358.簡素な朝食
すみません、お待たせしました!
暗闇の中、ほぼ手探りだった。だから
「こっちだ」
声の誘導がなければ全くではないものの、まともに動けない程の暗闇の中を行軍するのは至難の業だった。
「こっちなら、足元が大丈夫か・・・。こっちに来てくれ」
「・・・・・」
どうしてこんな暗闇でここまで見えるのかと言わんばかりに歩くシンの迷いのない足音と声に導かれゆく透と葵は少し息を切らしながらついていく。
「・・・!」
ヒュンヒュン…
サリッサリッ…
ハラハラ…
下の方から何か聞こえてくる。田舎にいる祖父、若しくは祖母が腰を屈んで伸びきった雑草を鋭い鎌でスッパリと斬って、刈った雑草を地面に倒していく音が聞こえていた。
「・・・ぁ」
小さすぎて耳に入るかどうか怪しい位の声を発したのは葵だった。声を発した理由はある事に気が付いたのだ。
(確か歩くルートってまともな道なんてなかったよね・・・。だったら草とかって結構ぼうぼうに生えているような気がするんだけど・・・)
そう歩いているルートでは酷く伸びた草がまともに無いように感じる。いや草自体はある。あるのだが、何と言うか、人が手を加えていない場所だから雑草が自分こそがと言わんばかりに成長の競争が起こり、下手すれば自分達の身長並みに伸びていてもおかしくない。
それなのにどういう訳か、足踏む感覚では自分達の足首よりも下の短い草ばかりしかないように感じた。
(もしかしてシンさん、草を刈っている?)
葵の考えは正解だった。
シンは2人が躓かないように足元の草を足の裾からBBPの細い鎌状の触手を伸ばして刈っていたのだ。
「・・・・・」
未だにあの音が聞こえてくる。態々自分達を歩きやすくする為に刈ってくれている事に申し訳なさと感謝の気持ちに浸っていた葵。
だがそれとは裏腹にシンが行っていたのは別の理由だった。
(罠臭い所を避けて、更に分かりやすくする為に怪しい所は全部刈っているが、罠らしいところは何もないな・・・)
実は自分がそう動いていた理由はサクラの糸の魔法によるトラップやセンサーの類を警戒してだった。サクラ自身には信を置いているが、「星の柱」という組織そのもの自体には信用できない。
怪しい。
何かしてきてもおかしくない。
だから現状ではサクラの糸の魔法についてが知っており、今までの事から思い返せば最も脅威だ。だから警戒している。
「(・・・でもそれでも向こうは俺達がどこから来ようとしているのかは把握しているだろうな)ついてこれているか?」
「はい」
「大丈夫です」
「よし」
シンは夜目が利くから誰がどこにいるのかは見ただけでも把握できるし、声の大きさ、そして何よりも気配で分かる。
近くに2人がいる。問題なくついてこれている。気配で分かる。声掛けは声以外で誰がどこにいるのかが分かっているという事実を誤魔化すためだ。
(シンさん、ほんとに凄いな・・・あまりライト使わなくてもどこをどう行けばルート通りにいけるのか分かっているみたいだし、俺達の声を聴いただけで俺達の位置が分かるみたいだし・・・俺らの知らない魔法とかそういったものでもあるのか?)
