332.着地の先に
日が完全に沈み、暗闇が支配する空。光る月はおろか星すらも無い新月の夜。
いや正確には極々僅かだが小さな星がチラチラと光る程度にしか見えなかった。
ゴォォォォォォォォォォ…
そんな一切の光源のない夜空の中、この世界では信じられない高さで飛んでいる何かがいた。鳥の様な形をしているが鳥ではない。もっと言えば新月の夜のせいでより分かりづらい・・・と言うより分からなかった。
そんなベールに包まれた状態の中で唯一、一発で何かが分かるのは何かから発する声だけだった。
「ボス、そろそろ・・・」
フリューだった。
現在シンとサクラを乗せたフリューは高度1万フィートで飛んでおり、地上ではエンジン音はあまり聞こえなかった。
フリューは降下地点上空に差し掛かろうとしている事をシンに伝える。
「うん」
シンはそう答えると降下の準備に入った。等間隔に備え付けられたライトから照らされ、灯りはほんのりと明るい巨大な筒の様な空間の中、シンは扉の方へ向かう。
丁度その時、主翼と尾翼の向きが上に向きホバリングしていた。
「目標地点上空に到着。これより高度を下げる」
フリューがそう言うと高度を下げ始める。降下地点は森の中で開けた場所だ。
大きなエンジン音はするものの、新月の何も見えない世界では何が起きているのか等分からないだろう。それこそアカツキの特殊な暗視鏡やシンの様なBBP化された目の様な目でなければ確認できないだろう。
だが、それはその近辺に誰かがいたの話だ。
アカツキのカメラには半径500m圏内には誰もいない事は確認済みだ。
つまり、誰もおらずほとんど誰にも見えないような状況でシンは降下するのだ。
「高度20mに差し掛かる!」
「フリュー問題ない。高度を維持してくれ」
「了解!」
フリューがそう言うと
ジリリリリリリリリ…!
耳がつんざきそうになる位のけたたましくベルが鳴った。すると扉近くにあるさっきまで赤く光っていたはずのランプが青く光った。
シンはそれを確認した。
「青確認、降下する!」
そう言って扉を開けたシン。
ガチャ!
グォー…ガタッ!
ノブを回しそのまま引き戸の様にスライドして扉を開ける。開けた先に見えた光景は真っ暗闇にオオキミのある森の開けた場所だった。スライドするに当たって特有の大きな音を鳴らす。
「相変わらずやかましいな、これは・・・!」
今の降下ベルの音に対して率直な感想を述べるサクラ。
「お気を付けて!」
「ああ、世話になった」
フリューの言葉にシンはそう答える。
「せ、世話になったな・・・」
しどろもどろな言葉遣いでサクラはお礼を述べた。サクラはフリューの事について更に詳しく知ってフリューが会話が出来る事も知った。それを知った上でサクラはフリューの存在を誰にも口外しない様に言って、サクラは了承した。
シンはワークキャップが飛ばされない様に手で押さえながら飛び降りた。
ドォォォン…
辺りに土煙が漂っていた。それなりに大きな地響きがしていたはずなのだが、20m上のフリューのエンジン音によってその音が微妙な大きさに感じる。
パラシュートを使わず、飛び降りたのには理由がある。パラシュートは一度開いて元のバックパックに戻すには手間と時間がかかる。いくら夜の暗闇で見えないとは言え、こうした暗闇でも見える事に特化した人類や生き物がいてもおかしくない。
シンがパラシュートを戻している時に襲われても面倒な上に、パラシュートをこの世界に広めたくない。
もしパラシュートをこの世界の住人に見せてしまえば結果として早めに空挺部隊が組織されてしまう。これがあるかないかだけで大きく軍事バランスが変わる。
だから今回も同じ様な方法で降下したのだ。
「お前はそう降りて大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ」
対するサクラは糸を使ってフワリと降りてきた。
「・・・暗い中だというのによくあそこ迄飛ぶ事が出来るな」
これからジンセキに戻りに行くフリューの様子を見ながらそう呟くサクラ。確かに不思議に思ってもおかしくない話だ。
アカツキが衛星で誘導しているのが事実だ。
だが、正直な事を話してしまえばアカツキの、ジンセキの力を全世界に見せつける事になる。そうなれば後々が酷く面倒になるのは間違いない。
だからシンは
「上手く言えないが・・・夜目が効くんだ、フリューは」
と言って誤魔化した。
「そうなのか、見事なものだな」
信じた。
