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78.我儘

 暗闇の街の中。時間帯は恐らく夜中の8~9時程だろう。

 街中の家々の灯りは主に酒場か娼館、夜でも開けている怪しげな物を売っている胡散臭い店等だけだった。

 この世界での灯りと言えば火の光が頼りであり、ランプ、ロウソク、松明等の原始的な物しかない。その為明るいと言っても火の光はたかが知れている。しかも、酒場か娼館が多い場所であればこの世界であれば非常に明るいのだろうが、人通りの少ない場所はそうはいかない。

 人通りが少ない場所であれば外に出ている者は非常に少ない。いや、今回の場合は多いというべきだろうか。数える程ではあるが家の灯りがチラホラ見える。

 こんな暗く人通りがほとんどない中であれば良からぬ事を考えている者であれば好都合な時間帯でもある。その為、月の光を頼りに行動しているか、夜目によって行動しているか、余程己の力に自信があるから火を灯している、のどれかだった。

 つまりこんな時間帯に街中を歩いているのは何か良からぬ事か隠し事をしている者が多く、ほとんどの一般人は家に入って就寝するしかなかった。


 だが今回の場合は違っていた。人通りが少ないはずの場所で、武装して松明を持ち、ウロウロしている者達がいた。3~5人位で構成されて、鋭い目つきで辺りをキョロキョロと見回し、まるで何かに警戒しているかのようだった。


 雲が少しずつ晴れて、月が見え始めた頃。ヨルグの町の中、屋根から屋根へと飛び移る者がいた。


 スッ


 頭の上で何かが横切ったかのような感覚を覚え、思わず上を見る武装した男。


「?」


 急に上を向いた男に気が付いた別の男が声を掛ける。


「どうした?」


 上を向いた男は今起きた出来事を正直に答える。


「いや、何か上の方で通ったような気がしてよ・・・」


「上ぇ?」


 別の男も注意深く上を見る。


「・・・?」


 だが、何もいなかった。


「・・・虫じゃねぇの?」


 ぶっきら棒に思い浮かべた事を口にする別の男。その言葉を聞いた上を向いた男はやや腑に落ち気味になる。


「そう、か、虫かもしれねぇな」


 そう答えた上を向いた男はそのまま辺りを見回る任務を続行した。


「虫にしちゃでかいもんが通ったような・・・」


「じゃあでかい虫だろ」


 男達はそんな適当な事を言いつつも辺りを見回しながらその場を去って行った。だが、上を向いた男はある意味正しかった。上で通ったのは虫ではなく、別の「何者か」だった。

 だが、その「何者か」はもう既に現場にはいなかった。


「・・・・・」


 その「何者か」は下の様子を窺いながら、静かに走って屋根伝いに移動していた。走っている最中、月の光によって照らされて「何者か」の正体が明らかになる。


「もしかしてボス、あんな回りくどい事をしたのって何か試したかったのか?」


「ああ、声を変えられるかどうか知りたかったから・・・」


「なるほどな・・・」


 その「何者か」はシンだった。町の中を歩いてしまえば騒ぎを大きくしてしまう。そこで屋根伝いにギルドまで移動する事にした。


「しかし、声も変えられるんだな」


「ああ」


 アカツキはシンがヨルグへ入る前の事を思い出す。



 遡る事、シンが崩れた城壁から入る頃にて。


 崩れた城壁付近にいた4人の内、一人が気配を感じ取り、広大な平原の奥の方へ目を向ける。暗い中である故、松明を左手で掲げながらいつでも抜刀できるように構えていた。


「・・・・・」


 男が構えていた事に気が付いた別の男は声を掛ける前に何かあると感じ取った。


「・・・・・・」


 その男は残りの2人に手で合図を送って警戒するように指示を出した。


「「「・・・・・」」」


 別の男達は頷く。そして構えていた男の視線の先を追って同じく左手に松明、右手にいつでも剣を抜ける準備をした。


「「「・・・・・・・・・・」」」


 そうして警戒している中、シンは左手を触手状にして目に見えぬ速さで


 バチッ!


 4人全員持っていた松明を破裂するように明かりを一斉に消した。シンの左腕も当然「BBP」であるから黒色だ。暗闇の中へ吸い込まれるようにして攻撃をすれば攻撃した瞬間はほとんど見えない。更に目に見えぬ速さだったから「見られた」という事は無い。


 松明が突然消えてしまった事で常闇の世界に放り込まれてしまった男は思わず


「クソ、何も見えねぇ!」


 と声を上げてしまった。これが命取りだった。


 トスッ


「っ」


 男の首側面から60cm程の鋭い黒い刀状の何かが貫通した。声を上げた男は何か叫ぶ事も無く絶命した。シンは物音を一切立てずに近づき刀状となった右手でそのまま刺し殺したのだ。


 ズッ…


 そのまま刀状の右手を静かに引き抜いて元の右手に戻して絶命した男をそっと地面に伏せさせる。すると隣から


「お前らあまり動くなよ!」


 という声が聞こえた。その声を発した男は気が付いてはいなかったようだが確実にシンの所まで近づいて来る。

 その事に察したシンは、右手の親指を声を発した男の方へ向けた。その瞬間――


 トスッ…!


