89.純粋な研究心
午前9~10時頃だろうか、日が完全に昇り切った頃、シンは何もない平原のど真ん中に立っていた。
その場で「自動開発」の画面を開き、昨日開発した物を眺めていた。
「ホントに出来てるな・・・」
昨日からアカツキの改造にリーチェリカと、特殊電磁警棒の製作等をしていたのだが、もう出来上がっていた。
余りにも早い期間で出来た事に意外で少し驚きの表情をするシン。
「・・・ノルンが何かしてくれたのか?」
ここまで早いとなると何か要因があるはず。その要因の中でノルンが何かしていてもおかしくはなかった。実際今の今まで魔力に関する援助をしてもらっていたのだから。
もしそうであるのならばノルンに感謝をしなければとそう考えながら「自動開発」の中を確認する。
「まずは、アカツキから出すか」
最初に出現させたのは特殊電磁警棒でもリーチェリカではなく改造を施されたアカツキだった。
キィィィィィィィィィン…
アカツキが出現した瞬間、ジェットエンジン特有のエンジン音が辺りに響かせる。当然アカツキは地上から4m程浮遊していた。
「ボス、久しぶりだな」
そう言って複数あるカメラをシンの方へ向ける。
「ああ、昨日ぶりだな」
シンの「昨日」という単語を聞いたアカツキは、自分があまりにも早い期間で改造できた事を察した。その事に意外そうに言う。
「昨日?随分早かったんだな」
「ああ、意外と早く終わったんだ」
アカツキは「昨日」という単語を聞いて気になる事を訊ねる。
「ボス、俺がいない間に何をしていたんだ?」
いくら早いと言っても一日経っているのだ。という事はそれまでの間、シンは何をどう過ごしていたのかアカツキは気になったのだ。
「新しい武器と仲間を造っていた」
「へぇ、仲間か。どんな奴なんだ?紹介してくれよ」
「あ、ああ、いいぞ」
どもる様な何か怪しい答え方をするシンにアカツキは尋ねる。
「どうかしたのか?」
少し躊躇い気味な言い方で話すシン。
「ああ、リーチェリカって言うのがいるんだが、ちょっと問題があってな」
「問題?」
「ああ」
最初にアカツキを出そうと判断したのは、リーチェリカが存在している事に問題があるからだ。
リーチェリカの性格は無邪気で優雅、どこかポヤンとしており、そして極端なまでに純粋な探求心の塊の持ち主。
もし、アカツキがこの場でいたままでリーチェリカを出してしまえば休みなく探求の追及しかねない可能性がある。そこでアカツキを最初に出して上昇させた後、リーチェリカを出す事にしたのだ。
だから、アカツキには早々上昇してもらわなければならない。
シンはその事を伝えた。
しかし、アカツキは頭を縦には振らなかった。
「別に、見てもらう程度ならば問題ないんじゃないのか?」
「・・・骨の髄まで調べ上げられるぞ?」
リーチェリカは無邪気で探求心の塊なのだ。言い換えれば己の探求心を満たす為であればどんなに残酷な事を平気でやってのけてしまうのだ。もし、アカツキに対して興味を持ってしまえば修復不可能までに分解してもおかしくない。
シンはそれを危惧していたのだが、アカツキはそれを分かっているのか、分かっていないのか、一向に頭を縦に振る答えが返ってこなかった。
「問題ないだろ?」
「・・・碌な目に合わんぞ?」
「大丈夫だろ?」
どうあってもアカツキはリーチェリカを見たい様だった。そこまでして見ようとするのに何か特別な理由があるのかと考え尋ねた。
「・・・何でそこまで頑なにリーチェリカと対面しようとするんだ」
「ん?美人なんだろ?」
耳を疑ったシンは思わず聞き返した。
「は?」
「一目見たいもんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
明かにしょうもない理由だった。
まるで思春期の男子の目の前に初めて可愛い女の子を登場したような反応。或いは特別見栄えの良い転校生を見ようとするクラスの生徒の様な反応。そんな反応を示すアカツキに呆れてしまうシン。
(A.I・・・だよな?)
