54.覚悟
前回の話よりも更に文字数が増えてしまい、長々となりました。
空の色が薄い水色から赤く染まってきだした頃。周りの警戒をする男達の内1人がスラム街の通りの奥から何かが走ってくるのを視認する。しかし、通りの奥は薄暗く複数の人間がこっちに来るのが分かっても一体何者なのかは分からなかった。
「?」
男は仲間なのか別の男連中なのか、或いは・・・。
何にせよ確信しなければ人違いで攻撃しましたでは済まない。それこそ仲間であればとんでもない。男は目を凝らしよく見る。
「・・・・・!」
何かが走ってくるのが一体何なのか分かった。
「おい!例の男とガキどもがこっちに向かって走ってくるぞ!」
そう叫んだ。向いている方角に別の男達も見る。
「「「!」」」
別の男達も標的であるシン達の存在に気付き武器を構える。
男達がシン達の存在に気が付く少し前の事。
シンは男達から奪った剣6本を手に入れ2本は両手に1本ずつ、残りの2本はズボンのベルトによって腰引っ掛ける様にして下げていた。
ナーモとシーナに1本ずつ護身用と皆の護衛用に持たせていた。そんなシン達は軽く走りながら国境を封鎖している場所へと向かって行く最中だった。
「!シン兄!」
夕方になりかけでやや薄暗い中であるというのにニックが先に何かに気が付いた。
「ああ、前より人数が増えているな」
前に見た時の国境にいた男達の数と現在と比べると明らかに多かった。どうやら別行動していたグループと合流したようだ。
「ボス、そこにいる男達の人数は102人だ」
アカツキが瞬時に人数をカウントしシンに伝える。
(102人・・・)
数を数えても明らかに100人程いる事に気付いたリビオは
「シンさん、今なら引く事ができます!」
と一時撤退をシンに提案する。その提案にシンは
「ダメだ」
即時却下する。
「何で!?」
そう強く声を挙げたのはリビオではなくナーモだった。
走っているとはいえ目標との距離はかなり離れている。そのため目標周辺にいる男達からは何者かが走ってくる程度にしか映らなかった。今なら引き戻して違う方法を考える。リビオはそう考えていた。だが
「よく考えてみろ。あいつらからは見えにくいだろうがそれでも見えている。という事は確認するために探しに来る。そうなるとより人数が多くなって見つかるのも時間の問題だろう」
「・・・!」
シンの言う通り、このまま立ち止まって引き返して新たな作戦を立てるのは愚策だろう。何故なら通りは薄暗いため向こうの男連中からは何か走ってくる程度にしか見えない。だが、その何が走ってくるのかを確認をするために幾人かの男達を送り込んでくるだろう。そうなればより動きにくくなってしまい最悪見つかってしまい何人かは捕まってしまう恐れが高かった。
このまま立ち止まらず突っ切ったほうがまだ勝機はある。いや、確実に勝機はあった。
「そう言う訳だ。足を止めるな」
シンがリビオを説得し終えたと同時に
「ここを通すな!」
と向こうから男の声がした。どうやらシン達の様子を確認がしたようだ。シンは慌てる事もせず右手に持った剣で思いきり声を上げた男に向けて投げた
ビュン!
そのままものの見事に男の胸に吸い込まれるようにして
ドシュッ!
「ガハァッ・・・!」
「「「!」」」
突き刺さった。口から血を吐きそのまま倒れ事切れる。何があったか把握できた男達は臨戦態勢に入った。
「野郎!」
男達は剣や槍と言った武器をギリッと強く握りしめてシン達に攻撃を仕掛ける。
「ぉらああ!」
ある男は剣で鋭い横薙ぎを仕掛ける・・・!
キィィィン…!
シンは何という事もなくそのまま腰に下げていた剣を抜きそのまま男の鋭い横薙ぎを右手の持った剣で受け止め、喉に左手の剣で突き刺す。
ザシュッ!
