344.無邪気に遊んで
「「「「・・・・・・」」」」
その光景は異様だった。各々の額の上に自分の手札を掲げていた。それも数字がある面の方をだ。
お互いのカードを見せ合っているように見える・・・と言うか本当に見せ合っていたのだ。
滑稽ともいえる光景だった。
しかしこれは真剣に勝負をしていた。
「吾輩は降りよう・・・ふむ、妥当であったか」
「我も降りよう・・・ぬぅぅぅ!?ジョーカー・・・だと・・・!?」
「私も降りるよ・・・やはり5だった」
「俺も・・・降りて正解だったな」
「オレも降りるわ・・・まぁいいか」
「迷ったけど、アタシも降りるわ~・・・きゃ~アタシ、Jだったの~!?も~・・・!」
ウルターが皮切りにイヒメ、アンリ、シン、イズメク、セーナと続いて額に掲げていたカードを下ろして額に掲げていた自分のカードの数字を見た。アルバとステラはゲームに参加せず、現状目が見えないサトリのお茶の相手をしていた。
ウルターは6、ギアはジョーカー、アンリは5、イズメクは8、セーナはJだった。
彼らが行っているカードゲームは「インディアン・ポーカー」と言うものだ。
「インディアンポーカー」とは、自分の額に一枚トランプカードを当て、自分以外のカードが全部見える状態で、自分のカードの大小で勝ち負けを決めるゲームだ。
一番強いのはジョーカーで2番目はA、K、Q、J、10、9…最弱が2という事になる。
ターンごとに参加費としてチップが1枚必要で、1度に賭けられるチップは5枚までだ。
今回のターンであれば全員が参加という事で1枚出して、降りた場合は最後に1枚失う。後に残った人間が勝負して、その勝者がその場のチップを手に入れる事になる。
つまり参加に1枚使い、降りると1枚失う。勝負する事になれば更に1枚追加することになる。そして勝敗が決まった時、勝った人物がそのターンに使われたチップは勝者の物となる。
自分のカードが見えない状態であるが故に、自分が強いカードでか弱いカードかは、他のプレイヤーの様子を良く観察して判断しなければならなくなる。
今回チップの代わりにしていたのはこの庵の庭の敷石を使っていた。
そして今現在サクラとイヒメがカード勝負をするかどうかを駆け引きをしている最中だった。
「サクラちゃん、勝負!」
「受けて立つ」
イヒメが何か見切ったのか、サクラに勝負を持ち掛けた。サクラもイヒメのカードと様子を見てニヤリと笑いながら持ち掛けた勝負に乗った。
勝負に乗った事を示すお互いのチップ・・・の代わりとなる敷石を出した。
「1」
「2の」
「「3」」
そう言ってお互いのカードを床に叩きつけるようにして見せ合った。
サクラはKでイヒメは2だった。
「所詮は2だな」
サクラは鼻で笑ってイヒメの敷石をそのまま手に取った。
「強いね~サクラちゃん~」
少し悔しそうに言うイヒメ。
「チッ・・・」
面白くないのか舌打ちをするイズメクは目を背けた。
「何でかしら~?駆け引き上手?」
手を頬に当てて首をかしげるセーナの言葉にサクラはアンリにある事に気が付いた。
「アンリは何で降りた?」
確かに。
アンリであればここでも勝ち上がりが続いていたであろう。だが、実際はサクラが勝ち続いている事の方が多い。
そうした疑問はサクラだけでなく他の者達も同じだった。その疑問にアンリは
「サクラのあの自信満々の顔が正直、分かりにくい」
少し困ったように答えた。その答えを聞いたサクラはキョトンとした顔になる。
「あら~やっぱり駆け引き上手じゃない」
対してセーナはサクラの事を褒める。
「土壇場とか強いタイプだね」
「・・・まぁ、確かに強ぇーよな」
同じくイヒメとイズメクもニコニコと笑ってサクラの事を褒めていた。
「・・・・・」
そうした評価にサクラはフッと笑っていた。当然だろうと言わんばかりの態度だが、内心は自分に対する高評価が多くて心の中で一人で社交ダンスを踊ってしまうくらいににやけていた。
シンはサクラがレンスターティア王国で魔導艦にいた時の事を思い出していた。サクラは拘束されていたがそのまま脱出して、迫りくる敵を倒していた。
