐々に納得するアカツキ。
「・・・それもそうだな。それでどう接触するんだ?」
「一番いいのは冒険者とか行商人で活躍している獣人が良い。可能であれば犬系のがいいな」
「・・・可能だよな」
「ああ可能だろう」
そう答えて最後の1口を口に運んだシン。
シンとアカツキが獣人に遭遇しやすいと判断したのには理由があった。まず、ルシャターク君主国はかなり大きな国の様だ。という事はそれなりに多くの国民がいるだろう。となれば冒険者や行商人で活躍している獣人もいてもおかしくない。
可能だろうと判断したシンはそのまま飲み込み、手を合わせてごちそうさまと小さく呟き、別の重要な話題を口にした。
「それから、皆に言おうと思っていたんだが、先にアカツキに言っておく」
「ん?何だ?」
「ギアが言っていた来させろって言っていた人物に近々会おうと思っているんだ」
シン達の認識では北にある国の武家屋敷の様な建物の中にシンを連れてこいとギアに言った人物がいる、という見方だ。
「近々ねぇ・・・。それは具体的にどの位だ?」
「具体的は分からないが取敢えずジンセキを完全に確立させてからだな」
恐らく連れ来る期間はこの1年以内だろう。この世界の交通機関の事を考えれば1週間~1ヶ月はまずあり得ない。となれば妥当な線は数か月~1年以内がしっくりくる。シンがこの世界に来てから1年も経っていない。
ジンセキが確実な後方支援が可能な施設になるには1ヶ月もかからない。ジンセキの件が片付いたらシンは北へ向かおうと考えた。
アカツキはその人物のセリフの「来させろ」を考えていた。
「来させろって、何が目的なんだろうな・・・?」
「考えられるのはギアが俺の情報を売ったってところだろうか・・・」
「口止めしてないのか?」
「確実にはしていないんだ」
「・・・それはボスのミスだな」
「ああ」
確かにシンは確実な口止めはしていない。飽く迄、シンのキャンピングカーの事については他言無用であってシンの事に関しては何も言っていない。
「だが、それなら無理やりにでも連れてこさせる手段はあるだろ?」
「多分だが、あいつ自身相当お人好しで子供好きが大きいだろうな」
「・・・他には?」
「・・・これが一番考えられるんだが、今の俺の強さは少なくともギアは俺を生かしたまま捕える事ができない程の強さって事だろうな」
「と、なるとギアに命令させた人物は・・・」
「いや、ギアは頼まれたと言っていた」
「ああ、そう言えばそうだったな」
ギアが「ドラード」と名乗って別室で話をしていた時の事を思い出すアカツキ。ギアは命令されたではなく頼まれたのだ。という事は少なくともギアと同じ身分、或いは力を持つ者が存在するという事になる。
「という事はその人物もボスを生かしたまま捕える事ができない、か・・・」
「それが妥当だろうな」
「・・・・・」
このまま北にある武家屋敷風の屋敷にシンを導いて良いのかどうかについて少し考え込むアカツキ。
「OKボス、ジンセキの件が片付いたら、ダンジョンと盗賊の塒の件を先にやってから例の北の屋敷まで誘導する」
ギアとほぼ同じレベルであればシンと対峙してもほぼ問題ないだろうと判断したアカツキ。ギアの実力から考えればシンを生かしたまま捕えるのは難しい為、相手は本気を出さない。そうであれば万が一逃げざる得ない事があってもほぼ問題ないだろう。
「分かった。それから米と大豆の件も忘れるなよ」
「はいよ」
お互い気楽な返事をする。そんな和気藹々とした空気の中でこれからの事を考えて立てたシン達。
しかし、シン達のこの判断が間違っていたと痛感させられたのは当然この時は知らなかった。