「ゴォッ!?」
声になりかけたような声を上げる。その様子を見て隣の男が
「このおぉぉ!」
両手で剣を振り翳そうとするが
ザンッ!
受け止めていた右手の剣を素早く滑らして剣を振り翳そうとした男の両腕を切り飛ばした。
「・・・へ?」
男は思い切り振り翳したつもりだったのに、切ったはずのシンは何ともなかった。その事に思わず間の抜けた疑問の声を漏らした。
ボトボトッ…
後ろの方で何か落ちた音がした。その方向へ向くと見覚えのあるものだった。剣を振り翳そうとした男の両腕だった。
「がっ!あ、ああああああああああああ!」
その事に気が付いた時、初めて痛みを知ったかの様な悲痛な叫びをあげる。
「ああ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…痛ぇ、痛ぇよおぉ!」
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・!」
両腕を切り落とされた事の痛みで喚く男。さっき起きた出来事により攻撃に入る事の選択をせず、距離を取った男達。
「・・・・・」
「・・・・・・・・・」
顔が急に青くなり冷汗が滝のように流れ落ちていく。迂闊にシンを取り押さえようとすればさっきの男達のようになる。シン達は走らずジリジリと前に進んでいく。男はチラリとシン以外の者達を見た。
「・・・・・」
まず、先頭にシンが立ち、その後ろにはリビオ達とネネラ剣を抜き、ナーモ達を囲むように守り、ナーモとシーナはいつ向こうから襲ってくるのかジッと剣を構えていた。その後ろではエリーが杖でいつでも魔法が使えるようにしていた。ニックは数少ない矢でいつでも放てるように弦を引いていた。そのおかげか狙われやすそうなエリーやククとココに手は出してこなかった。
「・・・・・・・」
シン達がジリジリと進めば囲っている男達はそれに合わせるかのようにジリジリと後退していく。
「・・・・・・」
標的をシンから子供に変えようかと考えていたが予想以上に守りが固く手を出すのは容易ではなかった。
しかし、だからと言ってこのまま見過ごすわけにもいかない。男はシン達の後ろの別の男に視線を合わせる。
「・・・」
「・・・」
お互い小さく頷いた。
「うおおおおおおおおお!」
シン達の左側と正面側の男は剣を突き刺すように突進した・・・!
キィン、ザシュッ!
シンが持っていた剣で突き刺すような構えを崩し、そのまま右袈裟斬りする。
「・・・!」
瞬時の判断で後退し、斬撃を躱そうとするが遅かった。そのまま斬撃を食らう男は立っているのがやっとのダメージを負った。その時シン達の後ろにいた5人の男達がそれを合図とばかりに
「「「!」」」
シン以外の皆に標的を変え人と人との間に出来る隙間から攻撃を一斉に攻撃を仕掛ける男達。
ガキガキガキィィィン…!
「・・・!」
「くっ・・・!」
凄まじい金属と金属が勝ち合う音。その音は男達の一斉の攻撃をリビオ達、ネネラ、ナーモとシーナの剣で防いだ音だった。
「「・・・・・」」
リビオ達、ネネラはともかく、ナーモとシーナは明らかに初めての実戦だ。男の攻撃は防いだが想像以上に重い。シーナは受け止めたすぐ後にネネラが振った剣で何とか男を退くことができた。
「おおおおおおおお!」
ナーモが雄叫びを上げ、男を押し返す。しかし、リビオ達はエリー、ニック、ククとココを、ネネラはシーナを守っていてとてもでは無いがそんな余裕はなかった。つまり、ナーモ一人で何とかするしかない。
「・・・・・」
男は黙って様子を窺う。
(ふぅん・・・割と反応が良いな。だがな・・・見りゃ分かるんだよ)
ナーモの様子を見て
(お前が人を殺した事がねぇってのはよ・・・!)