透は気が付いていないながらも、現状のシンの様子を見て感心していた。そして結構的確に気が付いていた。
気が付いた。無言で歩みを進めるこの状況に空気が拙く感じた葵は
「・・・シンさん」
と声をかけた。今の状況の事を鑑みて小声で、だ。
「どうした?」
小声で返すシン。
「どれくらいで着きそうですか?」
その質問に一旦前の方へ向くシン。
その時に
「ボス、約600m先だ。今の行進速度をキープすれば30分で着く」
通信が入った。無論アカツキからだ。
「大体、30分位で着く」
アカツキからの通信の言葉を簡素に答えるシン。
「そ、そうですか・・・」
歯切れの悪い答え様にシンは疲労が溜まっていると判断した。けれどもどことなく歯切れの悪いように感じる。更に話を続けた。
「何か気になる事があったのか?」
「いや・・・結構夜遅くに行くから向こうは夜遅くにってことは・・・」
その言葉を着たシンは目を細めた。
「・・・出会うこと自体が何か物々しさを感じた、のか?」
「・・・・・はい」
数秒程間をおいてから答える葵の言葉にシンも同じく数秒程間をおいてから答えた。
「半分は俺が原因だな」
「え?」
正直、シンも原因としての内の一つである事とは思っていなかったからか、思わず声を出してしまう透。
「俺が作った物がこの世界に知れ渡らないようにする為に、だ」
けれどもシンが答えたのは事前説明の時に聞いた内容と変わりない答えだった。だから葵は少し食い気味に答えた。
「それは分かります。説明の時に」
「そうじゃなくて、向こうがどうこちらに接触するのか」
透の質問を改めて言うとシンは「ああ」と小さな声を出して数秒程間を置いてから答えた。
「・・・多分だけど、向こうは俺と、2人の事に興味が湧いているとは思う」
答えたシンの言葉が耳の奥に届いた時、2人とも困ったように眉間に皺を寄せた。
「やっぱりですか?」
「相当な」
「・・・・・」
葵の言葉に頷くシンの様子に2人は沈黙を場に流す。彼らにも何か事情があると考えていたものの、続けて話をする。
「だから早めに来て、相手が目的地に来た時にどう動くのかを知りたい」
続けた言葉に透はある事に気が付いた。
「もしかしてあの時、指差した目的地は指定されていた目的地じゃないんですね」
事前に説明を受けていた時、シンが指をBBPで伸ばして指した時、その場所は目的地と聞いていた。だが、そうではない。警戒していているシンの様子の事を考えれば、星の柱から指定された目的地に向かうという事は考えにくい。現に指定していた時刻にしては早すぎる。しかも指定された場所は人気が無さすぎるような場所だ。向こうが指定するには余りにも物々しく感じる場所に思えた。
早い時刻に出立。
指定された人気の無い物々しさを感じる場所。
という事は自分達に伝えられた事は何かある。
「シンさん、何をするつもりですか?」
真剣な声色だと思わせる低い声でそう尋ねる葵の言葉にシンは息を整えて
「・・・もう少しで着くぞ。着いたら、軽く休憩と朝食でもしよう」
そう言って先を行く為に足を進めた。
数十分程歩いてシンが指定していた場所に辿り着いた3人はその場にあった3つの岩に腰かけていた。その時審は2人にある物を渡していた。
「これが、朝食・・・」
それは携行食だった。プロテインバー、エナジーバー、シリアルバー、カロリーバーetc…。とにかく小麦粉等の穀物を粉状にして3口で食べ切れてしまうくらいの大きさのバー状に加工されたビスケット1本が各々の手に渡っていた。現代のようにプラスチックの袋に入っていた。そんなものを傍から見れば市販の物と遜色ない代物だった。
「ゴメン、あまり持ち物を持つわけにはいかないから、こんな感じの食事なった。見た目のわりに腹持ちが良いどころか満足感を得られる上に、美味いから」
現代でもプロテインバーとかそういったものはよくある。だが、正直味気ない。これが朝食と言うにはとても貧相に感じる。
行動しながら食事をすると言うのは正直良い物を食べられるとは思えなかったが、まさかプロテインバーだったとは思わなかった。
だが、今までの食事のほとんどはこの世界のものばかりで行動食を食べた事もあった。美味しいとは程遠く、塩辛い干物や硬いパン、自分達では飲むことができない果実酒に一々煮沸する必要のある水、そんなものばかりだった。
だからここで現代的な行動食はかなり贅沢で有難い。
「そ、そうですか・・・」
そう答えた透と葵は袋を開けた。
「!」
スパイシーな香りが鼻をくすぐった。どうやらカレーのようだった。空腹をそそる様な香りを受けた2人は顔を見合わせた。
「「頂きます」」
ガッ…
すぐに頬張った瞬間、懐かしい味と香りが自分達の感覚器官を刺激して、出た感想は当然
「・・・美味しい」
これに尽きた。
「だろ?」
そう答えたシンはモソモソと食しながら本来の目的地をジッと監視するように観察していた。