87.再会と別れ
男は黙ってただ投稿・・・!
目が覚めると周りは何もなかった。今自分が立っている所に床があるのかさえも分からない程の白い光に包まれた世界だった。
この世界はシンにとって見覚えがあり酷く印象に残るものだった。
「久しぶりだな」
シンがそう呟いて後ろへ振り替える。そこにいたのは同じく見覚えのある人物・・・人型がいた。
その人型は全身が金色がかった白い光に包まれていた。
「久しぶりだね。元気そうで何より」
「ああ、元気さ。今回は何の用だ?」
少年とも少女ともつかない若くて美しい声。「中性的な声」という単語があるならば、おそらくそれに当てはまるだろう。一体誰なのか、その声を聞けば決定的だった。
「ノルン」
シンがそう声を掛けた時、包まれた光のせいで顔は分からない。当然表情も分からないはずだ。分からないはずなのに、その顔は笑っているように見えた。
「ちょっと言いたい事があってね、黒元・・・いえ、シン君と呼んだ方が良い?」
気軽にそう声を掛けるノルン。シンも気さくな言い方で答える。
「呼びやすい方でいいさ」
「そっか、じゃあシン君、あの時以来だけど相変わらず冷静だね」
ノルンが言う「あの時」とはあの夢の・・・この世界に来る前の時の事だ。
「いいや、結構驚いている」
少し首を横に振るシン。そんな素振りでもとても驚いている様には見えなかった。
「私には前会った時とほとんど変わらない対応に見えるんだけど・・・?」
親しい者に語る様に気さくで冷静な言い方で話すノルン。シンはノルンがここに来た理由をふと思った事を口にする。
「・・・もしかして、また体を作り替えるとか、そんな話なのか?」
「ううん、違うよ。寧ろそのままでいて欲しい」
「「いて欲しい」?」
シンがオウム返しに言った。するとノルンは慌てて否定する。
「あ、ううん、何でもない!取敢えず体を作り替えるわけじゃないから安心して!」
ノルンは慌てて否定する。
体を作り替えるわけではないから誤解しない様に慌てて否定したというより、無理やり話題を変えようとしているように見える。ノルンが「そのままいて欲しい」について何かあるように感じたシン。その事について尋ねようとした。
「じゃあ何で・・・」
急にノルンは神妙な声になる。
「単刀直入に言うね。5日後「ショップ」の必要魔力量の表示・・・値段が100倍上がります」
「・・・・・は?」
その言葉を聞いて数秒程間を置いてから疑問の一文字と疑問符を口にしたシン。
「だから、100倍に上がるからそれまで対策を考えて欲しいって事を伝えに来たんだけど」
「いや、そこじゃなくて、何でそんな100倍になるんだ?」
ノルンが言っている事について、理解はできている。だが、何故100倍になるのかについてシンは知りたかったのだ。
「シン君は魔力だけで何も無い所から何かを得る事ができると思う?」
ノルンの口ぶりから察するに魔力のみで無から有に変える事は出来ないのだろう。
「・・・・・多分・・・できない・・・?」
シンがそう答えるとノルンは頭を縦に振る。
「そう、それは「ショップ」も同じ。「ショップ」にある必要魔力量の表示は今まで君がいた世界に合わせていたんだ。でも、それもそろそろ元々の必要魔力量に戻さなくてはいけない時が来たんだ」
「戻すって・・・じゃあ元々の必要魔力量は今の100倍だったのか?」
「その通り。そこまで魔力が必要だったのは、必要な物質をこの世界のどこから転移させるために使う魔力。無い物質は物質と物質を組み合わせる為に私が負担していたんだ。」
「だから、100倍か・・・。だが、何で今までは元の世界の表示になっていたんだ?」
「シン君に合わせていたからだよ」
「俺に?」
「そう」
「・・・・・・・・・・」
シンはそれ以上訊ねる事も無く察して数秒程無言のままでいた。
確かに最初から日常雑貨を売っている物が通常の値段の100倍だと余程の事が無い限り活用しないだろう。例えば駄菓子屋においてあるチ〇ルチョコが約10~20円の所がいきなり100倍の1000~2000円だともう買わないと思うか、気軽に手が出そうとは思わなくなる。
ノルンはその事を考慮して何らかの方法で「ショップ」に売っている商品をシンの元いた世界に合わせていたのだ。
