42.塩と香辛料
取敢えず2話ほど投稿します。
窓から眩しい光が差し込むか差し込まないか曖昧な時間。周りを見ればナーモ、ニック、ククはまだ熟睡していた。時間は恐らく午前4時位だろう。
そんな朝早くからシンは「ショップ」を開いてある物を大量に購入していた。2つの大きな皮袋に大量の何かを詰め込んでいた。
「こんなもんかな?後はこいつらの装備品だな・・・」
シンは後ろでまだスヨスヨと眠っているナーモ、ニック、ククの方へ目をやる。
「あともう少ししたら、こいつらとも別れるんだな・・・」
ポーカーフェイスのシンの瞳には3人が写っていた。やっとという気持ちと少し静かになると思うと寂しさのようなものが感じていた。
(さて、問題はこれらをどこで売るかが問題なんだよな)
気を取り直すかのようにシンの眼は右手の平の中にある袋を見つめていた。
「んん・・・シン兄、おはよ・・・」
眠気眼を擦りながら朝の挨拶をするクク。
「ああ、おはよう」
シンは声がする方へ振り返り挨拶を返す。その返事を聞いたククは昨日、次の日に着替える為に用意していた寒色系のジャージに着替える。
「おはよう、シン兄」
「おはよ・・・」
続々とナーモとニックが起きて挨拶しクク同様寒色系のジャージに着替える。
男女別々となっていた皆が合流する。
「おはよ~」
「おはよ」
女子組も男子と比べて淡いが寒色系のジャージに着替えていた。男子も女子も寒色系のジャージであるのは万が一離れてしまったとしても人間の顔の特徴云々説明するよりも恐らくこの世界では存在しないだろう寒色系のジャージを見せてしまえばどこに誰がいるのかが分かるからだ。つまり、これから人が混んでいるような場所へ行くにあたって迷子になったとしても大丈夫なようにシンはある程度配慮した。
しかし、この配慮とは余所にエリーをはじめ色合いが気に食わない女子組からは静かな反発の意があった事に付いてシンは気が付かなかった。
シン達が朝食を摂る為に下の階に降りる。
「おはよ~、よく眠れたかい?」
気さくに朝の挨拶を掛けて来たのはネネラだった。
「あ、おはようございます」
ナーモが丁寧な言葉づかいで挨拶をするのに対し
「おはよう」
と素気なく返すシン。ニックとククはまだ眠そうに目を擦っていた。
すると後ろの方で
「おはようございます」
「おはよ~!」
「・・・おはよ」
シーナはナーモ同様丁寧な、ココは無邪気に、エリーは眠そうな、それぞれが挨拶をする。
ネネラはそれぞれが朝の定番の仕草を全てを見たような感じがしてクスリと笑った。
「そうだ、ネネラこの近くにパーソ商会がどこにあるのか分かるか?」
パーソ商会の存在を知ったのは昨日の男との会話の中でシンがさりげなく大きな商会の事を尋ねてみたのだ。男が言うにはこの町で最近出来た大きな商会であり、パーソという男が経営しているそうだ。シンは朝用意した袋に入った何かをそこに売りつけるつもりだった。どうせ売るなら大きな店か商会の方が良いと考えネネラに早速聞いてみたのだ。
「う~ん、確か・・・この宿を出て左の道を真っすぐ行って2丁目の道を曲がった所に大きな屋敷があるんだ。そこがパーソ商会だったと思う」
「そうか、ありがとう。ところで・・・」
「?」
「ニニラとは姉妹か何かか?」
「・・・・・・・・・・・・・おお、当たりだよ!」
ネネラは数秒程顔が凍り付き、すぐににこやかに答える。シンは「やっぱり」と納得した。ニニラの髪の色はオレンジでネネラの色もオレンジだ。次に顔つきがニニラとどことなくそっくりである事。最後に名前だ。ここ帝国領での名前では貴族のみ姓名を持つことが許されており一般市民は持つ事ができない。また一般市民で姓名を持っていた場合は名乗ってはならない。
