70.理由
アスカ―ルラ王国の軍拡、正確にはシンが持っているショットガンの技術と実物の伝授だったが、それも無事に終わり、手押し式ポンプについて話し合っていた。
「エレオノール殿下、貴方がお持ちになっている、「手押し式ポンプ」についての協議の日程調整をしたいのですがよろしいですか?」
「ええ、よろしいですとも。その前に私の弟には上層部で早速軍備の件でまた会議をする事なっておりますので2日後になりますがよろしいでしょうか?」
「ええ、問題ございません。では2日後まで」
「はい、失礼します」
リビオはショットガン三丁と銃弾10発、手押し式ポンプ二台が入ったボストンバッグを持つ。
リビオ、エレオノール、ミミナは軽く会釈をして広間から出て行った。
向かう途中リビオが重そうにボストンバッグを持っていた事に気に掛けたエレオノールは
「リビオ、それは私が持とうか?」
と声を掛ける。
「いえ、これは私が持ちます」
リビオはエレオノールの方へ向いて真剣な眼差しで強い思いがこもった言葉で言った。
「分かった」
エレオノールはリビオが今持っている箱が齎す何かについて、本当に理解している事が分かりこれ以上何も言わなかった。
広間に残ったシャーロットとイレーヌはそっと立ち上がる。
「しかし、エレオノール殿下はあの杖を強力な武器としてアッサリと承認しましたね」
「ええ、そうですね。ですがあの武器の事についていろいろと知りたい事がありましたが、今回は見送らせてもらいます」
シャーロットはショットガンの詳しい事を訊ねようとした時にシンの言葉に遮られた時の事を思い出す。
(・・・恐らくあれはこれ以上「聞くな」って事でしょうね)
シャーロットの額からポツポツと脂汗が噴き出してくる。そんな様子のシャーロットに対してイレーヌはシンが渡したショットガンの事を思い出す。
「私にはあんな役に立たなさそうな杖が恐ろしいものだなんてとても信じられません」
半信半疑気味でいた。無理もないだろう。この世界においていまだ飛び道具類の物と言えば弓矢かクロスボウと言ったものだからだ。
「そうですね、私もそう見えます。ですが・・・」
シャーロットは穏やかな笑みを浮かべ
「無能か有能かも価値観が異なれば変わってきます。私達に必要なのは、理解できない価値観を理解する事なのでしょうね」
とイレーヌに諭すように言った。
シャーロット自身はイレーヌ同様未だに半信半疑ではあったものの理解できない価値観を理解する事はこれからのエーデル公国において必要な事になってくる為、ショットガンの事を侮らなかった。
「・・・そうですね、そうでなければあんな恐ろしい殺気を出す者が意味不明な物を渡すとは思えませんね」
シャーロットの言葉を察したのか少し笑う。同時にシンの殺気の事も思い出し同時に鳥肌が立つ。
イレーヌの言葉の「意味不明」でシャーロットはふと手押し式ポンプを思い出す。
(そう言えば・・・何故手押し式ポンプついての件で交換条件が「後ろ盾」なんて・・・)
話としては筋が通っていた。
(魔眼族が何でもかんでも受け入れる事をすれば、以前の様な事になるからとシン様の計らいがあるかもしれませんが・・・)
何処か腑に落ちない。シャーロットはそんな気持ちだった。
シャーロットは魔眼族の誰に聞けば今回の交換条件の事が分かるのかを考えていた。
(リビオさんの護衛の方々も一枚岩ですからこちらから何か聞いても無駄でしょうし・・・)
他に思いつく人物が出なかった。
(・・・今ある判断材料から考えれば、シン様は彼らの現状の事を考えて権利を譲ったのが一番可能性が高いですね)
現状の魔眼族は外交手段に必要な材料が少ない事に気が付いたシンが手押し式ポンプを魔眼族に譲ったという可能性が出て来た。シャーロットは魔眼族の交換条件の理由の事について改めて考え
(今の所それが妥当な線ですかね・・・)
