65.客の町
「ぁ~~~~~~~~…ぁぁあ?」
言葉にならない声を口にしながら、シンはベッドの上で起き上がる。
周囲を見回し、やがて動きが止まる。
そのまま数分が経ち、ボーッとどこかを見ていたシンの目の中に次第に意思の光が戻ってきた。
「今、朝か・・・?」
シンはベッドから起き上がり、部屋の中にあったカーテンをペラリとめくると、窓の向こうは暗闇の世界だった。どうやら朝ではあるが日は昇っていない様だ。
「・・・アカツキ、今何時か分かるか?」
「ボス、午前4時位だ」
「・・・4時?」
シンは少し驚いていた。前まではどちらかと言えば朝に弱く中々起きれなかった。
(明らかに早く起きるようになっている・・・)
思い返せば最近シンは次第に段々と早い時間に起きる様になっていた。
(この世界に来てからか?)
暗い窓に映る自分の姿を見てどこか変わった所は無いかジッと見つめていた。
「・・・・・」
「ボス?」
心配そうに声を掛けて来たのはアカツキだった。
「(まぁ、どんなに見つめても変わった所は無い、か・・・)ああ、大丈夫だ。少し考え事をしていただけだ」
「そうか」
アカツキはそう納得する。シンはベッドから降りる。シャツにサブマリンズボンの服装のシンの横には小さな机があり、その上には丁寧に折りたたまれたスーツとネクタイがあった。
シンはその折りたたまれたスーツとネクタイを手に取り着替えた。
着替え終えたシンはドアの方へ見て
「朝食は・・・まだだろうし」
腕を組み
「まぁ丁度いいか。どんな足を作ろうか・・・」
と呟く。その呟きに答えたのは当然
「ボス、取敢えず足が速いのを開発する必要があると思うんだが・・・」
アカツキだった。
「そうだな・・・速い足と言ってもどんなのがいいのかが分からない」
話の内容から察するにシンとアカツキが相談していたのは移動手段についての事だった。
「俺は余りそういうのは詳しくないがかなり速くてもボスなら問題ないだろ?」
「ああ、それはそうだがすぐに上がるのでないと・・・」
「ああ、そうか所謂スタートダッシュとか、足跡とかが後々問題になるな」
「そうだ。そして、後々の事を考えてだから・・・」
シンは暫くの間考え込むために沈黙する。
「・・・・・・・・・」
シンは何か思いつき、「ショップ」で複数のある物をそれぞれ買う。すると複数のある物が「収納スペース」に入っていた。そこから「自動開発」に移し替える。するとLPの時同様「これを改造しますか? YES NO」という表示が出てきた。何の迷いも躊躇いも無く「YES」を選択する。
「これで良し」
「ボス、それは一体何ができるんだ?」
「ああ、どうせ移動するならの足はでかくて速い方が良いだろ?」
シンは薄ら笑みを浮かべてアカツキに言う。
「何を作っているのかは知らないが、期限中に何とかなれば俺としては問題無い」
アカツキは結局何を作っているのかは分からないままだったが、目的さえ達成すれば問題ない。あそんなアカツキの物言いを聞いたシンは
「心配するな、少なくともこの一年以内で出来るから」
アカツキは先行きの不安でそういう物言いになったのだと考えそう言った。
「OKボス、楽しみにしてるぜ」
アカツキ自身には不安要素はほとんど無かったがシンのセリフに取敢えずこう返した。
「ああ、これにて一時通信を終了する」
ブツッ
電話等の通信機特有の回線が切れた音がした。この時、朝の7時頃だった。何者かがシンの部屋まで来て
コンコン…
とドアノックが響き
「はい、どうぞ」
シンが入るように促すと
「失礼します」
入ってきたのはロニーだった。
「おはようございます、シン様。朝食の準備ができております」
どうやらシンの部屋まで呼びに来た。現在の時刻から考えれば朝食の時間として決しておかしくない時間だった。
「分かりました、すぐに参ります」
もうすでに着替えていたシンはそのまま椅子から立ちロニーがいる廊下まで行った。
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ。ではこちらでございます」
ロニーはそう言ってシンを朝食があるところまで案内を開始した。
朝食があった所はどこかの広間だった。広間の真ん中には縦に長いテーブルがあった。白いテーブルクロスが敷かれ、複数の背もたれが赤い椅子がより引き立たせていた。
そのテーブルクロスの上にはパンが入ったバケットに、コンソメスープの様な汁物。
スクランブルエッグの様な卵料理。
何かの葉物野菜が綺麗に集められたサラダ。
薄切りにされた牛肉の様な食べ物が湯気を立て美味しそうな匂いが部屋中に漂っていた。
(結構豪華だな・・・)
シンはそんな事を考えていると
「シン兄、おはよ~」
ニックが先に挨拶し
「「おはよ~」」
「おはよ」
ククとココ、シーナが挨拶する
「おはよう。ん?ギアとネネラは?」
シンが挨拶を返すとすぐにギアネネラが居ない事に気が付きその事を訊ねた。するとロニーがネネラの事について答える。