その為なのか兄弟で生まれた場合、イントネーションで何となく似ている名前を付けるのが流行っているそうだ。シンはまさかと思い聞いてみたのだ。
「私ら姉妹でパーティのメンバーになっているんだ。ニニラは冒険者で私は傭兵」
「・・・って事はここで用心棒を?」
「まぁ、そんなとこだね。後ここの受付とかの仕事傭員としても働いてるってわけ」
「成程な」
「ニニラがここを紹介したのはいい客としてここを紹介したんだろうね」
「いい客ねぇ・・・」
つまりシン達はまんまとニニラとネネラの給料の為にいい客としてここに招かれたという事になる。
「でもまぁいいとこだったでしょ?」
「まぁな」
実際ハゲ男の一件を除くと1人銀貨5枚で毎食事付きで綺麗でフカフカのベットで休めるのはあまりにもサービスが良い。何か裏があるのではないかと思うくらいにいい宿屋だったのだ。
キュ~…
「・・・・・」
可愛らしい音の正体はシーナの空腹音だった。音を鳴らした本人は恥ずかしそうに俯き顔が紅潮していた。
「食堂はもう開いているからね」
可愛らしい空腹音によりシン達は1階の食堂まで下りた。
朝食を済ませ一旦部屋へ戻り身支度をしてもう一度部屋へ出た。
宿屋「旅烏」の玄関口にはシン達がこれから出ようとしていた。シン達はこれからパーソ商会に行きその後にギルドへ向かう予定だった。シンはネネラに夕食と朝食の件のお礼を言う。
「昨日の夕食ありがとうな。それで・・・」
シンは通じるかどうかは分からなかったが思わず右手で耳を貸せとジェスチャーをする。
「?」
ネネラはそっと耳を貸してきた。どうやら通じたようだ。
「もしかして、昨日の夕食のメニューってここでは一番高いんじゃないのか?」
「!?」
図星だった。シンは昨日の夕食のメニューのステーキを一口食べただけですぐに分かった。胡椒だ。ここ帝国領では胡椒は箆棒に高い。一振りするだけで銀貨3枚も取られてしまうのだ。それなのにあのステーキには一つまみとは言え胡椒が振り掛かっていたのだ。これだけで銀貨3枚どころの話じゃない。もはや金貨3枚以上の話になってくるかもしれないのだ。しかし、ここで疑問が出てくる。何故か通常の夕食メニューの定価と同じ値段だったのだ。シンはネネラに
「もしそうなら、何故定価で提供したんだ?」
と聞く。するとネネラは通常の人間なら聞き取りにくい声で答える。
「・・・ニニラのお礼・・・」
「・・・そうか」
つまりネネラはニニラをグリフから助けてくれたお礼として一番高いメニューを通常の朝食メニューとして提供したのだ。
あまり、貸し借りを作ってしまうと良からぬ事を考えている連中からすればいいカモだ。全員がという訳ではないが、なるべくならお人好しとみられる行為や助けたお礼を返すというのは他人から分からない様にするらしい。
つまり、姉か妹であるニニラを助けてくれたネネラなりのお礼のつもりであのステーキの値段をネネラの給金を削って通常の価格として提供したのだ。
「・・・腑に落ちたよ。ありがとう、あのステーキ美味かったぞ」
シンはお礼を言って立ち去ろうとした。するとネネラが慌ててシンを呼び止める。
「待って!」
「どうした?」
「君達、冒険者になるなら忠告しておきたい事があるんだ」
「?」
ネネラはさっきの気さくな雰囲気や照れ隠しのようなものではなく神妙な顔つきになる。何かただ事ではないと感じたシンは耳を傾ける。
「最近冒険者や傭兵で帝国の軍人になっている人が多くなってきているんだ。それも急に」
「・・・それは徴兵されているって言いたいのか?」
