66.ヒユとゴマ
「これが「ポーチュラカ」ですか」
「はい、可愛らしい花でございましょう?」
大きさは健康なブロッコリーとほぼ同じ大きさで、光沢のある多肉質の葉、少し赤紫色を帯びた柔らかそうな多肉質な茎、小さなピンクの可愛らしい花が咲いていた。
それが大きな畑の中で大量に育てられていた。傍から見ればどこかの花畑として大事に育てられている様に見える。
そんな光景を目の当たりしていた時、シンは「ポーチュラカ」という植物、どこかで見覚えがあった。
(ん?この植物どこかであるな・・・。この世界・・・では見た事なかったから、「ブレンドウォーズ」か、前の世界か?)
シンは「ポーチュラカ」の事を思い出そうとしているとロニーの説明が耳に届いた。
「この植物は以前までは小さく畑の害草として駆除の対象だったのですが、ヨルグでは非常に大きくしかも元々食用に適した植物だったため信じられませんでしたが、今はこうして大変美味しい作物として頂います」
その説明を聞いてシンはどこで見たのか思い出した。
(ああ、そうか。これ「スベリヒユ」か)
シンは前の世界、つまり現実世界で見覚えがあった。シンがまだ真だった頃、祖父の家にて畑の手伝いで草むしりをしていた時の事。この「ポーチュラカ」とよく似た雑草、「スベリヒユ」を毟っていた祖父が忌々しそうに話していた事を思い出した。
「スベリヒユ」とは世界の熱帯から温帯にかけて幅広く分布し、日本全土でも見られる植物だ。乾燥耐性があり、畑や路傍など日当たりの良い所に自然に生える。農業においては畑作の害草として知られ、全般的に執拗な雑草として嫌われものの代名詞。
だが、山形県では「ひょう」と呼び、茹でて芥子醤油で食べられている一種の山菜として扱われており、干して保存食として貴重な食料とされていた。
また沖縄県では「ニンブトゥカー(念仏鉦)」と呼ばれ、葉物野菜の不足する夏季においては大変重宝されていた。
外国では「ハナスベリヒユ」という「スベリヒユ」の仲間をスープの具材に使われる。その為、独特のぬめりがある。また実も生で食用にしたり、パンに混ぜたりして使う。
トルコやギリシャのクレタ島では生または炒めてサラダにする。
また、薬用としても優秀で、全草を「馬歯莧」《ばしけん》、または莧を見で代用して「馬歯見」《ばしけん》、と呼び、民間薬として解熱、解毒、虫毒に利用される。また、利尿作用があり、葉の汁は虫刺されに効く。
食感はリンゴ酸が入っているせいなのか独特の酸味があり、ぬめりと歯ごたえがある。
ただ大きく違っていたのはこの世界の「スベリヒユ」はブロッコリー並みに大きかった事だ。
(「スベリヒユ」を主な作物にしているというのは珍しいな)
歩きながらポーチュラカの畑を見ていると途中から全く違う作物の姿が見えた。
「ロニーさん、この作物は?」
「はい、こちらの作物は「オオグイゴマ」でございます」
本来のゴマであれば草丈は約1mになり、葉腋に薄紫色の花をつけ、実の中に多数の種子を含む。旱魃に強く、生育後期の乾燥には大変強い。逆に多雨は生育が悪くなる。品種は白ゴマ、黒ゴマ、黄ゴマ(又は金ゴマ、茶ゴマ)など、種子の外皮の色によって分類される。
しかし、この「オオグイゴマ」の草丈は約2m、果実部分は瓜とほぼ同じ大きさだった。その「オオグイゴマ」の下を見れば何かの拍子でぶつかってしまったからなのか、重さに耐えきれなかったのか果実が落ちて割れ、中から枝豆と同じ大きさの黄色のゴマが零れ落ちていた。
大きさ以外を見れば、ほぼ間違いなく胡麻の仲間だった。
「・・・随分大きいですね」
「はい、私達小人族では台が無ければ収穫する事が出来ません」
「まぁ、アレだけ高ければ仕方ない事ですね」
