69.「死」のポンプ
テーブルの上にはレミントンM870、一丁と銃弾4発が置かれて皆の注目の的になっていた。
「これが・・・武器?」
「私にはただの鉄と木で出来た杖にしか見えませんが・・・」
「私もです。近接用武器にしか見えません」
エレオノール、シャーロット、イレーヌはレミントンM870を見て、これがとても強力な武器とは思えず、ただの杖か、メイスの様な鈍器にしか見えなかった。
「まず、武器の説明をするが、魔眼族は詳しい事は決して軍関係者以外他の人間に漏らさない様にしてほしい」
シンがそう忠告する。その忠告にミミナがある事に気が付いた。
「その武器の事をここで公表する様だけど、それはここにいらっしゃるシャーロット陛下にお見せしても問題は無いの?」
ミミナの言う通り普通最新の武器を見せると、大抵の場合その技術や仕組みをある程度知られてしまうという事になる。そうなれば武器を提供しなくとも新たな武器を作る事ができる恐れがあった。
「問題無い」
シンの言う通り問題無い。銃器の詳しい仕組みは実際この世界では想像以上に複雑なものだ。相当な技術力が無ければレミントンM870のコピーを作る事が出来ない。その上、銃弾に使われる発射薬は材料と調合さえ詳しく知らなければ銃器本体だけではただのお飾りに過ぎない。
シンの狙いはこの武器の威力や性能をエーデル公国に知らしめ、アスカ―ルラ王国に譲渡した事により、軍事方面に関して優位に立たせる事が狙いだった。また、手押し式ポンプに関してもそれは同じ事だった。シンは手押し式ポンプをアスカ―ルラ王国に譲渡した事をエーデル公国のシャーロットに間接的に知らした。これにより、アスカ―ルラ王国には外交交渉のカード1枚手に入ったのだ。
「・・・そう。ところで何これ?棘?鏃?」
ミミナはシンが用意したオリジナル銃弾を持って見る。
「これが目に見えない速さで飛んでいって、敵に命中させる」
「これが!?こんな巨大な金属の棘が?」
大声上げるほど驚いて当然だろう。こんな鉛の塊の様な大きな棘が目に見えない程の信じられない速さで矢の様に飛ぶ事等この世界では信じられない事だった。同じく手に持ったリビオが
「いや待って下さい、これ・・・」
手の平の上に乗せるような形でこの場に居る全員に見せ
「これ金属の塊にしては軽い・・・」
「軽い?」
リビオが言った事に分からず聞き返すミミナ。
「リビオがほぼ正解に近い」
シンがそう言うと
「これ、中が空洞なの?」
とミミナが信じられない様に聞いた。流石、魔眼族。金属加工が得意な種族なだけに、持っただけで重さを感じてそう判断したのだろう。だが、ミミナは人間だ。おまけに金属を屡々持つ事等ほとんどないだろう。
「惜しいな。これの下の中が空洞ではあるが、ある物が詰められている。何だと思う?」
シンは続けて銃弾について話す。
「・・・・・・・・・・・・・」
考え込むリビオに対し
「もしかして爆発する魔法が付与されているとか?」
ミミナは答える。
「いやそれだと魔法使いしか使えないでしょう?」
そう反論するリビオ。魔眼族はどういう訳か魔法が使えない。もし、シンがこのショットガンを教えるにしたって魔法があると言って断るはずだった。しかし、それが無いという事はこれは魔法によって発射されているわけでは無いという事になる。
「あ、そうね・・・」
納得しつつも違うと分かった途端少し声のトーンを下げるミミナ。だが、さっきの答えは
「半分正解で半分間違いだな」
これに尽きる。
「「半分正解で半分間違い」?」
聞き返すリビオにシンは説明する。
「まず間違いなのは魔法だ。これは魔法ではない。次に正解の方は「爆発」だ」
「やはり爆発なのね」
納得しかかったミミナはややドヤ顔とまではいかないものの、まるで勝ち誇ったかのような小さな鼻息が出ていた。
「見事なご慧眼だ。爆発したのはある薬品によっての事。それが「火薬」」
「「カヤク」・・・」
聞き慣れない単語ではあるがとんでもない物である事だけはよく分かる。その為なのか少し身構えるかのように真剣な表情で聞くリビオ。
「ああ。そして、魔眼族にハーバー法を教える」
「はー・・・ばー?」
更に聞き慣れない単語がシンの口から出た。それに思わず間の抜けたような口調で聞き返すミミナ。
「ハーバー・ボッシュ法」
通称ハーバー法。鉄を主体とした触媒上で水素と窒素を超臨界流体状態で直接化学反応させる事によってアンモニアを生産する方法。
