71.依頼
「ここか・・・」
シンの目の前には大きな建物があった。それはエーデル公国ギルド支部だった。エーデル公国ギルド支部は帝国ギルド支部と同じ建物だった。どうやらギルド支部は共通している様だ。中からは帝国同様荒くれ者が大勢集まり、好き勝手に酒を飲んで時には喧嘩をし、時には下品な程の大声で笑い声を上げているのが聞こえてくる。西部劇に出てくるような扉を両手で開けるシン。
ギィィィ…
今回も帝国の時と同様にゆっくり目に開けた。その為蝶番特有の音が鳴る。開いた音がギルド1階で屯っていた冒険者達がこちらを見る。
「・・・・・・・」
「・・・・・」
さっきまでの喧騒がピタリと止まりシン達を見る冒険者達。好奇の目や見定めるような目、見た事の無い者と分かっているからか、やや威圧するような目でシン達を出迎える。
「「「・・・・・」」」
そんな様子を見たシンは
(こういうのは共通なのか?)
そんな事を思いつつ受付の所へ向かった。
受付の所まで行ったシン。突然声を掛けられた方へと視線を向けるとそこには受付らしき場所が複数あり、それに合わせて受付嬢もそれなりにいた。その中の1人がシンに声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ。用件の方は何でしょうか?」
その受付嬢は他の受付嬢と同じ職員用の制服を着ていた。こげ茶の曲毛のショートに、穏やかそうな垂れた糸目と呼ばれるくらい細い目で、よく見れば瞳の色もこげ茶の20代の美人だった。ギルドで受付を行う位だからか、穏やかそうな目に負けない位、穏やかな笑顔で丁寧に対応する。
「・・・ここに子供6人と冒険者の女性1人と公国の小人族の執事が来ませんでしたか?」
シンがそう切り出すと受付嬢の糸目が少し見開いた。
「失礼ですがお名前の方をお伺いしても?」
シンがそう言うと受付嬢はシンに名前を訊ねる。
「・・・シンと言います」
シンは受付嬢の顔をジッと見た後名乗った。
「シンさん、ですね。少々お待ちください」
今いる受付所を離れて奥に行った。シンは受付嬢が行った奥の方へ見ると他の受付嬢と何か話していた。
「・・・・・・・・・・・・」
10秒にも満たない位で話が終わり、奥に行った受付嬢がシンの元へ戻った。
「それでは2階のギルド長室まで案内しますのでお越し下さいますか?」
受付嬢は既に事情を知っているのか、他の受付嬢に頼みシンを案内する事になった様だ。当然シンは頭を縦に振って返事する。
「はい」
「こちらです」
受付嬢は片手をさし伸ばして行く方向へと案内する。
ザワザワ…
シンと受付嬢が一緒に行動し出した時、冒険者達がざわつく。ざわついた内容は大きく分けて2つあった。
1つ目はギルドの受付嬢に好意を持った冒険者達が言い寄って来たり、口説いても仕事以外中々相手にしてもらえない高嶺の花のような存在だった。
もう1つは今向かっている先の事に気が付いた冒険者が何かあったのかと思い不安げに小声で話し込んでいた。
その他には「あの受付嬢俺好みだ」とか「後ろの奴知ってるか?」とか「あれ?何であの人受付にいるの?」と言った他愛の無い話ばかりだった。
2人が2階に上がる階段に差し掛かった時にシンは気になった事を聞く。
「・・・もう事情は知っているのですか?」
「はい、エーデル公国の関係者の方がお越しになっているという事は何かきな臭い事が起きているという事でしょう?ですので先に来ていただいた方々はギルド長室まで案内しました」
「つまり、帝国支部のギルドで起きた事はもう・・・」
「ギルド長はもう既に存じています」
「・・・そうですか」
シンと受付嬢が階段を登り切り奥のギルド長室まで来ていた。
「ここがギルド長室です」
シンは縦に頭を振り、受付嬢がドアをノックする。
コンコン…
中から中年男性の声がした。
「入ってくれ」