「ええ、ですがあの作物は名前の通り土にある栄養を雑草や虫を巻き込んで奪い取ります。そのため、雑草は枯れてしまい、そのまま土の栄養になり、「オオグイゴマ」に群がる害虫は数えるほどです」
「・・・無敵に近い植物ですね」
シンの言葉を聞いたロニーは苦笑してこう答えた。
「そう思うでしょう?実は病気に弱く、大量の雨に弱いのですよ」
「雨・・・?湿気に弱いのですか?」
「ええ、そうですね。元々乾燥地帯に生えていたものらしいですので・・・」
「なるほど・・・」
元々の生産地が乾燥地であるオオグイゴマは全く環境の違う多雨の地域で生育するとカビ等の菌糸類が関わっている病気にかかりやすいそうだ。
作物において、なるべくなら元々の産地の環境に合わせて育てるのが最善だ。環境に合わせなければ病気にかかったり生理障害等にあっと言う間に全滅する事もある。
環境作りはかなり重要なのだ。
「ここは雨が多いのですか?」
「さほど多くはございません。ですが、雨の時期、我々の言葉で「雨期」が発生しますのでその時に水捌けが非常に良い土地に種まきにかかります。後はそのまま待つだけでございます」
「このオオグイゴマは今成熟するのですか?」
「はい、我が国の土地は荒地こそ多いのですが水捌けが良く肥沃ですのであっと言う間に出来上がります」
「そうですか」
肥沃な土地が多いという事はそれだけ強い雑草が生えやすいという事になる。つまりこの国での荒れ地を開拓に関する最大の問題は雑草という事だろう。
ポーチュラカとオオグイゴマはという作物であればうってつけの場所だろう。
オオグイゴマの事を考えながら見まわしていると畑の奥の方に少女がいた。
「ここの大きな実の部分を取っていくのよ」
と集まった子供達に何やら話しかけていた。いや正確にはオオグイゴマについて説明していた。
「向こうにいる・・・女の子は?」
決して小人族の様に耳は尖がっておらず、肌の色は巨人族の様な緑色ではなく白に近い杏子色だった。明らかに普通の人間だ。
淡く落ち着いた丹色の髪は、リボンで若々しさを感じるツインテールに結っていた。少し気が強そうな雰囲気を出しているややツリ目に黒鳶と呼ばれる灰色の様な赤茶の瞳。
ボタンを留める箇所にフリルが付いた純白のシャツ。鮮やかな藍色のベストにワインレッドのロングスカート。年は14~16位の少女が楽しそうに笑っていた。
「はい、あの方こそミミナ様でございます」
「ミミナ様・・・(あの子がリビオが助けた魔眼族の救世主か・・・)」
一見すれば身形のいい、良い所のお嬢様と言った感じの少女だった。とてもとまでは言えないが元奴隷には見えない。
シンがそんな事を考えながら見ているとミミナと子供達は違う畑へと向かうためかその場から立ち去った。
シンがそんな様子を見守っていると
「そろそろご昼食ではございますが、今回見学された「ポーチュラカ」と「オオグイゴマ」を使った料理を召し上がりますか?」
とロニーから昼食の提案をする。
「・・・それはここで?」
「左様でございます。我が国で豊穣となった作物で作ったご馳走をご用意しています」
「分かりました」
シンは頭を縦に振るとロニーは案内し、2人は畑から離れていった。
シンとロニーは畑、農場の近くにあった西洋風の屋敷に入り広間にいた。ロニーは食事の準備のため屋敷の奥へ行き、シンは白いテーブルクロスが敷かれた丸いテーブルの席に座って待っていた。
もう待つ事数分。広間にあった扉が開く。
「お待たせしました」
扉の向こうからロニーがそう言って現れる。すると後ろからゾロゾロとこの屋敷の使用人と思しき小人族達が茶色のお盆の上に乗せた料理を運んで入ってきた。
コト…
テーブルの上に置かれた料理を見たシンは
「おお・・・!」
と思わず感嘆の声を零す。
