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387.灯りの意味

 完全に日が暮れて辺りは暗闇のベールに包まれていく。視覚を頼るには光源がいるが、その光源の当ては火か、月の光、魔法による光源等々とバリエーションはあるが現代のようにお手軽にできるわけではない。だから当然当たりの景色は真っ黒か、月の光に当てられてシルエットがわかる程度の景色になる。

 だから窓の外を見れば間違いなくそのどちらかなのだが、今回の場合は後者になる。


「・・・・・」


「どうかしたのか、外なんぞ見ておって」


 そういうこの家の主人、ジムは怪訝そうに言う。毛布にくるまる人物は微動だにせず、


「ああ、向こうにある家とかは人がいるのかって思って」


 と答える。答えたのはシンだった。


「いるさ。だが大半はわしらのようなジジイかババアのどちらかだ」


 世間話のように答えるジムの声には怪訝さは消えていた。


「それとこれでなんの関係が?」


「灯りは若い時のよりも少なめに点けることが多い」


「夕食は食べるとか、必要なことだけ?」


「うん」


「へぇ・・・」


 確かに年取るに従って、活動限界やできることがどんどん減っていく。おそらく日常生活でも何かしらの日課としていた事柄を減らさざる得ない面で夜の活動を減らしたのだろう。

 というのも元々現代のように「明かり」の事情はこの世界でははるかに遅れている。現代は「電灯」だが、この世界では「灯火」だ。電灯はスイッチ一つでいいが、この世界では一々火を灯す必要がある。部屋を移動するごとランプのようなものが必要になる。だから可能な限り移動は減らすために部屋の移動は最小限にする必要があるから自室などに留めることが多い。


「それよりも食事にせんか?」


「!いいのか?」


 まさか食事の用意をしてくれているとは思いもしなかったシンはそう尋ねてしまった。


「遠慮することはない。来んか」


「・・・・・」


「ささ、かけて」


 そう言って座るように促す老婆、デューリ。その言葉に従うシンは用意された食事がある食卓の椅子に座り、要された食事のほうへ眼をやるシン。


「大したもんはないが」


 シンプルに野菜くずのスープに干し肉、大きなパン。大きなパンは切り分けて食べるようになっており、野菜くずのスープは「くず」といっても所謂商品にならないまともな野菜をそのまま鍋に放り込んで煮込んだスープ。おかげで原型があるのは根菜類のものだけで他の葉物などの野菜は崩れ切って元がわからない。

 干し肉は匂いからして単純に塩と天日干しで作られているものでただ単に肉の旨味と塩のみの味付けのシンプルなものだろう。香辛料は一切ない。しかも胃に溜まるほど多い量ではない。

 はっきりシンプルで質素な食事だ。だがこれが彼らの日常的な食事でごちそうなのだろう。


「いや、あるだけでも十分ありがたい。いただきます」


「あの時濡れておったが、どうじゃ体のほうは」


 渡された毛布で軽く体を拭いて服は絞り、今は張った紐に掛けて乾かしている。


「ああ、おかげであまり冷えていない。それに態々暖炉の方にしてくれて」


「気にするな。わしらのお節介と思ってくれ」


 家の中を改めてみると質素ながらも広い。ロッジのように丸太で構成されており、家具は少なめ、ドライハーブなどを吊り下げているおかげで仄かに香辛料のような香りがしていた。少なくとももう2人位いてもいい広さの中、必要な分だけの生活用品がある分寂しさを感じさせる家だった。


「・・・失礼だが、子供いないのか?」


「随分前に先立たれたわい」


 少し気になったからかそう尋ねるシンに少し食い気味に答えるジム。


「失礼した」


「それよりもお食べ」


「ああ、いただくよ」


 少し拙いことを聞いたと感じたシンにデューリは食事を勧めた。シンは用意された食事に手を伸ばした。





「ごちそうさま」


「お口にあったかい?」


「ああ、美味しかった」


「おかわりはないけど、ゆっくりしていってちょうだい」


「ああ、本当に何から何まで」


 食事の量は正直少な目だ。おそらく年寄り2人分として用意していた分と、元々それほど食べないのだろう。そのことを考えれば自分が突然の訪問に対応して自分たちの分を分けてくれたことに感謝と申し訳なさを感じた。