ナーモの胴の部分に狙いを定めた。
スッ…
男がナーモとシーナを標的にしたのは明らかに人を殺しなれていなかったからだ。人間はお互い助け合いながら群れを成して行動する生き物。その為なのか相手の攻撃は防いだもののいざ自分達が攻撃するとなるとなかなか仕掛けることができない。攻撃を仕掛けるという事は殺しにかかるという事だ。人を殺すという事に極めて強い忌避感を持つ。実際、戦場において新兵の8割~9割は発砲などの殺人行動はしてなかったという調査結果がある程に。それ程に人は人を殺せない。今のナーモとシーナがその状態だった。
刹那、男は最小限の動きでナーモの胴体を一閃しようと動いた・・・!
「!」
殺しなれた者達と人に刃を向けた事等無いナーモとシーナ。
人を「殺せる」者と「殺せない」者との戦力差等論ずるまでもない。
「!」
目の間に迫る男の刃。ナーモは身体を落とすように左側に避けて
ドスッ!
「なっ・・・」
男の顔にナーモの剣が刺突した。
「あ、あ・・・」
男は何があったのか分からず、目の前が徐々に暗くなり
ドサッ
徐々に冷たくなった。
ナーモは
(・・・感触気持ち悪りぃ)
や
(死んだ・・・)
とか
(初めて人を、殺した・・・)
等、今目の前で自分の手によって死んでいく人間に対する思いが胸の中で渦巻いていた。
殺すためのハードルを越えるために必要な3つの要素がある。何も感じない「不感症」。殺しに対する忌避感を超える「激情」。そして機械的に遂行するための「明確で冷徹な理性」だ。
「何・・・!?」
「!?」
死んだ男は10年以上も冒険者として生きてきた。その為人を殺すのも決して躊躇い等は無く腕は確かだった。しかし
(冒険者ってこんなもんなのか?)
ナーモは明らかに自分より弱い者達に対して疑問が生じ
トスッ!
「え?」
ナーモは殺された男の近くにいた別の男の胸を躊躇無く一突きした。
(初動やタイミングが分かる・・・。おまけに狙っている所しか見てないし、俺の突きで全然対応できてない)
別の男は自分の胸に致命的なダメージを受けた事にようやく理解し
ドサッ
膝から崩れ落ち
「あ“っああぁっ・・・助ッ・・・!」
言葉にならない命乞いする。ナーモは冷静に周りの状況を見て
(俺には分かってあいつらは分からない・・・)
ナーモの感覚は男達の感覚よりも一段階上にある。その事に理解したナーモ。
「ああ、そうか」
ナーモは少し大きく目を見開き
(これが強くなるって事か・・・)
「うっ・・・」
明らかにナーモの様子が一変した事に男は冷汗が流れ落ちる。
(おいおいマジかよ・・・。こいつ、たった2人殺しただけで「素人」から「戦士」になった・・・!)
思わぬ者からの攻撃に男達は戸惑っていた。
「・・・・・」
ナーモは冷徹な目で男達を睨み付け次の攻撃を仕掛けようとした瞬間――
「ナーモ!目的を忘れるな!」
「!」
シンの言葉に我に返るナーモ。
「このまま前に進む。皆を頼む!」
シンは改めて目的である皆の護衛をナーモに告げる。
「・・・うん!」
力強くはっきりとした返事で返すナーモ。どうにかナーモが戦闘にのめり込まないようにした。シンは小さな声でナーモに
「全員に俺が合図したら走る様に言ってくれ」
と言った。ナーモの返事は当然
「了解」
この一言だ。
シンは一気に越境できる程まで距離を縮めてタイミングを見計らって全員で走るという算段だ。
ナーモはシンの言伝で皆に伝えていく。皆の反応は全員賛成だった。
「・・・・・」
「・・・・・」
シンは冷たい目で男達に牽制し皆でジリジリと前に進み、走っていけば越境可能な所まで行く。
そんなシンの目を見て中々動けずに只々剣をシン達に向けて構える事位しかできなかった。
(そろそろか・・・?)
