92.持つべきか持たざるべきか
実はこの話を執筆を終えたのは8月6日です。
ジンセキ滞在12日目。
「可能や~」
そんな返答を聞いて思わず大きく見開いて聞き返してしまったシン。
「マジで?」
「ホンマや~!」
この島の地下に巨大な施設を建設していた。その地下の中の内の部屋にシンとリーチェリカがいた。
シンはリーチェリカにアカツキが搭載している大量破壊兵器以外の、大量破壊兵器が無いかについて話していた。当然、例の4つの大量破壊兵器以外でオリジナルの物が作れるか否かについて重点的に。
「うち達が持ってる「ロータス」に極限圧縮装置を備え付けた「改造ロータス」~。それを使うて爆発出来て安全な物質を極限まで圧縮させて固体化させんねん~。うちはこれを超過状体化現象と呼んでんねや~」
シンはリーチェリカが言っていた言葉で一番気になる単語を訊ねる。
「安全な物質って?」
「水素と酸素やで~」
「!」
「後は言わんでも分かるやろ~?」
リーチェリカが言いたい事は水素と酸素に火を付けた時の化学反応を利用した大量破壊兵器を提案してきたのだ。理科の実験等で見た事がある方なら分かるが、とんでもなく大きな音を発して瞬間的な大爆発を起こす。
分かりやすく言えば、500mlのペットボトルに入れている位のガスなら、実験室が多少破壊されて実験してる人が下手をしたら死ぬかもしれないくらいの大けがをする程の威力だ。
しかしここで問題がある。水素と酸素を造る位なら「ロータス」を改良すれば水素と酸素を造る事位容易だ。問題は、そんな水素と酸素を気体にして持ち運べば爆弾そのもの自体を大きくしなければならなくなる。また液体化でもさほど変わらない大きさだ。どちらもミサイルに搭載する事はできないため、輸送機からの投下でなくてはならなくなる。
また、威力不足の問題もある。持ち運ぶ量が限られている為、気体と液体の時の威力は余り期待出来ない。
そこでリーチェリカが改造した「ロータス」の出番だ。リーチェリカが言う水素と酸素を圧縮させて固体化させる事で輸送機からではなく、ミサイルに搭載できるようする、と言う方法を提案したのだ。
「まぁ、せやけど他にも物質は使うけど、ほとんどの使うのんは水素と酸素だけやさかい~」
ここでシンは固体化した水素と酸素の大きさに疑問が浮かびリーチェリカに投げかける。
「超過圧縮するとどれ位の大きさになるんだ?」
「ん~取敢えずは・・・これ位の大きさやなあ~」
そう言って親指と人差し指でその大きさを示した。それは大きなビー玉くらいの大きさだった。
「・・・これが化学反応を起こしたらどうなるんだ?」
「濃度と大きさによっけど、さっきのやと、小さな町の半分くらいなら軽う消滅するんとちゃう~?」
「・・・・・」
そんな水素と酸素を濃度を高くして、超過する程にまで圧縮して物を無理やり化学反応を起こさせて爆発させる。この事を考えれば、核兵器までとまでいかない物の、史上最大威力を誇る燃料気化爆弾程度の威力であってもおかしくない。
「まぁ、もっと圧縮するやら、更に生物に無害そぉなで爆発向上につながる物質を混合させるやらしとったらもっと威力は大きゅうなるさかいまだよう分からへん事多いんやけど~」
「・・・!」
手を頬に当てながらそう答えるリーチェリカ。
改造次第では核兵器にも匹敵するかもしれない物になるかもしれない、と言う言葉に絶句するシン。
「若~?やっぱし何か気引けるん~?」
「・・・・・・・・・」
数秒程間を置いてからシンは静かに頷く。
「・・・・・・・・・」
自分達の都合で大量破壊兵器を作り、判断を誤れば、幾万の命を奪いかねない兵器を造った事に、漠然としているものの押しつぶされそうな後ろめたさとプレッシャーが覆い被さってくる。
「若、ここは異世界やで~?何出てくるのか分からへん上に、向こうもまた大量破壊兵器を持ってるかもしれへんのやで~?」
確かにリーチェリカの言う通りだ。漫画やゲームの設定でも「極大魔法」とか「真・魔法」とか「世界を滅ぼす禁断の魔法」とか100や1000等の単位では無く幾万と言う数の命を奪うと言った大量破壊兵器の様な、とんでもない魔法が存在している。
それはこの世界において決してあり得ない話ではない。この世界には魔法が存在している。その為、攻撃手段として存在している。
実際シンがいた現実の世界でも、「ブレンドウォーズ」の世界でも、この世界の科学技術(この世界においては魔法の技術)でも、共通しているのは科学技術が進めば進むほど軍事力等の攻撃手段に転用する。文明の多くは軍事によって加速する。逆を言えば技術の殆どは軍事に転用できる。
