63.本質と宝
風呂から上がったシン達は着替えていた。シンはロニーに今回の会議の時に着る服の見立てをしてもらっていた。そんな2人の様子にギアが気付き、近づいた。
「む、新しい服か?」
「ああ、今回着る服だ」
「そうか、会議の・・・」
ギアがそう言うとシンは頭を縦に振る。服は黒のスーツの上着と赤のネクタイ、青いシャツ、黒いサブマリンズボンを着ていた。
「それでロニーさんに着ていいかどうか見てもらっているんだ」
「なるほどな」
目線をギアからロニーに変えて
「これで如何でしょうか?それからこの色でよろしいでしょうか?」
と訊ねた。
「問題ございません。色の方も特にございませんので、その服で参加してください」
「そうですか、見て頂きありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てて何よりでございます」
お互い恭しく一礼する。シンはそのスーツ姿のまま部屋に戻る事をロニーに伝える。
「では、そろそろ戻ります。飽く迄この服は会議用ですので汚れると失礼ですし」
するとロニーの口から謝罪の言葉が出た。
「申し訳ございませんが私これより急用がございますので部屋の案内は出来ませんが、シン様は部屋への戻り方は問題ございませんか?」
と言われた。シンはここまでくるルートは覚えていた。だから問題は無い。
「ええ、問題ありません」
「左様でございますか」
シンはロニーが急に案内から用事に優先した事について少し気になり
「急用と言うのは女王陛下の?」
と訊ねてみた。
「詳しくは申し上げる事は出来ませんが、女王陛下の申しつけでございます」
ロニーの「詳しくは申し上げる事は出来ません」の言葉が引っかかっていたが、他所の国の事情にはなるべくなら関わりたくなかったシンは気になりつつもここは聞かなかった。
「・・・分かりました。案内ありがとうございます」
と、お礼を言った。
「いえいえ、どうぞごゆっくりお休みくださいませ」
「はい」
にこやかにペコリと頭を下げシン達を見送った。
「・・・困った」
シンはこの城の廊下の真ん中でポツンと立っていた。キョロキョロ見渡しても、白を基調とした壁にギリシャ神話に登場する様な太い柱、大きな窓が等間隔で着いている先の見えない廊下だった。明らかに迷っていた。シンはここまでくるルートは覚えていた。だから問題は無い。無いはずなのだが・・・。
「ボス、マッピングは苦手・・・って、訳じゃないよな」
シンの意外な事態にアカツキは声を掛けた。シンは小さな声で返答する。
「ああ、明らかに家具の配置が変わっている」
「・・・6番目の窓の所に机があったのが今は無いしな」
「うん、その奥の所にも似た様な机があったはずだが、それもない」
シンの言う通り、ここまで来る途中まで小さな棚の様な机や花が添えられた花瓶が乗った書斎にある様な机等があったのだが、自分の部屋へ戻る時になるとそれらが無くなっていたのだ。廊下の作りはどこも同じで机と花で自分を覚えていたのだが、これでは迷っても仕方がない。そんなシンにアカツキがある提案する。
「一応距離を計算して部屋の座標を赤いピンで立てたんだが・・・今タブレットで見れるか?」
しかしシンは少しだけ周りの様子を見てから
「・・・ちょっとそれは無理そうだ」
と答える。
「誰かいるのか?」
アカツキはシンの周りに何かいると考えた。
「ああ、ただ居合わせているのか、仕事をしているのかまでは分からないが何人かいる」
正確な所までこそは分からないが、何者かがいるのは間違いない。こんな大きな城の警備は笊では無いはず。考えられるとしたら使用人の可能性が高いが、ここまで歩いて出会わないのは変だ。それに家具の様子がこんなにも変わっていれば使用人もおかしいと気づくはずだろう。
それどころかシンに対して使用人が態と家具を撤去し、陰でコソコソとシンの事を監視していたとなれば、最早信用していいのかどうかが迷う。
もし、こんな最悪の状況の事を考えればタブレットを出すのは愚策だろう。
「・・・という事は、ここでそれを出すのは無理そうか」
「ああ」
「だったら、一応距離単位を逐一教える事は出来るが・・・」
