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373.雲

「すげ~っ・・・」


「船が飛んで、乗っているのって初めてだよね・・・」


「うん、ザ・ファンタジーって感じ」


「確かに、ゲームとか本とかでならこう言うのってスタンダードにあるけど、乗って体験するのは初めてだな」


 宙に浮かぶガレオン船。その証拠として下に見える海原の水面に浮かぶ船体の影が物語っていた。吹く風も速く、靡く服の表面や髪がゆらゆらと舞うこの光景こそ、会話に出てきたようにまさにファンタジーを感じさせる。

 こうした空飛ぶ船にゆったりと乗る事がなかったシンにとって初めての経験だった。以前乗った経験であればサクラ救出の時に半壊する魔導艦位だ。

 ・・・尤もあれを空飛ぶ船として機能していて乗っていると言えるかどうかは別の話だが。

 シンが初めて乗る事実に透と葵は意外そうな顔を向ける。


「乗った事ないの?」


「ない」


 キッパリと答えると同時に周りを気にしつつ、もっと近くにとジェスチャーを送った。透と葵はそれに従ってシンの方へ向かい、顔を近づける。シンはボソリと呟くように耳打ちした。


「アレを使っているからね」


「あ」


 透の声を聴いて急いで人差し指を立てて静かにのジェスチャーを送るシン。


「ゴメン」


「次からは、な」


 こういう話で自分の事についてのぼろが出ないようにしなければならない。だが、事情を知っているのはあまり慣れていなさそうな「元」一般人だ。だから少し扱いが難しい。シンはこの件で困ることにならない蹴ればいいのだがと少し危惧もしていた。

 そんな彼らとは他所に船尾楼にいたウルターは周りを見てある事に気が付いた。


(・・・普段よりも魔力を食っておるな)


 実は以前のように上昇して進行していたのだが、以前と現在の魔力量が釣り合わなかったのだ。かなり魔力を食っている現状に少し不安を感じていた。


「・・・・・」


 チラリとシンの方へ向けるウルター。同時にシンもウルターの方へ視線を向けた。シン自身もこの船に乗って大丈夫かどうか心配があった。シンの特性の一つ、魔素の吸収だ。それがこの空飛ぶガレオン船に変な影響が出ないかどうか気になっていた。

 そして、自分の方へ向けられていた事を知って薄々とやはり自分が何かしらの魔力を食っているとかんじた。


(迂回した先に強く吹く風があったな。それを利用するか)


 船の進行方向を変更する事にしたウルターは視線をこれから向かう方向へと向けた。その時ガレオン船のマストの帆が左の方向へ向くように動いた。するとガレオン船の進行方向が変わった。


「!」


 進行方向が変わった事に気が付いたシンは身を乗り出して船の先を見た。


(雲?)


 巨大な雲が見えた。その雲は徐々に近づくにつれてその大きさが分かる。よく見るような山位ならすっぽりと入る位の巨大さに少し驚きつつ更に気が付いた。


(!、更に上がっている!?)


 徐々に上昇していくガレオン船に気が付いた時、ウルターが声を張った。


「これより更に上昇する。皆、船内に入れ!」


 この言葉を聞いた時、すぐに入るように動いたシン。その様子を見た葵と透、サクラ達も船内に避難するように入った。


「皆、大したものは無いが寛いでくれ。船内は自由にしても良いが、船外へ出る事は許さん」


「何故ですか?」


 全員が船内にいる事を確認したウルターはそう言った。だが何故なのかと聞きたくなる言葉を口にしたから葵は尋ねた。実はこの件に関してシンもすぐに気になって尋ねたくなった事だ。


「風が強い故に飛ばされしまう。その上、酷く寒い。外へ向かうのは厳禁だ」


「ああ・・・」


 納得できた。確かに上昇すればする程、空気が薄くなり気温もぐっと下がる。だから甲板に出てしまえば飛ばされてしまうし、凍えてしまう。それが理解できた葵は納得できた声を漏らして頷いた。

 だがこの件で気になる事があった。だからシンは


「以上だ。皆、ゆるりと腰を落ち着けよ」


 ウルターがそう言って全員が解散していく事を見計らってそっとウルターの後を追った。ウルターが向かったのは船長室だった。船長室に入る様子を見た時にシンはそのまま近づいて