A.Iであるはずのアカツキが何故人間の女性に興味を持っているのか疑問を持った。
そんなシンに対してアカツキは「早く紹介してくれ」と言わんばかりの無言と視線を漂わせていた。シンは小さな溜息を吐いて「自動開発」の画面を開いた。
「どうなっても知らないぞ」
そう答えたシンは「自動開発」からリーチェリカを出した。
「「・・・・・・・・・」」
シンとアカツキの目の前には14~5歳程の少女の姿があった。
綺麗な黒に近い灰色の長髪。眉毛より少し上の所で均等に切りそろえられた前髪。優雅で、それでいておっとりとした可愛らしい顔に、ややタレ目気味の優しい雰囲気が出る目には同じく黒に近い灰色の瞳。第一ボタンを外した白いワイシャツに、ワインレッドのクロップドパンツ。白いサンダルを履き、病院で見かける様な白衣を着て、いかにも科学者のような格好。
間違いなく「ブレンドウォーズ」の設定と同じ姿だった。
「・・・・・」
リーチェリカは瞑っていた目を徐に開ける。そのだけでもどこか優雅な雰囲気を感じさせ、アカツキは正面にあるカメラ全てリーチェリカに向けてしまっていた。
リーチェリカの瞳にシンとアカツキが映った瞬間、自己紹介する。
「うちはリーチェリカちゅうねん~。「リカ」って呼んでもろうたらうれしおす~。今後ともよろしゅうなぁ~」
おっとりと、優雅な京言葉で自己紹介するリーチェリカ。「ブレンドウォーズ」でも舞台が京都であるだけに普段から京言葉を使っていた。言葉使いも「ブレンドウォーズ」の時と変わらなかった。
「俺はシン。シン・クロモト」
「よろしゅうなぁ~、若~」
「わ、「若」・・・?」
慣れない「若」という単語に戸惑いと何故自分の事を「若」と呼ぶのか、と疑問符を浮かべるシン。リーチェリカの視線はそんな様子のシンからアカツキの方へ目を向けた。
「や~、えらい大きいな~。名前何て言うん?」
手を合わせジロジロとアカツキのボディを見回しているリーチェリカにアカツキはオドオドしながら自己紹介をする。まるで初めて女性にあった時の様な反応の仕方にシンはジト目でアカツキを見ていた。
アカツキは、そんなシンを余所にリーチェリカを眺めて受け答えする。
「お、俺はアカツキって言うんだ・・・」
「アカツキはん~?ええ名前やなあ~」
「どうも・・・」
数秒程ジッと見つめていたリーチェリカは左頬に左手をそっと添えてニッコリ笑い、こう切り出した。
「調べてもええ~?」
「!」
その様子を見たシンは慌てて止めに入ろうとした。しかし遅かった。
「ああ、勿論」
アカツキが間髪入れず、すぐに答えてしまった。
その瞬間・・・本当にその瞬間の事だった。
ドッ…!
リーチェリカの姿が突然消えた。
ガンッ…!
金属特有の何かがぶつかる音がした。
「!」
シンは音がする前にアカツキのボディの方へ目を向ける。
アカツキのボディにリーチェリカが引っ付いていた。どうやらその音の正体はリーチェリカだった様だ。
数ある内のカメラの内の一つをさっきまでリーチェリカが立っていた地面を見るアカツキ。その地面は小さく抉れていた。どうやら目に見えない速さで飛び跳ねてアカツキに引っ付いたのだ。
「なっ!?」
何が起きたのかやっと分かったアカツキは驚く。リーチェリカはアカツキのボディにあるカメラの僅かな隙間に手を無理やり入れる。
ググググググググググググ…!
ギィィィィィィィィ…
「!?」
アカツキのボディから不穏な音がした。リーチェリカはアカツキのボディをとてつもない力でこじ開けようとしていた。
「ちょ、何すんだ!?」
声を荒げるアカツキに対し、リーチェリカは優雅でおっとりとした笑みを浮かべながら接する。
「も~何って~、これからアカツキはんを調べるんやで~」
手を緩める事も無くそのままこじ開けようとしていた。
「やめろ!」
アカツキは更に声を荒げて止める様に言うが、リーチェリカはおっとりと笑いながら聞く耳を持たなかった。アカツキはこのままだと確実に修復不可能な位に分解されてしまいそうになると判断し、複数あるカメラのいくつかをリーチェリカに向けて臨戦態勢に入ろうとした。
「リーチェリカ」
異様なまでに響く声でリーチェリカに制止を呼びかけるシン。リーチェリカは手を止めてアカツキと共にシンの方へ視線を向ける。
「「!」」
明かな殺気を出して、いつでも攻撃に移れるようにしていたシン。
「冗談はその位にしとけ」
二度目の制止を呼びかけるシン。その様子を見たリーチェリカは手を止めていただけに留めていた体勢から完全にこじ開けようとする作業を止めた。
「・・・しょうがあらへんな~」
そっとアカツキから地面に降り立ったリーチェリカ。シンは「自動開発」から特殊電磁警棒を取り出した。
「・・・その代わりに俺が作った特殊電磁警棒でも調べてくれ」
今にも駄々をこねそうな子供に代わりの玩具をあげる様にして渡すシン。下手をすれば更に駄々をこねかねない状況だ。その特殊電磁警棒を見たリーチェリカは顔が明るくなった。
「やぁ~、変わった物やなぁ~」