出された料理はサラダにステーキにパンに野菜スープでボリュームが多かった。よく見ればどれもこれもが「ポーチュラカ」と「オオグイゴマ」が入っており豪華な盛り付けされていた。。
「ただ今より出された料理の説明をさせていただきます」
等間隔に切られた「ポーチュラカ」を中心に輪切りされたタマネギの様な野菜に、イチョウ切りされたトマトの様な果実が綺麗に添えられていた。その野菜の上からニンニクの様な香ばしい香りがする御酢とオリーブオイルの様な油が混ざったドレッシングが掛けられていた。そんな豪華なサラダだった。
「こちらは「旬の野菜とポーチュラカサラダ」でございます」
匂いから察するに恐らくシシ肉のステーキでその上にはポーチュラカの花とオオグイゴマの実が添えられていた。そのステーキの前には黒い胡椒と塩が入った小皿があった。
「次に「花と実り添えのエリュマントス・ボアのステーキ」でございます。お隣にある小さな小皿には黒コショウと砕いた岩塩がございますのでそちらに付けてお召し上がりくださいませ」
ライ麦パンの様なやや小さいパンからゴマの様な香ばしい香りと胡麻ではないやや黒い小さな粒の様な実が入っていた。
「その次は「豊穣パン」でございます。ポーチュラカの実とオオグイゴマの実が混ぜ込んでおりますので香ばしさとまろやかさをお楽しみください」
狐色のスープの中には様々な野菜が入っており、ポトフの様な料理だった。
「最後に「感謝のポーポット」でございます。ポーチュラカとオオグイゴマ、バーレイ、トマータ、カラッタ、ガーラク、アニア、ライドモアの挽肉が入っております」
聞き慣れない野菜であろう単語があったがあまり多く質問してしまうと下手をすればシンが来訪者だとバレてしまう恐れがあった。慎重に言葉を選んで質問した単語が
「「ポーポット」というのは?」
これだった。材料は恐らくこの世界では常識である可能性が高かったため質問はせず、ナーモ達と過ごした時「スープ」という単語を出しても通じていた。つまり、この「ポーポット」は「シチュー」とか「ボルシチ」の様なスープの一種なのだろうと考えていた。それを考えて質問する単語を「ポーポット」に選んだのだ。
「そうですね・・・所謂「スープ」と認識していただければ・・・」
案の定の答えだった。
「そうですか「スープ」ですか・・・「感謝」や「豊穣」という言葉がありますがこれは?」
ロニーはニッコリ笑って
「大切なお客様がお見えになられた時は「豊穣」のある作物で料理し、お客様との良き縁に「感謝」を込めておもてなしをするためでございます」
つまりシン達は大切な客人としてこの料理が振舞われている。シンがこのエーデル公国に良い事が齎されるという期待が込められていた。
「ありがとうございます」
一応シンはそれを察してはいたがその事について何も言わずただ感謝の言葉を言った。
「いえいえ、お口に合えばよろしいのですが・・・」
「・・・・・・」
シンはナイフとフォークを手に取る。最初に「旬の野菜とポーチュラカサラダ」をフォークでサラダの野菜を突き刺す。ポーチュラカ特有の粘りの糸が引いていた。口に運んだ。
「!」
タマネギの様な野菜はほぼタマネギの甘みと辛みが出て、イチョウ切りされたトマトの様な果実の甘酸っぱさが更に美味しく感じる。その野菜の上からオリーブオイルの様な油と御酢が混ざったニンニクの様な香りとドレッシングの香りがより食欲を引き立たせていた。
「美味い・・・」
シンの顔は無表情のままだが、思わず口してしまう程美味かった。
「それは何よりでございます」
次に「花と実り添えのエリュマントス・ボアのステーキ」にナイフで切れ込みを入れてフォークで刺して、岩塩と胡椒を付けて口へ運ぶ。
「・・・これも美味い」
シンはそう呟くように言って顔が少し綻ぶ。ロニーはにこやかな笑顔が更に明るくなる。