膠着状態のままジリジリと進んでから国境まで150m時点の所まで来たシン達。今の状況を確認したシンは
「走れ!」
と短く叫んだ。合図だった。
「「「!」」」
「「「!?」」」
これが合図であろうと気づいた皆は
ダッ!
走った。男達の方はさっきの叫び声が合図であろうと気づいた瞬間には遅れを取っていた。
「走ったぞ!」
「くそ・・・!」
少し大きなの差で距離を取られ悪態をつきながらも男達は走って追いかける。シン達と追いかける男達の距離は6m程。シン達の先には別の男達が待ち構えていた。
「おい、何が何でもあいつらを止めるぞ!」
「おう!」
走るシン達の前には幾人の男達が群がり剣や槍でシン達に襲い掛かる。
「はあああああ!」
「おらぁ!」
声を上げ槍と剣でシンを狙って攻撃を仕掛ける。
カキィィン、キィィィン…!
先頭で走るシンは2本の剣で男達の斬撃を躱し
ズバズバッ…!
雑草を刈るように男達に斬撃を与えながら走る。
「ぐがっ!」
「お“お”・・・!」
苦痛で顔が歪み倒れていく男達。そんな男達に一瞥も寄越さず次々と襲ってくる。
ギリィィィン!
「っ!」
「!」
「・・・!」
剣で斬撃を逸らし只管走るリビオ達やナーモ達。シンは真っ直ぐ前を見て皆に
「もう少しだ!」
もう少しで越境可能な場所まで到達する。
「!」
越境可能な場所付近にいる男はその事を察し
「弓矢持ってる奴、構えろ!」
越境可能な場所付近にいた弓を持った男達が弓矢を構える。
ギリギリギリ…
「撃て、撃てぇ!」
ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!
幾本の矢がシン達に向かってくる。
(今ある剣だけでは全員守る事は少し無理があるか・・・)
人間の様に両手の剣だけで皆を守るには限界があった。リビオ達やネネラは避ける事ができるだろうが、ナーモ達はそうはいかない。実戦での弓矢から守る方法があまり知らないからだ。
(しょうがない)
シンは右手の剣を腰に下げて、右手を見えない速さで頭より上でグルリと回した。
ヒュン!
風が切る音と共に矢が
バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ…!
シン達はおろか地面に刺さらず斬られた状態で無残に落とされた。
「なっ!?」
何故矢が空中で壊され落とされたのかが分からず驚く男達。その間にもシン達は越境可能な場所までもう僅かな距離まで縮めていた。
「!弓矢をもう一度・・・」
男はもう一度弓矢を構えるように号令をかけるが
ズバッ!
遅かった。
「がはぁっ・・・!」
シンが素早く男との距離を詰め左手の剣によって喉を斬られ噴き出す血を手で思わず止めようと必死に抑えようとする男。だが、もうそれは時間の問題だった。そのまま倒れ込み動かなくなってしまった。動かなくなった男の側でシンは立ち止まり皆を先に行かせる。
「リビオ、ばら撒け!」
「!」
シンの合図によってソラミ、コモンドール、ルクソス、エレンはネネラとナーモ達の後ろに回り用意していた撒菱をばら撒く。
「皆さん、走って下さい!」
国境付近の人が歩いてきた道のあちらこちらに撒菱を撒いてそのまま走る。エリー、ニック、ククとココは後ろを振り返り
「シン兄・・・」
エリーはポツリと零しそのまま暗くなった道の奥へと走り去る。
「・・・・・」
シンは暗い道の奥へと消えていく皆を見送る。
「こ、この野郎・・・」
「・・・・・」
シンは声がする方へ向くと息が切れるまで追いかけてきた男達と越境可能な場所付近に居た男達が合流しシンに剣等の武器を向けていた。
「・・・じゃあ」
シンはゆっくりと後ろを振り向き氷よりも冷たい目で男達を一瞥し
「第2ラウンドといこうか・・・!」
シンは誰もが明らかに分かる殺気を出した・・・!




