360.朝食の前に
踊るようにクルクル回りながらシンに近づき
「随分と早いね~。朝ごはん食べた?」
と尋ねた。
「ああ、朝食なら済ませたんだ」
素気ない口調で返すシン。
「そっか~、まだだったら誘っていたんだけどな~」
態度や姿勢と言った自分のペースを一切崩す気配のないイヒメ。
「申し訳ないな、生憎と済ませたんだよ」
「こっちはまだなんだけどね~。あ、もしかして、こっちは朝ご飯を食べて、そっちには何も出さないとか思っていた?それとも何か盛っているとかでも?そんなイジわるはしないよ~?」
掴み所がない。飄々としたサトリと違ってイヒメは何というか本当に掴み所がないのだ。サトリの場合は戦闘や争い事等に遭遇する言った出来事があると自身の闘争心を煽る事に繋がる。まるで喧嘩や揉め事が起きたら祭りのような気分になって参加したがるような気が荒い人種のように。そうした出来事があればどことなく素を出す。
だがイヒメは違う。
話す口調、言葉一つ一つに自分の何かと言ったことが分からないようにしているように感じる。普段は遊んで暮らしている道楽者だが、己の内に秘めたるものをあるような・・・といった感じだ。
「・・・こっちの世界の事情とか知らないから、朝食を食べる前に話をするとか、朝に重要な話を決める仕来りのようなものがあると思っていた」
「嘘だね、そんなこと全然思っていないっ!・・・って、言いたいところだけど君達側と僕達側では全然違う話ってあるよね~」
余裕綽々な雰囲気。
「・・・案外すんなりと信じるんだな」
「僕みたいな種族に、アンリちゃんみたいな種族に~、セーナちゃんみたいに面白い普人族、サトリ君のような面白い鬼人族、イズちゃんみたいな・・・挙句の果てにはあ~んなおっかない骸骨鎧もいるし」
「妙な言い方をするでない」
3人の右側から低く響く男の声が聞こえた。
「「っ!」」
2人は驚いていた。シンは驚く事等しなかった。と言うか何人ものの人物がこの場におり、どこにいるか等、位置を把握していた。
だから冷静に
「囲まれてると思っておけ」
とボソリと2人に伝えた。
「マジ・・・?」
「・・・・・」
2人は様々な反応を示していた。透は小さな声でそう呟きつつ周りを警戒して、葵は無言で周りを警戒していた。共通していたのは冷や汗を掻き、顔が青ざめて、臨戦態勢に入っていた事だ。
「まぁ早い話、様々な種族がいるからそれぞれ違っての事情もあるんだから、シン君のように考えて動いてしまうのも仕方ないって思う」
「なるほど。朝食の時間位待つが?」
変わらない会話に変わらず乗るシンはジッとイヒメ達の様子を見ていた。
「あ~大丈夫、大丈夫。済ませてないけど朝食前にしておきたいことがあるんだ」
「何かするのか?」
警戒の為にと言わんばかりに目を細めてそう尋ねるシンの事はドスが利いて低い。
「うん。その前にそっちの2人は知らない人多すぎて頭の中問題だらけになるよね」
変わらない。口調が変わらない。
シン自身は感じていないが通常の・・・と言うより、戦闘に慣れている者なら不気味で仕方ないのだろう。
シン自身はイヒメのこの様子に可能な限り情報を得ようとじっと観察するもののここまで終始彼女に感じている事、「分からない」。
これに尽きる。
2人の方へ向いたイヒメはニッコリ笑いながら自己紹介と
「初めまして僕はイヒメ・ユーマーラン・カッシー。「神の手」のイヒメ。そっちにいるお化けの騎士さんは」
「初に目にかかる。吾輩はウルター・ライツァイ・トーテンコップと申す。イヒメよ、我輩が怖がらせる風貌であるのは解しているが、その呼び方は如何と思うが?」
他のメンバーを紹介し始めた。自分の紹介が風貌が恐ろし気なものである事を気にしていたから、その事について後から苦情を出した。
「アハハ、ごめんごめん。結構怖い部類の鎧だからこういう言い方で和ませてんだけどね」
「ふん」
変わりない会話のように進めているが現状から見ればどことなく物々しさを出している。そのせいで異常さを醸し出していた。
「わっしはサトリ・クニイ。ああ「即斬」ね。」
「「!」」
サトリは自己紹介しながら森の奥の暗闇から明るい所へと出て姿を現す。シン達がいる位置から見て左側からだ。