「ぉっ・・・?」


 親指を細くて長い棘上に変えて、男の左目より少し下を素早く貫いた。男はごく僅かに声を漏らしたが明らかに動揺していた他の男達には聞こえていなかった。シンはそのまま近づきながらそっと引き抜き静かに地面に伏せさせた。


 シンはこの男が発した「お前らあまり動くなよ!」のセリフを思い出す。シンから見て少し奥の方から


「チッ・・・マジで何も見えねぇな」


 と悪態をつく男がいた。


(・・・ちょっと試してみるか)


 シンはついさっき殺した男の声色を思い出しそのまま声を上げる。


「声を上げるなよ。居場所が分かるぞ!そのままゆっくりと下がれ!」


 シンの声は明らかについさっき殺した男の声だった。

 因みにシンのセリフ通りに動くと、相手はどこへ向かうのかすぐに分かってしまう為これは悪手だ。

 最初に男が言った「お前らあまり動くなよ!」が得策に近かった。あまりその場から動かずにある程度声を出して誰が無事なのかを確認し暗闇に目を慣れさせる。これがこの場合での得策だった。


 シンは横から誰かが近付いてくる気配を感じ取った。


「・・・・・」


 シンの方へキョロキョロと警戒しながら近づいてくる男。どうやら男達の内の一人の様だ。シンがここへ来て一言も話さなかった為、この男の声が分からない。そこで今度は悪態をついた男の声を真似てみた。


「おい、誰かいるのか?」


 更に近付いてきた男に小声で掛ける。


「お、おお、お前か・・・」


 一切話さなかった男は安堵したのか思わず話し出した。だがその瞬間に


 トスッ…!


「ぇ?」


 シンは用済みと言わんばかりにさっきの男と同じ方法で殺した。男は何かが起きたのか分からないままグリンと白目をむいた。シンはさっきの様に静かに引き抜きそっと地面に伏せさせた。


 ここまでで4人。最後の一人は崩れた城壁のほぼ真下まで、この場に居たシンから離れて行っていた。その様子にシンはそのまま真正面に男の元へ行かず、少し回り道をして近づく。


「・・・・・」


 近づくに従ってその男はどうやら暗闇に少しずつではあるが目が慣れてきていた様だ。その証拠に不安でキョロキョロと見渡していた様子が、ゆっくりと見渡すようにしていた。

 そこでシンは男の目の前で急に灯りを見せて男達の誰かの声を使って声を掛ける事にした。こうする事で急に光が灯された事と仲間の声による安心感と、急な光源による目眩ましに遭わせる事ができる。

 シンは「収納スペース(インベントリ)」から某有名なあのライターを取り出す。


(そういや、ライターしか持っていなかったな・・・)


 心の中でそうぼやく。シンは顔になるべく火の光が当たらない様に左腕を伸ばして火を付けた。


 キンッ


 シュボッ


「!?・・・火?」


 突然謎の音がする方へ振り向くと小さな火が暗闇の中で浮かんでいた。男はいきなりの事に驚き身構えるが


「ああ、これで見えるだろ?」


 この声を聞いて安心する男。だがこの声は当然シンが一切話さなかった男を真似た声だ。


「あ、ああ。すまねぇな」


 安心しきった男はそう言ってその小さな火にゆっくり近付いて行く。飛んで火にいる夏の虫。この状況を例えるなら正にこれに当たるだろう。


「けどお前、そんなマジックアイテ・・・」


 男がそこまで言った瞬間、灯された火によって浮かび上がったその火を起こした張本人の顔が見えた。


「っ!?」


 それを見た瞬間「お前誰だ!」と叫ぼうとした時――


 ザンッ…!


 シンは目にも止まらぬ速さで刀状にした右手で男の首を薙ぎ払っていた。


 シャー…!