この世界では大きな蒸留器と冷却器があるだろうから恐らくこの方法でも問題ないだろうし、魔眼族は金属加工が得意な種族だ。その為ハーバー法で必要となる鉄も普段から扱う事も見る事も日常茶飯事の様なものだろうから問題ないだろう。
この方法があれば爆薬の原料となる硝石の大量生産を可能である。硝石の生成材料の内アンモニアは必要不可欠。この方法を使えば大量のアンモニアを生産する事ができる。
例として挙げるならば、この方法でドイツは、第一次世界大戦で使用した火薬の原料の窒素化合物の全てを国内で調達できた。
また、トマス・ロバート・マルサスによる「人口論」では、単位面積あたりの農作物の量に限界があるため、農作物の量が人口増加に追いつかず、人類は常に貧困に悩まされるという歴然とした事実があった。
しかし、パンの原料である小麦を始めとして農作物を育てるため必要な窒素分を含む肥料の十分な供給をハーバー・ボッシュ法によって窒素系化学肥料の誕生やリン系化学肥料の誕生により、この問題が解決された。
この方法の発見によって農作物の収穫量は飛躍的に増加し、史上初めてこの限界点が克服され、人口爆発が起こった。
これらの事から、「水と石炭と空気からパンを作る方法」とも言われ、「平時には肥料を、戦時には火薬を空気から作る方法」とも言われた。
「この箱の中に「ハーバー法」についての書類が入っている。詳しくはこれを見てくれ」
シンはボストンバッグから「レミントンM870の使用法」と「ハーバー法」について記載された書類が入った青い箱を取り出した。
リビオはその箱の方を見る。するとシンは
「リビオ」
低く冷たい様な口調でリビオに呼びかける。
「は、はい」
シンの鋭い眼光に思わずたじろぎながらも返事をするリビオ。
「これは、世界を一変するかもしれない物だ。俺は、魔眼族はこれを正しく扱える事ができると信用した上でこれを渡す。俺が言いたい事が分かるか?」
静かに心の奥底に刻む様に語るシン。
「・・・はいっ!」
リビオは今持たされた書類は下手をすれば世界の運命をも変えてしまう物だという事を理解し、強く返事を返す。リビオの返事を聞いたシンは
「よし、魔眼族の軍部の安全なところ以外、決して書類を開けてはならないからな?」
「はい」
消化不良とは言えこの書類はとんでもなく重要な物で魔眼族だけ持っている物だ。友好国のエーデル公国はおろか、親しい友人や親族でさえも見せてはならない。その事を理解したリビオは強く大事そうに箱を持った。その様子を見たシンはリビオに
「リビオは軍事には詳しいか?」
と訊ねた。
「え?ええ、まぁ・・・」
お人好しとは言えリビオは軍部の上部に位置している立場だ。武器の性能やその効果をイメージするのはこの世界の一般人と比べればすぐに出来やすいだろう。
「こいつには弾が入っていないが・・・」
シンは引き金に指を掛け
「ここの引き金と言う部分を指で引っぱれば、銃弾が発射される」
構えて撃つ真似をするシン。
「次の弾を発射したい時は下のこの部分を持つようにして握って引く」
シャコンッ…!
言葉通りに行動したシンは
「これで次の弾が装填されて発射する事ができる」
と説明する。
「・・・・・・・」
ショットガンの手軽に次弾を装填させる事に思わず絶句するリビオ。その様子を見たシンはリビオに
「リビオ、俺を初めて見た時の事を思い出してほしい」
「・・・・・」
リビオはシンが何を言っているのか分からなかった。だがシンの次の言葉で
「あれを見ているならわかるはずだ」
鮮明に思い出した。「あれ」とは複数のグリフを倒した時の事だ。その時見た事をリビオに思い出させ、銃器の威力と齎す結果がどんなものなのかを頭の中で流れ込むかのように想起させる。
「・・・・・・・・!!!」
王族や政治に関わる者、軍人であれば、銃器が齎す事を想像すれば戦果なぞたやすく容易に想像ができる。それを十分に理解したリビオは思わず黙り、背筋が凍ってしまう様な一瞬の震えが襲った。
シャーロットは遠距離で即座に次の矢の様な物を撃つ事ができる最新の弓矢の様な飛び道具、クロスボウの様な物として見ていた。しかし、イマイチこの銃器の威力や性能については分からなかった。
その事をシンに訊ねようと口を開きかけた時だった。
「シャーロット陛下、これが齎す事と魔眼族の現状を考えた上で彼らに譲った」
シンは遮る様に話す。その事にイレーヌは異を唱えようとするがシンの気迫ある声にそうさせる事が出来なかった。
「もし、他の者が奪ったり、売買目的などで魔眼族が他の者に譲ったりすれば・・・」
日本人では当たり前のその黒い目がまるで深淵を覗くような黒を全員に向ける。
「「「!!!」」」
