93.歩ませたくない
読者の方からリーチェリカの言葉遣いでいくつかご指摘を頂きましたので補足をここに記します。
リーチェリカの言葉遣いは京都弁という独特の方言を使っているという設定にしてます。
ですので読んでいくに従って何か違和感があるかもしれません。
リーチェリカは京都弁を使っている、という事だけ知っていただけると幸いです。
この島に到着して2週間たった。
上空からでも海原からでも白い地面に白い建物群が目立っている。更によく見てみれば高さ4m以上もあるフェンスが白い地面と通常の地面の境に白い建物群をグルリと囲っていた。建物そのもの自体はこの世界に似合わない酷くシンプルで素気なさが漂う。しかし、この白い建物と白い地面を現代人の目に移ればこう思うだろう。
何故こんな所に現代的な軍事施設があるのか、と。
「進んだなぁ」
「進んだ・・・」
しみじみとした呟きを零していたのはシンとアカツキだった。この場にシンの関係者以外現実の世界の人間がいればこう問いたい。たった2週間でどれだけの人数で現実の世界の様な物をどれ位出来るのだろうか、と。
(まぁ、ここまではならないよな・・・)
少なくとも間違いないのは、2週間でどれだけの人数を揃えた所で今のジンセキの一部が軍事施設の様な建物を造る事は非常に難しい、という事だけは確かだ。
シンがそんな事を考えているとリーチェリカが声を掛けてくる。
「若~、本拠地・・・マザーベースのスタッフでもあるグーグスはんが優秀やさかいどんどん増やしてもうた~。そのせいで手狭になってもうたし、それにうちん研究施設や装置やら倉庫の規模も大きぃしいひんといけへんようになってもうて~」
「・・・・・」
シンは静かに相槌を打つ。
「それで施設の拡張やらが必要になってん~。それで拠点をこの島の別の所にも必要や思うん~。それでグーグスはんに「諜報班」て「戦闘支援班」等の他に「拠点開発班」を設立、必要や思うん~」
「「拠点開発班」?」
リーチェリカは頷いた。
まず「諜報班」とは現地で活動するシンのサポートとして設立されている。現地に出向き情報収集する。予め、どこに何があるのか、もっと言えば敵戦力の展開状況が把握できれば、シンがよりスムーズに動けやすくなるだろう。
また情報を得るだけではなく、その地で運搬可能な大きさであれば人や物を回収する。ノルンが言っていたダンジョンについても何か分かるかもしれない。ただ、現状はジンセキの島内や海域等の偵察や調査が主な役割となっている。
もう一つの「戦闘支援班」は、もしシンが戦闘支援を必要と判断した時、直接輸送機等の移動手段で、「戦闘支援班」のスタッフが赴く。また、予め護衛等の依頼で人手を増やして就かせる事も可能だ。上手くいけば安定した収入も望めるだろう。
「この班の役割には「資源開発」て「増設」の2つあんねん~。「資源開発」はジンセキ外から定期的に資源を確保するん~。資源はコンテナに収められて巨大地下倉庫に運ばれるんや~。この状態で一定期間を経て加工処理完了すると晴れて運用可能になんねや~」
「ふむ、もう一つの方は?」
「「増設」はさっきの資源で新たな施設を建設したらよりあらゆる物で多う物を収納可能となるちゅうわけや~」
「・・・・・・・・・」
ここまででリーチェリカの自分の知識欲の為の魂胆などが見えない為これは認めてもいいと判断したシン。
「資源開発にこまい指示は必要あらへんとは思うんけど「増設」て「開発」は若の判断欲しいんや~」
リーチェリカはこの言葉で締めくくりシンの判断に委ねる。
「分かった」
「必要な資金と資源、魔力集まったら連絡してほしおす~」
シンの認可した言葉を聞いたリーチェリカはにこやかな笑顔になった。
「分かった」
「それから~・・・」
「ん?」
「「研究開発班」の強化と「医療班」の設置も欲しいわ~」
「そう言えば、「医療」に関して何もないよな」
「若は必要あらへんかもしれへんけど~、今後協力してくれる人を直すのに必要とちゃう~?」
この世界は元いた現実の世界の様に安全な場所がかなり限られてくる。活動範囲が広がれば、危険な目に遭うだろう。そうなれば当然協力者が出てくるだろう。医療ではシン自身は問題なくとも、協力してくれる他の者達はそうはいかない。それにより、負傷や病気、心的外傷後ストレス障害等の精神疾患等に陥る事もあるだろう。
そこでリーチェリカの提案する「医療班」の設立提案だ。シンはその事をすぐに進める様に言った。
「分かった、「医療班」の方は早めにしてくれ」
「は~い」
リーチェリカは何か他に言う事も無くすんなりと請け負った。
