75.分かり切った嘘
玄関のドアを開けると、古代ローマの服装である白いトーガの様な服を身に付けた仁王立ちしているギアが目の前にいた。身長4mという明らかに体格が大きい為、ギルド職員や中にいた冒険者達のいい注目の的になっていた。
本来この場であれば「ギア、お前何をしてるんだ?」と聞くべきだろう。
「・・・・・」
だが、シンはマリーがギアの事を「ドラグーン」と呼んだ事を思い出す。そして、自分自身の名前を「ギア」ではなく「ドラード」と言った。何か隠す必要がると考えその場に合わせる。
「初めましてドラード、私はシンと申します」
初対面であるかのように振舞うシン。ギアは自分の意に気が付いたと考え返事する。
「うむ」
ギアがそう言うと今度はロニーが話し始めた。
「では早速で申し訳ありませんが私はここのギルド長と副ギルド長に帝国についてのご用件がございます」
「ギルド長と副ギルド長に?」
「はい」
「・・・それは、俺も交わる必要はあるのか?」
「いえいえ、ございませんよ。むしろ貴方様にご用件がございます然るお方は・・・」
ロニーの視線はギアの方へと向いた。
「・・・」
ロニーに合わせるかのように頷いたギア。当然誰に用事があるのかはもう分り切っていた。
「我はシン達に用事がある」
そう言って玄関から入った。当然4mという巨体故に頭が当たらないように屈んで入った。それを聞いたシンは少し目を見開き、マリーに他に部屋があるかどうか尋ねる。
「・・・分かりました。マリーさんギルド長室以外で大きな部屋はございますか?」
マリーはギアの体格の大きさに圧倒されながらも答える。
「は、はい、会議室がございますが、使われますか?」
そうマリーが尋ねた。
「はい」
シンは頷いた。マリーは片手で行き先を指し示す。
「では、こちらに」
シンとロニー、ドラード事ギアは案内するマリーの後に付いて行った。当然ギアは注目を浴びる。
「おい、あれってドラグーンか?」
「何でギルドにいるんだ?」
「しかも、ギルドの奥の方へ行ったぞ?」
その場にいた職員や冒険者は何事かとざわついていた。
2階にあるいくつもある部屋の内、マリーはその部屋のドアの前にいた。
「こちらが会議室でございます」
マリーはドアを開ける。
「うむ、かたじけない」
玄関の時同様、頭に当たらない様に屈んで入るギア。入った事を確認したシン。
「ドラードさんはこの部屋でお待ちください。私は子供達を連れてきますので」
ギアは「シン達に用事がある」と言っていた。「達」という事は皆も交えて何か話す事があるという事になる。
しかも、ロニーの様に部外者を必然的に外さなければならない程の話だ。
当然シンが皆を呼びに行く事告げると
「うむ」
肯定の返事が返ってくる。シンはそのまま会議室のドアを閉め、ギルド長室にいる皆を呼びにいった。
ギルド長室に言ったシンは皆に「会ってもらいたい人がいる」と軽く説明して皆を会議室に導いた。そしてギアが居る会議室手前付近になるとこれから会う人は誰なのかを伝えると皆の顔が明るくなった。
シンがドアを開けてそのまま入る。すると椅子があるというのにギアはどういう訳か床の上に胡坐をかいていた。
「何だ、椅子が潰れてしまうからなのか?」
シンは冷静に現状を見てギアが椅子に座らない理由を予想して口に出した。するとギアは頷く。
「うむ、我にあった椅子は切り株か、丸太椅子しかない」