と結論を出す。シャーロットは魔眼族を救った理由としてエーデル公国の危機が迫っているという理由もある。だが、純粋に少し無理をしてでも魔眼族に手を差し伸べたかった。それが何よりも一番の理由だった。
もし、シンが交換条件の理由が純粋に魔眼族と皆に手を差し伸べる為だったとしたら・・・
シャーロットはクスリと笑う。
「どうかなされましたか?」
シャーロットが笑っている事に気が付いたイレーヌ。
「いいえ、何でもございません」
「?そうですか・・・」
イレーヌは分からないままそう答えたのに対し、シャーロットは楽しそうに笑みを浮かべながら広間を後にした。
「ギルドですか?」
ティンバーフレームの家々がズラリと建ち並んだ町中の大通りの真ん中で大きく響くような声。しかしこれは決して大声で話しているわけでは無い。彼は普段通りに話している。
彼は何故こんな声なのか。それは彼が10m程の巨大な体の種族、巨人族の男性だからだ。10mの巨人が堂々と歩いているというのはここエーデル公国では当たり前の光景だ。
「はい」
シンは見上げるようにして響く声に動じる事なく真っすぐ見て巨人族の男に訊ねる。すると巨人族の男は大きな腕を動かす。
グググググググ…
大きな腕を動かす独特の音を立てて
「それなら、その道を真っすぐ行けばすぐですよ」
手を人差し指を突き出す様な形にし、シンの後ろの奥の建物方へ指さして教える。シンは後ろを振りむき確認する。
確認できた後シンは巨人族の男の方へ振り向き
「ありがとうございます」
感謝の言葉を述べた。
「いえいえ」
巨人族は穏やかな笑顔でそう言って後ろを振り向き自分が今向かおうとしている所まで歩いて行った。
「ここを真っすぐか・・・」
巨人族の男が指さした方向へ見て再び歩いた。
(よく見れば大通りの真ん中は巨人族の男専用の道路で端は荷車や人間サイズ専用になっているな)
シンはさっきの巨人族の男に道を尋ねた時に10mと言う巨体が堂々と歩いていた事に驚いた。シンは良く踏みつぶさないと感心していたが実際はそれぞれに専用道路があった。
「ああ、何だそんなものがあったのか」と思いながらそんな歩いていると
「ボス、改めて聞くが魔眼族に何故ショットガンを教えた?」
とアカツキが声を掛ける。
「武器の伝授を断るにしたって「魔法の付与が必要」という口実が出来たはずだ。断るチャンスはいくらでもあったはずだ。それなのに何故?」
アカツキの言う通り、魔眼族はどういう訳か魔法が使えない種族だ。「魔法の付与が必要」と言って魔法によって発動している事を強調すれば向こうから諦めるだろう。だがシンはしなかった。アカツキはその事に疑問を持った。
そんな疑問をシンは周りを確認した後、小さく囁く様に答える。
「理由はいくつかあるが、そのうちの一つで彼らが「お人好し」だからだ」
「・・・それが理由で魔眼族に教えたと?」
「ああ」
アカツキは意外そうに言った。シンはなるべくなら面倒事に巻き込まれない様にしながら旅がしたいと考えていた。それなのに断る事が出来たはずの武器の伝授の取引も結果として頭を縦に振った。
「・・・ボス「お人好し」であれば何故助ける理由になるのかイマイチ俺には分からない」
アカツキは1年とも満たない程の短い付き合いではあったがシンの事は他の者と比べればだいぶ知っている。だがそれでもシンがとった行動に未だに分からなかった。
「・・・アカツキ、ヨルグの大通りの奴隷が乗っていた荷馬車の事を覚えているか?」
アカツキは荷馬車の中にいた奴隷の子供の内、魔眼族と思しき子供がいた事を思い出した。
「ああ・・・。もしかして、言い方が悪いかもしれないが、その子供に情が移ったのか?」
アカツキはエリー達が奴隷だった時の事が重なり、情が移って助けたと考えていた。しかし、シンは
「違うんだアカツキ」
何処か寂しそうに答える。アカツキは意外な答えと反応に少し驚き
「どういう事だ?」
とシンプルに尋ねる。するとアカツキ何か気が付いた。
「ハッ、ボス・・・まさかアンタ・・・!」