岩塩と胡椒のおかげで臭みと塩辛さにより肉のうまみと甘みがより引き立たせ、より一層美味しく感じた。柔らかいステーキの肉は豚肉ともシシ肉とも言えないがどちらにも該当する食感だった。
ナイフとフォークを置き「豊穣パン」へ手を伸ばす。両手で丁寧に千切って片方を皿に置き千切ったもう片方を口へ運ぶ。
(柔らかい・・・)
この世界の文明レベルは中世だ。その為パンは硬い事が多かった。その事に驚きつつもシンはそのパンを口に運んだ。
「!美味い・・・」
ロニーは明るくにこやかな顔で
「このパンを作った職人も大変喜ばれる事でしょう」
と嬉しそうに言う。
食感はクルミパンによく似ており、ロニーの言う通り香ばしさとまろやかさが口の中に広がった。シンは口に広がった香ばしさはポーチュラカでまろやかさはオオグイゴマではないかと考えた。
(最後は・・・)
シンは「感謝のポーポット」の方へ目をやる。そしてスプーンを手に取り、スープと具を掬った。スプーンですくったスープと具はかなり赤めのニンジンの様な野菜に、サラダの時の様なニンニクの様な香ばしい匂いがする野菜、そして挽肉の様なものが入っていた。
ロニーが言うにはポーチュラカとオオグイゴマは勿論バーレイ、トマータ、カラッタ、ガーラク、アニア、ライドモアの挽肉が入っている。これの内挽肉以外はこの野菜の言うちのどれかなのだろう。
掬ったスープを一口食べる。
「!」
シンは思わずそのままもう二口目、もう三口目とスプーンを動かしていた。
ジャガイモの様なイモ類の野菜でほくほくと湯気が立ち、サラダに入っていたトマトに似ていた果実。見るからにタマネギの様な野菜。それらを二口目、三口目に口に運んだ。これらの野菜に共通していたのは柔らかくて、スープが良く染み込んでいた。ポーチュラカが入っているせいか独特のとろみがありかなり熱々で味はコンソメスープの様だった。だが、ライドモアの挽肉と数種類の野菜の出汁が出て、スープ全体が旨味の塊の様なものになっていた。
「・・・・・・・!」
シンは今美味しさの余りに思わず早くスプーンを動かしていた事に気が付いた。礼儀のマナーとしてはしたない事をしたと思いロニーの方へ見た。
「ホホホ、このポーポットを召し上がられたお客様の大半はシン様の様になっておられました。これと言って気にはしておりません」
「・・・そうですか」
恥ずかしいとか怒られるかもと言った心情は無かったが、無我夢中でこのスープに食いついた事にシンは驚いていた。
(こんな体になっているとはいえ、食物が美味いと感じている・・・)
シンの身体は「BBP」となっており食べ物等を摂取さえしていれば、ダメージを受けても即時に再生する。しかし、ちゃんとした食べ物を食べたり、作ったりはしているが自分自身がそこまで食べ物に対する執着は希薄だった。
だが今回のポーポットの一件で食べ物に対する考え方が改まった。
シンはロニーの方へ向き
「ロニーさん」
と声を掛ける。
「はい、何でございましょう」
「ありがとうございます。こんな美味しいご馳走初めてです」
シンは何の用意もしていない言葉をロニーに伝えた。
「いえいえ、お気に召して大変光栄でございます」
「光栄って・・・。おれ・・・いえ、私はそんな・・・」
「光栄」という言葉に対して何か重さがある様な感じがしたシンは何か言おうとする。だが、思わず普段の言葉が出た事に慌てて言い直すが
「シン様、普段通りの言葉で接していただいて結構でございますよ」
ロニーはにこやかな、いや、最早晴れやかな笑顔で気にしていない事をシンに言う。そんなロニーの様子を見たシンは
「ロニーさん・・・」
と言って少し考え込む様に静かに見ていた。
「・・・分かったよ、ロニーさん」
「はい」
そんなやり取りをしてシンは食事の再開をし、食事の楽しみを改めて楽しんだ。