つまりは「椅子が壊れるから座れない」という事だ。シンの予想通りの答えだった。
シンの後から入って来た皆は会議室にいたギアを見た瞬間、明るかった顔が更に明るくなる。
「あ、ギア?」
「ギアだ!」
明るい顔に会う様に明るい声が会議室に響いた。ククとココは真っ先にギアに向かって行った。
「あーホントだ、ギアだ!」
「何してるの?それに服なんか着て」
ククとココの無邪気な質問にギアは下手な嘘を通そうとしているのか、冗談を言っているのか挙動を隠せず答える。
「な、何を言っておる、我はドラードである!」
「変なかっこ~だ~」
「ギアの顔なんか忘れないよ~」
オノマトペで表現すればキョロキョロ、ウロウロが似合う程にククとココはギアに纏わりついていた。
「馬鹿を申せ!我はギア・・・じゃなくて、ド、ドラードであるぞ!」
挙動が隠せてない上についには本名を明かしてしまったギア。もしこれが真剣にやっているのであればギアはこういった様に何かを偽る事はさせない方が賢明だろう。
「ギアって言ったじゃん~」
「ぬぅぅぅ・・・」
からかってケラケラ笑うククとココ。ギアはそれに合わせてなのか否定の言葉を出す。だが、明らかに「ギア」だと言わんばかりのその存在感と本名を明かした事によって否定の言葉は薄っぺらいものになり、完全に子供のからかい合いのやり取りとなっていた。そんな様子のギアにシンは小さな溜息を吐く。
「いい加減、本題に入りたいんだがな。ギア?」
シンはジロリとギアを見る。その目は呆れた目ではなく、これから真面目な話をする真剣な目でギアに向けていた。
そんな様子のシンを見たギアはククとココの頭を優しく撫でる。
「・・・そうだな、芝居はここまでにするか」
猿芝居とも三文芝居とも言えるかどうか分からない芝居は終わり本題に入った。会議室にある椅子にシン達は座る。ギアは当然そのままだった。
「じゃあ、まず何の用で来たんだ?そんな・・・格好して」
シンは改めてギアの格好を見ながら言葉を選んだ。
「うむ、この服は我が体の大きいドラグーンと思わせる為の物だ」
シンはさっきから気になっていた「ドラグーン」について尋ねる。
「・・・ギアは「竜騎士」の事を知っているのか?」
ギアは静かに頷く。
「うむ、ドラグーンという種族とほぼ同じ姿であるからな」
「同じ姿?」
ギアと同じ姿である事に疑問に思い思わずオウム返しをするシン。
「む?ああ、そうか其方は知らぬかったな。ドラグーンという種族は男のみが竜頭の種族で竜種の生物を扱う事ができる」
「だから「竜騎士」ってわけか」
ギアはまた静かに頷く。
空を飛べる事ができる竜に騎乗する事ができるという事は遥か上から襲う事もできる。また火を噴く事が出来る為、更に戦術の範囲が広がる。対空手段が矢か魔法であれば、それに十分な注意さえすれば恐れる事も無い。
「航空優勢」という考え方がある。少し前まで「制空権」と呼ばれていたものだが、これは「空」を支配した方が圧倒的な有利な事を意味する。例えば圧倒的かつ効果的な攻撃手段の「航空爆撃」等もそれに当たる。
つまりこの世界の文明は中世ヨーロッパレベルではあるが、空軍と言うものは存在するという事になる。
(それを考えれば対空兵器か、航空兵器必要になる、か・・・)
この世界に空軍が存在する事が分かったシンは、ドラグーンはどこの国にでもいるのかギアにどうかを訊ねた。
