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 薄暗い中ゴツゴツとした数々の岩がある壁があった。正確にはそこは崖の下だ。


 ドンッ…!


 何か重いものが上から降ってきた音が辺りに響いた。思いきり地面に落ちたせいか、地面に小さなクレーターが出来てしまった。

 その地面にクレーターが出来た原因はシンだった。


「あ~・・・やっぱり高すぎたか?」


 辺りを見回すと直径7m程の平坦な土地に着地していた。だが、そこは目的の平原ではなく崖となっており、また更に降りなければならなかった。その事を通信機によってアカツキはシンに伝える。


「ボス、もう一回その崖から降りると平地になる。」


 崖の下見ると約40m下にはなだらかな坂の様な平地があった。


「このまま下りたらそのまま走ればいいんだな?」


「ああ」


 この崖を下りれば、後はそのまま走るだけ。その事を知ったシンは躊躇う事無く飛び降りた。



 着地の衝撃を逃がすために崖の壁にある足を引っかけられそうな所に片足ずつ階段を下りる様に当てて降りて行ったシン。


 ドォッ!


 再び大きな衝撃音が辺りに響く。そのせいで辺りの木でさっきまで眠っていた小鳥たちが起きて騒ぎ立てて飛んで行った。そんな光景にシンは小鳥達をただ見ていた。


「ボス、後はそのまま走るだけだ」


「分かった」


 シンはカモシカの様な足のままヨルグへ向かった。



 シンが走っている中、アカツキはリースとネネラの故郷である集落の事を思い出した。


「ボス、ネネラとリースの話の事をどう思うんだ?」


 アカツキのいきなりの話題にシンは動じる事も無くただ冷静に受け止めて数秒程考える為の間が空く。


「・・・・・・・・」


 考えが纏まったのかシンは冷静に答える。


「・・・多分だが、リースは占領された集落でネネラとニニラの集落は侵略だったのだろう」


 シンの簡潔な答えにアカツキは詳しい答えを求める。


「と言うと?」


 シンは走りながらだというのに息を乱さずに淡々と答える。


「アイトス帝国は20年近く前から急に周りの集落を強制的に合併させて大きくなった国家だ。その20年近く前はネネラ達とリースの集落は恐らくどこの国に属さないのだったんだろう」


 シンがそこまで言えばアカツキは自然とシンが何を言いたいのかが漸く分かった。


「そうか、リースは小さい頃に穏便に集落を明け渡す事になったから帝国出身という訳か」


「ああ。そしてネネラとニニラの集落は交渉で上手くいかなかったから侵略されて・・・」


「口減らしの為に追い出されたって訳か・・・なるほどな」


「それに小さい頃でそんないきなりの出来事や混乱があれば印象に残っても詳細は分からないしな」


 ニニラとネネラ、リース達の詳しい年齢は分からない。聞く機会も無いし、単刀直入に尋ねても女性である彼女達の口からすんなり答えが返ってくるとは思えない。

 ただ、見た目から年齢を予想する事はできる。3人とも若く、どんなに年を取ったと見ても20代前半。

 20年近く前であれば多く見積もって24歳と考えて、当時4~5才と考えれば妥当だろう。

 ネネラとニニラが物心がつくかつかないかの年齢の時に集落が侵略されてしまえば出身国は帝国という事になる。しかも追い出されたとなれば、その後の彼女達の生まれた土地の情報はあやふやになる。人の記憶はあやふやなものだ。人伝に訊ねたとしてもいつ生まれ故郷がどこの国に属していないのか、帝国領なのかが余計に分からなくなる。そうなれば次第に自分達の都合の関係で出身国は帝国という事になる。

 またリースの場合は集落を明け渡す事で、事実上帝国に占領され、領地となる。リース自身当時物心がつかない頃であれば生まれた故郷が帝国領なのかそうでないのかについてはそれほど重要でないから占領された時の状況をそのまま鵜呑みにする。その為、リースは帝国出身と思い込んだのだろう。

