391.ギャル
「ギャルだね」
「何か雰囲気的に、ちょっと昔の・・・ギャル?」
肖像画を見た時の印象は少し昔の、1990年代に流行ったギャルを想起させた。
「やはり、それはギャルという装いか」
ヴヴストはそう納得の言葉を言いながら眺める3人に近づいた。
「ヴヴスト伯爵、この方は?」
気になった透はそう尋ねた。
「ふん、儂の妻、フタバ フルサキだ」
その答えを聞いた3人は数秒程間を置いてから
「「「は?」」」
疑問の1音。
「儂の妻だ」
聞き間違いはなかったことを確認した3人はお互いの顔を見合わせた。
嘘だろ、と言わんばかりに。
「まぁ、驚くよね~」
カラカラ笑うサトリに釣られてその場にいたメンバーも笑い始めた。笑う対象はヴヴストではなく自分たち3人対してだ。どうやらヴヴストの奥さんが日本人でしかも結婚していたとは思わなかった。
「初めて来た当時、妙な化粧をしておってな、新手の怪物かと思うたわ」
ヴヴストは肖像画の方へ目を向けて小さなため息をついた。
「この絵を描かれた時では薄くなっておったが肌が異様に黒くてな、目が眩むほどの赤と金の髪がボサボサに広がり、気色悪い花飾りを付けておったな。薄汚れたどこかの礼服・・・多分学生服は着崩されておって、脹脛の靴下のせいで異形の足に見えたわい。爪もやたら長く色は真っ赤。血を吸ったかと思うたわ。何よりも恐ろしかったのはあの顔だった」
「か、顔・・・?」
「そうだ。顔が恐ろしかったわい。後で化粧と分かったが、見た時は悍ましかった。顔の肌も黒かったのだが、目の下と鼻という鼻は筋に沿って白くなっておった。極めつけはあの目だ。目が酷く黒くて大きい。あれが最も恐ろしかった」
そこまで聞いた時、葵が連想したものが過り、ヴヴストに確認を取るようにして尋ねた。
「・・・ヤマンバとか言ってませんでしたか?」
「ああ、確かに。どことなく誇らしげに言っておったな。訳が分からんかったな」
「「「・・・・・」」」
かなり黒めのゴングロの肌が基本で、ハイブリーチの髪にカラフルなメッシュを入れて、メイクはハイライトを極端に白のポスカで鼻筋、目の下などに引き、つけまつ毛は目の周りを囲むようにかなりオーバーライン気味に貼り付けて目を大きく見せることに特化、目の周りなどをラインストーンのシールで飾ったり…など、かなりデフォルメされた派手なメイクを施すの特徴、これらのことを考えれば間違いなくフタバはヤマンバギャルだったようだ。
当時でもヤマンバギャルのメイクは他人に好きなってほしい等他人にアピールして魅力することを目的ではなく、自己のアピールに強く念頭を置いたものだ。だからなのか酷く独特なメイクのせいで近寄りがたいものがある。おまけにこの世界だ。ヤマンバギャルのメイクは明らかに魔物と呼ばれてもおかしくないだろう。
「その上、目から黒い涙を流して儂に迫ってきたからな」
「迫ってきた?」
「うむ、どこからか逃げてきたようであった。あの顔で虚を突いて抜け出すことに成功して儂の屋敷まで命辛々で辿り着いたようであった。迫ってきたのは己の助命のためだった。今にして思えば悪いことをしたな。驚いた儂は思わず投げ飛ばしてしまった」
「「「・・・・・」」」
その話を聞いた時、流石に詳しいことが聞きたいと考えたシンは本人の口から聞こうと考えた。
「伯爵、彼女は今はどこにいるんだ?」
「・・・もう居らん」
ヴヴストの様子が変わった。懐かしさと思い出に耽る感情故の言葉の百面相が見えていたが、シンの質問をした時に言葉の色が暗いもに成り変わった。
「え?」
流石に離婚か逃げ出したからかもういないと3人が一瞬そう考えた時、イズメクが口を挟んできた。
「亡くなったんだよ、伯爵夫人はよ」
その言葉を聞いた時、3人は思わず小さな声で「え」と漏らした。イズメクの返答を皮切りにヴヴストは言葉を続けた。
「もう随分になるな。当時は流行り病が酷くてな、儂の倅が生まれてすぐに罹って旅立った」
「「「・・・・・」」」
沈黙し、空気が暗いものになっていることにヴヴストは鼻を鳴らして
