67.冷たい鉄
昼食を終えたシンは食後に出されたお茶を飲みながら次の行き先を考えていた。その時ただ何となく今回行われる会議の部屋の事が気になった。
「最後に今回行われる会議の場所を教えてくれるか?」
「畏まりました。一度お見せした方がよろしいと思いますので一度戻りましょう」
すんなりと了承したロニーの口から「戻る」という単語が出てきた事に気が付いたシンは今回行われる会議の場所は城の中であると判断した。
「分かった、行こう」
シンとロニーはその場を後にして、城へ戻った。
会議の舞台である場所、それはシンと皆が朝食を摂ったあの部屋だった。シンとロニーは広間のドアの前まで来ていた。
「ここでする予定だったのか・・・」
シンは意外そうに呟く。事前会議に使用した部屋は飽く迄これからの事についての打ち合わせのつもりで使用していたと考えていた。本格的な会議は女王の玉座にて謁見という形で会議をするのだろうと考えていたからだ。
「はい、食事も兼ねて行われる事も考慮した上で広間になりました」
「まさか大人数で会議をするのか?」
皆とネネラ、ギアという大人数でいたから朝食の時に使われていた。という事は今回参加する人数も相当なものではないかとシンはそう考えた。
「いえ、重要人物も含めてもそれほど多くはございません。ここを利用したのは書類等の者が散乱する可能性がございますので広間となりました」
ロニーの口から「重要人物」という謎の単語が出てきた事にシンは
「「重要人物」?」
オウム返しで尋ねる。その事をロニーは
「ミミナ様でございます」
と至極当然の様に答えた。
「そうか・・・」
ロニーに「何故ミミナも参加するのか」は聞かなかった。確かにミミナという少女の立場から考えればどちらの国に属しておらず、ましてや王族でもない。しかし、今回の2国間の食糧難の危機から救った救世主である功績を考慮してからなのか、或いはヨルグの代表の娘だからか、今回の会議に出席させる判断材料は十分だろう。ロニーの口から「重要人物」と出てもおかしくは無かった。
「・・・ヨルグというのは小さな都市並みの大きな集落だったのか?」
「いいえ、元々は農業が中心の小さな町に近い集落だったそうです」
2国は大国とは言えないかもしれないが集落と国とでは大きく規模が違っていた。ミミナは食糧難から救うために少なくとも王族のリビオに進言したのだろう。
(そう考えれば度胸っていうか、肝が据わっているよな・・・)
シンはミミナの正体は没落した貴族か王族ではないかと考えていた。没落した身分の高い人間が何もない土地から再スタートしても問題なく村や町として栄え、場合によっては国として成り立ってもおかしくは無かった。
(いや、ミミナという人物は俺と同じ転生者なのか?)
小説や漫画等でよくある魂だけが現代の人間で体がこの世界の人間という転生して自分の好きなように生きていくパターン。
もしそうであれば前世の知識を活かして食糧事情をここまで発展させた事にも合点がいく。
(もし、転生者であれば・・・「富士山」とか「東京タワー」とか聞いてみようか?)
シンは現代でしかない物の単語を聞いた事があるかどうかを訊ねて確かめてみようと考えていた。これなら相手が転生者、或いは来訪者かが分かる。仮に嘘で「ない」と答えたとしても何かしらの反応があるのは間違いなくあるはずだ。この方法は有効的だろう。
シンは次の日の会議でミミナに出会う。その時に思い切ってこの質問をしようかと考えた。
シンがミミナの事を考えていると
「シン様、参りましょう」
とロニーが声を掛けてきた。ふと我に戻ったシンはここまで案内してくれた事に感謝の言葉を送った。
「そうか、案内してくれてありがとう」
「いえいえ」
シンがお礼の言葉を述べてロニーが返事をしながらロニーがドアノブに手を掛ける。その瞬間、シンは皆の昼食の事を思い出した。
「あ、そうだロニーさん、昼食の時に聞こうと思っていたのですが、皆の昼食は・・・」
シンがそこまで言った瞬間、ドアは完全に開き切って広間の様子が丸わかりになった。
「・・・・・・・・・・」
「「「・・・・・・・・・・」」」
まず、シンが見た光景は取敢えず皆とギアがいた。その皆とギアが昼食を摂っていた。皆の服が異様なまでに泥と傷だらけになっていた。おまけに白かったはずのテーブルクロスが赤や茶色、薄い黄色などのソース等の汚れが大量付着していた。ククとココに至っては口の周りに料理のソースがベタベタについて口の中に何かを頬張っていたのか口をモゴモゴさせていた。