「(ん?馬鹿にスムーズに請け負ったな・・・)ところで「研究開発班」の強化ってのは?」
少し引っ掛かりを覚えるも話を進めるシン。
「ん~そろそろバイオテクノロジー関係やら必要かな思て~」
「バイオテクノロジー?」
「そう、食糧やら薬やら~・・・」
確かに今の食料事情は価格が元に戻る前に買っておいたものばかりだ。当分の間は問題ないがいずれ無くなる。ならばこの島で食料を確保するしかない。
幸い食事を必要としているのはシンだけだった。ただ、この島に基本的に一切人を入れないが、重要な客として迎えた時等は用意しない訳にもいかない。
また「医療班」には薬品が必要になってくる。
もっと言えばバイオテクノロジーは食糧確保や薬品の生成以外にも新しい素材を開発にも大きく関わってくる。
「一理あるな・・・」
シンはそう言って違う方へ視線をやり、何も無い所を一点にして見つめて、考え込む。
「・・・・・・・・・・・・・」
何か答えを見出しリーチェリカの方へ向く。
「じゃあ、まず支援にかかわる全ての役割を総合して「総合支援班」とする。次に「諜報班」と「戦闘支援班」を統合させて「近接支援班」とする。「研究開発班」と「医療班」、「拠点開発班」、さっきのバイオテクノロジーに関わるのを統合して「後方支援班」として設立しよう。内部では「医療部」、「生産部」、「研究開発部」等々に分ける。それでリーダーはお前だがグーグスと俺が誰か造ったのも就かせるから。そしてグーグスには定期的にお前が何をしていたのかについて報告してもらう」
「・・・そら~」
シンの最後の言葉を聞いた途端、目線を逸らすリーチェリカ。シンは小さな溜息を吐いてつぎ足す様に言った。
「もし全部お前に任せると、作った農作物や薬は大方俺とか他の誰かに摂取させて観察しようとする魂胆だろうし・・・」
シンはジロッとリーチェリカを見る。
「・・・・・・・・・・・」
リーチェリカは更に明後日の方向へ視線を向けた。その様子を見たシンは呆れた様に溜息を付いた。
「・・・リーダーはお前にするがグーグスにお前が何をしているのかは聞かせるのは絶対だからな?」
「・・・分かったで~」
むくれたような顔して渋々承諾するリーチェリカ。
「(予想通りむくれているな・・・)他にはないか?」
そんなリーチェリカをシンは見ながら訪ねると横に頭を振った。
「あらへんで~」
「そうか」
「ほな、「医療班」の方へ行くな~」
「ああ」
リーチェリカは不機嫌のままその場から立ち去った。すると、そのタイミングを合わせたかのようにアカツキから通信が入った。
「ボスちょっといいか?」
「何だ?」
「大丈夫のか?」
「リーチェリカにリーダーに任せた事か?」
「ああ、医療と称して人体実験とかさ・・・」
「・・・大丈夫だろ。それに人体実験は正直な所必要だしな」
「必要?」
「ああ」
人体実験は歴史上、倫理的問題が取り上げられる実験が少ない。だが、現在では「人体実験」の語は否定的ニュアンスをもって語られる場合が見られる。
人体に関係する諸科学及び医療の技術開発には、人体への実験を避けて通る事が出来ない部分が存在する。 勿論、動物等を使った研究も行われるが、動物と人間では異なる部分も多く、最終的には人体で扱われる技術である以上、当然の事ながら、人間で試験を行わなければならない部分も存在する。病原体の研究では、人間にしか感染しない病原体が少数ではあるが存在し、その研究の為に人間を使った例がかなり多く例が見られる。
現代社会においては個人の生命をより尊重する方向に進んでおり、いかなる理由であっても人体実験を無条件で許容する事はない。
しかし、歴史上を遡れば、異民族や異人種に対して人権を尊重しない風潮に、死刑が比較的簡単に行われた社会的背景、個人が死ぬ事に対してもそれほど問題視しなかった事情が存在していた為に、倫理に反する人体実験が行われた例が数多く見られた。
近代であればアメリカ合衆国が自国の兵士などに対し行ったとされる放射線人体実等、被験者に危険性を知らせなかったり、被験者を騙して行った例もあった。更に所謂ロボトミー手術等、特に理論もはっきりしないままに方法が提出され、ひとたび人体実験で「効果」が確認されれば、リスクの評価もきちんとなされないまま即座に実用化された。その他、1955年~1975年まで、アバディーン性能試験場ではサリンやVXガスの様な致死性のある物質、身体能力を奪う物質の人体実験が行われた。アメリカ軍は、被験者となる軍人を集めるため、好条件の任務であると募集をかけ、いざ実験に入ると刑務所行きやベトナム行きになる等と脅したそうだ。