シンから受け取った特殊電磁警棒を手に持ってあらゆる角度から見渡して楽しそうにしていた。どうやら渡して正解だったようだ。
「電磁バリアが出る仕組みになっているんだ」
「そら、ええもんで~」
リーチェリカが特殊電磁警棒に興味を示している隙にシンはアカツキに声を掛ける。
「・・・大丈夫か?」
「ボス、助かったよ・・・。それにしても何だ、あの力・・・?」
アカツキのボディはかなり丈夫だ。だが、リーチェリカは手が掴めるところは掴んで、お構いなしにあり得ない力でアカツキのボディをこじ開けようとしていた。そのせいでこじ開けようとしていた所には表面が歪み、ごく僅かに隙間が見えていた。
こんな状態であれば本来であれば修復する必要があるのだが、シンはアカツキに付与した「自動修復」によって徐々にではあるが元の状態に修復していく。
とは言えアカツキにダメージを受けたのは間違いない。さっきまでの状況を説明を求めるアカツキ。シンは特別詳しく説明せず簡潔にこう答えた。
「アレがリーチェリカだ」
たったこれだけだった。これだけの言葉なのにも関わらず何か納得できる言葉だった。
アカツキは笑って分解しようとしていたリーチェリカの目を思い出していた。
まるで虫や蛙を興味本位で解剖する無邪気な子供の目。アンドロイドだというのにも拘らず、どこか寒気を覚える様な残酷さを窺えるそんな目だった。
取敢えずとんでもなくやばい事という事が分かったアカツキは肯定の返事をする。
「今後、気を付けるよ・・・」
「ああ」
そんなやり取りをしているとさっきまで特殊電磁警棒を眺めていたリーチェリカが声を掛けた。
「若~」
「ん?」
後ろを振り向くと特殊電磁警棒を持っているリーチェリカの姿があった。
「こら、あかんかって~」
「あかん?」
少し顔を顰めるシン。リーチェリカはゆったりとした口調で答える。
「だってこれって近接にしかできひんどっしゃろ~?」
「・・・そう言えば」
確かにリーチェリカの言う通り、シンは見た目が近接用武器に見える事だけを重点に置いていた為そこまでの事は考えにまで至らなかった。
「それやったら大きゅうなってもええさかい拳銃タイプにして遠距離攻撃も出来るようしたらええのちゃう~?」
「・・・・・」
まさかのダメ出しにシンは思わず口を噤んでしまう。
「何か強力な拳銃タイプの武器を持ってへん~?」
「・・・何でそう思ったんだ?」
「だってこれ、明らかに近接用武器である上に盾として使えるようにしてるんやんか~?ちゅう事はこれで守りつつ、強力な拳銃タイプの武器で攻撃する可能性高いやんか~?」
「・・・・・」
確かにシンは特殊電磁警棒を盾にして、「BBP」によって刀状に変化させた右腕か、LPで攻撃するつもりだった。
シンがそこまで考えていた事をリーチェリカはまんまと見抜いたのだ。シンは改めてリーチェリカの分析力の高さに思い知らされた。
「・・・・・・・・」
シンは深く溜息を付いてLPを出してリーチェリカに見せる。
「これは~?」
「LP。お前のご明察通りの物だ」
「威力はどのくらいあるん~?」
「最大射程距離は10km。人間の頭部を軽く破裂させるくらいの威力はある」
自分の左頬に左手をそっと添えるリーチェリカ。
「まぁ~そら無駄遣いやなあ~」
更にダメ出しをしたリーチェリカ。シンは反論するわけでも無く理由を訊ねる。
「無駄遣い?」
「10km先まで到達できて、しかも頭部を破裂させるくらいの威力のレーザーを発射するのやん~?ちゅう事はそれなりのエネルギーを使うてるちゅう事やんか~?エネルギー量もそれなりに限られてるやん~?やったら、威力は減らして最大射程距離を10kmから2kmにする。低うした分、バリアや発射可能数を増やせばだいぶ良うなるで~」
「・・・・・・・・・」
何となくではあるが、リーチェリカが言いたい事が分かったシン。
特殊電磁警棒の特性は電磁バリアが貼る事が可能だ。また警棒というだけあって伸縮性の警棒の様に攻撃ができる。
だが、近接戦では「BBP」がある為警棒による攻撃は必要ないだろう。
LPの特性は人間の頭部を軽く破裂させる程のレーザーを10kmまで放つ事ができる。
しかし、10km先も必要は無い。狙撃銃の様に1~3km程あれば十分だ。明らかにエネルギーの無駄遣いだろう。
つまり特殊電磁警棒の特性とLPの特性を組み合わせ一つの武器とすればいいだろう。そうすれば、それぞれの長所を組み合わせ、ある程度の短所を無くす事ができる。
「分かった」
シンはそう言ってLPをリーチェリカに手渡した。
「頼んだ」
「任しとぉくれやす~、えらええい物にするさかい~」
リーチェリカはそう言って踵を返して辺りを散策を始めようとした。するとリーチェリカはある事に気が付いた。
「そう言えばここってどこなん~?」
アカツキや特殊電磁警棒とLPの事で頭がいっぱいになっていた為ここがどこなのかについて疑問が生じるのがだいぶ後になった。
「そういえば、言っていなかったな」
シンは大空を見上げてここがどこなのかを答えた。
「ここは「ジンセキ」だ」
シンは自分で勝手につけたこの無人島の名前を答えた。