55.「囮」と言う名の蹂躙者
今回も文字数が多いです。
どの位走ったのか・・・。
リビオ達、ネネラ、ナーモ達は国境を越え平原の中、只管走り平原の中でポツンと立っている林を見つけた。その中に潜れば安全だろうと判断しその場で一時休憩する。
「「ハァハァ…」」
「「ゼェゼェ…」」
「「フゥフゥ…」」
林の中で聞こえる様々な息づかい。屈んで膝に手を乗せそのまま体重を預けるような姿勢で呼吸を整える者。後ろを振り返り誰も来ないかと呼吸を整えながら警戒する者。木に寄りかかり背中を預けた形で呼吸を整える者。
色々な形で呼吸を整えている中ニックが
「シン兄、大丈夫かな・・・」
不安と心配でそう呟く。そんなニックを安心させるかのようにリビオが答える。
「大丈夫ですよ。あの時あなたも見たでしょう?」
皆はシンの様子を思い出していた。シンが男達に対して行った蹂躙劇の事を。そんな事を思い出しているとナーモがポツリと呟く。
「シン兄って強いよな・・・」
「・・・うん」
力なく返事をするシーナ。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
黙って俯いていたエリーとニック。
ネネラとリビオ達以外の皆はシンの本当の強さを知っていた。シンはBBPの力をもってして以前いた森の中でグールやオーク等のモンスターが殺されていくのを目の当たりした。だが今回はネネラとリビオ達がいる為シンはその能力を隠す為にBBPを使わないというハンデを負っている。
つまり、シンができる事が限られていた。その為ネネラとリビオ達は皆を守る事になる。例え、相手の数が100を超えていたとしても、武器を持っている者は自分の身は自分で守らねばならない。
ネネラとリビオ達は場慣れしている為問題は無い。シンは言うまでもなく両手に持っている剣で次々襲い掛かってくる男達を躊躇無く切り伏せてきた。
しかし、シン以外の皆は人の命を奪った事なんか無かった。現状のスラム街の中を進めば自然と戦場になる。そこでは自分の身を守る為であったとしても命のやり取りになる。
ナーモは2人の男を殺し、ある程度の牽制ができた。そのおかげで皆を守る事は出来た。
シーナは男達が振り下ろしてくる剣を受け止めて押し返したり、逸らしたりするのがやっとだった。一応皆を守る事は出来た。
エリーは魔法を発動しようとするが目の前にいる男達に対する恐怖と命を奪われる恐怖が付いて回り発動できなかった。
ニックは弓矢を構えていた。ただ構えていた。エリーと同じ恐怖に苛まれていた。その為、手が小刻みに震えてしまい、まともに放つ事ができなかった。だから、ただ構えていただけとなってしまった。
ククとココの武器はボロボロで壊れる寸前のナイフだけだった。そのため戦えずただ守られているだけの存在だった。
ネネラとリビオ達、ナーモとシーナによって良く守られていたとは言え何もできなかった。自分達が不甲斐無さに悔しくてたまらず強く噛み締め眉間に皺を寄せていた。
だが何も不甲斐無さに悔しいのはナーモ達だけではなかった。ネネラとリビオ達も同じ気持ちだった。
ネネラは自分の姉妹であるニニラを助け出す事が出来ずに、このまま去る事に対して歯痒さともどかしさを殺していたがやはり悔しさがあった。
リビオ達はこの国から脱出するのにターゲットであるシンに囮役を買わせて自分達はここまで逃げ延びる事が出来たが、それと同時に自分達が何もできなかった事に対する悔しさが滲み出ていた。
「「「・・・・・」」」
この場に居る者達は少し前の事に対して悔しさを滲み出すが決して徒歩による走行は止めなかった気は無かった。
「行きましょう・・・」
林の中にいた皆は休憩を終え、走り去って行った。
同時刻。
「こう言うのを何ていうのだっけ?」
そう静かに呟いていたのはシンだった。国境付近の広い場所で104人の男を相手にBBPを使わず、戦闘を繰り広げていた。そして動くものはシンだけだった。
「あ~結構血が・・・」
シンの体には無数の血飛沫によってできた血痕が服に付いていた。その血痕の持ち主は、いや持ち主達は言うまでもなく104人のむさ苦しい男達だった。
温もりが消え、スラムの地面に血を染み込ませ、冷たくなって様々な形で骸となって倒れていた。
辺りを見渡せば腕や首を斬られてあちらこちらと落ちていて、もし戻すとなったら困難なくらいに体のパーツが散らかっていた。