 つまり少なくともこの3人は帝国とはずいぶん昔から関係あったのだ。


「洗脳関係の魔法ってのは、小国家でも使える程のもんなのか?」


「分からない。ただ、小国家だからこそ恩恵が大きい所はあるんだろうだが・・・」


 この世界での小国家は領土が小さい国である事は間違いないだろう。小国家という事は経済面でも軍事面でも規模は小さい。となれば軍事規模が小さい国であれば冒険者等の即戦力がある人間を洗脳させて軍隊に変えれば一気に軍事力は上がる。しかも金もあまりかからないだろうから低コストである。その為経済面でも対して痛手を負わない。

 こんな都合のいい手段がある小国家はほぼ間違いなく大国相手でも大きな脅威となるだろう。


「・・・使い捨てなんだろうな」


「多分な・・・」


 洗脳して兵士にするという事は、洗脳された兵士は自尊心を失わせるという事だ。この洗脳は信仰の様な形となっている。アメリカの独学の社会哲学者のエリック・ホッファー氏は「信仰」についてこう綴っている。



 信仰と恐怖はともに、人間の自尊心を一掃する為の手段である。

 恐怖は自尊心の自律性を破壊し、信仰は多かれ少なかれ自発的な降伏を勝ちとる。

 両者がもたらす結果は、人間の自律性の除去…即ち、自動機械化である。

 信仰と恐怖は、人間の実存を意のままに操作できるひとつの定式にしてしまう。


 エリック・ホッファー「魂の錬金術」から

「情熱的な精神状態」より



「何を考えてんだろうな」


「少なくとも国土拡大するためにではある事は分かるけどな」


「それにしたって、今回の事を考えれば帝国のお偉いさんは相当・・・」


「民草の事なんか考えていないだろうな・・・」


 シンとアカツキは呆れた口調で話す。

 だが、それは当然の事だろう。人間を機械化するという事は臨機応変に対応する事ができなくなる。下手をすればそれが原因で外部からではなく、内部から崩壊してしまい立て直しができなくなってしまう。

 こうなる事に予測ができず、ただ単に軍事力だけを上げていくと言った短絡的で思慮の浅いやり方。

 そんなやり方に呆れてしまっても仕方がない。


「ボスが・・・いや、あの子供達がいた所は碌でもねぇな」


「今思えば全員脱出できた事に驚いているよ」


 シンは「やれやれ」と言わんばかりの口調で話す。するとアカツキは何となく線の事で気になる事があってシンに訊ねる。


「ボスは洗脳が解けると思うか?」


 数秒程考える間が空く。時間が経った瞬間シンは


「出来ると思う」


 と即答する。アカツキは率直に詳細を尋ねる。


「何故だ?」


「世界がこんだけ広いって事はいろんな人間がいるって事だろ?だったらそんな方法を知っている奴が至っておかしくない」


 この世界は地球の約2.2倍ある。その上、地球にはない魔法と言った手段にこの世界特有に進化した生物や植物があってこの世界特有の薬学もある可能性が非常に高かった。シンは根拠こそは無かったが、十分に信憑性のある「何か」の存在はしていると考えていた。

 ここで一つ疑問が生じた事にアカツキは気が付く。


「・・・アイトスの連中は洗脳が解ける事が知らないのか?」


 アカツキの言う通り、魔法とこの世界特有の薬学がある事をアイトス帝国の者達が知らないはずが無いと考えていた。

 シンはアカツキの疑問に冷静に答える。


「俺達みたいに世界の広さを知らないか、洗脳がかかっている全員一気には無理じゃないかと高をくくっているかのどっちかだな」


 この世界の魔法による移動手段があるかもしれないが、交通手段は基本的には中世レベルだ。という事は様々な土地であらゆる技術が確立し、独自の文明を持った部族や国があってもおかしくない。だが、交通手段が乏しければ洗脳を解く手段が知らない事、或いは他にもあるかもしれない。

