362.取り直して
「フ~ッフ~ッフ~ッ・・・」
息遣いが荒い葵の様子。その様子は疲れているというよりも余裕がなくて、追い詰められているように見える。その証拠に目がギラギラとしていて獰猛性と敵意が強くにじみ出ていた。
(戦意は解かんか・・・と言うよりも手負いの猛獣か・・・)
(こんだけの酷い人見知りは昔何かあったか、こりゃ)
今の葵の様子を見ていたウルターとサトリはこのままでは魔法を使い続けてしまうことになり兼ねない。そうなれば魔力の使い過ぎによる体や精神に異常を来たす事になり兼ねない。
仕方ない。
そう考えた2人は一旦向けていた刃の先を下ろして世間話をするつもりで声をかけた。ここで変に行動によるアクションを取るよりも言動によるアクションに切り替えて葵を落ち着かせる方向で動いた。
「そう言えば娘よ、名を聞いておらんだな?名を何と申す?」
「・・・きオ・・・シた・・・」
息切れする葵は体力的にも余裕がなくて名字だけを名乗った。しかし、余裕がないせいで名前を噛んでしまった。
「ふむ、ではキオよ」
しかも名前を勘違いしていた。「キオ」が名で、「シタ」が姓と考えてしまっていたようだ。
「ち、ちが・・・」
「ありゃ?血が出てるとは思わないけど・・・」
「うむ、怪我等してはおらんな。やりすぎとは言え、防御は問題なかったからな」
違う、と否定したい葵だが、呼吸が大きく乱れていて思うように話す事が出来ない。おかげでさらに勘違いされてしまう。
だがそれよりも気になる単語が葵にとって注視すべきと言わんばかりに耳に入った。
「ぇ・・・やぃ・・・ぅぎ・・・?」
単語をオウム返しに言う葵の様子を見て漸く2人は葵は呼吸が乱れてしまっていて思うように話せない事に気が付いた。
「・・・呼吸を整えてからの方がよさそうだな」
「であるか・・・」
このままではまともな会話ができないと判断した2人は呼吸が整うまで待つ事にした。
向こうの、葵がいる方角から戦闘音が聞こえなくなったことに気が付いた透は思わず葵がいる方向へ目を向けた。
(え、葵・・・!?)
ウルターとサトリの2人と葵が対峙するようにしているのが一瞬見えた。パッと見た時、2人は臨戦態勢を解いているが、葵は臨戦態勢を解いていない。
この事から2人は余裕を持って葵を追い詰めているように見えた。
これ流石に拙いか?と考えた時
「よそ見はだめよ?ぼ~や」
セーナが透の耳元でそう囁くように言われた事に気が付いて
「ぅ・・・!」
即座に身を跳ねる様にして距離を取ろうとしたが
ボコンッ!
遅かった。
ペト…
「・・・!」
突如、自分の腰位の大きさの茶色の枝分かれしたキノコが出現した。そのキノコの枝に透の足がくっついてしまった。
「え、何!?」
それに気が付いた透だったが、自分の耳元から
「捕まえた♡」
セーナが接近してきていた事と
「捉えたぁ!」
宙に舞うイズメクが横薙ぎにミドルキックをする事に気が付いた透は
ヒュオッ!
