336.目
客間にて。
朝の6時位にその場にいたのはシン、サクラ、ステラ、アルバだった。サトリとアンリは用意していたからか少し遅れてくるそうだ。取敢えずその場で朝食を待っていた。
普段なら朝からシンについていろいろと訊ねたりなどをするのだが、今回については少し違っていた。
「・・・・・」
「キャッキャッ!」
タタタッ…!
シンは無言のまま座っている自分の前に左に横切るチャチャの様子を目で追っていた。
「・・・・・」
「キャッキャッ!」
タタタッ…!
走り回るチャチャが部屋の端についたから折り返して右に横切る様子を目で追うシン。
そんな様子のシンにサクラは少しイライラしていた。
「・・・・・」
イライラしているサクラの様子に気が付いたシンはサクラの方に視線を向けた。
「シン・・・」
そう呟く様に言うサクラの声には怒気が混じっていた。
それもそのはず、ここに集まった時にシンが自分達、「星の柱」の事についてを話そうとしていたのに、余計な邪魔が入っているからだ。
「何か知らんがいるんだ」
シン達がこの客間に来た時に既にはチャチャの遊び場になっていたのだ。
「この子は?」
「名前を聞いた所、チャチャと言うんだそうだ」
「チャチャ?」
サクラがチャチャの名前を聞いた時、さっきまでのイライラの怒気を引っ込めた。少なくともこの国の家臣の誰かの娘という線が消えたサクラは
「知っているのか?」
と低い声で訊ねる。
「ああ。覚え違いでなければその子はカミコ様の御息女であらせられるはずだ」
腕白でやんちゃなチャチャの様子を見ていても何か理由があってここに来ていると考えているサクラはチャチャの様子を見る事にしたのだ。
実際この世界の王族の子供は基本的にこうした場には顔を出させないのが暗黙のルールに近いものとしてある。君主政に近いオオキミでもその暗黙のルールが存在しているのは理解している。その上でチャチャがこの場に居る。という事は何かあるとサクラはそう考えたのだ。
「そうか・・・」
サクラの考えに納得できたシンに奥の方からトトトッと言う近付いてくる音が聞こえて来て
「やーッ!」
ボスッ
シンの脇腹目掛けてチャチャが頭から突っ込んできたのだ。
「ぬぉ」
衝撃と痛みで声を出したというよりも少し驚きで声を漏らすシンは突っ込んできたチャチャの様子を見た。
「ふふふ~」
グリグリグリ…
無邪気に笑いながら頭をグリグリするチャチャ。その様子にサクラは少し首を傾げた。
「随分と懐かれている様だが・・・?」
目を細めて言うサクラの視線と声にはどことなく僅かな怒気と羨望が見え隠れしていた。
「ああ。正直どうすれば良いのか分からない」
今懐かれているチャチャの相手にどうすれば良いのか心の中では右往左往としているシン。
「悪戯とかされていないのか?」
「悪戯ならもうされた。朝早くからたたき起こされぁ~…」
「なるほど」
チャチャからの悪戯されたという証拠、シンの話ながらの欠伸を見たサクラは納得した。その様子を見ていた。
「そいつぁ、困るね」
「ああ、サトリか・・・」
丁度その時サトリとアンリがその場に来て合流した。サトリが屈託のない人当たりの良い言葉を聞いたシンは若干眠そうながらも受け答えするシン。
サトリがその場に来た事に気が付いたチャチャはすぐさまシンから離れて
「サトリ~!」
「チャチャ様、お久しぶりでございます」
サトリの方へ駆け寄った。
無邪気な笑顔でサトリの方を見上げたチャチャは
「サトリ~、目隠し取って~」
とおねだりをした。
その言葉をその場にいた全員が耳にした時、一気に空気が変わった。その空気は糸を張り詰めた様な物に成り変わった。
「目隠しでございますね。久しぶりに見たいので?」
「うん」
穏やかな口調でそう答えるサトリに無邪気に答えるチャチャ。その答えに絆されたのかサトリはニッコリと笑って
「承知いたしました」
と答えて目隠しに手をやる。その様子に
「え・・・」
と声を零すシン。
「どうした?」
「大丈夫なのか?取っても・・・」
シンの言葉を聞いたサトリの疑問の言葉にシンが心配の言葉にサトリは飄飄とした声で答えた。
