377.持っておくべき物
「アカツキ、いるか?」
「いや、いないな。飛んでいる様子がないな」
「そうか・・・」
樹の幹を背に預けるような形で身を隠しながら空を見て、そんなやり取りをしていたシンとアカツキ。
「・・・・・」
「ああ、それと徐々にだが、あの空飛ぶ船は一応そっちに向かっている」
「分かった。目立つ場所にいても分からない可能性は十分あるな・・・」
アカツキがすぐに発見できる事の方が多いゆえに勘違いされてしまうかもしれないが、かなりの高度、上空から地上等の下の方へ目を向けて人を探すというのはかなり困難なのだ。
東京タワーやスカイツリー等を登った事がある方々なら分かるかもしれないが、200m以上の高さから下を下を見た時、人の区別など付かなかったはずだ。ましてや現状は木々が生い茂る険しい山々が近くに見える森の中だ。分からない。
良く遭難者を捜索する為に救助ヘリが辺りを散策するのだが、ヘリから目視で救難者を探すというのは難しい。多くの場合は救難者がヘリの存在に気が付いてアクションを起こして、救助者が気が付いて救助成功という事が多い。
ヘリから目視での捜索は何もしないよりかはマシ程度の話なのだ。
「ボス、ミラーやライトみたいなもんはあるか?」
「あ~ライトはあるが・・・」
「あ、そっか。ボスが持ってるライトはただのライトじゃねぇのか」
何かばつが悪そうに言うシンの様子にアカツキはすぐに分かった。シンが使用しているライト、フラッシュライトはホログラム機能等が搭載された特殊な物だからだ。それ故に変に他人に見せたくない。
「ああ・・・それに俺は結構やらかしているな」
「は?」
「ミラーもないんだ」
化粧に使う為のあのコンパクトミラー・・・ではない。さっきから「ミラー」と言っているのはそれらのミラーではない。
「いや地図とかないからしょうがねぇんじゃねぇの?」
「確かにこの世界の地図がないからアカツキ頼りだけど、いつかは地図に頼るかもしれない」
「まぁ、それもそうだが。ミラーってのはオイルコンパス付属のアレだろ?あれだけでは無理があんだろ・・・。それにこの世界で地図手に入れたからって俺らが知っている正確な地図じゃねぇんだろ?ガキが描いたような地図だろうし」
「いや、そっちは当てにしてない。そうじゃなくて今後アカツキだけに頼りきりでは無理な状況もあり得るから」
「あ~それも、そっか。確かに俺もこの世界の地形をそれなりに調べて、暫定的だが地形や高度も把握できてるから地図も作れるな」
オイルコンパスに付属しているミラー、単純にミラーコンパスと言われている物の事だ。ミラーコンパスを使う最大の理由は、方向または物体をコンパスカプセルで同時に見る為の物で、ミラーを45度前後開く。 この角度にすると、腕をつきだしてコンパスを目の高さくらいまで持ち上げた時に、ミラーにコンパスの照準線に沿って物体が映り、コンパスカプセルと分度器も見る事が可能だ。
知らない人なら少し意外に思えるが、そもそもコンパスはかなりの種類がある。プレートコンパス、レピータコンパス、サイティングコンパス、そしてブレードウォーズで少しだけ触れられている軍用のコンパス、レンザティックコンパスだ。シンがブレンドウォーズの時に使っていたこのコンパスにはサイティングコンパスの機能が付属、ミラーの要素がある特殊なレンザティックコンパスだ。
このレンザティックコンパスの特徴は道標のない荒野を進む時など、地形図とあわせて使うことで現在地をはっきりと知ることが可能だ。現在では位置情報を知るにはGPSやスマホなどの電子機器を使うが、電子機器の電池切れや誤作動、破損などに備え、地図やコンパスを使って安全に目的地まで行く事ができる。やり方やスキルさえ身につければ誰でも使えるのだ。
アカツキとの通信も電子機器の一種だ。電池切れやや誤作動も十分にあり得る。今まで対して気にしていなかったのは、シンが過酷な環境下でも問題なく、それが日常のように生活できるからだ。それ故に遭難したとしても、そのまま現在地の周辺にいればいいと踏んでいた。その上、この世界は位置情報と言った文明のレベルが低い。地図そのもの自体が軍用で重要なものとして扱われている分、変な連中に手に渡ったら危険だ。だからアナログな高精度地図とレンザティックコンパスを持ち歩かなかった。
「今回みたいに雲が多い状況だったらアカツキは分かんないだろ?」
「まぁそうなりゃ、アナログで動くっきゃないよな・・・」
「それに魔導艦がこっちに来てるって事はそれなりに正確な地図を活用しているじゃないか?」
「まぁ魔法を活用しているってのは・・・あり得ねぇか」
「ああ、俺が吸い取る」
アカツキは「だよな」と呟いた。実際現時点でこうした集団行動ではぐれてしまった現状に困っている。
「地上の景色が同じだから、ほぼ正確に来ているってのは、ボスに発信機の様なものが付いているか、正確な地図がって事だよな・・・」
「ああ。それでさっき気が付いたんだ」
「なるほどな。それでやらかしって事か」
「ああ」
やはり地図とコンパスは必要だ。
後に漂う沈黙は意見が一致したものだった。
「まぁ、でも俺らでも気が付かなきゃならねぇ案件だったんだから、そこまで気にすんじゃねぇよ」
「ああ。ただ今後の改善として地図とコンパスは持ち歩く必要がある」
「だな。だが、まぁ今はとりあえず目立つ所までが目標で、俺が案内って事で」
「ああ、頼む」
「・・・・・」
イヒメに言われたあの言葉が脳裏に過る。故に
「「子供」か・・・」
と思わず呟いてしまう。
「ボス?」
「いや、何でもない。それよりもその、目立つ場所までどれくらいだ?」
「ああ、あと2.3km位だ」
「そうか、周りに脅威はなさそうに見えるが派手に動いても問題なさそうか?」
シンがそう尋ねた時、2秒ほど沈黙が流れてから
「ああ、空にはいない。ど派手に動いてもいいぜ」
と返した。
「分かった」
よし、ここから走ろう。
そう考えて、行動に移した瞬間だった。
バッ…!
気配を感じ、常に漂う敵意がある方へ目を向けたシンは
「分かってないと思ったか?」
そう言って空を見上げた。
!
いつの間にかシンの真上にグルフが空を飛んでいた。かなり近づいていた。どうやら奇襲を掛けようとしていたようだった。だがシンが気が付き視線をグルフの方へ向けた途端、奇襲をかけるのを止めて更に高く飛んだ。
4時の方向に崖の多い所に虚穴や身を隠せそうな大きな岩が多くあった。どうやら、それのどれかに身を隠してシンの様子を窺っていたようだ。
現状、空飛んでいるグルフはシンの周りを飛んで様子をずっと窺っていた。
「無駄と判断して空を飛んで俺が去る様子を見ているようだな」
飛ぶグルフを視線で追うシンはグルフの視線に注意を払った。グルフの視線は常に自分の方へ向けていた。
「ボス、ならここにいるのは・・・」
「ああ、魔導艦と鉢合わせてややこしくなるな。アレの縄張りを離れよう」
グルフは縄張りをかなり意識していると考えて即座に魔導艦との合流する必要があると判断してすぐに行動に移った。
「ナビを再開する」
「常にグルフの動向を追ってくれ」
「OKボス」
シンは自分の位置が分かりやすいようにあえて空から見える場所を選んで移動を始めた。