この世界の魔法についてあまり知らない。だが、少なくとも恐らく存在していると仮定して動いた方が良い。もし、この世界に大量破壊兵器があるとするならばこちらも抑止力を持つ何かを持つ必要がある。
また、いくらオーバーテクノロジーを持っているからといえども数に押されてしまえばどうにもならないだろう。
やはり大量破壊兵器を持つ必要がある。
「・・・分かっている」
眉間に皺を寄せてそう答えるシン。
「ほな、念の為に言わせてもらうけど、前の世界のルールやら規則に縛られて、若が守りたい人間がおったとすんで~?その時相手は何十万の大軍か体長何百mの巨大な生物とした時どないして守るん~?」
「・・・・・・・・・」
念に聞かせ、普段の優雅でおっとりとした口調が少し強い口調になるリーチェリカ。
核以外での強力な兵器と言えば、燃料気化爆弾がある。シンの頭の中でそれが浮かんだ。
そもそも燃料気化爆弾とは、火薬ではなく酸化エチレンや酸化プロピレン等の燃料を一次爆薬で加圧沸騰させ、沸騰液膨張蒸気爆発という現象を起こさせる事で空中に散布する。
燃料の散布はポンプ等によるものではなく、燃料自身の急激な相変化によって行われる為、秒速約2,000mもの速度で拡散する。この為、数百kgの燃料であっても放出に要する時間は100mm秒に満たないと言われている。
爆弾が時速数百kmで自由落下しながらでも瞬間的に広範囲に燃料を散布できる。燃料の散布が完了して燃料の蒸気雲が形成されると着火して自由空間蒸気雲爆発をおこさせる事で爆弾としての破壊力を発揮する。
しかし、燃料気化爆弾は爆風衝撃波そのものによって人体を損傷させるのが目的だ。つまり固体爆薬だと一瞬でしかない爆風が「長い間」「連続して」「全方位から」襲ってくるのがこの燃料気化爆弾の真価なのだ。爆風衝撃波がそのまま人体に食らうと内臓破裂等のダメージを受ける。
燃料気化爆弾による傷は爆薬によるものとは異なった様相を見せる。これは、通常の爆弾の様に金属破片を撒き散らさないで爆風だけで被害を与える為だからだ。
更に、一酸化炭素を大量に含んだ酸素バランスが悪いガスが襲い掛かってくる。それ自体は致死的な程重篤ではないものの、酸欠と一酸化炭素中毒と呼吸困難を同時におこす事になり、窒息死したような死体ができ上がる。
1990年代初めの湾岸戦争において、広範囲の砂漠に分散して砂中に隠されたイラク軍戦車部隊や随伴歩兵らの兵力を削ぐべく同兵器が使用された。これにより多数のイラク兵が同兵器作動時に発生する巨大な火球によって塹壕や戦車の中で蒸し焼きになったり、衝撃波により目立った外傷も無く圧死した。
しかし、これは爆弾そのもの自体が大きい為運用が難しいため武装していない輸送機による投下が多い。
また、燃料に使われている酸化エチレンや酸化プロピレンは、どちらも殺菌や殺虫等に用いられる薬品で、日本では労働基準法施行規則別表第一の中で有害物に指定されている。つまり、燃え残った燃料が大地に広がっただけでも危険という事だ。
何よりもこれがあまり意味がないのは核兵器の様な威力が無いという事だろう。いくら威力の高い燃料気化爆弾でも核程の威力が無い為数で押されたら意味がない。複数を用いたとしても長期戦になれば不利になる可能性が高くなる。決定打にはならない。
「・・・・・」
そこまで考えに至ったシン。やはり、相手にインパクトを与えるには一撃を見せて次攻撃を仕掛ける事に思い留まる様な威力のある兵器でなければならない、という結論に達した。
どう考えても仕様が無く、小さな溜息を吐く。
リーチェリカが提案する水素と酸素の爆弾が良いだろう。
「ほんまにやむを得ぇひんってある思うんや~。そやさかいこそ、持つべきや思う~」
そう言ってリーチェリカの真っ直ぐな目をシンの瞳を覗き込む。シンは渋々と言わんばかりの言い方で答える。
「そう、だな・・・。どうしても、それが必要だな」
「・・・・・・・・・・・・」
穏やかな顔になったリーチェリカはシンの顔を覗き込む様にして答えた。
「無責任な事を言うかもしれへんけど、ここぞちゅう時に使うたら、そううちは若を信じとぉ。」
「・・・・・・・・・・・・」
リーチェリカの顔を見たシンは大きく見開く。普段の様なおっとりとした顔ではなく穏やかで真剣な表情だった。
リーチェリカのまるで「貴方を信頼し、どこまでも付いて行きます」と言わんばかりの顔だった。
その顔を見たシンは小さな溜息を吐いて口を開いた。
「・・・お前がそれを作って実験したいとか」