そう言われ、受付嬢がドアを開けて中に入る。シンは受付嬢の後に続くようにして入る。
「失礼します。シン様を連れてまいりました」
部屋を見渡すシン。奥には同じく飴色のテーブルとクローゼットがあった。テーブルには書類が数十枚と羽根ペン立てかけて、手前には応接ができるように飴色に仕上がったテーブルとソファがあった。皆とネネラ、ロニーがソファに座っていて、その対面のソファには初老の男が座っていた。
スキンヘッドでカコミと呼ばれる種類の髭を生やしたガタイが大きく、服がはち切れんばかりになっていた。恐らく服の下の肉体は初老の男性とは思えない位の鍛えられた体だろう。
するとシンの存在に気が付いたククとココが大きく声を掛ける。
「「シン兄!」」
「さっきぶりだな」
ククとココにそう返事で返す。他の皆もシンの事に気が付く。
「シン兄!?」
「シン兄、もう会議は終わったの?」
エリーとニックはシンがいる事に気付いて驚く。
「ああ、取敢えず終わってここの事が気になったからこっちに来たんだ」
皆は少し安堵した顔でシンを出迎える。ロニーはシンに声を掛ける。
「お疲れさまでございました。シン様、先程帝国支部ギルドの件の詳しい説明が終えた所です」
「そうか、じゃあこれからどう対策を取っていくかについてって事か?」
「その通りでございます」
皆が座っているソファの対面に座っている初老の男・・・恐らくエーデル公国支部ギルド《ここ》のギルド長にシンは声を掛ける。
「貴方がここのギルド長ですか?」
「うむ、如何にも。儂の名前はグランツ・オルビーンじゃよ」
「もう存じていると思いますが自分はシンと申します」
「よく来てくれた。もし今日来てくれなかったらわ儂の方から招待するつもりだったのだが、その必要は無かったようじゃな」
グランツは受付嬢の方へ目をやりにこやかに笑い
「ご苦労様。他に仕事があるじゃろうから君は下の受付に戻ってよい」
労いの言葉を掛けて優しく仕事に戻るように促した。
「分かりました。では失礼します」
受付嬢も素直に返事してペコリと頭を下げシンを部屋に残してそのままドアを閉めた。
「・・・・・」
シンは受付嬢が出て行ったドアの方へ見ていた。そんな様子のシンにギルド長らしき男は
「シン君、こちらに座ってくれ」
「・・・・・」
シンはソファに座ろうとするが左からナーモ、エリー、ロニー、ネネラ、ククとココと言う順番で座っていた。座っていなかったのはニックとシーナだった。シーナに至ってはククとココを監視するが如く2人の事をジッと見張る様にして見ていた。そのおかげで2人は居心地が悪そうにしていたが、ジッと大人しくしていた。
「すみませんが自分は立ったままで・・・」
と遠慮して立ったままで話を聞こうとするが
「シン兄、俺が立つから座りなよ」
とナーモが立とうとする。だがシンは
「いや、立ったままで良い。それよりも一つ聞きたい事があります」
シンはドア側の所から一歩も動かずにグランツの話を聞こうとしていた。
「何じゃ?」
「エーデル公国支部ギルドではいつから帝国支部ギルドが怪しいと?」
「・・・・・」
帝国支部ギルドが洗脳している事は恐らく今に始まった事ではない。随分前から洗脳しているのだろう。冒険者が急に帝国軍人になるという噂があれば国を行き来する冒険者の間で少なからず噂話になっているはずだ。もし噂になっていれば下手をすればギルドに対しての信用は落ちる事になる。噂が本当かどうかについて調べる事になるはずだろうとシンは考えていた。
するとグランツは大きくため息をつき口を開く。
「実は前々からあのギルド長は怪しいと見ていたんじゃが・・・」
よくよく聞けばかなりあくどい事をしていたようだ。