アカツキのもう一つの提案。それは正確なマッピング表示こそできないが、部屋との座標と今のシンの位置を計算し通信機で距離単位を音声でナビをするという方法。つまり、逐一「あなたと部屋までの距離が○○mです」と言って案内する方法だ。
この方法だと下手をすれば余計に迷ってしまう可能性もある。だが他に方法が無いためシンは
「・・・仕様が無い。それでいこうか」
アカツキの提案を採用した。
「ボス、2時の方角にて、部屋までの距離が30mだ」
「了解」
最初に迷った頃と比べてかなり縮まった。恐らく後もう少しで自分の部屋に辿り着けるだろう。
そんな時だった。
シンが2時の方角に向かうために廊下を右に回った。すると、
「あ」
「あれ、シンさん?」
リビオと鉢合わせてしまった。
「どうしたんだ?」
「シンさんこそどうして?」
「あ―――少し恥ずかしい話だが迷ってしまって・・・。リビオこそどうしたんだ?」
「明後日の事を考えてしまっていましたら、少し寝付けなくて・・・」
「・・・・・」
リビオの「明後日の事」。間違いなく会議の事だろう。その単語が耳に届いたシンはリビオ達がシンの持っている武器、「銃器」を欲しがった理由について考えていた。
シンはリビオに近付き
「リビオ、答えなくなかったら答えなくていい。俺の・・・武器のヒントが欲しいのは国を奪い返す為なのか?」
と切り出した。
「・・・・・・・・・」
リビオは目を大きく見開き、2人の間にほんの少しの沈黙の空気が流れた。
先に口を開いたのはリビオだった。
「・・・そう言えばあれから4年もなるんですね」
穏やかに語るリビオ。しかし、苦笑しどことなく儚げな雰囲気を出していた。
「・・・?」
何の事を話しているのか分からなかったシンは何か聞こうとはせず、そのまま静かにリビオの話を聞いた。
「3年前まで私の国、アスカ―ルラ王国では私の父が治めていました」
リビオは王子。当然その父親はアスカ―ルラ王国の国王だ。
「ある時、アイトス帝国の大隊規模の部隊がケガ人と病人がいるから国を開いてほしいとアイトス帝国の伝令役の兵士がやってきました」
リビオの説明の最中、シンの頭の中で「魔眼族はお人好しの種族」という言葉がよぎった。
「まさか、そのまま・・・」
「そのまさかですよ・・・。父は何を疑う事なくアッサリ受け入れてしまったのです。我が国の門が開けた瞬間、アイトス帝国の大隊部隊が一気に雪崩れ込んできて・・・。当時我が軍の多くは他所へ出払ってましたので・・・あっという間でしたよ。今になっては愚かな事したと思っています」
騙し討ち。卑怯と呼ばれても無理のないこの手の方法は戦争においては決してあり得なくない事だった。しかし、この方法使った、或いは使わざる得ない場合もあった。
「アイトス帝国は最近できた国なのか?」
「はい。元々は小さな国に近い武装組織でした。私の国に攻め込まれた時はもう国として機能していましたが・・・」
シンの推測ではアイトス帝国は元々軍事力が乏しかった。その為、少ない軍事力でも相手国を攻め落とす方法として考えられたのがさっきの様な騙し討ちを実行したのではないかと考えたのだ。
「・・・という事はヨルグもアイトス帝国の領土なのか?」
「はい、かつてはどこの国に属さない小さな集落がありました。」
「そうか・・・」
アイトス帝国。詳しく聞けばここ数年の間急激に軍事力を付けた新興国だ。シン達が一昨日までいた町のヨルグも数年ほど前にはアイトス帝国の領土になっていたそうだ。
「悪い、話がそらせてしまって・・・。続けてくれ」
「はい、私達は命からがらこのエーデル公国に辿り着き援助求めました。何か条件を提示する事もなくすんなりと受け入れてくださいました。」
「・・・・・・・」
「しかし、突然の数百万人の難民が押し寄せたせいでエーデル公国も食糧難に見舞われました。当時国を挙げて持てる分だけの財産をかき集め両国の食料の買い出しに参りましたが私は愚かな事をしました・・・」
「愚かな事?」
「・・・・・アイトス帝国が攻め滅ぼした・・・ヨルグという小さな集落の代表者の娘を買ったのです・・・」
「・・・買った?」