とてもでは無いがここが国の運命を掛ける為の会議をする部屋とは思えない程にまでの光景だった。
そんな皆の格好を見たシンは当然
「何かあったのか?」
と聞く。皆がこんなにもガッついて食事をする時は何か激しい運動をした時だ。シンは何があったのか単純に知りたかった。
「「「・・・・・・・・・」」」
皆はシンとの目線を合わせず黙り込んだ。すると広間の奥で昼食を摂っていたギアが代わりに説明する。
「む、やはり何も聞いておらぬのか?」
「何の話だ?」
「其方らが我と再び出会うまでの事を皆から聞いた。その時に守られてばかりでは困ると言って我に相談しに参ったのだ」
「っ・・・・・・」
シンは思わず「どうして俺に相談しなかったんだ?」と言おうとしたが何か理由があると察し口を噤んだ。結局口から出た言葉は
「そうか・・・」
とだけだった。ギアは話を続ける。
「さっきまで我と手合わせをして皆の力量を計っておったのだ」
「・・・・・・・」
シンが皆に何を聞きたいのかを察したギアはここで話を止めようかと考えていたが、まだ続ける事にした。
「皆がシンに相談すれば結局頼ってしまうから、と言ってな・・・」
「そう、だったのか・・・」
シンは改めて皆の方へ向く。
「・・・・・・・」
「「「・・・・・・・・・・・・・」」」
確かにシンは皆を「生きるための力」をつける為に鍛えてきたが、それ以外は完全にシンに頼りっきりだった。それは料理にしても、洗濯にしても、寝床の準備にしても、人を殺す方法を「教えなかった」にしても・・・。
(何だかんだ言って、俺は皆を甘やかしていたかもしれないな・・・)
シンは静かに目を瞑る。その数秒後にエリーがシンの方へ近づいてきて
「シン兄・・・」
シンは目を開けてエリーの視線と重なった。
「シン兄、私達は生きていくために力を付けてきた・・・」
「・・・・・」
反論等口を挟む事無くただ黙って耳を傾けるシン。
「でも、今まではまだ駄目だったの。私達に必要なもの、旅する上でどうしても必要なもの・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
より神妙な顔をしてエリーの話に気を引き締めて耳を傾ける。
「「覚悟」だった・・・」
「・・・」
「覚悟」。「生きるための力」をつける為に鍛えてきてはいたが、旅する上で食事の準備ができない、野宿する上で安全な寝床を探す方法は知らない、そして何よりも人を殺すための「覚悟」。これが皆に決定的に足りなかったものだ。
「私は魔法さえ覚えられればこれからどうにかできると思っていた。でも・・・」
エリーは一息吸って思いきり吐き出すように
「違っていたの!」
エリーの眉間には皺をよせ歯を食いしばっていた。まるでこの上ないくらいに悔しそうな顔で。
「私にどうしても必要だったのは「覚悟」だったの!!!」
エリーの言葉を聞いたシンは静かに口を開く。
「エリー、俺からもちょっといいか?」
「・・・・・」
今にも泣きそうな顔をしたエリーはシンの方へ顔を見る。
「俺から「殺す覚悟」をそのまま教わるという事になったとしたらエリー・・・皆はどう感じる?」
普段から想像もつかない位、珍しく恐る恐る皆に訊ねたシン。
少し躊躇いを持ちながらも皆の代表するかのようにエリーがシンにこう言った。
「「鉄」になる」
「・・・・・」
「「「・・・・・・・・・・」」」
エリーの言葉に皆も肯定の沈黙が流れる。
シンは目を少し細めて
「・・・・・・・俺から教わる事はもう何もない、と?」
少し間を置いてからシンはエリーが何を言いたいのかを想像し、聞く。
「・・・」
エリーは静かに重く縦に頭を振る。シンはそれを見て
「そうか・・・」
と初めてエリーの本心が聞けたような気がしたシンはどこか虚しそうに答え、沈黙が流れる。
「・・・・・・それで、これからどうするつもりだ?」
いつもの様な雰囲気でエリーに訊ねる。その様子を見たエリーは
「・・・・・・・・あ、うん、私達はギアに力を計って貰ってこれからの事を相談する事になってるんだけど・・・」
エリーとシンはギアの方へ向く。視線が重なり、ギアの口が開く。
「うむ、まず皆は「力」の方は旅するに当たっては問題ない。問題は「覚悟」の方だ」
「そうだな、「覚悟」の方は早々何とかできるような事ではないな」