「ウルター」


 と声を掛けた。


「この船の事についてか?」


 この質問を予測していたのだろうか、そう切り出すウルターにシンは小さく頷いて口を開く。


「上昇して気流・・・強い風に乗って向かうのか?」


「その通りだ。やはりそちらの世界ではそうした風に乗って移動する技術があるのだな?」


「ああ」


 シンが考えていたのは気流を利用して船を移動させると言ったものだった。

 ジェット気流と言う気流がある。これは対流圏上層に位置する強い偏西風の流れの事だ。超大陸から更に東に位置するオオキミ武国の事を考えれば、こうしたジェット気流に乗って移動するというのは不可能だ。何故ならジェット気流があるとすれば超大陸からオオキミ武国に向かって流れていくからだ。

 だがこれとは別の気流がある可能性は十分にある。その気流は貿易風だ。ジェット気流は偏西風の一種で西から東へと流れていくのに対して貿易風はその逆だ。この気流が起きるのは惑星の時点によって起きるからだ。

 そうした事を考えればウルターは貿易風の様な気流を利用して大陸へと向かうのだろう。シンはそう考えていた。だからその事についてをウルターに尋ねてみた。


「なるほど、風の流れを「気流」と呼ぶのか・・・。シンが言っておる気流を利用して向かうのは当たっておる。だが、少し違う事もある」


 ウルターはそう答えてシンを船長室へ招き入れた。

 良く映画などで見る船長室を印象として考えていたシンは想像通りだった。航路などの資料をしまっているであろう大きな棚には大量のスクロールが積まれていた。書斎として活用する大きな机と椅子の上には本や羽ペンにインク、ランプ等々が置かれていた。来賓等を向かい入れる為のソファーと机も用意されていた。部屋全体の色合いは白と焦げ茶を基調としてすっきりとした印象があった。

 部屋の真ん中にあるソファーに座って話の続きを始める。


「完全に東から西へと向かう風の流れは一度、南に向かう必要がある」


 これは正直な話そうだろうとは思っていた。実際、貿易風も日本列島から移動するとすれば、まず南下する必要があるからだ。これは自転の関係で赤道付近に向かわねばこの気流に乗れない。ウルターのこの言葉で地球と同じ時点の仕方をしているという事がはっきりできた。

 だが分からない事がある。


「気流に乗るとなら、結構気流そのもの自体が激しいと思うが大丈夫なのか?」


 気流自体は考えている以上に莫大なエネルギーの流れだ。ジェット気流が実際そうだ。第二次世界大戦中、当時のアメリカ空軍が日本本土に攻撃するべく、巨大な爆撃機を遥か上空に飛ばして向かう計画があったのだが、ジェット気流が強く流れ込んでおり、フルスロットルでエンジンを回しても後退して進む事が出来ず、ジェット気流の存在が知らなかったらしい。

 因みだが、旧日本軍はこのジェット気流の存在は知っており、日本本土から爆弾を取り付けた大量の気球の様な風船を飛ばす計画があった。実行され、一応成功はしたのだが大量生産ができる程の生産力がなく、結果として成果らしい成果は出せず失敗という形で終わっている。

 ウルターのガレオン船はどう考えても木製だ。もし、木製のガレオン船がそのまま飛ばすような形になっているのであれば気流に乗せるだけで船体が一気にバラバラになってしまう事だろう。

 何も考えなしに行くわけではないのだろうが、流石に知っておきたい話ではある。だからシンはウルターに尋ねに来たのだ。


「問題ない。我輩の調べではかなり上の方ではかなりの風量で吹いておるのは把握しておる。だが、その風量のある所までは上がらず、船体に問題ない位の風の流れに乗る予定だ」


「そうか・・・」


 その事を聞いたシンは少しホッとした。その様子にウルターは開口する。


「この船はかなり活用しておる」


「空に飛ばしてという意味でか?」


「水辺でも空でもだ」


 その返答を聞いてシンは目を僅かに細めた。


「という事は航路とかも?」


「当然、把握しておる。それ故、案ずる必要はない」


「そうか・・・」


 頷きながらそう答えるウルターにシンは改めてこの世界の航空事情を知った。

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