「?」
シンは突然のアカツキの声色が変わり様に何か緊急事態かと身構える。
「そっちの趣味があったから助けたのか?」
それを聞いたシンは呆れた様に大きくため息をつき早口で
「・・・アカツキ、俺は違うが、もしお前がそっちの趣味があると言うなら、そっち系の専門誌を延々と見せる機械を作る。じゃあ通信しゅ・・・」
「悪かった!」
シンが言い切る前にアカツキは即座に謝罪する。今度は小さくため息をついたシン。
「あ~じゃあ、改めて理由は?」
アカツキは理由を尋ねる。今度こそ真面目に答える空気になったシンは答える。
「・・・俺はヨルグの時、奴隷の子供を見ても何ら情が湧かなかった。もしかしたら皆の事を考えていたからかもしれなかったのかもしれない。無論、リビオが現れた時、俺は一切助ける気はなかった。最初は適当な理由を付けて銃の件は断って、別の何かを譲ろうと考えていた。それこそアカツキが言っていた口実もあった。魔眼族の現状を聞いても一切助ける気はなかった」
「急に助ける気になった切欠があったと?」
シンは遠い目をして
「魔眼族は金属加工が得意な種族だよな。だったら、「自動開発」で開発に必要な鉄等の金属が手に入る事ができる可能性が高かった、という事にしといてくれ」
気になる言葉がシンの口から出た事にアカツキは当然疑問の言葉を口にする。
「ボス、それはどういう意味だ・・・?」
シンは小さな溜息をして
「実はな、俺にもよくわからない」
「え?」
シンの口から意外な答えが出た事にキョトンとするアカツキ。
「分からないって・・・」
アカツキはシンの答えについて問いただそうとするがそれを遮り、シンは静かに答える。
「ただ、一つ言える事は・・・」
エリーが言っていたあの言葉を思い出す。
「鉄になる」
「全て「鉄」ってわけでも無いという事なのかもしれないな」
ポーカーフェイスにどこか穏やかな雰囲気を出していた。
「「鉄」か・・・。俺が思うにボスはボスらしいと思えるが」
アカツキもエリーの言葉を思い出しアカツキなりの意見をシンに言った。
「ボスらしいって・・・」
シンは、呆れるもののアカツキの言葉に素直に受け止める。同時にふと、「人間らしい」と言う言葉が引っ掛かり府雑そうな顔をするシン。
「・・・「人間らしい」って何だろうな」
シンは現実の世界とブレンドウォーズの世界を通して「人間らしい」と言う言葉程、曖昧な言葉ないのだと考えていた。その事察したのかアカツキはシンの呟きに答える。
「これは飽く迄機械の俺でしか見れない事なんだが、他人に迷惑を掛けず、自分に損をしない生き方でいいんじゃないか?」
「ん?」
「俺が思うに「人間らしい」ってのはどうとでも取れる言葉だとは思う。アンタが「人間らしい」ってのは何か違うと思うぜ?」
「・・・・・」
シンはアカツキが前に言っていた言葉を思い出す。
「それは「俺は俺」だからか?」
「ああ、そうだ。・・・何も知らねぇ俺にボスの・・・皆の生活や日常を見て色々と学べた。だから結果として言えば、俺はアンタに作られて嬉しいと思っている。だから今度はアンタが色々と学び喜ぶ番だろう」
「俺が?」
「ああ、要するにだな・・・」
一拍空けて
「アンタはアンタの思う通りに生きていきゃ良いんじゃねぇのかって事だよ」
と言い切った。
「そうか・・・」
と下へ見るように少し俯き、静かに呟くように言った。
「ボス」
「ん?」
「金属類手に入らなかったな・・・」
「・・・そう言えばそうだな」
「色々と失敗したな・・・」
「そうだな。でも、まぁ・・・」
シンは小さな笑みを浮かべて
「どうにかなるだろ」
小さな呟きとも取れる言葉を口にした。
「そうだな」
アカツキは何か疑うわけでも無くただ素直に答える。
そんなやり取りしている間にギルドに着いていた。
しかし、今回の武器の伝授によってここ周辺国家でどれだけ大きな影響を与える事になったのかについて知るのはだいぶ先の事だ。