シンはギアの意見に同意する。実際人を殺す覚悟をどうにか克服するには人を殺す必要がある。現代社会においてはとんでもない事をする事になるが、この世界で旅するに当たってどうしても自分の身を守るには自分で守るしかない。もっと言えば旅する中で盗賊に襲われたら守るという手段、或いは盗賊を討伐する等の依頼によって人を殺さざる得ない事だってあり得る。
しかしだからと言って誰でも良いという訳でもない。盗賊等の悪意や害意がある人間であればまだしも、同じ冒険者や一般人等を殺させるわけにはいかない。
だが、盗賊等に「これから殺す訓練しますので命を差し出してください」と言ってはいそうですかと答える事は決してない。
シンとギアはどうしたものかと悩む。すると2人の話を聞いたロニーは
「その事でございますが、私に妙案がございます」
「ロニーさん?」
「それは?」
シンとギアはロニーの視線と重なる。ロニーは穏やか口調で答える。
「皆様はこの国にもございます「ギルド」で登録をなさってください。その後すぐにランクアップの試験をお受けになって下さい」
「それで、「覚悟」がどうにかなるのか?」
シンは訝し気にロニーに聞く。
「はい、詳しくは申し上げる事はできませんが試験内容で「覚悟」の方はどうにかできるでしょう」
ロニーがそこまで言うとギアは何かを察した。
「そうかアレか・・・」
(「アレ」?)
ロニーがそう言うとシンの頭の上はクエスチョンマークが付き纏っていたがギアはすぐに理解した。
「なるほどな。シンは会議だろう?ならば明日は我がギルドへ向かって・・・」
ギアがそこまで言った瞬間ロニーは慌てて止めに入る。
「お待ちください。ギルドの方へは私が案内させます。ギア様が参りますと色々と・・・」
「む、むぅぅぅ・・・」
もどかしそうに唸るギア。確かにこんなドラゴンが町中でうろついていたらパニックになるだろう。下手をすればギアを倒す冒険者連中と身を守るギアとの対戦構図が出来上がりそこの一帯は戦場になる恐れもある。国としてはそれでは困るのでロニーが皆の同伴者として付いて行く事になった。
「是非も無い、か。・・・あい分かった、任せたぞ」
その事を察したギアは小さな溜息をつき納得した。
「お任せください」
ロニーの頼りになる返事を聞いた皆。その返事を合図化の様にナーモがロニーに近付き話始める。
「あの・・・」
「何でしょう?」
「実はヨルグのギルド長について言いたい事がありまして、その・・・」
ナーモはヨルグのギルド長が帝国に加担している可能性がある事をエーデル公国のギルド支部のギルド長に言いたかった。ナーモの何か重要な案件をこの国《エーデル公国》のギルド支部のギルド長に伝えたい事を察したロニーは
「承知しました。では、その事について私の方から切り出しましょう」
アッサリと承諾した。
「!い、良いんですか!?」
ロニーが承諾した事に驚くナーモ。こんな子供の言う事だから聞かないだろうという思いが大きかったため、こんなにもアッサリと通用した事にナーモは驚きと拍子抜けが入り混じっていた。
そんなナーモの様子を見てロニーは真剣な表情でその理由を言った。
「はい、シン様は大切なお客様ではございますがそれと同時にあなた方も大切なお客様なのですよ。その大切なお客様の言葉が信じられないでどうしますか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
ナーモはロニーの真剣な表所で啖呵を切った事に思わず黙ってしまう。するとロニーはすぐにいつもの様ににこやかな顔に戻り
「他に何かございますか?」
と聞いた。
「い、いえ、ありがとうございました・・・!」
ナーモは若干戸惑いながらもお礼を言う。
「いえいえ、お役に立てて光栄でございます」
ロニーとナーモがそんなやり取りしている時、ニックがある事に気が付いた。
「ところでシン兄はいつからロニーさんにそんな言葉づかいに?」
疑問に思って当然だろう。つい今朝方まではシンは礼儀正しい言葉づかいでロニーに接してきたのだから。
「ああ、ちょっと皆と別に昼食を呼ばれた時にな・・・」
理由を簡単に説明したシンはククとココとシーナの方へ見て
「そういやお前等は昼食の最中か?」
ニックも同じ方へ見る。
「うん、一運動したらいつの間にかお昼時になってご飯を食べにここへきて・・・」
「ククとココはいつもの様にシーナに」
「叱られている」