「「!?」」
姿が消えた。
「いねぇっ!」
「どこぉ!?」
姿を消した事に姿を見えなくさせる魔法を使用して屈んだと考えたイズメクは
「セーナ、そのキノコにそいつがいるか!」
と声を掛けた。
よく見ればキノコの枝が切り取られていた。
「いないわ!咄嗟に持っていたナイフみたいな物で切って逃げたわよ!」
「て、事は・・・」
視線の先を葵がいる方向へと向けた。
「呼吸は整ったようだな?」
「そろそろわっしらと話を・・・と」
呼吸が整っている事を確認した2人が葵に改めて話しかけようとした時
「大丈夫!?」
透が葵の前に出る形で駆けつけてきた。
「ええ、ちょっとしんどいけど」
若干ゼーゼーと言う呼吸音が聞こえる程度に息切れ気味に答える葵は未だに獰猛な視線をウルターとサトリに向ける。
「ほぅ・・・中々に珍しい事をしておるな、少年。名は何と申す?」
「!」
自分の事を言い当てられたような顔をする透はチラリと葵の様子を見ていた。連続して使った魔法によって葵自身は呼吸を乱す程まで使っていた様子からだいぶ落ち着いていた。だが、飽く迄呼吸がどうにかできていただけで葵の疲労等は解消されていない。
葵も透の視線に気が付いて一瞬目を合わせた。
「「・・・」」
僅か1秒ほどの間。
透の存在について。
自分達の状態の事。
通用する事と通用しない事。
そうした情報をその間で目と目を合わした事によって以心伝心していた。
「・・・相沢、透」
「じゃあ気軽に透さん、何でここに来たんだい?」
流石に名乗った。
今の状況からして葵を少しでもいいから疲労を回復した方がいいと判断した透は名乗って話を伸ばす事にしたのだ。
「九がヤバそうだったから・・・」
透がそう答えた時、初めて葵の名前が間違えていた事に気が付いたウルターは
「ああ、キオではなかったのか。我輩の無礼を許せ」
と軽く謝罪した。
その様子に葵はコクリと頷いた。
「仲間が窮していると判断してここに来たのか?」
その言葉に目元を細める透。
「ああ」
状況としては葵が疲労困憊でウルターとサトリによって追い詰められている。それも2人は相当な強敵。仲間の窮地に立たされていれば即座に助けに行く。こうした事はなかなかできない。身体能力が高い方である透はすぐに駆け付ける事が出来た。
しかもどうやら透は自分自身を見えるようにしたりできる魔法があるようだ。その魔法を駆使してここまで駆けつけてきたようだ。
「見事」
「素晴らしいねぇ。でも違っていたけどね」
その事に素直に称賛するウルター。
同じく称賛するが、実情は少し違う事に小言を添えてしまう。だから透は
「え?」
と素っ頓狂な声をあげてしまう。
「だが丁度良かった。少し予定と違うが取り直しで、お主とキオで我輩の相手を頼もうか」
「え?」
この言葉で更に素っ頓狂さを増す言葉を聞く事になったのはすぐだった。
「抜け駆け・・・と言いたいところだが、期待外れだし教えるのはウルターさんに任せるよ」
どうやらサトリは参加しないようだ。そう言って手をヒラヒラとさせて棄権する事を伝えた。その時奥の方から
「待てよっ!」
「待って~!」
セーナとイズメクが追いかけてきた。その事に気が付いたサトリは
「ああ、そうそう。お~いウルターさんが・・・」
と言って瞬時に2人に向かい
「改めて・・・」
説明を始めた。その言葉に耳を傾けるセーナとイズメクの様子を見ていた透と葵。
「「・・・・・」」
葵が何気なくウルターの方へ眼を向けた。
パァァッ
「!」
いつの間にかウルターは右手をこちらに翳して青い光が放っていた。それを見た葵はすぐに
パァァンッ!
葵の魔法で防いだ。
「キオよ、いつまで過剰な防御を行う?余裕がなければ避けて見せよ」
カァ…パァァッ
先の光だったが、より大きかった。それを見た透は咄嗟に
「危ない!」
と言って葵を庇う形で避けた。
その時見えたのは大きな槍の様な光がこちらに向かってきた。様子だった。
ドォォォン!
被弾したのは2人がいた後ろ4m程にあった材木に適した大きく育った木だった。
のだが
ミシミシ…
大きな穴をあけて僅かに焦げ臭い。そして
バキバキ…
ドォォォン!
侍従に耐え切れずそのまま倒れた。それを見てからすぐにウルターの方へ目を向ける2人の目に映っていたのは
「「箒星」を避けたのは良い判断だ。次は「散り星」」
パァァッ…カッ!
ウルターはそう言って先の光が出現して今度は無数の光が一斉に散り散りにこちらに飛んできた。
「!」
「っ・・・!」
パパパパパパァァァァン
例の無数の破裂音がしたが、今度は前の時と違って音が抑えめの印象があった。
「今のお主にしては良い判断だ。だが我輩は避けよと言ったはずだ」
誉めつつもこれをして欲しい事を強めにいうウルターが
フワッ…
宙に浮き背後から
パァァッ…
例の光が出てきて
ギュオオオオォォォ!
巨大なドラゴンの頭部を形作り、咆哮した。
「「!?」」
その咆哮と突然こうした出来事に戸惑いのせいでその場に身を竦む様な形で止まってしまった。
おかげで
「竜の礫」
ババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババン…!
ドラゴンの口から高速の無数の石飛礫が2人に降り注いだ。
「・・・!」
大きな物音を聞いたシンはその方向を一瞬向いてイヒメの方へ戻す。
「よそ見している場合かな?」
掴み所の無い余裕とも取れる態度で言うイヒメに
「どけ」
ドスの利いた低い声でイヒメにぶつける。
「僕をどうにしてからね」
だがイヒメは変わらない態度でシンの前に立ちはだかっていた。