372.出航
人気のない海岸が見えるかどうかの距離の所にいるシン達はシキテから色々聞かされていた。その時衝撃的なものを聞いて思わず。
「え」
「は?」
「うそ・・・」
と驚きの声を漏らしていた。
「やっぱ驚くか、オレがメスである事」
「まぁ正確にはメスらしくないメスの体を持った個体と思ってくれ」
「どういう事だ?」
ぶっきらぼうに言うシキテの言葉に余計に混乱を招いている結果になるシン達の中で葵がある事を思い出した。
「あ、そう言えばシキテさんって言い方悪いかもしれませんが多分、虫ですよね?確か蟻とか蜂って卵とか生まないメスが主だって聞いた事があります」
「確か、働きアリとか働きバチとかだったっけ?」
「なるほど・・・」
葵の答えに頷くシキテにシンと透は腑に落ちた気持ちになった。
アリや蜂等、群をなす昆虫では働きアリや働きバチ等の役割を持っている個体がいるのだが、それらは決して生殖機能を持ち合わせていない。正確には卵を作る器官はあるが発達していない。事実上「無性」と見てもいい。
もしその事を考えればシキテは恐らくアリやハチ等の社会性が強い虫寄りの種族という事になる。そこまで考えた時
「その場所は馴染みがあるのですか?」
話題が変わっていた。
「ああ。と言うかオレらの関係者と言った方がいいかもな」
「関係者?」
「という事は・・・」
「ああ、場所提供者は星の柱の一人だ」
その言葉を聞いた時、その場簿空気が一気に変わった。
「それは・・・」
誰なのか?、と聞こうとした時
「そろそろ着くぞ」
どうやら小目標の目的地に着いた。
完全に人気のない海岸。であるのに小舟が3艘ある。その小舟は誰もいない。そればかりか舟を進めさせる為のオールが見当たらない。その小舟にあるのは先端部分に船灯が設けられていた。オオキミ武国に来た時の小舟と同じく何かしらの魔法陣のような文様が施されていた。
この異様な様子からしてこの舟自体魔法が施されたものであるというのは間違いなかった。
「ここに船が来るのか?」
まさかこの2艘の小舟で目的地まで行く訳ではないだろう。魔法があるとはいえ、いくら何でもこれで向かうには不安しかない。
「もう来ておる」
「え?」
疑問の言葉を透が漏らした時
ド・ザザァー!
「!」
25m先の沖、海中から30m近くもあるガレオン船が現れた。海中から現れたガレオン船は船体全体が白く塗られており、左右の側面に黄色の塗料で大量の魔法陣が刻まれており、あたかも造り立てのように佇んでいた。
そのガレオン船には船員は誰もいなかった。ウルターの様子と今までの事を考えれば魔法による何かで用意された船であろうと予測がつく。
綺麗な様子と打って変わって人っ子一人もいない船内の様子を見ればこの船が幽霊船のように感じても変な話ではないだろう。
綺麗な船であると同時に人の気配のない事に不気味さが醸し出していた。
そして通常ガレオン船ではありえないのが海中が浮かび上がっていく事だ。まるで潜水艦のように。
(浮上していたな・・・。これはやっぱり・・・)
その光景を見てシンはまさかと考え始めた時
「センスイカン、か?」
「!」
サクラが横からそう言った。その言葉を聞いてシンは思わず短く息を吸い込んでしまった。
「少なくともここにいる者達ならある程度の概念は理解しているぞ」
「そうか・・・」
確かに今までの会話の事を思い返せば来訪者との付き合いが多い事が伺える。という事は、来訪者から何かしらの現代の情報を得ていても別段変な話ではない。
(やっぱり「概念」があれば大きく影響しているな・・・)
「センスイカン」という単語とどういった物なのかを知っているだけで、現物を見せていなくても、現代にしかない概念や情報がこの世界においてはここまで大きな影響を齎している。
そう考えるとこの世界の人間が現代人をどう思っているのかが見えてくる。
「・・・・・」
これだけの影響を齎すという事は透と葵がこの世界に来た事を権力者が知れば囲い込むのは明白だ。エリーでも転生者であるという身分が割れてしまっただけであの扱いだ。
利用か異端か。
これだけで転生者と来訪者の居辛さが伺える。
そう考えれば透と葵が漂流した事と関係があるのだろう、とシンはそう推察してしまう。
「どうしたの?」
「何?」
「いや、何でもない」
ジッと透と葵の様子を見ていたシンの視線に気が付いた2人はシンの方へ向いて小首を傾げる。
「そろそろ向かうぞ」
「乗るのですか?」
「そうだ。小舟に乗り、本船に乗る」
ウルターがそう答えつつ、星の柱のメンバーが次々と乗り込んでいく。
「じゃあ・・・」
と続いてシン達も乗り込んでいく。
「では向かうぞ」
「はい」
葵がそう答えて、透とシンは頷いて答えた。
ススス・・・
小舟が動き始めた。
(誰も漕ぐ人いないのに、独りでに動いている・・・!)