実際ククとココは口の周りと服に大量の料理のソースのシミが付いており、ククとココが早食い競争をしているかのようにガツガツと食べていた事等の行儀が悪さにシーナは叱っていた。しかし2人はお構いなしにまだ食べていた。
「相当腹減ってたんだろうな・・・」
やや呆れながらも見守るシン。
「うん、俺が言うのもあれだけど一番動いたからね」
ニックはククとココが簡潔に活躍していたかを説明する。
「あと、シーナは・・・」
「何か「おかあちゃん」って感じがするよね」
ニックがそう呟くと聞こえていたのかシーナがこちらを睨む。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
2人ともシーナとの視線が重ならない様に逸らす。そして、ククとココがその様子に気が付いたのか席を移動して軽く食い散らかしに行った。
「あっコラ!」
その事に気が付いたシーナは2人を追いかけていった。
その様子を見たシンは数秒程黙って見ていた。その時ネネラの姿が見えない事に気が付いた。
「・・・・・そう言えばネネラの姿が見えないけどどうしたんだ?」
「ああ、シン兄が来るちょっと前にいたんだけどすぐ食べ終わってまた中庭に行ったよ」
朝の時もネネラは中庭に行っていた。練兵場で剣の素振りをしていた。という事は恐らくまた剣の素振りをしているのだろう。
「ネネラとは会ったのか?」
「ううん、僕達は中庭でギアと一緒に居たよ」
「そうか・・・」
シンとニックはそれ以上言葉を交わす事無く広間にいる皆を静かに見つめていた。
シンは静かにニックに声を掛ける。
「ニック・・・」
「何?」
シンの方へ向いたニック。
「頑張れよ・・・」
静かでいつもとは違う強い意味を含んだ様なシンの言葉。それを聞いたニックは
「・・・うん!」
と強く頷き返す。それを聞いたシンは無表情だが、どこか穏やかな雰囲気を出して
「まだ食い足りないなら食べてこい」
と促した。
「うん、じゃあまたね、シン兄」
ニックが広間にある料理があるテーブルの元へ戻って行ったのを確認したシンはポツリと寂しそうに呟く。
「・・・・・「また」か」
エリーのあの言葉をシンは思い出す。
「鉄」になる
シンの胸の中で深く突き刺さっていた。
確かにシンは過去の事を振り返ってみれば皆とシン自身とはどこか距離感があった。それどころかギアの方に懐いていた。シンもギアもどちらも皆に厳しい訓練をさせていた。シンの方は料理をしていた。それなのにギアの方に懐いていた。いや慕っていたと表現した方が正しいだろう。ギアの方が人間臭さを感じる。そのせいなのか皆に慕っていた。
(それ比べ俺は・・・)
シンはシンなりに皆にとっつきやすいように配慮していた。だが、思い返せば狼やゴブリン等の生き物はおろか、奴隷商人や冒険者風の連中を何の躊躇いも無く機械的に殺してきた。
「鉄になる」。
シンに「覚悟」教われば自分達もあんな風になってしまうのではとギアとネネラを含めた皆がそう思っていた。それは人間性が無くなり機械のような存在。それを皆は恐れていた。
(確かにそれを考えれば俺から教わるよりも人としてどう判断するかで生かす殺すを決めた方が良いよな・・・)
そこまで考えに至ったシンは皆との別れが近い事をその身で感じた。
「その「また」・・・いつになるんだろうな?」
更新がてらに近況報告をしようと思いここに書きました。
今までの話を修正に入っていったのですが最初の頃の書き上げた話が酷かったんだなと実感しました。
また、修正するに当たって話を盛り上げる為にシチュエーションを追加したのですが、なるべくなら読みやすい4000字に留めようとしていました。ですが、あっさりと崩れてしまいました。思わず「マジか!」と叫んでしまいました。より読みづらくなってしまったかもしれません。もしそうなってしまいましたら、ご連絡ください。
それから最新話の修正と更新が遅くて申し訳ありません。最近新しい話を執筆していたのですが思う様に書けず四苦八苦していました。その為完全にほっぽりだしてしまいました。
本当に申し訳ありませんでした。
少しの間になるかもしれませんがこれから新しい話の執筆に集中していきます。もしかしたら、今までの話の修正はかなり遅くなるかもしれません。
まだまだ「アンノウン ~その者、大いなる旅人~」は続いていきますので楽しみにお待ちください。
長々となりましたがここまで読んで下さりありがとうございました。