そして、世論の言葉が厳しくなり、次第にその様な事は許されなくなり、危険を説明した上で、それでも志願する者を対象とするようになった。その他、学者が自らの体で実験を行う事がある。古くは、華岡青洲(1760年~1835年の江戸時代の外科医。世界で初めて全身麻酔を用いた乳癌手術を成功させた)等の例のように、近親者が志願して行なわれた例もあり、それらは美談として語り伝えられている。
現在では臨床試験(治験)の名称で実験が行われている。但し、これには厳しい規制が存在し、対象となる人物には参加に先立ちインフォームド・コンセントが行われ、参加は自由意志によって行われる。また、可能な限り安全性を保つ様に行われる。臨床研究において得られた個人情報の取り扱いに際しては、十分なプライバシー保護のための配慮を行う必要もある。
シンはそこ間考えると「ブレンドウォーズ」の頃、自分が「BBP」を持ってしまった事を思い出す。
(俺の場合、意思とか関係無く、だったな・・・)
シンの場合は本当に無理やりだった。相手の都合や人権等、完全に無視しての実験。気が付けば手術台の上。非合法な人体実験も良い所だ。
(あいつにそんなつまらない事をさせるわけにはいかないな)
シンはリーチェリカに自分の様に無関係で何の罪のない人間を実験体にさせる事もリーチェリカにそんな実験させたくも無かった。
だが、だからと言って人体に関係する科学や医療の技術開発には、人体への実験を避けて通る事が出来ない為、一切しない訳にもいかない。
また、この世界でしか手に入らない植物や菌類、ウイルス類等も存在するだろう。実際帝国の件では「トリオチソウ」という現実世界では聞いた事も無い薬草が存在していた。という事はこの世界で独自に進んだ薬学や医療がある可能性は非常に高い。
また、病の元となる菌類やウイルスもいるだろう。万が一シン自身、或いは他の人間が感染してどうしようもない状況だけは避けたい。リーチェリカにその研究を任せればかなりのスピードでワクチンを開発する事ができるだろう。
(一般人は避けるとなると・・・どうしようもない敵対者か犯罪者か?)
罪のない一般人を人体実験の対象にするのはやはり「ブレンドウォーズ」のあの碌でもない科学者連中を思い起こしてしまう。人の幸せや日常、命を奪う事に何の躊躇いも無く、且つ構成の余地が無そうな連中。そう言ったこの世界においてどうしようもないシンの敵対者か犯罪者をどこからか手に入れる。そしてその連中を今後自分自身や誰かを医療等で救える大きな足掛かりになるのであれば遠慮も無い。
(或いは志願制にするかだな)
どうしても中々手に入らない事に備えて志願制にする事も考えるシン。無論、現代の様にインフォームド・コンセントが行って本人の意思で決めさせる。
そこまでの事を考えているとアカツキから声が掛かった。どうやら急に黙った事に気になったからの様だった。
「ボス?」
「ああ、ゴメン。ちょっと考え事をしていた」
その言葉を聞いたアカツキは改めて人体実験の件について尋ねる。
「結局、人体実験は必要なのか?」
「ああ、必要だ。但しかなり厳しくするが」
「厳しく?どういう事だ?」
「ああ。例えばリーチェリカには人体実験をする時は必ず俺に報告させる。それから人体実験のレベルを作って、どの程度までならいいかを指示して進めていこうかと考えている」
「そうか。それでその事について話したのか?」
「いや、言っていない」
「これから話すのか、ボス?」
「ああ可能な限り納得のいく人体実験にさせる様にどうにかしてコントロールするさ」
「・・・OKボス。何とかするんだな」
「ああ」
シンは躊躇いの無い答えにアカツキは思う事があった。シンが言っていた「可能な限り納得のいく人体実験にさせる様にどうにかしてコントロールする」という事は全て人体実験に関しては自分に全ての責任を持つという事になる。つまり、リーチェリカに人体実験の責任を持たせるのではなく、するかしないかを判断したシンに全ての責任が振り掛かるのだ。
(ボス、それをするという事はボス自身に責任を背負う事になる・・・。責任で潰されない様に俺達が徹底してサポートするぜ・・・!)
アカツキはシンがどういう思いで人体実験の関する責任を自分に降りかかるような真似をしたのか何となくではあるものの理解していた。それ故にシンがそうすると決めた時、決して反論しなかったのだ。
そして、アカツキは改めてどういう状況であってもシンの味方でいる事を決心した―――
京都弁はこう使っているからこうじゃないか?という結構曖昧な使い方をしているかもしれません。
もし、おかしければご指摘して頂けると嬉しいです。