355.過去を思い出す
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「ああ」
次の日の朝。
シンと星の柱達は宿の前にいた。一先ずシンは葵と透を星の柱と合流する方向で固まり、指定された場所を朝餉の時に伝えられた。シンは指定された承諾して今に至る。
シンは2人を連れてきて、星の柱は指定された場所へ先に着いて待機する事にした。
「今度こそ逃げるなよ?」
「逃げない逃げない」
「どうだか・・・」
シンはサクラを救出していた件で逃げ出すようにして後にした事がある。それ故にサクラはシンの事を信用していなかった。
「少なくとも今回の取引は応じるつもりだから」
「忘れるなよ?貴様には褒美としての件がある事を」
「あ、ああ・・・そうだな・・・」
自業自得とは言え、ここまでグイグイ来る分と何か企む様な顔をして「楽しみにしておれ」と言う言い方。
心境としては何かされてしまうのではないかと勘繰ってしまうものだ。だから少しどもってしまうシン。
どもっているとは言え、シンが逃げる気配がないと判断したサクラはフンと鼻で笑い、納得した。
その時
「サクラ!」
ギアが声を荒げてサクラに声を掛けた。
「うん?」
振り向くとギアはどういう訳か、全身が藁だらけで、生ニンジンに似た根菜をボリボリと乱暴気味に食べていた。
「其方!馬小屋しかないと言って、我を馬の方へ寝泊まりさせたであろう!?」
確かに昨夜、ギアは馬小屋にいた。しかも馬達の大きな餌用の飼料箱に丸々全身を体を預けて爆睡していた。この時ギアはここしかないと従業員に言われて仕方なく体を飼料箱に預けていたら、存外心地の良い感触に眠気が来て朝を迎え、今に至る。
だが、ギアが成り行きこうなったとは言え、納得はいかない。だからサクラに抗議しに来たのだ。
「貴様がいると部屋が狭い」
確かに事実だ。
ギアは3mと体が大きく、この時泊まった宿はギアが入ると一気に狭くなる。だがそれなら・・・
「別室を取ればよいではないか!」
「それでも狭い」
「我だけにすればよかろうっ!?」
「貴様如きで一部屋大きくとるのか?」
「広間くらいならどうにかできるであろう!?」
この事から明らかにギアだけを馬小屋に止まらせるつもりでいるのは間違いなかった。
「一々騒がしい奴だな」
「騒がしくもなるわ!何故我を客人として扱わない事にしたのだ!?従業員から聞いたが、我を馬と同じ扱いをしてくれと言いつけたそうだな!?」
「どう見ても「動物」に見えるが?」
「言葉が話せるであろう!おかげで我の朝餉は藁と人参であったぞ!」
「フッ・・・」
これが目的のようだ。
ギアを対等に接せず、孤立させて待遇が動物扱いになる様に差し向けていた。こうした子供じみた事をしたのは普段からのギアの態度や過去の件でかなり恨みを買っているからと言うのが理由だ。
「何でそんな扱いになったんだ?」
「何でもギアの背の関係で入る事が出来なかったそうでございます」
「ああ」
イズメクがそっとアルバにそう尋ねると答える。
「百歩譲って、部屋がなかったとしても、だ!我に藁と人参は無かろうっ!」
馬の定番の餌、ニンジンに似た根菜と藁。空腹は最高の調味料と言ったものだが、藁は食べなかったが生のニンジンに似た根菜を口にしたのは事実だ。現に今食べている。
おかげで変な尾ひれがついてしまう事になるだろう。「ギアは動物で生ニンジンに似た根菜が気に入っている」という話が。
「貴様を動物以外でいい言い訳が思いつかなかった。仕方がない」
「う、嘘を申せぃっ!」
確かに他の方法はある。それはドラゴニュートと言う方法がある。ただこれはシャーロット女王が悪戯目的の面が強くあったが。
ここまでくればサクラはギアを客ではなく動物として宿に泊まらせるつもりでいるのは間違いなかった。確かにギアが泊まれる程の部屋がないのは事実だった。最初は宿の広間などを利用してギアを泊まらせようと考えたが、今まで受けてきた事を思えば仕返しのような事ができると黒い企みが芽生えた。
その黒い企みはギアを馬という扱いで宿に泊まらせることにしたのだ。そしてそれを実行した。
「この中で貴様が動物らしいと言えば動物だからな」
