367.本性と本音
「・・・・・」
ハラハラと落ちていくイヒメの魔法の手は徐々に霧散して消えていく最中、イヒメはシンの腕を見て目を細める。
(これがシン君の本当の力であり、本性・・・か)
シンの変形した腕を見ながらそう感じたイヒメは軽い深呼吸して息を整える。
「・・・・・」
真直ぐにシンを見据えるイヒメの体から血のように赤い烈火の様なものを帯びる。同時にシンの体から虚穴の様な黒い焔の様なものを帯びた。
単純に魔法とか魔術とか、魔素と言ったものではなく、殺気や闘気と言ったものが入り混じって生まれた所謂「オーラ」が発生していた。
感じ取る事が出来る者からすればそう見えるし、感じ取れず見えない者でもこの場の異様な空間に何もできずにただジッと見る事しかできないだろう。
「・・・・・」
「・・・・・」
見据えていた両者はオーラを徐々に小さくなっていく。殺気や闘気を抑えているわけでもましてや納めるわけでもない。
オーラを圧縮していた。
「「・・・・・」」
明らかに目の前にいる者をどうにかしないと「生きる事」ができない。
両者はそう判断して確実に消す方向に持って行った。
グニャ…
だからなのか・・・。
グニャァ…
空間が歪み始め
コォォォォォ…
混ざり合い、巨大な歪んだ空間が生まれていき
「「・・・・・」」
何が起きてもおかしくない状況に
「・・・!」
「っ・・・!」
ここで動きはじ・・・
「そこまでぇぇぇぇ!!!」
動かなかった。
まるで轟雷が落ちたのような喝破が森全体に響き渡った。
「「・・・・・」」
その声に反応する両者だが、俄然視線を外さなかった。しかし双方決して攻撃に転じるような動きは一切しなかった。
「双方やめよっ!これ以上の戦闘は無意味と知れぃっ!」
轟雷の様な声を張った者はウルターだった。ウルターは透と葵の戦闘が終わってこちらの戦闘音が激しさを増している事に気が付き、嫌な予感がしてここまで来たようだ。2人が対峙している間に向かって叫んだ。だからウルターは両者の様子を見れる位置にいた。
「「・・・・・」」
無言で視線を一切外す気配のない両者。その様子にウルターは少し呆れ気味にイヒメに
「イヒメよ、こんな事をする為に我輩らがやってきたわけではない」
その言葉に聞く耳を持つイヒメだが、決して視線を外す事が出来ない。
「シンよ、もうこれ以上事は構えぬ。刃を納めよ」
シンも聞く耳を持つ。しかし同じく決して視線を外す事が出来ない。
その様子にウルターは己の声が耳には届いている事は把握していた。そして決して視線を外せず、不動のままになっている理由も理解していた。
お互いが相手を戦闘不能にするには殺さなければならない。つまり武器を出して構え合っていて相手がどう動くかが分からないから膠着状態に陥っているのだ。一つ例を出すならば、敵に遭遇して思わず腰に差していた拳銃を抜いて額に付きつけ合っているようなものだ。
今まさにそんな状況になっている。
(さ~て・・・)
(これは・・・)
(如何したものか・・・)
その状況にシンとイヒメは探っているのだ。その探っている様子にウルターは理解したが解決策が思い浮かばない。
膠着するものが一人増えてしまっただけになっていた。
今の膠着した状況に打破するべくして一つ思い浮かんだイヒメは口を開いた。
「シン君、君は今までの世界とは違う世界から来ていたとは思えない」
イヒメの言葉にシンは目を僅かに、ほんの僅かに細めたが、決して口を開かなかった。その様子にイヒメは話を続けた。
「君がいた世界では多分だけど他の来訪者と違って技術が進んだ世界だと思う。だから君がこの世界に持ち込んだ何かを必死に情報を一切漏らさず、守ってきている」
「・・・・・」
無言で答えるシンにまだ続けて話すイヒメは膠着する体勢は変えなかった。
「でも、君は子供だね」
その言葉にシンはほぼ無反応だった。だが心はどことなく焦燥感の様なものが芽生えていた。
「君は行き当たりばったりな事があったり、決定的な所で変な選択していないかい?」
「!」
シンは思わず短く息を吸ってしまった。心当たりがあった。
これが欲しいあれが欲しいと感情的になった時でも、状況が拙い事になった途端にすぐにそれらをすぐに諦める。こうと決めて動く事はあって戦略を敷くが、スタッフに任せずに自分で動く結果が多い。いや実際スタッフに任さずに自分だけで行うようにしていた。スタッフ自体この世界どころか現代社会ですらもありえない位に発達した技術で作られた集大成。それを他の者に見せないようにする為に守っている。
確かにそう考えれば感情的に最初にこうしようと考えていた事を、情勢や戦況によってこうならないようにする為にと感情的に決めていた事をすぐさま諦め、止める。
だが本当にそれだけか?それだけなのだろうか?