まず、アスカールラ王国のギルドにいた頃のアウグレントは当時副ギルド長として務めていたようだ。その時からアスカールラ王国にやってきた冒険者が急に傭兵になっていた。しかも傭兵になってすぐに「赤き狼」という傭兵団に所属し、特に依頼をこなす事も無く異様なまでに静かだったそうだ。
その事に不審に思ったグランツはBランク冒険者に依頼した。しかし、誰一人として帰ってこなかった。それどころか、当時小さな集落を襲って大きくなったアイトス帝国からアスカールラ王国支部ギルドへの干渉を慎む様に訴えて来た。他国から国と認められたわけでは無いものの国と同然の武力を持った存在からそう言われればギルドとして引かざるを得なかった。本来なら国際的な立場であるギルドがそのまま立ち去る等の罰則が必要だったのだが、不気味な事この上無いアイトス帝国が何を仕出かすのかが分からなかった為証拠が無い限り、対立は避けたかった。
万が一対立してしまえばアイトス帝国から冒険者は居なくなってしまうが、隣国へどんどん攻め込む可能性があった為だからだ。事実上、圧力をかけて来た。結果やむなくそれ以上調査することは無かった。
そればかりか、アイトス帝国がアスカールラ王国へ攻めてアイトス帝国の領土となった。その時に新しいギルド、つまり帝国支部ギルドを立ち上げて、帝国からの指名でアウグレントがギルド長となったそうだ。何故一介の副ギルド長のアウグレントはそこまでのし上がれたのか分からなかった。
何かの権力や圧力によってアイトス帝国は不気味この上ない存在となった。結果、ギルド側としては上手く立ち回れずに渋っていた。
「・・・成程、つまり現状は手詰まりに近いという事ですね?」
「うむ、じゃが何とか依頼として出せるのは行方不明となったBランク冒険者達の捜索なんじゃが、今は誰一人として請け負う者は居らなくなってしまった・・・」
「そうですか・・・。調査させたBランク冒険者は何人程だったのですか?」
「全員で7人じゃ」
「7人・・・」
「最初は3人に依頼した。そのまま戻って来なかったから、今度は4人に依頼したのじゃ。その時じゃよ、アイトス帝国から圧力がかかったのは・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
シンはグランツの方からこの部屋のドアの方へ視線を変えていた。その事に気が付いたギルド長は
「ど、どうかしたのか?」
少しドモリ気味でシンに訊ねる。シンはギルド長の方へ向き
「一つ聞きたい事があるんですがよろしいですか?」
「う、うむ・・・」
シンは一拍空けて言い切る。
「何故あの受付嬢はドア向こうにいるんですか?」
「「「!?」」」
この場に居る皆は驚く。シンは何の躊躇うそぶりも見せず断言したのだ。
「あ~、それはじゃの~・・・」
グランツは徐々にアタフタし始め、どう説明しようかと言葉を選ぶ。するとドアの向こうから女性の声がした。
「もういいですよ、ギルド長」
そう言ってドアをゆっくり開けた。シンの言う通り、ドア向こうには声の主であるあの受付嬢だった。
この場合、ドア向こうに誰か存在すれば身構える等の何らかのアクションをするはずだろう。だがこの場で微動しかしなかったのはほぼ全員だった。
つまり、ドア向こうに誰か居るその者は、この場に居る全員は無害であるという事を知っている事になる。
シンはまず事情説明が詳しくできる人間から訊ねる。
「ロニーさん、あの受付嬢がドア向こうにいた事を知ってたんだな?」
ロニーはスッと立ち上がり頭を下げ謝罪する。
「はい、試すような真似ですので失礼とは思いましたが、今回はこれが必要になる程の事でございました。重ね重ねお詫びを申し上げます」
「試す?」
「はい、シン様の存在はどのような者なのか・・・」
「こちらもシン君に試す様な真似をしてしまいすまなかった。それから君達も巻き込む様な形で儂らに付き合わせてすまなかった・・・」
ギルド長であるグランツも謝罪する。するとシンは疑問に思っていた事を口にする。