「元々は100倍だったのは分かった。けど、何故元に戻る事になったんだ?」
「今までは私が補助していたから問題なかったけど、限界が近づいてきたんだ」
「だからその事を俺に伝えに来たと?」
「正解」
ノルンは気さくな口調でいるもののその言葉には力が無かった。
「・・・・・」
シンは今まで元々の必要魔力量の100分の1しか使わなかった。残りの100分の99の魔力量はノルンが負担していた。ノルンの方が、明らかに負担が大きいはずだ。それ故にノルンは限界が近づいてきてシンに伝えに来ている。
そうであるにも関わらず、シンを大きく援助している。
何かあるはず。
そう感じたシンはノルンに訊ねた。
「・・・何でそこまで俺に肩入れするんだ?」
「ん~・・・それは・・・今は言えないかな・・・」
未だに表情は見えない。だが、顔を見るとどこか困った様な笑顔の様に見えた。何かを隠し秘密を抱えている。傍から見れば明らかに胡散臭い。けれども現状から鑑みればシンの味方だ。一応信用しても問題ないだろう。
シンはノルンが答えられそうな質問に変えて尋ねてみた。
「ノルンは何者なんだ?」
「それもまだ答えられないかな。ただ、君の味方である事は間違いないから」
「・・・・・」
曖昧な答えにシンは別の質問を投げかけてみる。
「ノルンは元人間か?」
「ゴメンね、それもまだ答えられないな」
また違う質問を投げかける。
「この世界の住人なのか」
「それもまだ答えられない」
「・・・俺以外の人間でノルンは「神」とかそんな事を言われるような存在か?」
「それもまだ答えられないね」
「・・・ノルンの性別と年齢は?」
「ヒ・ミ・ツ♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まだ答えられない」
「何も言っていないんだけど」
シンがジト目でノルンを見てそう答えると突然ノルンがクスクス笑いだした。
「何が可笑しい?」
シンは訝し気に訊ねた。
「ああ、ゴメンね。ちょっと昔の事を思い出したから。あ、それも・・・」
「まだ答えられない?」
ノルンはゆっくりと頷く。
シンが納得できるような事は聞けなかった。だが、収穫・・・少なくともヒントの様なものは手に入った。
ノルンが放つ言葉には必ず「まだ答えられない」と答える。つまり、今は答えられないが、いずれ話す事である事を示唆している。
「(なら、取敢えずはその時まで待つか・・・)・・・そう言えば魔力の数値が変わるのは「ショップ」だけなのか?」
「ああ、それは大丈夫。「自動開発」の方は材料以外は今まで通りだよ」
「材料以外・・・?」
「さっきの「ショップ」と同じように普段・・・今までの100倍の理由は周辺に材料が無いから調達するためにこの世界のどこからか転移させて手に入れているよね。それと同じで指定した物の構成以外の材料の物質は100倍なんだ」
「なるほどな・・・」
皆といる時は「ショップ」の方が多く、「自動開発」の方は使う機会はかなり少なかった。今までそうしていたのは元の世界通りの値段であらゆる物が手に入ったからだ。逆に「自動開発」の方は「ショップ」と比べればやや高く、時間もかかる。
そう言った理由で「ショップ」の方を使う機会が多かった。
しかし、これからは違う。
今までの100倍の値段になる「ショップ」と材料の物質さえ手に入れば「ショップ」よりもはるかに安くて、ほとんどの物を作る事ができる「自動開発」。
この2つを鑑みれば間違いなく「自動開発」を使う機会が増えていくだろう。だが、もしそうだとすれば材料をどうにかして手に入れる必要があった。
(もう少し考える必要があるな。それにあと5日しかないではなくあと5日もあると考えればそれなりの対策ができるな)
ノルンの言葉通りであれば5日に「ショップ」の必要魔力量の数値が元に戻る。それまでにアカツキの燃料補給、後方支援システムの構築、需要と供給がある物を生産できるシステムの構築等を可能な限り手を打つ事ができる。
(アカツキの場合は燃料補給というより、アカツキそのもの自体を改造する必要があるか・・・)
当初はアカツキ用の燃料等積んだアーム付きのロケットを打ち上げてアカツキ度ドッキングして燃料補給をしようと考えていた。しかし、それだと一々ロケットを打ち上げる必要がある。しかもこれだと時間がかかる上、アーム付きロケットはそのままスペースダストになってしまう。