 頭が無くなった身体は勢いよく出る赤い水が出る噴水となった。


 ドサッ…


 ひとしきり噴射した頭が無くなった男の身体とそのまま力無く倒れ込んだ。同時に宙に舞っていた男の頭も身体のすぐ隣に落ちてきた。ほぼ同時に地面に伏した為、ほぼ一音に聞こえた。


 カチンッ


 ライターの火を消す特有の音を辺りにならした。その音と共に命の火と灯された小さな火は消えた。



 時を現在に戻す。

 シン達は未だに屋根から屋根へと移動しながらその時の目的について話していた。


「だが、いくら試すと言ってもよ、依頼遂行中にする事か?」


 アカツキは心配そうに語る。シンはそれ言葉に対して気軽な答えを出す。


「万が一失敗してもどうにかなるだろ?」


「まぁ、そりゃそうだが・・・」


「・・・・・」


 アカツキはいくら試したい事があったからとは言えシンが依頼遂行中にこのような真似をした事に理解ができなかった。シンはその事を察して数秒程間を置いて小さな溜息を付いて答える。


「・・・俺は今回の様に試したのは自分の事を知りたかったからなんだよ」


 それを聞いたアカツキはいまいちピンと来ず、具体的な説明をシンに求める。


「どういう事だ?」


 シンは真剣な顔つきで答える。


「今回の事で俺は何ができて何が出来ないかを知るべきだと思ったからな」


 アカツキはシンが何を言いたいのか漸く分かった。


「・・・それは、ナーモ達の事か?」


「・・・まぁ、それもある」


「・・・・・」


 ナーモ達はたくさんの経験をして大きく成長したというのに、シンは自分自身の事はあまり知らない事の方が多かった。

 そのせいで、皆には迷惑をかけてしまった。


 皆に恐れを抱かさせてしまった事。

 皆を知らずの内に甘やかしてしまっていた事。

 そして、「鉄になる」という言葉をエリーに言わせてしまった事。


「それを知って今後どう人と接すればいいのかとか、手段を増やす為にやったって事か?」


「ああ」


 シンのその言葉聞いてアカツキは納得する。


「なるほどな・・・。確かにボスは自分自身の事を知らなさすぎるな。・・・まぁ、「覚悟」の方は殺すにしても、ボスがいた洞窟には人が来なかったからできないだろ?」


「・・・だが、盗賊ならその辺探せば見つかるだろ?」


「いや、少なくとも半径500m以内にはいなかったぞ。何しろ俺が見てんだからな」


「そうだった・・・」


 洞窟にいた時でもアカツキが周辺警戒していた為、盗賊やモンスターがいればすぐにシンに伝える。だが、モンスターは兎も角、盗賊は居なかった。その為、自然と皆に人を殺す覚悟を決めさせる事ができなかった。

 アカツキは殺す事への覚悟を教えなかったのはシンのせいではないと考えている。


「飽く迄こいつは俺が見て思った事だが、ボスは相手との距離感や感情の理解が出来ていない。あと身勝手・・・我儘な節があるな」


「・・・我儘?」


「そうだな・・・例えば、子供達に「生き方」を教えるのに態々キャンピングカーなんか必要ねぇだろ?」


「!」


 そこまで言われた時シンはハッと気が付いた。そんな様子のシンにアカツキは続けて話す。


「そのキャンピングカーはボスの為に用意したんじゃないのか?」


「・・・・・」


 アカツキの言う通りだった。


「そして、今でも依頼遂行中に自分が試したい事を堂々とやってるしな」


「・・・・・」


 最早ぐぅの音も出なかった。


「別にボスが何か試す事に反対じゃねぇよ?試したいのであれば試しゃいいさ」


「・・・・・・・」


「けどな、だからと言って俺は依頼遂行中にそれをするのは感心できないな・・・」


「・・・すまなかった」


 アカツキは穏やかな口調でシンに語り掛ける。


「ボス、何かするんだったら俺にも一言相談してくれよ?」


「・・・すまないな」


「分かってくれさえすりゃそれでいいよ」


 そんなやり取りをしているといつの間にかギルドが目視できる距離まで縮めていた。


「・・・とそろそろギルドだぜ、ボス」


「そうか」


 目の前には帝国支部ギルドが立っていた。そのギルドのほとんどの窓は暗かった。だが、2階のある部屋の窓には仄かな灯りがともされていた。


「・・・あそこか」


 シンは皆とネネラと一緒にそのギルドへ赴いた時の事を思い出していた。シンが上を向きギルド長であるアウグレントが出てきた部屋があった。今の位置とその時の事を合わせれば恐らくその部屋がギルド長室だろう。

 シンはそう考えジッとその部屋の窓の明かりを見つめていた。


「ボス、分かっていると思うが、俺は内部の様子と人数は分からんぞ?」


「ああ、だからそのままあの窓から入る」


 シンはそう言って目つきを鋭くさせ殺気を強く籠める。


「始めるぞ」


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