「ネネラ様でしたら、皆様より早く朝食を済まされて、今は練兵場で剣の素振りをなさっております」
「そうですか・・・。ギアの方は?」
シンがそう尋ねるとシーナが何か歯切れの悪い答え方を言った。
「あ、え~とね・・・なんかそのギアは・・・」
「・・・寝ている」
エリーは何か呆れたようにシーナに続けて答えた。
「は?何で?」
シンは何故そうなったかを率直に聞いた。
「一晩中自分の部屋探すために彷徨い歩いていたみたいで・・・着いた時は朝だったみたいで・・・」
ナーモが答えた。
「・・・何でそんな事になったんだ?」
その事を聞いたシンは呆れる。
「さ、さぁ・・・」
ナーモは昨晩の城でギアが迷った原因であろう皆が相談していた事については何も話さず誤魔化した。
「そうか」
何故そうなったかについては結局分からなかったがギアに対する呆れた気持ちは膨らんだ。
(何やってんだあのトカゲは・・・)
シンがそう心の中でごちっているとククとココが広間の真ん中にあるテーブルの椅子近くまで近づき
「いっちば~ん!」
「お~!おいしそ~」
今にも飛びつきそうな勢いで椅子に座った。それを見たシーナは
「行儀が悪いでしょ!」
と2人を叱っていた。
「・・・俺達も座るか」
3人の様子を見てそう言ったシン。
「そだね」
少し笑い同意するニック。
「・・・うん」
最後にエリーが同意し皆が席に座り朝食を始めた。
爆睡するトカゲをよそに・・・。
朝食で鱈腹食べたニックとナーモは満足そうに椅子にもたれかかっていた。無論シンも朝食を済ませていた。食後のお茶を口にしていたシンはロニーに声を掛けた。
「ロニーさん」
「はい、何でしょう」
「よろしければ、魔眼族の難民キャンプの案内をお願いしたいのですがいいですか?」
リビオ達のアスカ―ルラ人事、魔眼族の現状について知りたくなったシン。今はどういう暮らしをしているかによって見えてくるものがある。
ロニーは恭しく一礼して答える。
「畏まりました。ですが、すぐに参る事が出来ませんのでもう少しだけお待ちください」
執事として当然だろう。やる事成す事が多くある為優先順位から考えればシンからの頼みは後回しになるだろう。それを理解したシンは
「分かりました」
とアッサリ承諾する。
「あ、そうだ、皆はどうするんだ?」
「あ~俺達ちょっと用事があるから遠慮する」
とナーモがそう言った。
「そうなのか、お菓子とかもあるみたいだが?」
シンは恐らくお菓子も出ると考え、再びお茶に誘った。それを聞いたククとココは
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いい」」
10秒程百面相をして、長く悩んだ末に遠慮の返事をした2人。百面相のほとんどは悩みを持った時の特有の苦々しい表情ばかりだったが・・・。
「・・・そうか」
シンはそんな2人に少し驚く。普段なら何も言わなくてもすぐに飛びつく。その証拠に朝食の席に座る時でもいち早く座っていた。それなのに今回はそれを見送ったのだ。そんなシンにエリーが
「じゃあ、またね・・・」
そう言って皆を連れて広間から出て行った。
「あ、ああ・・・」
シンは少し戸惑いながらも皆を見送った。
(何かあったのか?)
そんな事を考えつつ、そのままロニーが来るのを用意されたお茶を飲みながら広間で待っていた。
「変わった味だが、美味いな・・・」
カップに入っていたお茶を丁度飲み干した時、広間のドアから
コンコン…
とノック音がして
「失礼します」
と聞き覚えのある声がした。シンは
「はい」
と言って席から立った。するとドアが開いた。すると聞き覚えのある者は無論
「大変長らくお待たせしました」
ロニーだ。長い間待たせてしまった事を詫びる。確かに1時間程シンはこの広間で待っていた。
「いえいえ」
シンは端から「仕方が無い事」と考え、気にしていない事を言葉と首を横に振る動作で伝えた。
「では、参りましょう」
「はい」
そう言い2人は城を後にした。
昨日見た町の中、その奥には町はずれの野原、そして更にその奥には見慣れない物が見えた。
「シン様、あちらにあるのが魔眼族の難民キャンプでございます」
シンとロニーは魔眼族がいる難民キャンプに来ていた。
「ここが難民キャンプ・・・」
シンの知っている難民キャンプは戦争、内乱、自然災害、伝染病等の災難を避けるため居住地を捨て、母国の国境を越えて難民となった者が集まり、粗末なキャンプで生活する者達。
衣服はボロボロでやせ細った子供、老人等の住民たちが今生きるのに必死に働いている。それがシンのイメージだった。
魔眼族の難民キャンプも同じように粗末なキャンプで暮らしていたと考えていた。
「・・・・・・・」
しかし、実際は上等な丸太で丁寧に作られた小屋だった。屋根は黒いタールの様な塗料で塗られて石のレンガで作られた煙突が付いていた。所謂ログキャビン(或いはログハウス)と呼ばれる様な家々が連なっていた。
(全然キャンプじゃない・・・)