シンはリビオが言っている事がやや分からずオウム返しをする。
「はい、我々の国よりも更に昔に攻め滅ぼされた集落に代表者の娘がいました。攻め滅ぼされた後、多くの集落にいた民は奴隷としてアイトス帝国から売られていました・・・」
シンは眉を顰める。
「そして、その代表者の娘を助ける為に買ったと?」
「はい・・・。ですが、完全に我々の足元を見られ、食料用の資金は全てその娘を助ける為に消えてしまいました」
「・・・・・・・・・」
「叱られましたよ。あ、私には兄がいまして次期国王は私の兄になります。その兄に酷く叱られました」
シンは小さな溜息を付いた。
「・・・まぁ、当然だな。自国の民と世話になっているエーデル公国の食糧費をその娘のために使うなんてすればな・・・」
「はい、その件で散々・・・。ですが奇跡が起きました」
「?」
「ヨルグの娘の・・・ミミナが食糧問題を解決してくれたのです」
シンは少し目を見開く。
「・・・へぇ」
「「ポーチュラカ」と「オオグイゴマ」です」
「「ポーチュラカ」?「オオグイゴマ」?」
シンは聞き慣れない単語をまたオウム返しをする。
「はい、かつてヨルグでは主食となった穀物と野菜です」
「そうか、それの栽培が成功したから食糧難問題は解決したのか?」
「はい、放っておいても大量に生産できるので・・・」
シンは「ポーチュラカ」と「オオグイゴマ」の栽培方法を教えたミミナについて気になり、リビオに尋ねる。
「リビオ、ミミナとはどういう関係・・・」
シンがそこまで言うと急にリビオの身体がビクつき、顔が紅潮に染まっていく。その様子を見た瞬間シンはすぐに察した。
「あ、そういう関係か?」
よくよく考えてみれば、何の縁も所縁もない集落の娘のために身銭を全て投げ出してでも
助ける事はどんなにお人好しでも早々できない事だ。
つまりそういう関係になったとしてもおかしくない。
「・・・・・・・・シンさんのおっしゃる通りです。私達はそういう関係です」
シンの予想通りの答えとして同じ表現で答えるリビオ。
「・・・親族からは何か言われないのか?」
「私の兄はまだいい人がいないせいなのでしょうか、「畜生、幸せになれよ!」と言ってきましたけどね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
リビオは苦笑しシンはやや呆れた顔を送る。
(この世界でも「リア充爆発しろ」の様なものがあるのか?)
そう心の中でごちる。リビオの顔はより神妙になりシンの方へ向ける。
「シンさん・・・」
「?」
「私は、いえ私達は国を追われ、数百万の国民がいるというのに奴隷だったミミナを助けました・・・。私が王族として間違った事をしたのは分かっています。ですが、あの時ミミナを助けていなければ今ありませんでした。当時、天候不順の上荒れた土地を開墾しなければなりませんでしたのでミミナの存在が無ければ多数の餓死者が出て、王族による統制は崩壊していたでしょう・・・」
「・・・・・」
「では私がやった事は正しかったのでしょうか?私はどう、判断したらいいのでしょうか・・・?」
疑問の沈黙が漂った。
そしてシンはその沈黙を破る様に口を開いた。
「俺は色んな本を読むのが好きだった」
「?」
「本には色んなジャンルがあるが、その中でそこそこ気に入っていたジャンルの一つがあったんだ」
「それは?」
「歴史だ」
「「歴史」ですか?」
シンは静かに縦に頭を振る。
「歴史ではあらゆる国と国の関わりがある。その国々の代表が共通しているのがあるんだ」
「・・・・・」
リビオの沈黙は「それは?」と言わんばかりのものだった。
「事を成す為に拘る情けを捨てていた」
「!」
リビオはハッと気づいた様な顔をした。
「お前は「あるべき指針」と「一つの事象の評価」を混同している」
公私混同。それは政治において決してやってはならない事。
「奴隷だったその娘を助けるなとは言わない。けど行動指針としては間違いだろう。国を背負うものが多数の国民を殺し、先に目先にいる一人を救うのはいいものではない。・・・まぁ俺なら機を伺ってあの奴隷の娘を助けるけどな」
「・・・・・」