「何となくだけど、君は君一人の存在とは思えない。変な言い方だけど「君何人」と言った方がいいような気がする。ん~そうだなぁ・・・」
イヒメはそう感じている。シンを見てそう実感できる。心からの言葉をシンに投げる。
「君は、君なのかい?」
まるで自分の中でグルグルと何かが交代してコロコロ主張を変えるような。まるで自分の力を試すような。まるで自分は・・・
シン自身もイヒメの言う言葉の通りその実感がある。
「・・・・・」
「無言のままだけど、それじゃわからないよ?」
イヒメの口調が少し変わっていた。
その事に周囲の空気がザワリとした波が打ち寄せた。
「サクラちゃんを君に任せられない。手を引いてほしい。理由はわかるよね?」
その言葉にシンの背から何かブワリと何かが湧き上がる物を感じた。それは他の者も感じ取ったのかこちらに視線が集中して迫ってきている気配を感じた。
だからなのかシンの体から
メリメリメリ…
小さな音が聞こえてきた。
イヒメの目にはシンはどんな顔をしているのか。イヒメの目に映ったシン黒いベールに包むように暗い影で見えなかった。ただ一人イヒメしか知らない事実。その顔を見た瞬間イヒメは小さな冷や汗が一滴だけ流れ、一息整えた。
「・・・ゴメン、言い過ぎた。でもこのままではいけないのは君が一番知っているのだろう?」
「・・・・・」
イヒメは体勢を変えず、シンにかける言葉を柔らかい口調に戻す。
「僕はね、向こうで戦っていた2人の事も仲良くしたいし、君とも仲良くしたい。何故なら共通しているのは来訪者だからさ。だから2人に必要な面は僕が面倒見たいし、君は面倒を見る・・・は、ちょっと違うか、ん~どういえばいいのか分からないけど・・・2人と僕らと接して得てほしいものがあるんだ」
そこまで聞いて無言で一貫して通していたシンは漸く口を開いた。
「・・・それは俺と星の柱で2人の面倒を見つつある程度は行動を共にしたいと?」
「簡単に言えばそうだね」
「・・・・・」
「・・・・・」
考える間なのか無言で答えてしまうシンに2人のやり取りに一切干渉せず、ただひたすらに無言で見守るウルター。
無言の間は短いのか長いのか分からなかった。
無言の間の時、シンは自分の根幹と言うべきか中心と言うべきか、とにかく己の「軸」たる何かがどういうものか等を考えていた。そして自身が今までどう振舞っていた事を省みて「小さな違和感」は確かに感じていた事は事実であるのは改めて認識した。
であれば、ここで、この機会で・・・
「分かった、詳しく聞きたい」
そう判断したシンは少なくとも話だけでも伺おうと考えてそう答えた。それに、そもそもこれ以上戦闘を行っても不毛であろうし。
「・・・いいよ」
シンのその言葉を待っていたイヒメは小さな汗の球を顔に一つの線を描きつつ、無邪気な笑顔になった。