「気を使っていたのなら、気にせんで良い。元々、深い意味はない」
ハラリ…
同時に自分の目隠しに再び触れて、そのまま外した。
落ちていく目隠し。
閉じていたサトリの目が開いた瞬間
「アカ、きれ~」
チャチャはサトリの目を見てまるで綺麗な花を見つけたかのような言葉を口にした。
「!」
初めて見るシンはサトリの顔を改めて見る。目元は少し細く人当たりの良さそうな目元だった。
「初めてかい?」
ニヤ~と笑うサトリの閉じていた目が徐々開いていく。
「わっしの目は」
開き切ったと同時にそう言うサトリ。その目は白目となる部分が黒く、瞳となる部分が赤かった。その目を見たシンは目を見開いたサトリの瞳を見た瞬間、シンの目は比例するかのように見開いた。
周りの反応を見る限りサトリの目の事情は知っていた様だ。
知らないのは自分だけと理解したシンは変に嘘を言ってもただ単にバレる。何故ならシンの驚きの様子からしてサトリの目に対してだけしか驚いていない事を物語っているからだ。
だったら正直に言った方が良いと考えたシンは
「・・・いや、魔眼族の目なら見た事はある」
噓偽りなく答えた。
「ほぇぇ・・・。シンさんは出会った事が?」
シンの答えに意外だったと言わんばかりに言うサトリ。
「まあ、あるな」
「そうかい、どこで?」
ここでも変に嘘言っても意味がないと判断したシンはどういう経緯、魔眼族に何を施したかについてを伏せて答える事にした。
「エーデル公国でだ。エーデル公国に入る時に助けてもらったんだ」
「へぇ~・・・」
何故エーデルに用事があるのかと思いつつもシンがまさか魔眼族と交流がある事に驚く一同。シンはエーデル公国にいる魔眼族の事を思い出し、今どうしているのかと思いをはせていた。
同時刻。
暗い奥の工房にて。
その工房はエーデル公国のとある大きな工房で魔眼族の熟練の鍛冶職人達が集っていた。現場となっている工場は灯りはランプの灯りと鍜治場の炎を頼りに作業をしていた。剣となるものが其処彼処に並べているのだが、今回は事情が違っていた。
其処彼処に並べられていたのは金属製の長いパイプだった。
「できた・・・!」
そう言って天に翳す様に持ち上げるそのパイプは異様なまでに黒く光っていた。他のパイプと違って切り口や削り出し、0.1度単位の曲がり等もない一切の無駄がなく精巧な真っ直ぐさを追及されたパイプだった。
「遂にか・・・!?」
駆け寄ってくる職人はそのパイプを手に取り、その穴を覗き込んでどれだけ真っ直ぐに仕上がっているかどうかを確認した。
「・・・!」
その穴を覗いた瞬間、職人の目から一粒の涙が頬を伝って流れ落ちた。
「ああ・・・!あああぁぁぁ・・・!」
持っている手は震え始めて一粒の涙は次第に大粒の涙となり、小川の様に流した。
「ワシらは・・・作る事に・・・!」
待ちに待った。
最高傑作。
オリジナルを超えるオリジナル。
そうした思いが溢れる様な震えた声を発する魔眼族の職人。他の職人達は次々とそのパイプの穴を覗いては涙を流していく。
「狂い一つない真っ直ぐな筒の身に、決して狂いの無い点の鉄・・・」
よく見ればそのパイプの先には小さな角が立っており、素人の目ではそれがどうしたと言わんばかりのものだ。だが、それすらも美しく精錬されたズレの無い確固たるものとして作られた物である事は間違いなかった。何故なら、その角も一人一人の職人の目によって確認していくにつれて誰一人としてその角の事について誰も言及しなかった。
寧ろこれは素晴らしき者と言わんばかりの感嘆の声を上げる者の方が多い。
「親方、後は腕のいい兵隊さんに試してもらうだけですね」
そんな中そのパイプを作っている責任者の弟子と思しき魔眼族の青年が嬉々としてそう言う。
「ああ」
普段から頑固で無口なのかそれだけしか言わない。男泣きする師匠と思しき年配の職人の男はニヤリと笑いながらそう答える。
そうしてパイプを作り上げた面々の和の最中、工房のさらに奥にある工場の台の上には現代人であれば見た事がある代物、ポンプ式ショットガンが置かれていた。