シンが国に目を付けられた際、どこの国にどれ位の竜騎士を抱え込んでいるか知っているかどうかによって大きく変わってくる。さり気無くギアに訊ねる。
「竜騎士がメジャーという事は、ドラグーンによる竜騎士はどこの国にでもいるのか?」
するとギアは頭を横に振る。
「いや、ルシャターク君主国にしか存在せぬ。その国以外は持っていない、もしくは持ってはいるが少数になるだろうな」
詳しく聞けば「ルシャターク君主国」は「獣人族」と呼ばれる種族による国だ。「獣人族」とは大陸内で2番目に多い種族で、それぞれの種類の獣の耳と尾があり、魔力をうまくコントロールができる者がごく少数の為、魔法による発展は他の種族より遅れている。
但し、動物(怪物やモンスターと言った生き物も含む)を使役する能力が非常に長けている。その為、軍による主戦力は騎馬隊や戦象部隊が多い。ドラグーンによる竜騎士部隊が多く所要しているのもこういった理由だ。
「それにドラグーンで男は生まれた時から軍属の者として育てられるという事になっておる」
更に詳しく聞くと、獣人族には「近獣族」と呼ばれる種族がいる。男性のみが頭部が動物そのもの等、色濃く残っている種族で獣人族よりも身体能力も魔力も高い。また、使役できる動物も他の獣人族よりも早く手懐け事ができる。その為、ギアが言っていたように男性は生まれた時から軍属になっている。男性は女性を守ると言った本能が強い為か同族の女性が傷つけられると手が付けられない位怒り狂うそうだ。
「・・・そうか」
今までの話を聞いていてシンは改めてギアの事について知った。ギアは国の事情の事を知っていた。
「・・・」
シンは何か閃き別の質問をした。
「ギア、「ラッハベール合衆国」という国の事を知っているか?」
「うむ、確か王政や君主が無く民によって政治を行っていると聞く」
「へぇ・・・」
シンは鋭い目でギアを見ていた。そんな目にたじろぎながらシンに訊ねる。
「な、何だ?」
「まだここに三文芝居があったか・・・」
「む?」
何の事なのかと思うギア。シンは小さな溜息を付く。
「・・・お前、「国」の事情は知らないんじゃなかったのか?」
シンがそう言うと
「・・・!」
ギアは「あ、しまった!」と言わんばかりの表情になった。どうやらギアは少なくとも国の事情を知っている。
ギアはどうやら嘘をつくのが下手の様だ。
ギアが転生者と来訪者の話の時に「我は人間の事情はあまり知らん」は嘘だろう。ギアは文字も言葉も理解できる。文字や言葉を知っていればある程度の世間事情は知っているはず。その証拠にエーデル公国の関係者や魔眼族とは面識がある。
また、「転生者らは戦争に利用される事」についても知っているだろう。実際、この土地は帝国領である事も知っていたし、戦争を起こそうとしていた事も噂では無く、出所こそ分からないが、明確な情報による言葉だったのだろう。
それに「確かに「転生者」や「来訪者」には特別な力を持っていることが多い」と言うセリフにも引っ掛かる所がある。さっきの疑問と照らし合わせれば戦争利用についても知っている可能性が非常に高い。
「特別な力」がある事について知っている時点で利用するつもりで近づいてもおかしくはない。あの時は自然と「利用価値と言うのはもしや戦争」と気づいたかのように装っていたが、実際は最初から知っていたのではないのか?