「うっ・・・」
普段のおっとり顔ではあるが少し強張り思わず小さな悲鳴を上げるリーチェリカ。シンは更に追撃する様な言葉を吐く。
「実戦に使ってどんな結果になるのかを見たいとか」
「うっ・・・」
今度は体全体を一瞬僅かに震える。シンは畳み掛ける様に言い放った。
「そんなしょうもない理由であったとしても」
「しょ、しょうもあらへん理由って・・・!」
流石に「しょうもない」の言葉で両手を拳をにして、眉間に皺を寄せ、ムキになるリーチェリカ。
「ありがとう」
「!」
意外な言葉に思わず口を噤んでしまったリーチェリカ。
「少しスッキリした」
「・・・・・・」
未だに意外な答えに驚いているリーチェリカにシンは穏やかな物言いで答える。
「取敢えず造って持っておこう。明らかに必要なければ手放す」
「・・・分かった~」
「それから、それを持っていても意味がない様な兵器や武器を考えて欲しい」
「任せといて~」
改めて4つの大量破壊兵器の様な幾万の無関係な第三者に被害を及ぼす以外の兵器を慎重に考え製造する事にしたシン。
本来、核兵器の様な広範囲に被害をもたらす兵器等無くとも数千発の弾丸と数十個の爆弾で事足りる。
それが可能となる兵器ができるまでの間、これを持つ事にした。
(この世界に禁止兵器の件を持ち込むのはナンセンスだな)
禁止されている兵器には通常兵器も数々含まれている。非人道的、残酷だという理由で製造されていない、或いは使用されていないのだ。しかし、ここは異世界。人道的云々の前に人知を超える何かがいる。自分の身を守る為に、守りたいだけの存在を守る為に、そんな議論はナンセンスに等しい。
(まぁ、これでダムダム弾とかクラスター爆弾とかつくれるわけだな。・・・と言うか魔法で気象を操る魔法とかってあったよな?この世界でもあるんだったら気象兵器として禁止されている兵器扱いになるんじゃないのか?)
恐らく現時点では実用化されていないものの、地震や台風等を制御し、軍事兵器として利用する気象兵器は、1978年発効の環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約によって禁止されている。これを環境改変技術敵対的使用禁止条約という。
(もし、それがあって禁止されていないのであれば尚更、躊躇う訳にはいかないな・・・)
戦いは起こる事無く「零撃」で決着付けるのが理想的だ。しかし、戦いが起こってしまえば次善の「一撃必殺」を試みる。それも失敗すれば仕方なく二撃、三撃と増えていく。そして増えすぎて、泥沼の消耗戦となり、勝っても負けても最悪の結果になる。
その事を考えれば決着までの時間が短ければ短い程良い。手数も少なければ少ない程良い。
つまり戦うからにはあっと言う間に終わらせるべきなのだ。
もしこちらが何も持たずに相手が大量破壊兵器を持っていたとする。相手が仕掛けてこちらに甚大な被害を受ける。当然相手に追いつこうと同じ迎撃能力を持った何かと相手の迎撃能力の飽和、或いは物量の凌駕。そして、相手の能力を凌駕する兵器を何とか用意し対抗しようとする。
しかし、残念な事に「有事」の際に決まるのは「平和の平時」によって決まる。
つまり「平時の準備」が「本番」だ。
何度も自戒し繰り返さなければならない言葉。
何故なら「驚く程に本当にすぐに忘れてしまう」からだ。
「平和な時」こそ「本当の戦争」なのだ。
「拙い」となってからでは手遅れなのだ。
(発見や発明した者自身は罪はあらへん。ほんまに罪があるのんは正しゅう使おうとせずおもんない事に使う方だけやし~。それに・・・)
リーチェリカはその場から立ち去ろうとするシンの方へ見る。
(若がおもんない人ちゃうし、ちゃんと良う考えてる~。であらへんとうちを止める事一切ないさかい~)
リーチェリカは少し目を細める。
(若がこの世界から孤立したとしてもどないかして生きていけるようにせんとな~)
リーチェリカはシンがこのジンセキに居なければならない人間であると認識している。それ故、自分が好きなだけ研究できる場所が無くなる事は避けたい。そう言う思いもある。
だが何よりもリーチェリカはシンに対して大きな信頼を寄せているという事が大きい。
だからこそリーチェリカはシンを支えていこうと改めて決意した。
(まずはうちを改良せんとあかんな~)
リーチェリカは口元を三日月の形にしてその場から去った。
無責任な物言いかもしれませんが、持つべきなのか持たざるべきなのかは正直分かりません。
今の選択が正しいという証明になりませんので。