337.見事な仕事
権力があり、信頼が出来て、有能な者達と思しき魔眼族の面々が集って森の奥にある、弓矢で射抜く為の訓練場へ来ていた。暗い工房ではわからなかったが、その人数は8人程いた。
訓練場の弓を射る所で弓矢を置く為の机の上にはショットガンが置かれていた。
「素晴らしい・・・」
「流石はダンフィール工房ですな」
そう言っている面々。高級そう服装が目立っている。服装として言えば貴族とも言えるし、巨大な商売人、この世界には珍しい近代的な軍人等々。だがその場にいる者達は魔眼族に忠誠を捧げて決して「無能」と単語とは無縁な雰囲気を出していた。
そんな中、一人の魔眼族の男がショットガンを持ち上げた。
ス…
そして照準を覗いた。
「これが狂いの無い直線上で成り立った代物だと言う事が腕の無い私達でも分かります」
ニヤリと笑ったその人物、アスカ―ルラ王国第2王子、リビオ・メッテ・アスカリだった。覗くその目にはまるで名刀を抜身にしてその刀身を眺めて、確かな美しさを確認する目だった。瞳に映っていたのは何も無い壁。だが浮かぶイメージが瞳に映り、狙い定めた者は確かな敵を捉えていた。
そっとそのショットガンを下ろして
「ダンフィール工匠・・・いや、巧匠殿、お見事でございます」
そう言って両手でそう巧匠の方へ渡した。ダンフィールという魔眼族の男は60代の初老の男で痩せている様子が印象の男だった。だが決して弱々しいという印象はなく、寧ろ鍛え上げられたような印象が強くある。
窪んだ目元は鋭く、確かな物を作り上げるまで決して妥協しない姿勢を窺わせる眼光だった。
そんな様子のダンフィールは小さく横に首を振る。
「いえいえ、本当にお見事なのかどうかはあちらの腕の立つ・・・」
そう言って視線を一人の男の方へ向ける。
「カルロス・ヘイヘーが証明して頂かねば分からぬ事・・・」
ダンフィールが視線の方へ向ける方向へリビオ達も同じくその方向へ向ける。その人物は徐にショットガンが置かれている机の所まで来てそっと持った。
どうやらカルロスに自分達が作ったショットガンを持たせてここから見える600m先にある的を射抜くようだ。
弓矢の最大射程は200m程。鬼人族の強弓は400m程。その事を考えれば600mというのは相当な距離だ。相当な距離な距離なだけにこの場にいる大半の者達はショットガンの威力に懐疑的だった。
だがそれはその威力をその場で示せればいいだけの話。
だから弓矢やクロスボウの扱いに長けたアスカールラ王国では一二を争う腕前を持つカルロスに撃たせる事にしたのだ。
「・・・・・」
ジッとショットガンを数秒ほど眺めてそっと構えた。何の躊躇もなく構えた人物はその武器の特性を知っている。おそらくこの日の為に何度も訓練したのだろう。
その人物は30~40代くらいの男で身なりの整えられた者たちが集っている中では似つかわしくなく、無精髭に、着崩れした軍服、ぼさぼさの癖のある茶色の長髪で纏められていた。軍服は黒に近い緑が主流で丈夫そうな印象のある生地で構成されていた。鎧などは着込んでおらず、素早く動く事を重視した装備だった。
そんな印象のある男だが、目は鷹のように眼光が鋭く、決して狙った獲物は逃がさない狩人の目だった。
「・・・・・」
眼を鋭く細めて獲物を消して逃がさない猟師の目。狙った的が己の瞳のど真ん中に捉えた時、精巧に作られたクロスボウの要領でショットガンの引き金に指をかけて
グッ…
軽く引いた。
ドォォォン…!