(それに、アカツキには魔力も使っているんだよな・・・)
アカツキには「摩擦無効」や「空間固定」等々の魔法を付与している。その為アカツキにも魔力を持っており有限だ。魔力を補充する為には補充用のタンクをロケットに積む必要がある。だがこれだと過積載になり、ロケットに大きく負担がかかる。例え分けて運ぶ為に複数用意したとしてもアカツキとのドッキング可能箇所は一ヵ所しかない。
更に時間がかかるし、ロケットを打ち上げる場所も大きくとってしまう。
「やはり改造か・・・」
これらの欠点の事を考えればロケットを打ち上げるよりもアカツキ自体を改造する必要があった。シンがそう呟くとノルンが反応した。
「え?」
「いや、何でもない」
シンは横に首を振った。
「そう・・・?」
ノルンは少し疑問に思ったがすぐに気にしなくなった。首を横に振ったシンはアカツキに補給するのではなく改造する方向に決まった。
(明日にでもアカツキを改造するか)
シンがそう考えているとノルンから声が掛かる。
「もう二つ、話があります」
その声も酷く神妙な口調でシンに語る。
「何だ?」
シンはまた真剣な話であろうと緊張した面持ちで耳を傾ける。
「まず、最近シン君、少なくともこの世界の人間らしく振舞っていない事に気が付いている?」
「?まさか出来ていないのか?」
ノルンは小さな溜息を付いた。
「自覚が無いかもしれないけど、シン君は最近血まみれになってギルドに向かって殺気を出しまくってたでしょ?」
「・・・・・」
シンは「何でそんな事を知っているのか」とか、「そういえば・・・」と色々言いたい事があったのだが、事実が事実なだけに思わず黙り込んでしまった。
「人間らしくなりなさいとは言いませんが、ある程度この世界の習慣や振る舞いに合わせてね?」
確かにシンは血まみれになって殺気を出しまくっていた。無自覚でそれをやっていると力ある者からすれば何かしらの接触を図る事が多くなってくる。そうなれば高確率で面倒事に少なくとも一枚噛む可能性があった。・・・しかしこれも一枚どころか全ての方が可能性が高いのだが。
シンはノルンが言いたい事を理解して頭を縦に振った。
「ぜ、善処するよ・・・」
鼻から短い溜息を吐きもう一つの事を話す。
「分かればよろしい。それからもう一つ」
このセリフを言った瞬間、酷く神妙な口調でいて何処か寂しそうな雰囲気があった。
「私は貴方の元に現れません」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?えっ?それどういう事?」
数十秒近く間を空けてから素っ頓狂な声で疑問の言葉を口にするシン。ノルンは落ち着いた様子でシンに語る。
「今まで貴方の「ショップ」に大きく援助をしてきた。でもそれはもう限界という事は分かるよね」
ノルンがそこまで言った瞬間、シンは何が言いたいのかすぐに予想が付き、代わりに答える様に話す。
「・・・もしかして、ここに来るのもかなり力を使うから暫くの間現れてこないという事か?」
「・・・・・・・・」
シンの言う事は今までの状況を鑑みれば最も考えられる事なのだろう。しかし違っていた。何故ならノルンは徐に首を横に振っていたからだ。
「じゃあ・・・」
シンの言葉を遮る様に言った次の言葉を口にする。
「もう二度と現れません」
「!?」
余りの衝撃的な事を知ったシンは思わず目を大きく見開く。それに対しノルンは未だに落ち着いた様子で答える。
「私がここに現れている事ができるのは、あなたの中に存在していたからです」
「俺の中に?」
「はい」
「何で中なんだ?外から干渉はできないのか?」
「貴方は何か魔法をかけられた事はあるの?」
「・・・ああ、そうか、そういう事か・・・」
シンには「魔力吸収」を持っている。おまけに少なくとも洗脳できる魔法は効かないシン。攻撃手段が魔法を中心にしている者にとっては天敵の様なものだろう。
ノルンはシンの身体が「BBP」となる前に予めシンの身体に干渉して「ショップ」への援助と夢に現れる様にしたのだ。