(怖いけど、ちょっと楽しい)
小さな笑みを浮かべる透と葵が乗る小舟はガレオン船に順調に向かっていた。因みに2人が乗る船にはアンリ、シキテだった。
1艘はイズメク、サトリ、セーナ、アルバで、もう1艘にはシン、サクラ、ステラ、イヒメ。
ギアは空を飛んで船に向かっていた。ウルターも同じく、飛んで向かうが3艘の様子を見ながら向かうから最後に乗船するつもりでいた。
シーン…
動かない。動く気配すらもない。そんな小舟に乗っていたのはシン達だった。
「動かんな・・・」
「一体どうしたのでしょう」
一向に動く気配すらない小舟にシンは自分のせいと思いつつ、口に出さず、どうやってガレオン船に向かうかを思案していた。
動く気配のないシン達が乗る小舟に気が付いた宙に浮かぶウルターは
「・・・・・」
指でこっちに来いと言うようなジェスチャーを掛けた時
ス…
「あ、動いた」
「何で動かなかったのでしょう」
そんなセリフにシンは心の中で「スマン」とか「ゴメン」とか謝罪の言葉が浮かび上がっていた。
「だが遅いな」
「ね、どんどん離されているよね」
シンは「遅くしているのは多分俺、ゴメン、ホントに・・・」と更に謝罪の言葉を心の中で浮かんでいた。
シン達が乗る小舟は静かにゆっくりとガレオン船へ向かって行った。
全員が乗船で来た事を確認したウルターは
「出港する」
と短く言うとガレオン船は進みだした。
船員が誰一人としていないガレオン船が。
(見た通りの魔法による船か・・・)
そう考えて向こう彼方の水平線の方を見た。
フワッ…
急に水平線が沈んだ。同時に自分の体重が一瞬僅かに重くなるのを感じた。そして、進むにつれて船底にぶつかる波の音が聞こえなくなってきた。
その事に気が付いて、思い浮かんだ事を確かめる為にシンは身を乗り上げる様に船の側面を見た。
「・・・これは考えられなかったな」
以前にも見た事がある光景だった。だが、実体験するのは初めて。船に乗ってそれを体験するのは現代ではまずないだろう。
シンの様子に気が付いた透と葵も同じく海の底を見る様にシンと同じように側面を見た。
「あまり近づくでない。落ちるぞ」
3人の様子を見たウルターがそう注意する。
そう注意するのも無理はない。海ならば身を投げ出されても救助に向かえる位に命が拾える。だが今の状況はそうではなかった。
「飛んでる!」
「おぉ・・・」
思わずそう叫んだ葵の言葉に連れられて声を漏らす透。
そうなってもおかしくなかった。ガレオン船は空を飛び始めていたからだ。