 また、洗脳は複数の人間を一気に解く事が無理で、一人一人で対応しなければ解く事ができないのではとシンはそう考えていた。

 もし、そうであれば相当数の洗脳された人間を一人や二人解いた所で自分達の株が損なわれることは無いと考えるだろう。解かれた人間が洗脳された事を訴えたとしてもほとんどの場合は身分が低い者である事が多いし、言った所で精々、根の葉も無い噂話で済む事が多い。

 実際、シン達が事実確認するまでは洗脳されていた現場が帝国支部ギルドなんて誰が考えていただろうか。ほぼ誰もいなかっただろう。


 シンの考えを聞いたアカツキは一つふと思った事を話した。


「・・・もしもの話だが、一気に洗脳が解けてしまったらどうなるんだろうな」


 一瞬考える間が空いて答えるシン。


「ん~状況にもよるだろうけど、一気に軍事力が下がって、信頼を失う。そして経済面はガタガタになって一気に滅亡の道にまっしぐらってところかな・・・?」


 そんな答えにアカツキは素直に評価する。


「大雑把だが、ボスが言ってる事が正解に近いんだろうな」


 シンの言う通り状況にもよるが、そうなればよっぽどの立て直す手段か当てがなければアイトス帝国は滅亡の道をたどる事になるだろう。


「・・・っと」


 走りながらそんなやり取りをしている間にあっと言う間にヨルグとの距離が約3.1kmにまで縮まった事にアカツキは気が付いた。


「ボス、そろそろ元の身体に・・・」


 アカツキがシンに元の身体に戻すように促す。ヨルグには一般人が多いが、魔眼族の奴隷は存在する。

 また、魔眼族がいなかったとしても目の良い者は少なからずいるものだ。

 もし、魔眼族の奴隷にシンの姿を見られでもしたら、助けた後に遅かれ早かれシンの能力の事を突き止める者達が出てくるだろう。

 目視で約3km先からでも視認できる魔眼族の連中にシンの今この姿を見せるわけにはいかない。

 既にシンも「羽休めの町」ヨルグが小さく見えた事により次に何をするか、すぐに行動に移した。


「分かってるよ、すぐに戻る」


 そう言って走るのを止め、一度立ち止まった。


 ググググググググググググ…


 袖から見えていたカモシカの様な足が徐々に引っ込んでいき、人間の様な足、元の状態に戻した。


「・・・・・」


 シンはちゃんとした人間の様な足になっているかどうかを確かめる為に隈なく見た。


「俺からは問題ないように見えるが、どうだ?」


 とアカツキに尋ねるワークキャップのカメラからも上空からのカメラでもどこともおかしな点が無い。アカツキも


「ああ、問題ない。走ってもいいと思うぞ」


 と答える。


「そうか、じゃあ移動を再開する」


「了解」


 元の身体の状態で走った。



 完全に日が落ちて、代わりに昇ってきた月が薄明るい光によって周りの様子を照らしていた。そんな月の下の平原で通常の人間の足の状態で時速60km程の速度と通常の人間ではありえない速さで走っていたのはシン。そんな走行中にアカツキから通信が入る。