「そう、最初からあなたの中に入っていたという事。貴方が体を思い通りに変えた時に私は莫大な魔力と共に入った。だから、「ショップ」と夢に干渉できたの。・・・予定よりも早く限界を迎えたのはちょっと予想外だったけど」
「今俺が見ているのは、プログラム・・・本人ではないのか?」
シンはプログラムされたホログラムと言いかけたが、この世界では話分からない言葉である事を思い出し言い直した。
「そうだね、本人じゃないね。プログラムって言うのは分からないけど、幻影の様なものかな?・・・まぁ取敢えず本人じゃないのは確かだから」
ノルンもノルンでこの世界の事を知らないシンでもでも分かる様に言葉選んで答える。
「貴方は現実と仮想の世界の身体を組み合わされて、更に改造された存在。それ故に苦しむ事もあるでしょう」
その言葉を聞いた時、シンは昔の夢をよく見る事を思い出す。
「・・・最近の「ブレンドウォーズ」の世界の夢を見るのもそれなのか?」
「うん。ただシン君の場合はかなりの割合で「BBP」になっているからその世界の夢をよく見ると思う」
「・・・・・」
「貴方は一人の人間であり一人の人間ではなく、一人の人類であり、人類ではない存在」
そうノルンが答えた時シンは小さな溜息を吐き肯定の言葉を口にする。
「・・・そうだな」
シンは数秒程黙り、ノルンにこう訊ねる。
「ノルン」
「?」
「人間・・・人類って何だ?」
それを聞いたノルンはどうもするわけでも無くただ冷静に淡々と答えた。
「それ以上もそれ以下でもない、よ」
酷くシンプルな言葉だった。傍から見れば余計に分からない言葉だ。だが、シンはそれ以上訊ねる事も無くただ一言だけ。
「そうか」
そう返しただけだった。その言葉にノルンは穏やかな口調で答える。
「貴方は貴方なりの生き方をして」
穏やかな口調のせいなのかノルンの顔が穏やかそうに見えた。そんな風に見えたシンは思わずノルンの名前を呼んだ。
「ノルン?」
穏やかではあるが声のトーンが落ちた話し方でシンに語る。
「ゴメンね、もうここまでみたい」
穏やかだが、物悲しそうな顔に見える。
「・・・・・」
シンは何も答える事も無くただ黙っていた。ノルンは神妙な口調になる。
「最後に」
「何?」
次に話す口調は穏やかだった。
「この世界にダンジョンがあるんだ。機会があるなら色んなダンジョンに行ってみて」
「・・・分かった」
ノルンはもう時間の無く、精一杯の自分の事に関する情報を伝えたのだ。シンはその事を察して追求せず、ただ一言だけ答えたのだ。
「・・・じゃあね」
ノルンがそう言うと徐々に周りの世界が光の強さが増していった。
「またな」
シンは別れの言葉を言うつもりは無く、最後にこの言葉を言った。
その瞬間、シンもノルンも白い光に包まれていった―――
白い光から抜け出す様に瞼を開けると目の前には岩の天井があった。
「あ~、しまった、まんまと流されてしまったな」
そう愚痴るシン。ノルンが「そのままいて欲しい」について言及しようとした時慌てて話題を変えた事について尋ねよう考えていたのだが、「ショップ」の必要魔力の件で有耶無耶になってしまった。
・・・そもそもノルンの魔力の関係で時間的に問題はあったが。
「・・・・・」
シンは目の前の岩の天井を見ながら静かに目を閉じる。
ノルンが言っていたあの言葉を思い出していた。
貴方は一人の人間であり、一人の人間ではなく、一人の人類であり、人類ではない存在
もう一度目を開く。静かに深い深呼吸をした。
「俺は俺だ」
そう呟いて体を起こしワークキャップを被り、洞窟から外へ出た。その時アカツキから挨拶がかかった。
「おお、ボス、おはよう」
「ああ、おはよう」
目の前に広がる世界は暗くも無く明るくも無い、日の出が出るのか出ないのかボンヤリとした世界だった。これは明らかに太陽が地平線より上に昇る前から大気中の塵による光の散乱により空が明るくなり始める頃だった。
奥はオレンジ色の薄い一線。その周りは澄んだ空気感のある白と水色が混ざった奥の空。手前の空では奥から手前に見れば見るほど、群青から紺碧、紺碧から藍と言った段々濃ゆくなっているが淡く爽やかで空気感のある綺麗な空だった。
古くからあり、洒落た言い方で東雲、黎明、彼誰時、そして、暁だ。
「綺麗だな・・・」
「そうだな」
シンとアカツキは2分程その空を眺めて朝を出迎えた。