378.蜘蛛の糸
明けましておめでとうございます!本年もよろしくお願いいたします。
未だにコロナ後遺症が続いておりまして変わらない頻度で投稿して参りますが今後ともよろしくお願いいたします。
「まだいるか?」
「ああ、いるな。多分本気を出せばボスの所まで急接近できる位の距離を保っているな」
傍から見れば独り言のように言うシンはアカツキとの通信を通して具体的なグルフに位置を把握しつつ、移動をしていた。
そうした行動に移して4分ほど経とうとした時、シンはふと頭に過った事を口にする。
「・・・よく分からないけど、ここまで警戒しているのはメスだからか?」
「ああ~子育て中だから気が立っているって事か?」
「うん」
クマの親子では母熊は子熊を常に育得てて面倒を見るから故に酷く気が立っている。
カラスの親は子育ての期間は酷く気が立っている。どの動物も子供を守る為に気が荒々しくなり、縄張りに近づくものは襲ってくる。
子育て中の動物は想像している以上に気が荒く、縄張り意識が強く、容易に人を襲っていく。だからあのグルフはメスで縄張りに入ってきた魔導艦、甲板上にいたシンを襲ってきたと考えたのだ。
「ならほぼ真直ぐ縄張りを出る形を取っているのはその為か?」
「ああ。場合によっては魔導艦を通り越して縄張りの圏外まで誘導するつもりだ」
魔導艦に乗っているサクラ達、星の柱達を巻き込むのは拙いから可能ならば魔導艦を避ける形を取った方がいいと考えていた。
「OKボス、引き続いて監視を続行するぜ」
「ああ、頼む」
一先ず恐らく縄張りであろう範囲から魔導艦よりも先に出る為にも走って向かった。
「そろそろ、止める」
「ん?何故だ?」
突然の停船を明言するウルターにサクラは疑問の言葉を思わず口にした。
「この船は目立つ。故にシンが気が付きやすい。だが同時に・・・」
「ああ・・・敵となるグルフも、か」
「うむ。済まぬが、ここで停船してシンの動向に任せようと考えておる。異を唱える者はいるか?」
サクラも流石に何が言いたいのかすぐに分かった。だからこれ以上何も言わず、船の主であるウルターの判断に任せる事にした。
ウルターも自分の判断に他のメンバーに尋ねた。
「あの子ならそれしそうだし~」
セーナ頬に当てながらそう答える。
「良いんじゃねぇの?」
イズメクはぶっきらぼう。
「問題ねぇだろ」
シキテも変わらない態度で答える。
「構わんよ~」
サトリは飄々とした口調で。
「俺達が何か言える事はないけど」
「何となく大丈夫そうな気がする」
透と葵はそう答える。ステラとアルバは肯定と言わんばかりの無言を貫いていた。ノックァはジッと立っているだけだった。
「と言うか絶対大丈夫でしょ?」
とイヒメはカラカラと笑いながら答える。
「大丈夫、必ず来る。それからグルフは立ち去る」
と言い切るアンリ。
アンリの気になる言葉に
「グルフが立ち去るって何だそりゃ?」
「どういう・・・」
思わず尋ねてしまうイズメクとサクラ。尋ねようとしたサクラの目に映ったのは酷く小さな虫がこちらに向かって走っているように映ったシンの姿が見えた。
「いた!」
すぐそう言うサクラの言葉に一同はシンがいる方向へ目を向けて甲板の端の手摺に身を寄せてその姿を確認する。
「シンか?」
「ああ。あそこに!」
「良く見えるわね」
「ほほ~サクラちゃんは、シン君の事になったらこれだけ遠くても見えるんだね~」
「黙れ、イヒメ」
「あん、冷た~い」
ウルターの問いにすぐ答えるサクラの言葉にセーナは少し感心の色を含めた声でそう言う。同時に同じく関心の声を上げるが揶揄いの色がある言葉で言うイヒメ。その言葉に冷たく一蹴の言葉を発するサクラだが、イヒメはいつものやり取りのように楽しみながら反応する。
「やっと見つけたか・・・で、縄を?」
「いや、ワタシが糸を出す」
ウルターの言葉にそう返すサクラは糸を作り出した。
「ん?」
シンの前方から何かきらりと光る曲線が見えた。その曲線は風に流されて様々な曲線を舞うように描いていた。それを見たシンは思わず
「糸・・・」
と答えた。同時に
(まるで蜘蛛の糸だな)
と具体的な印象が浮かんだ。蜘蛛の糸が風に流されて飛んでいるのを見た事がある。蜘蛛の子が初めて自立して旅する時に風に乗って流されていく。
流れてこっちに来る糸をシンは
「ん」
そっと掴んで
ドッ!
