385.優秀な兵士
向こうの風景がまんべんなく見える切り立った崖の上にいるシンは景色を眺めて町を見つけた。
「村・・・か町が見えるが、あれじゃないよな?」
「ああ、あれは違うな。これから向かう所の中休みの為に設けられた家々が町になった所だな」
「って事は宿場町か」
「ああ。その宿場町から目的地までそう遠くない」
アカツキの言う通り目的地ではない。目的地から見ればあれは隣町だ。だが町というには小規模で複数の宿屋が存在して農業を兼業しているような集落だった。目的地まで向かうまでなら中休みとして設けられた建物が集まってできた町で、遠くはないがこれまでの旅路からやっと一息つけるといったくらいに宿屋に寄れる町だろう。
つまりここまでの街道沿いで来た旅の疲れをひとまずこの町で癒して明日出発しよう、いった具合で利便性のある町なのだろう。
だがシンはここまで道なき道を通ってきてここまで来た。この調子なら今日一日くらいで目的地に着くだろう。だから正直休む必要がない。
「どうする?避けるか?」
「避けると遠回りになるか?」
「そうだな。完全に人目に晒さない事を考えるならかなり遠回りになるな」
「町を突っ切る形ならどうだ?」
「問題ないな。見た所、武装している人間はいるが兵士とか一般市民が、と言ったケースのタイプだ」
あまり時間はかけられない。先にサクラ達が目的地にいる可能性がある。葵と透が先に辿り着いている。シン自身がいなければあの2人だけでは話が進まない。だから変に町で留まるのは避けたい。
「って事は民兵や自警団が協力して防衛面を運営されているのか。ピリピリしているか?」
「いや、かなり長閑だな。門番に当たる兵士は町周りをグルッと周って見回っている程度だ」
「治安がいいのか・・・」
「目的地まで近いから不正規戦闘があまりないのかもな」
「なるほどな。それならそのまま素通りしても問題ないな」
兵士の普段の様子というのは立場が味方であっても敵であっても重要な点だ。
状況や体制にもよるが普段の様子からのんびりとした雰囲気であるならばその周辺地域はかなり平和という事になる。
逆に気を張って目元が鋭くピリピリとした雰囲気でいるならばその周辺地域はかなり殺伐としており、酷ければ日常的に戦闘状態になっているという事になる。
だがそんな事になっていないのが分かってシンたちはそのまま通り抜けてサクラたちより少し遅れる形で到着するように動く事にした。
「ああ。多分だが声をかけて目的地への話を聞くだけで済むかもな」
「街道までの・・・」
「OKボス」
アカツキのナビを基に町の通り抜けを決めて街道に出た。
「見かけないがどこからどこまで?」
「・・・一気に聞くんだな」
町周辺、あと一歩入ればという所で兵士らしき男に声をかけられた。シンは自然と街道沿いでこの町に到着した旅人を装っていた。
聞いてきた兵士は槍を持ち、にっこりと笑いながらどことなくのんびりとした雰囲気で聞いてきた。
「まぁね、一応兵士としての仕事はするけど、基本は平穏だからさ、パパッと終わって一杯やりたいんだ」
「そうか・・・」
口ぶりからして間違いなくあまりこの周辺地域では殺伐とした戦闘地域ではないようだった。
「でどこから?」
「ああ、オオキミから来てキュレイ王国のヴヴスド伯爵領まで」
「はいはい、ヴヴスド伯爵領ね・・・。何でまたここじゃなく向こうまで?こう言っちゃなんだが、ジジババ、見るもん無しのブサイク伯爵の領地だぜ?」
「・・・・・」
何だ?
違和感を感じたシンは対応する兵士の男への見方が変わった。ひどい言い草で紹介する兵士の態度は意外と見かけるようなものだ。別に変な点はない。
だが何か違和感があった。
「・・・いや、昔色々あって離れ離れになった祖父母がその領地にいるんだ」
「へぇ、どんなジジババだい?」
「言っても分からないだろう。名前も行く先々で変えているから意味がないし、何よりもジジババばっかりだから」
「・・・・・」
「・・・・・」
予め決めていた聞かれていた時のセリフを言うシンだが、世間話のように尋ねる兵士。その兵士は何となく僅かにピリリとしたものを感じたシンは静かに兵士を見ていた。兵士も普段のようなのんびりとした態度で接するも常にシンを見ている。
何となく空いた無言の間に先に口を開いたのは兵士だった。
「そりゃそうだな」
「ああ、俺が探している祖父母は特徴が他所のジジババと変わらないから言っても無駄と思うようになって自分の目で探す事にしている」
実はこのシンのセリフは意外と通るものだ。
出会う人間が増えている現代の人間の感覚からしてあまり共感や理解がないかもしれないが、実は人の特徴を覚えて誰がどこにいるかという人を訪ねていくという方法は確実性は低い。
口伝えで誰かを訪ねて探すのは自分のイメージと相手のイメージが大きくかけ離れていることが多い。しかも案外「色々あった」と言っておけば、名前を聞かれることもあまりない。何故なら「色々あった」というのは犯罪や戦争に大きく関わった等の理由で逃走などの理由で身分を隠している場合があるからだ。だが今のこの状況からすれば戦争によるものと兵士は推測できる。だからなのか
「分かった、行っていいぜ。引き止めて悪かったな」
案外すんなりと通した。
「いや、いい兵士の仕事だ」
「・・・褒めても何も出ないぜ?」
シンの言い方に何か引っかかったのか一拍置いてからそう答える兵士。その様子にシンは世間話を続けるように話す。
「残念、良いものを期待してたんだがな」
「・・・気をつけろよ」
「大丈夫だろ?あんた等が守ってんだから」
「・・・ああ、そうだな」
笑う兵士の細めた目が獰猛な光を帯びてシンの姿を映していた。明らかに何か警戒している。シンも何かに気が付いて含みのある言葉で挑発をかけていた。
この言葉を最後に兵士とは別れて先を進めるシン。その様子を見ていた兵士は笑みの顔から本来の兵士としての顔つきでシンを見送っていた。
ある程度離れた所でアカツキから通信が入った。
「ボス」
「優秀だ。優秀すぎる兵士だ」
「じゃあ・・・」
「ああ、思っていた以上かもしれないな」
兵士の雰囲気で分かった。あれは間違いなく一兵卒からのんびりとした空気でさらされた人物ではない。戦闘経験が多くある収集な兵士だ。
シンはそう判断して含みのある言葉をあの兵士にぶつけた。そして結果はドンピシャだった。何かしらでコンタクトするだろう。
そう考えて先を進んでいた時
「え~と、アオカブは・・・」
「!」
聞き覚えのある声がした。その声は少女だった。シンは僅かに後ろのほうへ目を向けようと動かした。後ろには先ほどの兵士がいるから後ろへ振り向くのはさらに怪しまれる可能性がある。
「・・・・・」
「どうしたボス?」
ここは変に留まらず、これ以上怪しい行動せず、先へ進むことにしたシンは
「・・・いや何でもない。ナビを」
「OKボス」
と言って先へ進んだ。
声を発した少女は茶色のフードを被って市場でこの世界の野菜を探していた。その野菜はアオカブというもので青いラディッシュのようなものだ。
その野菜を探し見つけた少女は
「これ下さい」
野菜売りの男にそう言って見上げた。ちょうどその時フワッと風が吹いてフードが取れた。
「はいよ、嬢ちゃん」
「ありがとうございます」
フードを被り直すその少女はエリーだった。