ある者は何が起きたのか分からないような無表情の顔で。ある者は自分がすぐに死ぬ事が信じられず驚きが隠せないような顔。ある者は恐ろしい何かと対峙してしまった事に後悔し悲痛な顔で。またある者は間もなく己に死が訪れる事の恐怖に勝てず子供の様に泣きじゃくった顔で。
骸となった彼等に共通しているのは腐り朽ちていく事以外でその凍った様な表情を変える事は出来ない。
「・・・・・・・・・」
シンはその冷たくなった返り血の持ち主達を一瞥もせず、ただ黙って辺りを警戒していた。
「・・・「洒落臭い」か?」
シンの呟きに答えたのは首に装着していた通信機からだった。その通信機の声はアカツキだった。
「ああ、それだ」
人やモンスターを殺した事があっても、まともな技術が無いままシンに挑んだ者達に対しての言葉。
「洒落臭い」。シンの目には、連中は分をわきまえずに生意気な愚か者として映った。しかしシンはすぐにさっきの言葉に対して自惚れて驕った考えだったかもしれないと思い
「・・・少し高慢だったか?」
とつい口にする。改善をする必要があるか否か考えてしまう。
「いや、余りにもって程でも無いから大丈夫だろ?」
同じくシンの呟きにアカツキが答える。
「そうか」
と短く返事し静かに国境の奥の道を見る。
「そろそろ追いかけるか。アカツキ、皆の位置を」
「OK」
シンが開いたタブレットに皆の現在位置が赤い点で示されていた。
「思ってたよりも結構遠くまで行ってるんだな」
シンとギアが鍛えただけの事はあるのか予想以上に遠くまで逃げのびていた。シンがタブレットを確認し閉じそのまま向かおうとした時
「ああ、そうだ」
シンは何かを思い出し、後ろを振り返り
「散らかして申し訳ない」
と一言謝罪する。
「・・・・・」
一見すると誰もおらず文字通りのシ~ンと静けさが漂っていた。そんな状況にシンはその一言を言って気が済んだのかこの場から去った。
「「「・・・・・」」」
さっきのシンの謝罪を向けた相手はスラム街の住人だった。建物やガラクタとなった資材の物陰からシンの事をジッと見つめ様子を窺っていた。
「「「・・・・・」」」
彼らからすればシンに対する強さに対する恐れでも騒ぎを起こした事に対する怒りでもない。むしろ感謝していた。
死体となっていれば、今まで使っていた武器や防具、金、服等の身に付けている物は一切必要なくなる。
誰かが使わなければならない。
ならば自分達が使おう。
しかも、タダで手に入る。
彼等には死体から物を奪う事に関して倫理観等ない。いや、スラムで生きていく上ではそんなものを持つ余裕が無い。使える物は使い、頂けるものは頂く。彼らはそういう生き方しか知らないし、そうするしかなかった。
ここの住人達は謝罪の言葉を黙って聞き、シンが見えなくなるまで遠のいて去って行くのを確認する。
「「「・・・・・・・」」」
お互いの顔を見合い、恐る恐る男達の遺骸に近付き武器や衣服等へ手を伸ばしていった。
シンは後ろを振り向き気味に走って様子を見る。
「強かな連中だな」
アカツキはただ見たままの感想を述べる。
「そうでもしないと生きていけれなかっただろうからな」
スラム街の住人達に対する強かな生き方に少し関心しながら帝国領から走って距離を取るシン。
「ボス、そのまま361m程いけば誰もいない」
「了解」
シンはそう答え361mの目標地点までリビオ達がばら撒いた撒菱を避けながら走った。
「アカツキ、そろそろか?」
「ああ、もういいぞ」
「よし・・・」
シンはそう呟くと走っている速度を徐々に上げる。
「ボス、今の速さは時速34.2kmだ」
「そうか」
本来なら通常の人間の筋肉の収縮速度をによって倍速する事で人間の足の状態であっても時速60km以上出せ、ペースを落とさずに走る事ができる。
しかしシンは魔眼族に見られる事を考えて時速50km以上出さず、およそ30kmに留めていた。
「アカツキ、3km地点まで通過したらスピードダウンする」
「魔眼族の目だな。了解、3kmに到達したら合図する」
皆とネネラはともかく目視で約3km先からでも視認できる魔眼族にこんな速さで走るシンを見せるわけにはいかない。そこでギリギリ見える3km地点まで走り、そこからスピードダウンし、あたかもこの速さでここまで追い付いたという風に見せる必要があった。