その事を思い出せば確かにサクラは土壇場の実践の事を思い返せば、ああした事に慣れているように見える。そう考えれば駆け引きについて強いのは間違いないのかもしれない。
そう考えたシンにイヒメはニッコリと笑って
「何か納得したような顔をしたね。僕の知らないサクラちゃんがシン君の中にいるのかな?」
素敵な笑顔。
そう言わんばかりの魅力ある笑顔。
だが、笑顔で細めたその目からは何を求めているのかが分からない。
「・・・いや、俺はただ単に駆け引き上手だなと思っただけだよ」
シンがそう答えるとサクラは少し顔を赤くしてフフンと鼻を鳴らして胸を張った。シンからもまさかの高評価に思わず顔に出してしまった。
「僕もこうした事に結構自信があるんだけど、シン君も強いよね~?僕、負けちゃった」
確かにイヒメの言う通りだ。実際シンはインディアン・ポーカーをして持ち点(敷石の数)が最初に持たされた時と比べると少し多い位だ。一見すると大した事ではないように見えるが、実際は8回勝負してのこの結果だ。多くの場合は大きく増えるか減るかのどちらかだ。
こうした事から駆け引きがそれなりに上手い事を窺わせる。
「・・・それで?」
その事を突かれたシンは目元を細めてイヒメそう尋ねた。
するとイヒメは屈託のない笑顔で
「一対一で勝負しない?」
と勝負を持ち掛けた。
「は?」
まさかの自分との一対一の勝負を持ちかけられるとは思いもよらなかった。その事に訝しむシンにイヒメは子供のように無邪気な笑顔で
「誰かがシャッフルしてそこからお互い1枚ずつ取って・・・って感じで」
と笑いながら言う。
「・・・・・」
試されている。
そう感じたシン。
「どう?」
「乗った」
あえて乗るシンにイヒメは
「そう来なくっちゃ、ね」
面白い玩具を手に入れた様な無邪気さと獲物を目の前にしたどう猛さを窺える目で笑った。
サクラがシャッフルしたカードをそれぞれ一枚ずつ手に取ったシンとイヒメはいつでも額に当てられるように構えた。
「1・・・」
「2の・・・」
「「3っ!」」
バッとカードを一斉に額に当てて己の知らない数字を相手に見せつけて牽制し合うシンとイヒメ。
「「「・・・・・」」」
シンとイヒメのカードの数字を見た一同。お互いの数字を見た2人は早速動いた。
「シン君、確かな数字かい?」
「まぁまぁ」
先に動いたのはイヒメだった。
「へぇ~・・・僕のはどう?」
「中々に強そうだ」
イヒメはシンのカードを見て判断に苦しんだ。そこでイヒメはシンに自分の数字を探るために動いた。
「ふ~ん・・・勝負したら君が勝つかい?」
「いや、イヒメさんだ」
シンの様子を見て何か確信を得るものを感じた。
「じゃあ、降りる?」
「それを答える前に、俺のカードはどう?」
シンは何か感じ取ったイヒメの様子を見て受けて立つかどうかを答える前に自分のカードの数字とイヒメの数字を見て勝負するかどうかを判断することにした。
「結構強いよね」
「そうなのか?」
「そうだよ、かなり強いよ」
「へぇ・・・」
正直判断に苦しむ。相当こうしたやり取りに慣れているのか自分のカードの数字が明らかに強いか弱いかどうかが分からない。ポーカーフェイスとはいかずともこうした事にはシンも慣れているつもりだった。だが、イヒメの方が上手だった。
「・・・・・」
「・・・・・」
シンはそれ以上追求せず、自分のカードの数を確認する方が良いと考えたのか、イヒメの様子を見ていた。
その様子のシンにイヒメは目を細めて何か確信を得た。
だからなのか
「そろそろ決着着ける?」
と切り出した。
仕掛けてきたイヒメにシンは迷わず
「ああ」
と答えて敷石を差し出した。
その様子に勝負を乗ったイヒメは同じく迷わず敷石を差し出して、勝負にかけた。
「じゃあ、1・・・」
最初に切り出したイヒメの言葉に
「2の・・・」
シンも呼応して
「「3っ!」」
最後には声を合わせて一斉に自分のカードの数を見た。