シンは呆れ顔になり、そう心の中でツッコミを入れる。確かに今のこの光景を見れば「ここが難民キャンプです」と言われても、言われた側は「?」となるか呆れるだろう。
連なった丸太小屋の近くにいる魔眼族と思しき住人が鍬を持って中から出て来てたり、子供数人がかけっこしていて燥いでた。そんな様子を見ながらシンとロニーは話していた。
「・・・活気がありますね」
「はい。ですがここに居る住民全員は数年前の侵略と戦っておられるのです」
「そうですか・・・」
今かけっこしていて燥いでた数人の子供を不意に見るシン。無邪気そうに遊んでいる子供達ですら必死に日常らしい日常を取り戻そうと侵略と向き合い戦っている。
そんな事を考えているシンを見たロニーは
「そうそう、我々小人族と巨人族は魔眼族へ質の良い木材等を渡しただけでございます」
別の話題を出した。ロニーの話は最後まで言わなかったが
「つまり、自分達で町を作ったと?」
他所から聞けば気になる様な言い方のせいなのかシンはアッサリと食いついてしまった。
「はい、材料さえあれば後は自分達の好きなように作りますので。そもそも手先が器用な種族でございますので」
「すごいな・・・」
「ええ。・・・ですが、食糧難の時では当時大きな問題ではございました。いくら材料と技術があるとはいえ食料がございませんでしたら、それも意味も成しません」
「・・・確かにな」
いざ農業をするとなったとしても道具だけ揃えても1日2日では広大な荒れ地を豊かな大地に変える事は出来ない。どんなに早くとも一月はかかる。だが当時はどんなに多く見積もっても次週の食料だけしかなかった。これではとても足りない。
となれば、他国から食料を買うか、育てる作物自体を変える必要がある。
今回の場合は後者だった。
(ここのは「ポーチュラカ」と確か・・・「オオグイゴマ」だったか?それを草ボーボーの荒れ地に植えただけでここまで立て直す事ができるとは・・・)
シンはそんな事を考え、不意に口が開く。その時に出た言葉は
「奇跡の連続だな・・・」
魔眼族の現状を一言で表したらまさにこの言葉に尽きる。
それを聞いたロニーは
「全くでございます」
子供が小さいながらも少し胸を張る様な姿勢になる。シンは思わず
(何でお前が胸を張るんだよ)
と心の中でツッコミの様なごちり方をする。ロニーは続けて
「私達は心の中では彼らに期待をしていたのかもしれません」
と呟いた。さっきの話題から逸れたような話題が入った事にシンは気になりシンは思わず
「え?」
と零すように言った。するとロニーは続けて
「私達は・・・巨人族はこの森で生まれたからにはエーデル公国以外で死ぬ事はしません」
更にさっきの話題から逸れる事を言った。
「ここじゃなければならない理由があるのですか?」
「巨人族は食べ物こそそれほど多くなくても問題ございませんが、水はきれいで巨木が多くある地域でないと生きられないのでございます」
「ここ以外は無いと?」
ロニーは徐に頷く。
「綺麗な水があり、己の身体を隠れる事ができるような巨木。ここ以外により良い場所は巨人族の方々も我々も知りません」
ロニーは静かに目を瞑り
「小人族の我々でも巨人族の方々とは守られる共生関係に当たります。ですのでここから出る事があまりございません」
巨人族は生存地による理由で。小人族は見た目通り弱い。同じ境遇同士で小人族と巨人族は共生関係にある。小人族は魔法を伝えた代わりに巨人族は小人族を守るという協定が大昔に結ばれていた。その為、長い間それを一度も破る事も改定する事は無かった。しかし、それはあまり外へ出る事が出来ないため外の情報は商人に頼りきりだった。だがこの国は小人族と巨人族を守る為に日本で言う所の出島のような所で交易していた。その制度を緩和したのはつい最近の話だった。
つまり、他所の国の情報でこの国に何かしらの観光となる資源、この国では珍しいモノが入ってくる事を期待して魔眼族を受け入れたのだ。
「外の情報と言うものがあまりないこの地では他所の地からやってきた魔眼族の方々は私達にとっては大切なお客様でございます。それこそ我が国の食料を切り詰めてでも・・・」
「そうだったのですか・・・」
「はい。ですので我々小人族と巨人族はこの町の事を「客の町」と呼んでいるのです」
「「客の町」・・・ですか」
外部からの情報や人間が来ないという事は文化や文明の進歩が自然と緩やかになる。それこそ日本の江戸時代の様な緩やかな時代をこの国では送ってきたのだろう。
そして、今は作物や恐らく何かしらの魔眼族の技術も手に入れて上手くいったのだろう。
(それを考えると俺達を城に招くって相当考えて決断したんだろうな)
この国に来る行商人や他国からの使節から見ればシン達の待遇はとんでもないくらいVIP待遇なのだろう。今の待遇を改めて思い起こすシン。
「・・・少し長話をしてしまいました。参りましょうか」
「・・・はい」
シンとロニーは魔眼族の「客の町」の中へ入って行った。