「了解」
アカツキはそう返事し、そのまま走るシンと先に行っている皆の様子を静かに見守った。
「・・・・・」
ルクソスは何気なく後ろを振り返る。暗くなった平原の奥の方から何者かがこちらに近付いて来るのが確認できた。
「・・・・・」
敵の可能性も考慮してルクソスは腰に携えた剣の柄に手を掛ける。そんなルクソスの様子に気が付いたのはニックだった。
「・・・?」
「・・・・・」
ルクソスが後ろの方に目をやっている様子を見ていたニックも目を凝らし確認しようとする。
「あ・・・」
一早くこちらに向かってくる何者かの正体が分かったのは
「!シン兄!」
シンと一緒に居た期間が長いニックだった。
ルクソスも何者かの正体が分かった様で警戒を解いた。
走って追い付いたシンは
「待たせたな」
と言って皆の無事を確認する。
(取敢えず皆は無事か・・・)
シンは追いかけて来た冒険者達以外の脅威として可能性として考えられるのはリビオ達だ。シンが持っている銃器の仕組みや使い方を手に入れるために皆を人質にとる可能性も考えたが結果杞憂だったようだ。
(魔眼族はお人好し、か・・・)
シンは以前聞いた魔眼族に対する評判を思い出していた。シンが持っている銃器の仕組みや使い方を手に入れるために皆を人質にとろうと思えばできたはずなのに、それをしなかった。つまり評判通りの種族だった事に対しシンは口元が少し穏やかな笑みの形になる。
「シン兄、それ!」
指摘したのはシーナだった。シーナの「それ」はシンの服に付いている大量の返り血の事だった。
「ああ、大丈夫だ。これは全部連中の血だ」
シンは皆に安心させるために説明する。
「全部って・・・。あいつらはどうなったの?」
ネネラは全容とまではいかないがある程度の事は知りたかった。するとシンは
「死んだ」
と機械の様に単調な返事する。
「え?」
思わず気のせいかと思い聞き返す。こんなシンプルな返事なのに酷く凍えた様な冷たい言葉があるのかと思えるくらいの背筋に寒気を覚えた。そしてさっきのネネラの疑問にシンは
「俺が全員殺した」
と更に異様な寒気のする言葉が返ってくる。
ネネラは今漸く分かった。
シンの言葉には感情がこもっていない。
よくあるあからさまな態度でもなく、演劇のセリフの感情がこもっていないとは違う全くの別物。ここまで自然と感情がこもっていないと人として見れなくなった。
「・・・・・・」
何も答えないネネラ。いや、何も答えられないと言った方が正しい。絶句し何も言えなかったのだ。
「追いかけてくる奴は誰も来ない」
続けるようにシンはそう答える。するとシーナが
「と、取敢えず安心だね」
若干オドオドしていた。
「そ、そうね・・・」
シーナの言葉に合わせるネネラ。丁度その時
「シンさんご無事でしたか!?」
リビオ達がやってきた。
「ああ、大丈夫だ。この血は連中の血だ。もう追いかけてこない」
この簡素な説明でリビオ達も安堵し
「あんなにいたのに・・・」
「すごい・・・」
「・・・・・」
感嘆と驚愕の声が漏れる。そんな雰囲気にシンは
「まだ安全じゃないだろ?」
と言って移動するように促した。
「そうでしたね。この先の大きな山を一つ越えますと我々が本拠地として活用している所がありますのでそこまで案内します」
「ああ、頼む」
シン達は安全なリビオ達の本拠地まで向かった。
そんな中、エリーに続いてネネラはシンに対してこう思った。
(シン、あなたは一体何者なの?)
気軽に誰でも読みやすい様に今まで3000~4000字以内に心がけて来ました。ですが、51話以降から描写や物語の進行上の関係でどうやっても4000字以内にする事が出来ませんでした。
ですので、これからの話は明らかに5000字とか6000字、下手をすれば1万字という事があるかもしれません。
文字数が多すぎて読みにくかったり、読者の方々が飽き飽きするような感じになってしまうかもしれません。
ある程度の文字数を抑える事ができるかもしれない時は修正しますがどうしても無理な場合がございますのでどうかご了承ください。
また、誤字脱字、変な箇所がございましたらご連絡下さい。
大変長々となった後書きですがここまで読んで下さりありがとうございます。まだまだ「アンノウン ~その者、大いなる旅人~」は続きますのでどうぞお楽しみください。