「分からない・・・。でも噂では隣国や山脈を超えた国々を攻めるって・・・」
「・・・・・」
少なくともシン達は国のゴタゴタには関わりたくは無かった。また、シン以外の皆は奴隷一歩手前だった。他人から強制されるのは酷く嫌悪している。
確信は無いが用心には越したことは無い。
「分かった、気を付けるよ。色々世話になった」
「・・・うん、気を付けてね」
ネネラは本当に心配そうにシン達を見送っていた。
「「「「ありがとうございました」」」」
ナーモとシーナとエリー、ニックは同時に挨拶し
「バイバイ~」
ククとココは無邪気に手を振っていた。
ネネラはフッと笑い
「バイバイ~」
と手を振り返していた。
ネネラの忠告はひとまず心の片隅に置く形で警戒するシン。
しかし、後に何故ギルドメンバーが帝国の軍人へ転職している人が多くなってきている原因を思わぬ形で知る事となる。
シンは大きな2つの皮袋を片手で背負う形で運びながらネネラが言っていた通りにパーソ商会へ向かう。後ろで付いてくる皆は顔を青くし俯きながら歩いていた。
無理もない。
町の中はワイワイと賑わっていたが、たまにすれ違う箱型の荷馬車や路地奥の広場を見ると賑わう気持ちは「冷める」という言葉では片づけられず暗く下手すれば陰鬱のような気分になってしまう。
奴隷だ。
すれ違う荷馬車は奴隷が収容されておりチラリと見える奴隷の顔は暗く目に力や光と言ったものが映っていない。路地奥の広場は奴隷の競りが始まっていた。
シンも奴隷の様子を見た。
奴隷の中には白目に当たる部分が黒く瞳が深紅の目を持った少女や少年がいた。シンは「ああ、やっぱりここは異世界なんだな」と痛感させられる。そこに集まる人々が狂ったかのように値段を叫び気に入った奴隷を我が物にしようと競い合っていた。
その様子を見ていたシン以外の皆は「もしあそこに自分が・・・」と考えるとゾッとする悪寒や目の当たりにした現実を背けるかのように目を逸らす。
そして、この中で一番不安になっているのがエリーだ。エリーは戦闘奴隷として最も価値のある存在だ。少し離れた先には自分を売り飛ばそうとした奴隷商人の仲間がいるのかもしれないという不安が込みあがってくる。そのせいか顔色が優れない。
「エリー、もう少しだ」
パーソ商会に辿り着けば奴隷商人の連中や奴隷を求める客からは離れることができる。そう考えシンはエリーに励ましに言葉を掛ける。
「・・・うん」
エリーは小声でシンの励ましの言葉を素直に受け取りシンの隣に引っ付くような形で歩く。
ネネラが言っていた町の通りの2丁目の道を曲がった所に確かに大きな屋敷があった。
「ここの様だな・・・」
シン達はドアノブに手を掛け入った。
「いらっしゃいませ、ご用件は何ですか?」
綺麗なフロントにはにこやかに受け答えする受付嬢がシンに用件を尋ねる。シンは受付嬢に近づき手で口元を隠しながら
「「塩」を売りたいんだが、ここの責任者っているか?」
と言った。すると受付嬢は少し驚く。
「・・・分かりました。店長をお呼びしますので少々お待ちください」
表情を崩さずにこやかに対応した。シンは頷き、そのまま待つ。
10分位だろうか奥から恰幅の良い50代の男がやってきた。
「お待たせしました、ここの責任者のパーソです。何でもかなり高価なものをお売りしたいとかで」
言葉をあやふやにするパーソ。シンは「やはり、塩は高価な物か」と納得する。パーソが「塩」を「かなり高価な物」と言ったのには訳がある。非常に高価な物を持っているとそれを手に入れるべくして手段を選ばない連中がいる。そのため塩等の非常に高価な物の名前を声で言わずあやふやな言い回しで話したのだ。パ-ソなりの気遣いなのだ。