シン自身は把握できていたが、2人は改めて本当に囲まれていると感じてますます恐怖で顔に現れてきた。その様子にシンは少し焦りを感じ始めた。
「じゃあアタシね。「草枚」のセーナ・シェニー・コグメロよ、よろしくね」
サトリを皮切りに各々が出てきて自己紹介をし始めた。サトリと同じように森の奥の暗闇から出ながら自己紹介をする。今度は後ろ側。
「イズメク・ヴィア・ルーシャーカリーだ、「騒がしき」イズメク。よろしくな、ガキ共」
彼女も同じで今度はイヒメの横に来るようにして真正面だった。どうやらこうした出てきた事によってこちらの反応を窺っているようだった。その証拠にシンの方には目を向けず、2人の様子を見て何か納得したような目になっていた。
「この場にいないけど、アンリちゃん・・・アンリ・フォン・チューリンも来てるんだ。僕が変わって挨拶するね。それから他にもメンバーがるんだけど、それぞれ事情があってこっちにいないんだ」
その言葉を聞いたシンは眉を顰めた。
「・・・ギアも、サクラもか?」
ここまでくればギアとサクラの存在もあってもおかしくない。だからおずおずと尋ねるシンは何とくなくだが、どこにいるのかが分かる。
正体不明の気配が4つある。左の暗い森の奥の方に一つ。後方、遠い空の方に一つ。そして正面イヒメの後ろ、2つ気配がある。
「うん、そうだね。ある人物は職業の理由で、ある人物はケガとか病気があるからって、ある人物はくだらないからってここに来ないし・・・」
説明にするにつれて奥の方から何かやってくるのを感じたシンは警戒を強めた。イヒメが話すにつれてズシン、ズシン・・・という音が聞こえてくる。
同時に2つの気配がこちらに来ていた。
「ある人物は・・・」
奥からズシンズシンと音を立てながら来たのは大きな黒い人型の塊だった。
さっきまで薄暗いから太陽が昇るにつれて薄明るくなって次第にその正体、全貌が見えてくる。
その全貌を目にした時、シンは短く息を吸ってしまった。
「僕らに隠し事していたから、こうなっているし」
「「「!?」」」
「・・・・・っ!」
サクラだった。
サクラが黒い人型集合体の胸辺りに囚われていた。よく見れば黒い糸、にしては光沢があり、酷く細い。この様子からして恐らく髪の毛のようだった。それが3m程の横幅が広い容の巨人となってそこに立っていて、サクラの手足の自由を奪っていた。
しかも気絶しているのか、ぐったりと俯いていた。
その様子を目の当たりにするシンを他所にイヒメは何事も無かったかのようにいつもの調子で物語る。
「シン君さ、朝食の前にしておきたい事があるって言っていたよね?」
「・・・・・」
シンはどういう事だと言わんばかりの激情の視線をイヒメにぶつけつつも耳を傾ける。
「僕らと遊ばない?」
宣戦布告。
「すまねぇが、坊ちゃんとお嬢ちゃん、わっしらと遊んでくれんか?」
「「!」」
自分だけじゃなくここにいる透と葵も対象になっている事を改めて確認したシンは冷静に2人を守りつつ切り抜ける算段を立てていた。
「2人とも俺の傍に・・・」
そう言おうとした時だった。
ボッ!
左側奥から手が飛んできた。
視線を感じなかった。
気配を感じなかった。
そして鉄砲風のように速い。
だから
ガッ!
シンは不意打ちを受けてしまった。
「っ!」
シンの脇に、正確には脇の左側面に思い切り石と土でできた通常の手よりも4倍程大きい魔法の手が猛スピードで掴みかかって、走るトラックに当たったように飛ばされた。
そのおかげでシンと2人との位置が大きく開いた。距離にして大体30m位だろう。
「何っ?」
「えっ!?」
突然の事で何が起きたのか分からずおろおろし始める2人はシンはどこに行ったのかを視線で探し始める。
だがそれは命取りだ。
「くっ・・・」
2人がいる場所からどんどん引き離されていく事に瞬時に気が付いたシンはどうにかしようと動こうとしたが
ボロッ…
(崩れた?)
突然、崩れたのだ。瓦解したのだ。石と土で構成された手がポロリと小石から落ちていくとボロボロと崩れて地面に落ちていったのだ。
そのおかげで飛ばされていく勢いが徐々に殺されてシンはその場に着地した。
2人との距離は約30~40mの間位。すぐにあの場所に行ける。
そう考えて2人の元に向かおうとした。
だが
「!」
イヒメが立ちはだかった。
「遊ぼう?」
「断る」