 そのことを感じていたシンにジムが声をかけてきた。


「目的地に向かうのはあんたの爺さんに出会うのだったか?」


「ああ、ただいないかもしれない」


 シンのその返答にジムは僅かに眉間のしわを動かす。


「・・・名前は分かるか?」


「いや、分からない。ただ出会えば分かるって」


「何故だ?」


 ジムは僅かにしわを動かいた後のままの顔でシンを見ていた。


「・・・俺に似てるから」


「・・・・・なるほど。なら明日村の方へ向かえ」


 その答えにジムは少し納得したのかしわは消えてコクリと頷いた。その反応にシンはまさかと思って


「似たような人がいるのか?」


 と尋ねた。

 実のところ、さっきの名前の質問の時シンは焦っていた。年寄しかいない村は知り合い同士のことが多く、偽名を使うと架空の人物であることがバレてしまう。

 だから咄嗟にシンは自分に似ているから名前は分からない、ということにしてしまったのだ。

 はっきり言えばこれは明らかに怪しさを増す言動。これは拙いと考えたシンだったが、すんなりと通ってしまった。


「いや、わしには分からん。お前に似てるような爺は見たことはない」


「・・・そうか」


「まぁ一人くらいはいるだろう。ここはジジババと訳ありが集う場所だからな」


「・・・・・」


 話がここまですんなりと進んでいくことでシンはこの嘘が通ったことに心の奥で戸惑いの色が渦巻いていた。


「む、完全に日が落ちたな」


 戸惑っているシンの様子を他所にジムは窓の奥の景色の様子を見てとそう呟くとデューリはランプの準備をして、火を灯し始めた。

 同時にジムも食べ終わった皿を水を張った大きな木桶に移して、寝室のほうへ目を向けた。その様子にシンは


「もう寝るのか?」


 と尋ねた。


「節約になるからの」


「それにあまり遅くまで明るいとこの家には年寄りしかいないということも分かるからね」


「用心ってことか。分かった、もう寝るよ」


 確かに節約もなるという理由もあるが、年寄りだからこその理由もある。夜中に起きて作業をするというのは発光量が圧倒的に多い電灯の文明がある現代だからこその行動だ。火の明かりというのは明るいが消して光量は大きい訳ではない。手元を照らしながら作業するというのは器用でなければ無理がある。おまけに火を扱うため、手元で作業すれば火傷する恐れもあるし、最悪ランプ等を倒せば火事になりかねない。だからさっさと寝るのが吉というのが、この世界の明かりの事情だ。


「お休みなさいね」


「ああ、お休み」


 デューリの言葉に答えたシンは用意された藁のクッションのベッドがある物置となっている部屋へ向かった。


「「・・・・・」」


 その様子を見ていたジムとデューリはスクッと立ち上がり


「・・・・・」


「・・・・・」


 2人は普段の行動とは明らかに違う速さで行動していた。物静かでありながら、若い人間のような足取りで動いていた。デューリは暗い部屋の中ササッと窓のほうへ向かって灯りの点いたランタンをほぼ黒の景色に向かって手を振り上げて大きく揺らした。


「・・・・・」


 黒いはずの景色に小さなオレンジ色の小さな光が一点、ユラユラと左右に動いていた。その様子を見ていた。デューリはジムのほうへ向いて頷いた。


「ふむ・・・」


 そう声を漏らしたジムはシンが眠っている部屋の方へ視線を向けた。デューリは懐から一本の細いナイフをジムにそっと投げて渡した。

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