シンは「かなり高価な物」を「塩」と判断し
「はい」
と答える。
「でしたら、2階の私の部屋で「それ」についてお聞きしても?」
「・・・ああ、行こう」
ここまでのやり取りで商館にいる勘のいい幾人の商人達がシン達を見ていた。
「あれは「非常に高価な物」を売りに来た」と
シン達は2階に上がりパーソの部屋に入った。赤い絨毯が敷かれソファと机があった。どうやら応接室の様だった。
「どうぞお掛けになって」
シン達はソファに座る。シンが真ん中に座り右にはエリー左にはナーモが座る。座れなかった他の皆は立っていた。パーソが徐に座る。
「よっこいしょ、と・・・。早速ですが、買取品を拝見させても?」
「ああ、頼む」
シンは皮袋に入った塩と見せる。
「では拝見・・・・・」
パーソは驚いていた。しかし、まだ驚くのは早いと言わんばかりにシンはもう一つの皮袋の中から大量のオールスパイスを見せる。
「・・・・・これは・・・・・・・・・・少し失礼いたします」
パーソは塩とオールスパイスを一つまみして、鋭い目つきで味や香りを確認している。
「驚きました。長年商売にかかわってきましたが、これほどの品質の良い塩と香辛料は初めてです。濁りのない真っ白な雑味のない。鮮やかな香りと味。素晴らしいとしか言いようがありません」
そりゃそうだ。シンの「ショップ」で塩30kgとオールスパイス35kgを買ったのだ。濁り等なく、香りが良いのは当然だ。塩は業務用30kgで魔力1500でオールスパイスは魔力60000で手に入ったのだ。つまり実質601500円で塩と胡椒を買った事になる。
「・・・それで買取なのですが、大金貨7枚と金貨5枚で如何ですか?」
「!」
日本円に変えると750万になる。シンは驚き唖然とする。だがパーソは
「・・・・・では、大金貨7枚と金貨7枚!」
更に値を上げたパーソ。どうも驚きで黙ってたのを渋ってると思われたようだ。
シンは更に上がった事に驚き唖然とする。するとパーソは更に
「むぅぅぅ・・・やはり安いですか・・・。えぇい!大金貨10枚!これ以上は、これ以上は上げられませんぞ!!」
大声で値段を叫ぶパーソ。必死の形相でシンを見る。シンはパーソの大声でハッとし
「それで頼む」
と買取の値段が決まった。601500円の塩とオールスパイスが1000万円に変わった瞬間だった。ぼろ儲けも良い所だ。
だが今回はうまくいったが、何度も持ち込みをすれば流石に疑われる。1軒の大きな商会に1回が限度のようだ。
シンはパーソから大金貨10枚を受け取る。
「今回は大きな買い物でした。それにしてもこれはどちらで入手されたのですか?」
「はい、「ショップ」です」なんて言えるわけは無かった。
「すまないが、詳しくは言えない・・・」
シンは言葉を濁した。
「・・・そうですな。商人がおいそれと仕入先を漏らすわけにはいきませんな」
笑うパーソ。
(そういえばやけに皆静かだな・・・)
シンは後ろへ振り替えると大人しくしていたクク、ココ以外の皆は固まっていた。ニックは白目をむいて固まり、シーナはブツブツと
「大金貨・・・10枚・・・」
と独り言のように呟いていた。エリーは無表情で死んだように動かなくなっていたり、ナーモは顔を引きつっていた。
「・・・・・」
シンはただ黙って見守るしかなかった。
「はっはっはっ。これほどの大金が見た事が無いのでしょう」
とさらに笑うパーソ。
確かに、こんな大金を目にするのはそうないだろう。
シンは溜息をつき仕方なく一人ずつ
「おーい、しっかりしろ・・・」
シンは皆を起こすように声を掛けていった。