辺りに響かせる聞きなれない音。その音は轟音というべき音で聞きなれない森の中にいた鳥達が一斉に飛び立った。
「ぅぉ・・・」
「何と言う音か・・・!」
「まるで雷鳴だな・・・」
恐怖の色が若干ある驚きの声が上がる一同に対して撃った本人であるカルロスは改めて自分が持っているショットガンを見つめた。
「・・・・・」
そして改めて自分が撃った的の方を見るカルロスの目に映ったのは
「・・・!」
確かに的のど真ん中に小さな穴が空いていた事を確認できた。ここから600m。それだけ遠い上に、決して見える事がないはずの的の穴を確認できたのはカルロスだけではなかった。
「おお・・・!」
「なんと・・・!」
「当たっておる・・・!」
「間違いございません!命中しておられます」
それはその場にいた魔眼族全員が的に命中した事を確認できたのだ。
「それでは向かいましょう」
リビオも確認できた。
だから的に命中した様子を近くで確認したいから移動する事を口にした。
「ええ」
「是非」
その場にいた者達全員が足を動かし始めた。
「確かに命中しているな・・・」
そう言って持ち上げた魔眼族の、おそらくどこかの有力な商会長が目を細めて命中した穴を覗いた。
「しかし、小さいせいでめり込んでおるな・・・」
貴族と思しき魔眼族の男は射線を推測して的の後ろにあった木の傍までき来て目元を細めていた。木の幹には小さな弾痕があった。
貴族らしき魔眼族の男は的を貫いてそのまま木の幹に直撃したと考えていた。だがその考えを否定してきたのは
「・・・いえ」
木の幹まで来て幹をよく観察する為にしゃがんだリビオだった。
「貫いています」
「何ですと・・・!?」
断定するように言い切ったリビオの言葉に的だけを見ていた他の魔眼族の者達はゾロゾロと被弾した木の幹の所まで足早に来た。
「おお、確かに抜けているわ!」
反対側の木の幹を見た別の貴族と思しき魔眼族の女は目を見張る様にしてそう言った。
「矢はどこに?」
商会長と思しき魔眼族の男は射線を推測してその奥を見る。同時にリビオもその射線を伝うように見た。
「貫いて奥の木に刺さって・・・いや、めり込んでいます」
視線の先には小さな穴が開いていた。その穴から木漏れ日の光によってキラリと金属特有の輝きが見えた。明らかにその穴に弾丸がめり込んでいる。
その事実にリビオは目を細めた。
「「「・・・!?」」」」
更に奥の木の幹に突き刺さるどころかめり込んでいた事に驚く一同。想像以上の威力に絶句する。
「威力が高いとは承知していたが、これほどまでとは・・・」
マジマジと見る貴族と思しき魔眼族の男は僅かに震えた声を発していた。それは恐れなのか感動によるものなのかは本人しか知らないものだった。
「しかも、弓矢と違ってある程度の距離までは真っ直ぐに飛ぶ」
射線を発射した位置と弾丸の停止位置の様子を確認した商会長魔眼族の男は弾丸自体が想像以上に真直ぐに飛んでいた事実に目を見張る。
「これが我が国の兵士達に・・・」
自国の、アスカールラ王国の兵士全員にこれを持たせれば間違いなく軍事力が上がるイメージが出来上がった一同。そうなれば間違いなく自国は短期間で取り戻す事ができる。
生唾を飲み込む一同に
「ですが」
リビオが意識してなのか低く気迫ある声で念を押すように発した。その言葉に一同はハッと現実に戻されたような感覚になる。
「我が軍が所持可能数は限られています」
リビオがそう言い切ると
「そうでしたな」
「という事は誰に命中させるで決まるという事ですな」
納得してすぐに狙撃対象の優先順位が頭に浮かんだ。しかも声を発したのは明らかにこうした軍事面ではあまり関わりの無さそうな商会長と思しき魔眼族の男だった。
「その通りです。しかも可能ならば敵の根幹を潰せればと考えています」
「根幹・・・ですか」
先程まで寡黙だった軍服姿の男が目を細めてそう呟く。確かに兵隊長や師団長、将軍と言った士官に当たる兵士のみを狙撃対象にすれば、軍としての機能は一気に低下して瓦解する。
だが、問題はまだある。
「果たして届くのでしょうか・・・」
魔法によっては600m以上届く方法が存在する。ということはそれ以上の射程が必要になる。
「何せ鉄の盾・・・いや、鉄の動く城が相手では・・・」
金属製の、それも鉄製の分厚い装甲であれば貫かない可能性も十分にある。しかも装甲された兵器も存在する可能性も十分にある。それをどこまで貫く事ができるのか。
「そもそも、我々の宣戦布告を受け入れてくれるのでしょうか・・・」
そもそも自国を取り戻すのに正直な所、アスカールラ王国とエーデル公国だけでは無理な話がある。可能であればもう一国加えたいところだ。
仮にこの2国だけで宣戦布告するだけでは後ろ盾が薄い。2国と表現しているが、実際はエーデル公国側がアスカールラ王国を養っている。だから実質1国だ。また、経済面でも厳しい面がある。長期戦に持ち込まれたら敗北はなくとも、かなりの窮地に立たされる事にある。そうなれば停戦協定を持ち込む事になり、アスカールラ王国側が不利な条件を飲まされる可能性も十分にある。
「「「・・・・・」」」
出てくる問題は次々と出てくる。考え出したらキリがない。だが、それを考えて改良するのは一同ではない。
「取敢えず、まだまだ改良の余地があると考えています。ダンフィールさん」
「ええ、分かっております。すぐに」
ダンフィールだ。
自分達は自分達のできる事を只管にするしかない。
少しでも愛するアスカールラ王国に手が届くように。