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76.向かう者

 ギルド長室にはギルド長と副ギルド長であるグランツとマリーは勿論、招かれたロニーもいた。窓からは紅い日の光が差し込んでいた。どうやら外は夕方の様だ。シンはこれから何をするかについて伝える為にギルド長室のソファに座っていた。


「そろそろ依頼に取り掛かる」


 伝える言葉はシンプルだった。だが、この件に関わった者であれば、こんな言葉でも十分伝わる。

 十分伝わった事をこの場の出代表するかのようにマリーが答える。


「分かりました。どのくらいの時間で依頼達成できますか?」


 この場にロニーがいる為か、丁寧語でシンに接するマリー。

 これはかなり重要な事をシンに訊ねている。

 今回の依頼は時間がかかればかかる程エーデル公国支部ギルドの立場がどんどん狭まって来る。下手をすればギルド長、副ギルド長といった役職から辞任せざる得ない程に。

 その為、どのくらい時間がかかるかによって次の行動が移せる事が出来るかどうかが分かる。

 マリーの問いにシンは何の躊躇いもなくすぐに答える。


「次の日の午前中までにはどうにかなる」


「「!?」」


 この場に居る全員が目を見開き、急に短く息を吸い込み止めた。またマリーが代表するかのようにシンに訊ねる。


「待って下さい。明日の午前って、まさか・・・」


 マリーが全て答える前にシンは頷く。


「今夜ヨルグに向かう」


「「「!?」」」


「今夜・・・!?」


 シンのその答えにギルド長室にいたメンバー全員が驚く。マリーに至っては思わず声を上げてしまう。マリーはドラグーンとして身分を偽ったギアを思い浮かべる。

 確かに竜騎士(ドラグーン)とであれば竜の背に乗せてもらいそのままヨルグへと向かうのだろうと考えた。

 そう考えたマリーはシンに訊ねてみた。


「あ、あの・・・誰かと一緒に行かれるのですか?」


 当然と言うべきかマリーの想像は裏切った答えを口にする。


「いや、俺一人だけだ」


 その答えに今度は「恐らくギルド(こちら)から移動する為の馬車を手配すると考えているのだろう」と思ったマリー。


「そ、そうですか。では御者を手配・・・」


 しかし、シンは食い気味に否定する。


「その必要もない」


「は!?」


「とにかく、俺一人だけでいい」


 シンは()()でこの件をどうにか解決しようと考えていた。その為、今の自分の能力を誰かに見せる気は更々なかった。ギルド側が誰かを派遣すると言ってきたとしても、その人間がシンの能力を見る為の調査員のような存在であれば後々の行動が制限される事態になる。無論、ギアも同じ理由で連れて行く気はない。

 それは避けたかった。

 グランツは大声を上げてシンに詰め寄るように尋ねる。


「ほ、本気で言っておるのか!?」


「ああ」


 グランツはフ~とゆっくりと溜息を吐きながらシンの方を改めて見る。


「・・・冗談は時と場所を選ぶものじゃぞ?」


 穏やかな「本気で言っているのか」と言っていた。その言葉を聞いたシンは似た様な言葉で返した。


「俺は楽しませる冗談ならば言った事ならあるんだが?」


 グランツをジッと見ながら遠回しに「本気だ」と答えるシン。


「・・・・・・」


「・・・・・」


 お互い瞳を覗き込む様にして黙っていた。そんな沈黙が数秒程流れ終いにグランツは溜息を洩らした。


「・・・分かった。もうとやかく言わん」


「ギルド長!」


「マリー、私が見たてでは問題ないじゃろう」


「・・・・・」


 それでもヨルグまで移動する時間の件で未だに不安があった。その事を察してなのかシンはマリーに諭すように言った。


「移動なら問題ない。どうにかできるだろうから」


 シンはそう言ってソファから立ち上がる。これ以上話していても時間が食うだけという理由もある。だが、他にも理由はあった。シン以外の人間を連れずに行く事や移動手段の事等、シン自身かなり妙な事を言ってしまったのだからだ。それを追及される前にこの場から離れるつもりで、エーデル公国(ここ)を発つ事にしたのだ。


「申し訳ないが、そろそろ行く。これ以上時間はかけていられない」


 シンはギルド長室のドアの方へ行きドアノブに手を掛ける。


「では失礼した」


「うむ」


「あ・・・」


 ギルド長であるグランツはそう返事をしたが、マリーは「待ってください」と手を指し伸ばそうとしたがシンはもう既に出て行ってしまった後だった。


「「「・・・・・・・」」」


 マリー以外の他の者は唖然として沈黙の空気が漂っていた。マリーは今回の依頼を引き受けたシンの態度に不安を持っていた。その不安を改めてグランツにぶつける。


「ギルド長、戦闘においては問題ありませんかもしれませんが、移動については何も聞いていないのですよ?」


 マリーはシンのただならぬ気配に依頼自体は問題なくこなす事はできると考えていた。だが、ここからヨルグまでどんなに短く見積もっても半日はかかるはず。それなのにシンは「明日の午前中にはどうにかなる」と言っていた。時間的にとてもでは無いがかなり厳しい。マリーは今回の依頼で次の日の正午すぎてしまえば、少なくともアイトス帝国側からの訴えによりギルド長の立場は危うくなる。