「自分を試すと仰っていましたが、どうして自分を?自分はここへ来るのは初めてですし、友人も知り合いもいません。帝国支部の件での噂があったとしても、ほとんど半信半疑に近いものばかりですので自分を試す理由にはならないと思いますが・・・」
シンがそこまで言うと、ナーモが
「ゴメン、シン兄!」
シンの方へ向いて謝罪し頭を下げる。
「どういう事だ?」
急な出来事でも動じる事無くシンが尋ねるとその問いに答えたのはネネラだった。
「実はあたし達がここまで来る時の事を話したの。その時にシンの事も喋っちゃった」
口止めしていなかった事を思い出し、心中苦虫を噛み潰したような気分で小さな溜息を付くシン。
「・・・まぁ、仕様がないか。それで・・・」
シンは受付嬢の方へ向く。
「貴方は何者ですか?」
口調を強め威圧するような鋭い目つきで受付嬢を見る。
受付嬢はヤレヤレと言わんばかりに小さな溜息をつく。
「私はマリー・ワイヴァラ。マリーって呼んでね」
さっきの穏やかで丁寧な雰囲気を出していた受付嬢からガラッと変わり、明るく飄飄とした口調で挨拶するマリー。
「ドア向こうでこちらの会話を聞いていたという事は、今回の事件に関わっているのですか?」
「うん。それから、敬語とか使わないで。あなた普段から使い慣れていない事が丸わかりよ?」
「・・・・・そうか」
シンは思わず口を噤み渋い顔をした。確かに今の今まであまり敬語を使う機会が無かった為か、どこかぎこちなかった。
「あなたの言う通り、関わりがあるわ。・・・と言っても仕事上でだけど」
「仕事上?」
シンがそう言うとマリーは自分の身分の事を明かしていない事に気が付いた。
「ああ、言ってなかったね。私これでもここの副ギルド長なの」
自分の身分を明かしてシンの反応を窺う。
「そうか・・・。気配を隠していた様だが元は冒険者か何かか?」
「!」
シンの反応は動じなかった。それどころか、シンはさっきの問いでマリーの反応を窺っていたのだ。その事に気が付いたマリーは冷汗をかく。
「・・・私、元はAランク冒険者だけど貴方みたいな人あった事が無いわ」
さり気無く元冒険者でAランクであった事を明かした。
「うむ、儂もシン君を見ておったが・・・只者ではない者を感じた」
グランツもシンの様子を観察する様に窺いながら接していると、少なくともシンは只者ではないという事がよくわかる。
「ギルド長も元冒険者か?」
「うむ、かつてはAランクだった」
元Aランク冒険者の2人。ギルドを任されてもおかしくは無いだろう。
「俺を試すという事は何かあるのか?」
相手を試せば腕が立つかどうかが分かる。お目にかなえば依頼するという方法が多い。つまりシンは自分が試されているという事は何かギルド側から依頼があるのではないかと考えていた。
するとグランツは立ち上がり、マリーと横に並んでシンの方へ向く。そして、頭を下げる。
「「「!?」」」
その事に驚く皆。
「シン君、冒険者でない君に行方不明となったBランク冒険者達の捜索を依頼したいのじゃ!」
「あなたは間違いなくAランク並みに腕が立つと判断しました。それを見込みあなたに依頼したいのです」
グランツは大きな声で頼み込むように言った。
マリーに至っては、さっきまでの明るくて飄飄とした雰囲気が無くなり丁寧な言葉遣いではあるが口調からして真剣そのものだった。
この2人から見てシンは少なくともAランクの冒険者並みに腕の立つ人間と見ていた。Bランク冒険者が次々と行方不明となり、権力からの圧力によってうまく立ち回る事が出来ないギルド側にとって冒険者でないシンはこの上ない人物だった。
シンは小さくため息をついてこう言った。
「その見返りは?」
シンは何の躊躇いも無く報酬について切り出してきた。その事にグランツとマリーは大きな脈があると判断し表情が明るくなった。