高く飛び上がった。
同時に
(まぁ、この時を狙ってくるよな・・・)
グルフは一気に速度を上げてシンに接近した。
「あれ、まだグルフが飛んでんのか?」
気が付いたのはシキテだった。遠くでフヨフヨと動く鳥の様なものを見つけた。
「あ、ホントだ」
「何だよ~潰してねぇのかよ・・・」
連られてフヨフヨ動くグルフを目にするサトリとイズメク。糸で登ってくるシンにグルフは追いかけてくる様子にシキテは小さな溜息をして
「しゃあねぇ、オレが蟲を・・・」
と言って一歩前に出た。
(流石に邪魔だな、消すか・・・)
グルフの様子にシンは感心しつつ流石には叙しようと判断し始めた。グルフはシンが空を飛ぶことができないと判断していた。実際シンは航空機や携帯飛行装置の様なものが無ければ空を飛ぶことができない。だから制空権は我にありと考えたグルフは様子を見て、空に浮かぶような様子があれば襲撃を掛けようとして虎視眈々と監視をしていた。
そう判断して動いたグルフをそう推測したシンはギラリと視線をグルフの方へ向けたその時だった。
「其方ら、何故我を置いて進行方向を変えたのだ!」
シンが落下したせいで進路を変えた為、ギアと逸れてしまった。気が付いたギアはすぐにどこへ行ったのかを探りながら追った。そして魔導艦を見つけてすぐさま追いついて文句垂れた。
「む、あれはグルフか」
文句を言いきったと同時にギアの目にも空飛ぶグルフが映って何が起きようとしているのかをすぐさま理解した。
「・・・・・」
ジロリとグルフを睨み付けるギア。
その瞬間だった。
「・・・!」
・・・!
「「「「「「「「「「「・・・っ!」」」」」」」」」」」
恐らく、いやほぼ間違いなくギアからの強烈な闘気だろう。闘気と思しき鋭い針が皮膚に刺してくるようなピリついた空気が漂った。それを感じ取ったその場にいた全員は身構える。同時に出した闘気はあまりにも強烈で付近の森に住み着いていた鳥類が一斉に飛んで行った。
・・・・・
グルフはシンとギアの方を交互に見て、2秒程間を置いてから去っていった。
「・・・行きやがった」
「そうだね・・・」
シキテの言葉に頷くイヒメは目を細めた。
「む、結局何だったのだ?」
俺、何かやっちゃいました?と言わんばかりの反応をするギアにシンは冷静にギアの方を見ていた。
(俺だけの殺気だけで逃げただけじゃないな)
明らかに自分だけの強烈な殺気によるものではない。しかも飛ばしてぶつけていたのはグルフだけだった。周りに向けてのものではない。
だからあの強烈な空気は間違いなくギアによるものだ。
(前にも交えたが、やっぱりギアは・・・)
答えを出そうと考えた時
「シ~ン!」
「あ」
上からサクラの声が聞こえた。反応するシンは何おつもりの掛け声なのかはすぐに分かって動いた。
「いい加減、上がれ~!」
「ああ、そっちに向かう」
糸を伝って、よじ登るシンのようすを見たウルターは
「恐らくだが、ここはグルフの縄張りの可能性がある。シンがある程度登ったのであれば、船を進める」
そう言ってシンがある程度登った事を確認したウルターは船を僅か数ノットだが進めた。
「む、シンはどうした?降りたのか?落ちたのか?」
「我が引き上げる。そのまま掴まれ」
ガシッ
「助かる」
そのままギアが糸を伝ってシンを上げる作業に入った。
「む!?結構重い・・・!」
かなりの重さがあるシンの体重に驚き苦労しつつも上げていくギアのお陰で船の側面まで手が届くという所まで登ったシンは掴まれそうな場所を探した。
「もう少しだ」
ギアがそう言って糸を伝ってそのまま手を伸ばそうとした時、爪の先が糸に触れた。
プツッ
「「「あっ」」」
ギアとサクラとシンが同時にそう言った。ギアの爪の先は鋭い。だから糸が切れたのだろう。
シンは瞬時に手を伸ばしてウルターの魔導艦の側面に爪を立てる形でへばりつこうと動く僅か手前の時
ビュオッ!
強い鉄砲風が吹いた。シンは身体が回転する形で流されてしまい、平衡感覚と船の位置が分からなくなった。そのせいでBBPで伸ばして掴む事が出来なかった。
「またかよ・・・」
体勢を立て直した時は遅かった。シンは身体ごと風に煽られてまた地上へ逆戻りになった。同時にシンは今の状況を芥川龍之介の作品、「蜘蛛の糸」を思い出していた。
(グルフに優しくしなかったから、こうなったのか?)
芥川龍之介の作品の一つ、「蜘蛛の糸」の登場人物、ガンダタが起こしてしまった業の深い行いが今の自分、グルフを少しでも殺そうという気になってしまった事への報いではないかと閃くように考えてしまいつつ、シンの身は地上の更に深い森の中へと吸い込まれていった。