「儂はシン殿の目を見て深い黒い瞳であった事が印象に持っておる。まるで黒い穴の奥に何かあるかもしれない様な、の」


「っ・・・・・」


 グランツのその答えは明らかに勘による憶測だった。マリーは何か反論を言おうとしたが、グランツの言葉に信憑性があった。

 グランツは元Aランク冒険者として生きてきた中で培かれてきた能力。それは人を見る目だ。グランツは一目見ただけでその人間は信頼できるかどうかをすぐに判断できる能力。

 マリーは副ギルド長として就任して以来、グランツが持っているその能力は最も信頼できる判断材料の内の一つとして数えられていた。だから、マリーはそれ以上反論しなかったのだ。


「・・・・・分かりました。もう私の方から何も言いません」


 小さな溜息を吐きながら、そう言ってマリーは立ち上がりギルド長室にある窓の外を見た。日が山の中に吸い込まれていくように隠れて薄い光が辺りを僅かに照らし、薄暗さを出していた。日本で言う所の逢魔が時と呼ばれる時間帯だろう。そんな暗闇になりつつある町の様子を眺めていた。


「今回は一番キツくなるわね・・・」


 マリーは人生の中で初めて味わった経験の中で一番、苦しかった事は「待つ」だった。

 冒険者として活動していた頃は自ら動く事によってその経験はあまり無かった。だが、副ギルド長として就任してから、こういった重要な依頼を受けた冒険者を「待つ」と言うものを経験する。

 冒険者の間は何かしようと考えればすぐに行動に移す事ができた。だが、立場が大きくなったマリーは迂闊な事は出来なくなった。

 今の様に相当厳しい状態になっているにも拘らず、冒険者の時の様に動いてしまえばより立場が悪くなり、周りの人間に迷惑がかかる。

 何もできないもどかしさと、じっとしていられない焦燥感に苛まれ苦しい思いをしてきた。「待つ」は誰にでもできるが、相当難しいものだ。


「・・・・・」


 今回の「待つ」はマリーの人生の中で一番苦しいものになるだろう、と覚悟を決めて、ただ只管「待つ」事に徹した。



 シンは皆がいる会議室に戻っていた。


「失礼しております」


 ソファから立ち上がって恭しく礼をするパーソ。


「邪魔してるよっ」


「失礼しています」


 それに続いてネネラとリースもシンに気軽に、堅く、挨拶する。

 会議室には皆とギアの他にネネラとリース、パーソがいた。この3人は偶然廊下で出会いそのまま下に降りて食事でもして話そうと歩いていた。その時にまた偶然ナーモとニックが会議室から出てきた。その時、ギアの存在を改めて知った。


「私初めて竜騎士(ドラグーン)を見ました」


「噂通り凛々しいですな」


「ただのドラゴンじゃないとは思っていたけど、特殊なドラグーンだったとはね~」


 そう3人は初めて見たギアの印象について話していた。概ねの評価で言えば「噂通り、大きくて、凛とした格好いい者」だった。

 だが、そんな評価する3人とは余所に皆はギアの事を疑問の目で見ていた。


「「「・・・・・」」」


「む?」


 皆の視線に気が付いたギア。

 確かに傍から見れば3人の評価通りだろう。

 だが、実際は嘘が下手くそで脳筋で子供とピザの取り合いをして負けた事がある、どこか子供っぽいトカゲ・・・もとい、ドラゴンだ。

 皆は大きく溜息を付いた。


「何かよく分からんが失礼な事考えておらぬか?其方達」


 そんなやり取りをしていたギア達にシンはここを一旦発つ事を伝える。


「楽しくじゃれ合っているところ悪いんだが、俺は受けた依頼の為に今すぐここから出る」


「そうか・・・。ここに居る皆は我が守ろう」


「すまない。頼んだ」


「うむ」


 状況が飲み込めない3人は当然置いてけぼりだ。何の話をしているのかをネネラが尋ねる。


「何の話?依頼って・・・」


 シンはそのまま会議室のドアから出てネネラに


「悪いがギアから聞いてくれ」


 そう言ってドアを閉めた。



 ギルドから出たシンは街道には出ず、巨大な木々がある森の中を走ってそのまま走ってエーデル公国から出た。


「・・・・・」


 見渡す限り真っ暗。エーデル公国から出ても変わらず深い森の中のままだった。町の中では薄暗くなっているが、森の中はほとんど暗闇になっていた。そんな深い森の中シンは何の迷いも無く突っ切っていた。