「・・・ふん、気に病まんでも答えるものは答えるぞ?つまらん遠慮はせんと聞きたいこと聞け」
と3人にジロリと見てそう言い切った。
「「・・・・・」」
その言葉に透と葵は思わずお互いを見合い何を聞けばいいのか、どっちから切り出すかを視線で相談していた。そんな中、すぐに行動に移したのはシンだった。
「・・・なら、俺からだ。フタバ、夫人はいつから?」
「初めから話そう」
その質問にヴヴストは静かに目を閉じて語り始めた。
「知っていることといえばこれ位だろう」
「・・・・・」
フタバはこの世界に来た当初、どこかの洞窟で召喚の儀式で呼ばれて、ヤマンバメイクのせいで魔物扱いされて追われた。命辛々逃げ込んだ先がこの屋敷だったそうだ。逃げ込んだ時、追っては既に巻いており、パニックになっていたフタバは走ってヴヴストに迫ってきた。驚いたヴヴストは力任せに投げ飛ばし、恐る恐る近づけば相手は妙な化粧をした少女で屋敷で介抱した。フタバの境遇やこの場所などを知ってここに留まり、そして結婚して子供を儲けた。だが当時の流行病に罹って間もなくして旅だったそうだ。
「(そういえば倅って言っていたな・・・)伯爵、嫌なことを聞くかもしれないが、フタバさんの享年はどれくらいだ?」
「40歳だ」
「40・・・」
想像していたより若くして亡くなっていた。正直これはあり得ていたからさほど驚かず、やはりという確信に近いものを得ていた。
知らない土地に放り込まれ長期滞在して一番懸念する事が風土病や流行病だ。かなり強力な感染症などが多くあり、大概の場合これに罹って落命する。フタバは現代日本人だ。強力な感染症とは無縁の生活を送ってきた彼女にこれはかなり厳しい。しかも生活のレベルが大きく下がった文明に放り込まれているため、十分な衛生管理や健康管理が行き届かなかっただろう。さらに感染症に対する知識や技術が低い。これらのことでここに来た日本人がこうした病に罹って死亡することは容易に想像ができる。
(こいつらは一応感染症対策で予防接種やワクチン類の準備をしているが、まだ知らないものが多い)
2人にはマザーベースで予防接種を受けている。だがそれは現代世界での話だ。この世界は知らない生態系に生物が住まう。未知なる感染症も多いだろう。油断はできない。
「フタバさんは何か言っていましたか?その・・・どこから来てとか」
「どこと言われても、貴様と同じ日本であろう?」
「そうなんですが・・・その、時期というか」
何が言いたいのか分からなかったヴヴストも納得ができて少し考えるために「ん~ん」と唸る。その時、葵が
「フタバさんの持ち物で、小さな手帳のようなものがありませんでしたか?」
と聞いてきた。その言葉に心当たりがあった。
「手帳?ああ、あれか・・・」
ヴヴストは近くにいた使用人に目配せをして持ってこさせるように取り計らった。
「文字は少しわかるが、カンジ、という文字が完全に分からんかったな」
「少し程度なら読めるのか?」
「ああ、おそらく貴様らからすれば簡単な文字程度だろうな」
「そうか(ってことはひらがな、カタカナ、簡単な漢字は分かるってことか?)」
よくよく考えれば星の柱に関わっている時点で文字が読める可能性も十分にあってもおかしくない。その上、ヴヴストは仮にも伯爵という貴族の立場だ。噂や人伝で星の柱に接触してフタバのことについての情報を得てもおかしくなかった。
(後でもう少しヴヴストと星の柱との関係を聞き出すか)
そんなやり取りをしていると
「ご主人様」
「うむ」
使用人が持ってきた。使用人の両手には横に広い平べったいシンプルながら高級な箱を用意していた。箱には蓋がなく中にはシンたち日本人なら見覚えのあるものが複数あった。
「失礼します」
そう言って葵が箱の中を確認する。
「やっぱ、あるんだね」
「ああ、あるだろうとは思っていた」
箱の中にあったのはフタバの遺留品だった。当時に使われていたが、この世界では役に立たないと考えてそのまま残した複数の物。その中に一番フタバの身分が分かる確実な物。
「学生証」