もし、これらの点が事実だとしたら偶然を装ってまでしてシン達に近づいたという事だろう。だが、シンは当時ギアが自分よりも強かった事と自分達の内の誰かを人質に取らなかった、シン達に協力していたから見て見ぬふりならぬ、知って知らぬふりをしていた。だが、流石に今回ばかりは聞かねばならなかった。
「ギア、嘘をつくならせめてもう少し上手くなってくれ」
「む、むぅ・・・」
シンは呆れて更に小さな溜息を吐く。
「ギア、改めて問う。何が目的で俺たちに近づいた?そしてお前は何の組織に所属している?」
「・・・・・・・」
観念したのか重い口を開いた。
「・・・我はある者からある場所に連れて来るように頼まれておる」
シンは誰かについて軽く追求してみた。
「それは誰だ?」
「・・・それは言えぬ」
「・・・そいつは北にいるのか?」
「!?」
シンがそう尋ねるとギアはギョッとした様子でシンを見た。
アカツキが確認した画像でギアが北の方へ向かって行った事だけでなく、その場所もどんな家かも知っていた。だが、あまり詳しく言えばシン以外の第三者の存在が浮上する。そうなればアカツキの存在が分かるのも時間の問題だろう。だからこそ「北」という曖昧な答えにしたのだ。
そしてその曖昧な答えでギアは「北」いる日本風の屋敷に住む何者かによってシンを招こうとした事がギアの反応によって分かった。
「その様子だと、どうやら図星らしいな。もういい、分かった。組織は何だ?」
「・・・すまぬがそれも言えん」
ギアは徐に頭を横に振る。シンは、それ以上追及はしなかった。
「じゃあ、ギアはその者に頼まれたんだな?」
「うむ、そうだ」
今度は縦に振った。
「・・・そうか」
ギアは「命令された」ではなく「頼まれた」のだ。という事は少なくともギアと同じ身分、或いは力を持つ者が存在するという事になる。
(という事は、こいつが所属している組織は同等の力ある者か国レベルの組織に大きな影響が与える程の何者らかがいる・・・)
シンはロニーの事思い出す。もしかしたらロニーもギアと同じ組織の者ではないかと考えた。シンは淡々と尋ねる。
「ロニーさんは組織に関わっているのか?」
ギアは頭を横に振る。
「いや、ロニーは組織の者ではない。ただ、今回ここで我と其方達との対話はロニーが切欠なのだ」
「どういう事だ?」
「ロニーが言うには前々からギルドで何か話し合いをする事になっていた様だ。我はロニーの話を聞いて其方らに話をする為に丁度良いと思ったのだ」
つまり、前々からギルドとの何かの会談があり、ギアはシン達との対話には丁度良い機会と思い便乗したという訳だ。
「なるほどな。分かった、もういいよ」
シンの「もういいよ」が気になったギアは思わず訊ねる。
「もう聞かぬのか?」
「ああ、実は俺からもギアに言いたい事があるからな」
「む?」
小首を傾げるギア。
「ギア、もし、俺を連れて来るように催促がかかっているなら俺は3ヶ月後にそっちに行くと伝えてくれ。無論お前の案内でな」
「「「!?」」」
シンがそう言うとギアだけでなく皆も驚く。
「どういう事だ!?」
身を乗り出すようにして尋ねるギア。シンは徐に立ち上がる。
「俺はエーデル公国支部のギルドに帝国支部ギルドを何とかする様に依頼されている。俺個人としても奴とは決着をつけたいしな」
「そ、そうなのか?むぅ・・・」
それを聞いたギアはこれからどうしようかと考え込む。そんな様子のギアにシンはある事を思い出す。
「あ、そうそう」
「ん?」
シンはギアの方へ向く。
「ギア、その格好だとドラグーンに見えるかもしれないが、普段お前の格好は全裸の様にも見えるぞ?」
「ぬぅ!?」
今の格好はシャーロット女王の薦めで着たのだ。服は巨人族の女性から借りて着ている。大きさもピッタリだった。ギアはその時のシャーロットの様子を思い出していた。
(そう言えば我がこの格好した時やたら肩をひくつかせておったな・・・)
ギアが今の格好が似合わないから。
この時に限って服を着た事による普段全裸である様に見えるから。
はたまた、巨人族の普段着ともドレスともいえる服がギアの体格にピッタリで堂々と着込んでいたから。
これらのどれか、或いは全部なのかは分からないが、おそらく笑いをこらえていたのだろう。その事を思い出し大きな溜息を付いた。
そんなギアにシンは口を開いた。
「そういう訳だ。俺はその為にまたあの国に行ってくる。明日の昼には戻る」
そう言って会議室のドアの方へ向かうシン。
「シン兄・・・」
そう呼び止めたのはエリーだった。
「ん?」
シンは振り向く。
「帰ってくる?」
エリーは少し心配そうに尋ねた。シンは大きく頷く。
「ああ」
それを聞いたエリーは小さな笑みを浮かべた。それを見たシンは会議室を後にした。