「そのまま後548m程走ったら3km圏内誰もいない」


「了解」


 街道に出なかったのにはいくつか理由があった。

 街道に出れば人に出会う。その時の通常の人間ではありえない速さで走っているシンの姿を見られたくなかった事。

 また、距離の短縮という理由もある。街道沿いに走れば早くとも6~9時間程かかる。そこで距離を短縮するためにあえて通常の人間では通れない所を走った。

 勿論現在アカツキがナビしている道はとてもでは無いが人間が通れるような所ではなかった。だが、「BBP」を持つシンであれば問題なく進める。

 また、こんな深い森の中であれば通常の人間であれば間違いなく迷っていただろう。だがシンにはアカツキという心強い味方がいた。


「ボス、そろそろいいだろう」


「そうか。だが、万が一という事もあるからそこのでかい木の陰で止まる」


「了解。引き続き上空の警戒を行う」


「おう」


 そんなやり取りをしてから数分経った頃。シンが小目標にしていた大きな木の陰まで来たシン。


「アカツキ、この辺で」


「ああ」


 空はほぼ暗くなりかけており周りを見ても人の気配がない。アカツキが周りに明らかに誰もいない事は確認済みだ。つまり誰からも見られずシンの思い通りにBBPの変形ができるようになった。シンの両足はBBPとなっている。その為何かの形に変わる事ができる。


「えーと、まずは」


 シンは最初のイメージを思い浮かべる。


 ググググ…


 両足の脹脛の外側の側面から黒い触手の様なものが伸ばしてサブマリンズボンの裾から顔を覗かせる。


(よし次に・・・)


 ググググ…


(先の方を伸ばして・・・)


 シンは心の中で呟きながら自分の中のイメージを固め触手をある形に変えようとしていた。


 グググググググググググ…


「こんな感じか?」


 黒い触手の形からカモシカの様な後ろ足の様な形に変わった。爪先には鋭い鉤爪2本が付いており、相手を蹴るための武器代わりとしても、地面を強く蹴る為のスパイク代わりとしても、便利なようになっていた。因みにブーツは履いたままだ。


「アカツキ、ナビを頼む」


「OKボス」


 結果的にシンは両足外側面から黒い触手の形から鋭い鉤爪2本を持ったカモシカの様な後ろ足の様な形に変えたのはサバンナのインパラの様に飛び跳ねるような走り方で行こうと考えた。


「まず、そのまま真っ直ぐ行ってくれ」


「了解」


 シンは腕を大きく振り


 ダッ…!


 ダッ…!


 片足一歩ずつ飛び跳ねるように前へ出していく。


 ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ…!


 最初から上手く走れるわけでも無いため、ぎこちなく足運びをする。その為足が地面に就く音のリズムが若干大きい。


 ダッ、ダッ、ダッダッダッ…!


 走るのに慣れていきリズムの間隔が徐々に狭まってくる。


 ダッダッダッダッダッダッダッ…!


 最初は飛び跳ねるような走りだったが、今のシンの走りは直立二足歩行ができる何かの獣の様な走り方になっていた。シンは現状に対して何気なく


「俺今何キロの速さで走っているんだ?」


 と疑問を口にした。シンの身体にはメーターの様な物は無い。そのため走っている速度が分からない。ただ少なくとも馬位の速さだろう。

 シンは今の足の速さの疑問の口にして、すぐに


「ボス、今の速度は時速83.4kmだ」


「・・・マジ?」


「マジだ」


 驚くのも無理はない。馬は普通時速40~48 kmの速さで走り続ける。場合によっては時速60kmの速さで走り続ける事もある。シンは親に車に乗せてもらった事を考えて走っている感覚では馬と同じ速度だろうと考えていた。

 だが実際は更に速い時速83.4kmだった。


「思ってた以上に速ぇな・・・」


「少なくともプロングホーンの次に早いな」


「・・・ボス、それは生き物か?」


 聞き慣れない単語にアカツキはシンに尋ねる。


「ああ、生き物だ。牛とか鹿の仲間だった」


 シンは洞窟の時に読んだ本の中で出てきた動物だ。

 体長100-150 cm、肩高60-100 cm、体重36-60 kgのウシやシカの仲間の偶蹄目の草食動物。背面は褐色から淡褐色の毛が生えており、顎、耳、頚部から腹部、大腿部、臀部には白い毛が生える。

 オスは角を持つが、メスの角はないか、小さな角が生えている。角はシカ科の構成種の様に二股に枝分かれし年に1回生え変わるが、骨質の角ではなく骨の基部の上にウシ科のような角質の鞘でできた角が生える。記録では時速約98km程の速さで走ったとされており、最速の陸上生物の代名詞であるチーターと違ってその速度を維持しつつ長距離走行ができる。別名「エダツノレイヨウ」とも言う。

 そんなプロングホーンの説明を軽くしていた時シンの前に崖が現れた。


「っとそろそろ崖だ、ボス」


「OK」


 そこを下りれば後は真っ直ぐヨルグに向かうだけだ。シンは何の迷いも無くそのままカモシカの様に飛び跳ねながら降りて行った。


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