腕を組んでそう言うサクラの言葉に
「まぁ確かに」
アンリも
「人だしな」
シンも
「獣人族の近獣種でもそこまでは・・・ね」
イヒメも
「うむ・・・」
ウルターも
「・・・悪りぃ、庇えねぇ」
イズメクも
「動物って可愛いものよ?」
セーナも
「「申し訳ございません」」
フォローを期待していたアルバとステラの言葉ですらもこれだった。
そして、サトリに至っては目が見えないと我関せず。
こうした孤立無援のような状況にギアは
「くおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
と絶望の絶叫をその場で叫び地面にひれ伏した。
「フッ・・・」
「・・・・・」
そして自分の思惑通りの事になり、ギアが地面に伏せている様子に悪い笑みを浮かべていた。まさしく二次創作物に登場する悪役令嬢そのものだった。ここでお決まりの高笑いを出しても別段おかしくない状況にシンは無言でサクラの様子を見ていた。
そんなシンの視線に気が付いたのかシンの方を見てある事を思い出した。
「ああ、そうだシン」
「ん?」
「また、書庫室を見せようと思うがどうだ?」
「は?」
突然の提案にシンは思わず素っ頓狂な声を張った。
「いや、前に見せた手帳の事で気になる事があってな」
「気になる事、か?」
言葉尻が徐々にトーンが落ちていく事に気が付き、シンは更に耳を傾ける。
「・・・いや、正確には思い出した事があるだな」
「何を思い出したんだ?」
シンの質問にサクラはコクリと頷いて答え始めた。
「父上はよく目に通していた作品が「走れメロス」だった事が多いのだ」
「走れメロス?」
シンはサクラから見せられたあのメモの事を思い出す。メモに書かれていた「走れメロス」は少し大きかった。
「ああ。頻度は1月に1回だったのだが、母上が亡くなってから3日に1回目を通していた」
「ずいぶん頻度が多いな」
サクラの言葉にシンはサクラの父、ソウイチの行動に疑問が深まった。
「ああ。それから・・・」
「どうした?」
「どういうわけか、羽ペンを持っていたな」
「羽ペン?何か書いていたのか?」
「いや、分からない。メロスを読んでいたと思ったのは自室に持っていく姿で、羽ペンはワタシがコッソリと父上の自室を覗いた時に何か書いていたのが見えていた。ほとんど父上の背中しか見えなかったが、羽ペンの羽が素早く動いていた事はよく覚えていた。だから何か書いていたのは間違いないな」
羽ペンを見た事がある人間なら理解できるが、実は想像以上に羽ペンと言う物は大きいものが多い。羽ペンの材料となる羽の種類、鳥類は白鳥、鵞鳥の羽が多く、その他に七面鳥やフクロウ、カラス等の羽も使用されていた。中でもカラスの羽ペンは細い線を描くのに向いており、精密な線を引くのに好んで使われた。貴族等では孔雀等の綺麗な鳥の羽を使われていた。
恐らく孔雀のような、この世界固有の羽が大きくて綺麗な鳥類だろう。だから後ろから見ていても羽ペンが使われていたと分かったのだろう。
因みだがラテン語で「羽」を意味する”penna”が語源だと言われていて、「羽根には天使が宿り、幸運をもたらす」という言い伝えがある。だから結婚式で羽ペンを使うのは、天使が宿る羽ペンで愛の誓いの署名をすることで、新郎新婦に幸福がもたらされますようにという祈りが込められている。
「それで貴様なら何かわかるかもと考えた。しかも今回の場合なら貴様以外の来訪者達の意見も聞けると思ってな」
「だからもう一度サクラの屋敷に来てくれと?」
「ああ」
「・・・・・」
正直な話、暗号のようなものが使われているのならば、自分がわかる物なのかどうか怪しい。率直に言えば自信がない。
だが、自分が現代世界の人間だからこそ何かわかるものがあるかもしれない。
だから
「わかった。可能なら2人も連れて来よう」
「頼むぞ」
時間はおろか間も空けずに頷いたシン。
その言葉を期待していたと言わんばかりにサクラは微笑んだ。
そうしたやり取りがちょうど終えた時、イヒメ達がサクラを呼んだ。その言葉にサクラはそちらに行った時、シンはボソリと
「走れメロス・・・か」
と呟き、星の柱達とはそこで別れる事になった。