「僕の負けだ」
「・・・勝った」
シンは8、イヒメは6だった。
勝負がついた事を確認したイヒメは出した敷石をシンに渡した。
「駆け引き上手いね」
受け取ったシンにそう声を掛けるイヒメは無邪気な子供のような笑顔だった。まるで勝負など気にしていないようだった。
「いや、何となく自分の数字はこうじゃないかと考えた」
一体何が目的なのかがわからない。インディアン・ポーカーは本来ならカジノの様なかけ事に最適なゲームなのだが、今回は金銭は賭けていない。更に言えばシンの情報に関しても賭けたわけでもない。ただ自然に遊びたいから遊んでいただけの話だ。
だが今のイヒメのこの様子からして無邪気に楽しんでいたからなのか、それともシンの事に関して何か知ったからあの笑顔なのかが分からなかった。
分からない心境にイヒメはニコニコしながら
「そっかそっか~。僕の目を見て数字が分かったんだね」
軽い言い方で断言した。
「・・・・・」
思わず体が膠着するシン。
「目・・・?」
「どういう事だ?」
ギアとサクラの疑問の声にイヒメは言葉で答える前に指で自分の目を示して
「瞳に映ったカードの数字で自分の手札を把握していたんだ」
と答えた。
その答えを聞いたサクラはシンの方を向いて睨み付ける。
「シン・・・貴様・・・」
フェアじゃない。
卑怯と言われてもおかしくない行為。それをゲームを教える前からやっていたのか。
そうした疑問をつらつらときつく言おうと考えていたサクラだったが、イヒメが先に異なる答えを口にした。
「でも、それを使ったのは今さっき初めてだよね?」
「は?」
意外な答えにサクラの目は真ん丸になった。
「それまでは何となくこうじゃないかと考えて動いていたんだろ?」
イヒメの言葉にシンは静かに視線を逸らした。
「ふむ・・・それで「駆け引き上手い」と」
「僕と勝負するまではイカサマらしい事はしていないと思うよ」
ギアの納得の言葉にイヒメはニコリと笑いながらそう断言した。
「実際していない」
「じゃあ、ワタシとの勝負は駆け引きで負けた事があるという事か・・・!?」
「まぁ、そう言う事だね」
「くっ・・・」
そう答えたシンにサクラは駆け引きで負けた事がある事実に張った声でオウム返しに尋ねた。イヒメはコクリと頷き返すとサクラは目を錐のように鋭く細めてシンの方を向いた。シンはそっと視線を逸らした。
「・・・・・」
インディアン・ポーカーを終えた後のウルターは終始シンの様子を静かに見ていた。その時、ウルターの目に周囲が余り気が付いていない事が映っていた。
(・・・勝負を持ち掛けた時、イヒメの「手」が常に消されていた)
実はイヒメはシンに勝負を持ち掛けた時、イヒメが得意とする魔法の一つ「見えざる手」を発現していた。この「見えざる手」は相手には見えない手を魔素で作り出して浮遊して動作することができる。当然攻撃も使えるが、「手」として使えるからあらゆる面で活用できる魔法だ。だから自分のカードを魔法によって知る方法はいくらでもある中、イヒメはシンの周りに手を作り出して妨害か、鏡の様なものを手に入れてシンに気づかれずに自分の方へ向けて自身のカードの数を知ろうと回りくどい方法をとっていた。
この方法をとっていたのは、カードの勝負をつけたいという目的はあるのだが、どちらかと言えばそれはついででイヒメはシンの事を知ろうとして「見えざる手」を発現していた。
(あれは、かき消されたと言うよりシンに吸われて無くなったように見えるな・・・)
だが、ウルターの目に映っていた通り、イヒメの魔法をシンの周りに発言した時、どういうわけかシンの方へ取り込まれて消えてしまっていた。常に消されていた「見えざる手」の事を知ったイヒメは魔法とか下手な小細工をせずに、真正面から駆け引きをしてみようと考え、そのまま勝負したのだ。
(なるほど、確かに面白いな)
イヒメとシンのやり取りを見て事の真相を知ったウルターの青白い光る眼が細める。何か納得できたものを感じたウルターはシンへの興味が増したのを感じた。