広間にいる全員が背中に氷水を思いきりぶっかけられたような寒気に襲われ、
「潰す」
得体のしれない何かに食われてしまう様な死の恐怖を全員が味わった。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
全員絶句し脂汗がびっしょりと掻いていた。リビオ、イレーヌは思わずいつでも戦闘ができる様に身構えていた。シャーロットとエレオノール、ミミナは顔面蒼白になり、目を真ん丸にして唯々シンの方を見ていた。シンは
「分かったか?」
普段の口調に戻して全員に問いかける。
「「「・・・・・・・・・・・・・」」」
この場いる全員が深呼吸したり、目を瞑って自分に言い聞かせたりして冷静さを取り戻した。最初に冷静さを取り戻したエレオノールは
「分かりました、この武器はアスカ―ルラ王国の軍部最高機密として扱い、売買や譲渡は一切致しません」
エレオノールの言葉を聞いたシャーロットは
「分かりました。その武器について、私達は一切関わりを持たない事をここで誓います」
2人の宣誓を聞いたシンは残りのショットガンと銃弾が入ったボズトンバッグをテーブルの上に残し
「・・・ではもうアスカ―ルラ王国に譲渡する物はもうない」
と言った。それを聞いたシャーロットは
「・・・皆様、改めてもう一度言います。エーデル公国はアスカ―ルラ王国の軍事機密について一切関わりを持ちません」
と誓いを立てた。続いてエレオノールも
「・・・こちらも改めて宣言します。アスカ―ルラ王国は他の国へ譲渡は一切致しません。奪われた場合他を何においてでも迅速に対処する事をここに宣言します」
と誓いを立てる。
どちらもあの時と同じセリフだが、前のセリフと比べたら明らかに言葉に含まれる絶対と言って良い程の強い意志のこもった宣誓だった。
その宣誓に
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
全員無言ではあったものの決して異を唱えない、賛成の沈黙だった。
「では、改めてエーデル公国とアスカ―ルラ王国の協定を後日結びます。これにてアスカ―ルラ王国の軍拡についての会議をここで終了します。皆様ご苦労様でした」
事実上の閉会宣言だった。全員の背中にジメッとした脂汗が滝の様に流れ、空気が異様に冷たいまま会議は終了した。そんな中シンは
「・・・俺は皆がいるギルドへ向かう。申し訳ないがここで」
皆の様子の事が気になり広間のドアの方へ体が向いていた。
「・・・本当は色々と話したい事がありますが、こればかりは仕方がありません。どうぞ」
とシャーロットはシンに皆の所へ行く事に反対せずそのまま行かせた。
その時リビオは持っている箱を安全な場所に移そうと考えていた時
「リビオ」
シンは先とは違う静かで儚さを感じさせる口調で呼んだ。
「っ、はい!」
少し驚きつつ返事するリビオ。
「国、戻るといいな・・・」
先程とは違う異様な怖さはなく、穏やかで、それでいて強い何かを感じさせる顔でリビオを見ていた。リビオは真顔で強い意志がこもった言葉で
「・・・必ず取り返します」
とシンに言った。シンは
「またな」
と言ってそのまま広間を後にした。
シンが出て行った事を確認した全員は
「陛下っ!!」
「兄上、ミミナ、大丈夫ですかっ?」
シャーロットとエレオノール、ミミナは椅子の背もたれに深く倒れ込んだ。イレーヌはシャーロットの元へ向かって無事かどうかを確認していた。未だに全員顔面蒼白ではあったが、安堵したのか、どこか険しかった顔が今は安堵の顔になった。
「エレオノール殿下、お体の方は?」
と首を少しエレオノールの方へ向いて声を掛けるシャーロット。
「問題ありません。シャーロット陛下は?」
エレオノールもシャーロットに目を向け、声を掛ける。
「私の方も問題ありません。・・・皆様は?」
シャーロットは全員の様子を見る。
「・・・大丈夫、です」
気丈に振舞うも手の方を見ればいまだに震えが止まらないミミナ。
「私は大丈夫です」
イレーヌはシャーロットの事を釘付けになっているかの様に目を離さなかった。
シャーロットはエレオノールに
「あの方の事をどう思います?」
シャーロットはシンの事を名前で呼ばず、畏怖の対象の様に言った。シャーロットの問いに答えたのはエレオノールだった。
「・・・少なくとも我々が何か事を起こしていたら間違いなく・・・」
シンのあの言葉が頭の中で
「潰す」
不気味に響いていた。
同時に全員足並み揃えるかのようにこう思った。
「あんな化け物見た事無い」と・・・。