「だがお前がバカやったとは言えあの娘を助け出した事については大正解だ。結果として大失策から奇跡の大勝を得た」
シンはリビオの方へ目をやった。
「参考にはならないがその一度だけお前は勝った。ただ、それだけさ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
リビオは俯き少しの間だけ黙る。
今度は小さく声でポツリと
「指針は・・・」
リビオは軽く深呼吸してもう一度口を開いた。
「指針はどうすれば・・・」
シンは少し笑い、鋭い眼光で口を開く。
「そんなの簡単な事だ。そんな奴隷、ポケットマネーでたやすく救ってやれる国にすれば良い事。それだけの話だ」
「・・・!?」
シンは続けて話す。
「奴隷を開放したいんだったら、他者にある程度、強要が効く位の武力と経済力を持つんだ」
リビオはシンの方を見て、シンは流し目でリビオを見る。
「経済、軍事、教育。それはどれもが全部繋がっている。軍が弱ければ強者のいい様にされ、経済が弱ければ軍は成り立たず、教育が弱ければ政経軍事が混迷を極めて・・・」
シンは強くかつ低い声で
「お前等の様に「間違う」・・・」
「・・・・・」
リビオはゴクリと生唾を飲み込む。
「国を奪われたのは確かに当時の王の失策だ。しかし、もう一つ原因がある。」
リビオは恐る恐るシンに聞く。
「それは・・・」
シンはより強い口調で
「国民の無理解だ・・・」
「・・・・・」
リビオの顔は図星をつかれた様だった。国の本質である国民の意思を無視できる王はいない。つまり国は民意を王が応じて初めて行政ができる。当時のアスカ―ルラ王国では「他者を疑うのはカッコ悪い」とか「何でも受け入れるのがカッコいい」等の風潮があった。そして、その強い民意によって王が応じて失策した。
「今にして思えば意味不明な事ですね・・・」
リビオの顔は困ったような眉を八の字になり、苦笑する。そんなリビオにシンは続けて
「国の本質と宝は良くも悪くも「国民」だ」
と言い切る。その言葉は国を支える者として国を動かす者として非常に重かった。
「・・・・・・・・・・」
その場は沈黙の空気で流れていた。
そして、その空気を破ったのはリビオだった。
「シンさん、「国」って何ですか?」
真剣な表情でシンの方へ向けるリビオ。そんな様子を見たシンは迷う事無く一言答える。
「“群れ”だ」
砕けた言い方の説明だった。しかし、決して侮り難く、非常に重みを感じる言葉だった。
「“群れ”・・・ですか」
「・・・・・」
リビオの言葉に何か反応する事も無く、ただ黙っていた。リビオは少しの間考え込む。
「・・・・・・・・・・・・ありがとうございました。シンさんの部屋は分かりませんが、誰か呼んできますのでここで待って頂いてもよろしいですか?」
「・・・ああ」
その後双方何も言葉を交わす事なく別れた。その後リビオが呼んだであろうエーデル城の使用人と思しき小人族の男性がやってきてシンは無事に戻る事が出来た。
「・・・以上が報告です」
高級そうな本棚が数台置かれており、応接の為の小さな飴色のテーブルが部屋の真ん中にあった。その上には淡い群青が彩られたティーポットと同じように彩られたティーカップが置いてあった。その近くにはランプがあり、部屋が暗いため灯りがともされていた。そして、その光によって報告者とその命令を出した者の顔が窺えた。
まず、その報告者はロニーだった。
「ご苦労様。それにしても面白いですね、シンと言う男は」
もう一人その小さな飴色のテーブルの近くにある椅子に優雅に座って黙って報告者ロニーの言葉に耳を傾けていたのはシャーロット女王だった。
「私もそう思います」
「国の本質と宝は、「国民」、ね・・・」
クスリと笑っていた。だが、それは馬鹿にするわけでも無く、少し感心していた。
「ロニー」
「はい」
「シンという男は一体何者何でしょうね?」
ロニーは頭を横に振った。
「分かりません。かなり政治などに詳しいようですが・・・元王族でございますでしょうか?」
「・・・まぁ、それも明後日の会議で分かります」
そう言ってシャーロット女王は優雅にお茶が入ったティーカップを持ち、口に含んだ。