「ボス、あと1.069mだ。そろそろ速度を落とした方が良い」


 いくら遠い所からと言っても速度が速いかどうかについては距離が縮まれば縮まる程だんだん分かりやすくなってくる。

 だから、アカツキは速度を落とすように言った。


「了解」


 そう答え半分程の速度に落として走る。するとアカツキが正確な速度をシンに伝える。


「ボス、今の速さは時速31.8kmだ」


 それを聞いたシンはそのまま走っても問題ないと判断した。


「了解、このまま走り続けるぞ」


 他の者に見られない様、念の為に時速約30kmで走った。



 シンとヨルグの町まで50mの所でシンは近くにあった大きな岩の陰に身を隠していた。


「後はあの城壁を超えたら問題は無い」


 周辺を見回りしている人間の事を警戒してそのままヨルグの検問所か城壁が崩れた所から入らず様子を窺っていた。

 するとシンの視線の先には4人程の武装した者達が辺りを見回りしていた。


「ボス、4人程その辺りで見回っている」


 シンは城壁の向こう側にいるかアカツキに訊ねる。


「城壁の側中のすぐ近くにはいないのか?」


「ああ、今の所確認はできていない」


「なら、そのまま殺して俺が入っても問題ないな」


 シンはそう言って右手を刀状にして静かに殺気を込めた。



 同時刻武装した連中は細心の注意を払っていた辺りを警戒していた。以前シン達を捕まえる為に国境付近に張っていた連中と違ってかなり腕が立つ。

 その為なのか装備していた武器や防具はそんじゃそこらにいる、ならず者にしては上等な物だった。

 暗い中メラメラと燃える松明を頼りに周りを照らし、鋭い目つきで自分たち以外の者がいないかどうかを探っていた。


「ん」


 4人の内、一人が気配を感じ取り、広大な平原の奥の方へ目を向ける。暗い中である為、松明を左手で掲げながらいつでも抜刀できるように構えていた。


「・・・・・」


 構えていた事に気が付いた別の男は声を掛ける前に何かあると感じ取った。


「・・・・・・」


 その男は残りの2人に手で合図を送って警戒するように指示を出した。


「「「・・・・・」」」


 別の男達は頷く。そして構えていた男の視線の先を追って同じく左手に松明、右手に剣を抜く準備をした。ここでうっかり抜刀しようものなら、旅人等であれば言い訳ができるが、もし味方の目上の相手にしてしまえば地位的にも物理的にも首と飛ばされてしまう。それだけは避けたいから、いつでも剣を抜ける準備をしていた。


「「「・・・・・・・・・・」」」


 そうして警戒している中、男達が持っていた松明が急に


 バチッ!


「おわっ!」


「あっ!?」


「っ!!!」


「!!?」


 破裂したかの様に一斉に消えてしまった。それぞれ松明が突然消えてしまった事に様々な驚きの声を上げる。運の悪い事に丁度その時月が雲に隠されて何も見えない状態になった。


「クソ、何も見えねぇ!」


「お前らあまり動くなよ!」


 急に常闇の世界になった事に動揺し始めるがすぐに指示を出して4人を何とか落ち着かせて冷静になった。


「チッ・・・マジで何も見えねぇな」


「声を上げるなよ。居場所が分かるぞ!そのままゆっくりと下がれ!」


 この男の言う通り声を上げるとすぐにどこに誰がいるのかを敵に教えてしまう事になる。そうならない様にゆっくりと自分達が分かる範囲で後退してある程度闇に眼が慣れてきたら、周りの状況が分かり態勢を立て直せば良い。


(よし・・・何とか目が慣れてきたな)


 その男は突然の暗闇であるにも関わらず、目が慣れて少しずつ見えるようになってきた。持っていた消えた松明を捨てて鞘を左手で添えていつでも勢い良く抜刀できるようにした。


(どこだ?どこに・・・)


 男がキョロキョロと見回して警戒していると


 キンッ


 シュボッ


「!?・・・火?」


 音がする方へ振り向くと小さな火が暗闇の中で浮かんでいた。男はいきなりの事に驚き身構えるが次の仲間の男の声で少し安心する。


「ああ、これで見えるだろ?」


 聞き覚えのある声。自分の隣にいた仲間の男の声だった。


「あ、ああ。すまねぇな」


 安心しきった男はそう言ってその小さな火にゆっくり近付いて行く。そして、何故「小さな火を灯す」事ができたかについて訊ねようと声を掛ける。


「けどお前、そんなマジックアイテ・・・」


 男がそこまで言った瞬間、灯された火によって浮かび上がったその火を起こした張本人の顔が見えた。


「っ!?」


 それを見た瞬間何か叫ぼうとした時――


 ザンッ…!


 何か柔らかい物を切ったような音がして


 シャー…!


 何かが勢い良く溢れる様な音がして


 ドサッ…


 何かが柔らかくて重い物が落ちる音と共に


 カチンッ


 その音と共に灯された小さな火は消えた。まるで命の火を・・・


「ボス、周辺に誰もいない。始末した4人で全員だ」


 消したかの様に・・・。


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