だがそれが一番信じやすいかもしれない。別の第三者が誘導しているというのは正直な話、この世界の住人であるサクラの理解は及ばないか、追い付かない。だからシンの誤魔化しの言葉は功を奏したのだ。
だがだからと言ってフリューの存在を他人が知って良い話ではない。
「何度も言って悪いが念を押して・・・」
「分かっている。フリューの存在は口外しない、であろう?」
「・・・すまんな」
流石に念を押した。
サクラは理解して頭を縦に振った。
その事にシンは意外である事実に驚いていた。
「これ位、軽いものだ。何ならお前がワタシに受けて恩が多くて大きい。足りん位だ」
「そ、そうか」
これが理由か、と理解した時、シンは少し不安を感じた。サクラの恩返しは自分を縛り付ける為の物ではないかと警戒している。
サクラ救出の件や今回の件と言い、サクラには沢山の貸しを作った。だからサクラはその借りをどこかのタイミングで返そうと考えているのだ。
「返す時、楽しみにな?」
「・・・うん」
シンは未だに不安そうに答える。対して念を押す様に言うサクラは可憐な少女らしく可愛らしい笑顔でそう言う。その顔を見れば素直にうんと言っても別段おかしな話ではない。それこそ異性はおろか同性でも思わず頭を縦に振ってもおかしな話ではない位の可憐な笑顔なのだ。
但し・・・
「・・・・・」
サクラの獰猛な眼光さえなければ、の話なのだが・・・。
ゴオオオオォォォォン
「んん・・・?」
「・・・・・」
オオキミの森の中にて。その場所にテントを構えていつシンとサクラを救助しても良い様にいたアンリ、サトリ、アルバ、ステラの4人。マエナガとカナラは私用により、空けている。その土地の事柄ならばこの2人が動くべき案件なのだが、サトリがいる事と、4人の実力を知っている事から4人で行かせる事にしたのだ。
そして謎の音が聞こえる現在に至る。
鐘の音にしては響きすぎるし、音の間隔が長い。しかも空から聞こえる。どちらかと言えば虫の羽音の様に聞こえる。それが遥か上空から聞こえてくる。
「聞こえたな?」
「ああ」
深夜4時頃の事。その音が聞こえる。その音を耳にした者はその場にいた者全員だった。
「こちらの方角でございます」
そう言って指差してその方角を示すステラ。
「うん。でもそっちには行かない」
「は?」
否定するアンリにアルバは首を傾げる。
「反対の方へ向かうよ」
「それは何故で?」
「そこにシンとサクラちゃんがいるから」
「「「!」」」
理由を聞いた2人は目を大きくした。
「では・・・!」
早速行こう!、と言わんばかりに息巻く様に声を上げるステラの言葉にアンリはコクリと頷いた。
「うむ、夜が明けてから参ろう」
「ふぁ~…」
大きな欠伸をするサクラ。その顔を見ていたシンは少し複雑な気持ちになる。
「ゴメンな。アレを見せるわけにはいかないからこんな時間に到着する様にしているんだ」
と謝罪しつつ、サクラの種族、吸血族の特性について考えていた。今の時刻は明け方。大抵の生き物が共通して眠そうになっている。それは昼行性も夜行性も共通してる。と言うのは明け方になれば昼行性の生き物は眠そうに起きて、夜行性は眠たくなってきている。その事を考えればサクラはどちらに当たるのかと考えてしまったのだ。
ただ、すぐにレンスターティア王国の事を思い出してサクラは日中に活動していたと、アーネスト・トンプソン・シートン教授の様に動物を観察するかのように見ていたシン。
「・・・いや気にするな。この時間を狙って動くのは正解だと思うぞ。ワタシもこうした時間に動かざる得ない時もあったからな」
その女性にとっては失礼な視線に薄々勘づくつつも首を振ってシンの判断を評価するサクラ。勘づくのは王族故の事なのだろう。
「そうか」
そう答えるシンは少し申し訳ない気持ちでいる。その気持ちは観察していた事に対するものだ。
その時、山向こうから一筋の大きな光が照らされた。
「ああ、もう夜が明けるな」
「そうだな」
山向こうから見える一筋の光を見た2人。
「あと数時間程ここに居れば迎えに来るんだな・・・」
「ああ」
丁度風が吹いた。その風にサクラの髪が靡く。
「・・・久しぶりに夜明けを見たな」
靡いた髪が自分の耳を擽る。擽りを感じたサクラは耳周りの靡く髪を梳かす様に撫でた。
「そうなのか?」
シンはサクラの横顔を覗いた。サクラの顔は懐かしさを帯びていた。久しぶり故に懐かしさを感じていた。
「ああ」
そう答えると同時にサクラは笑顔になっていた。その笑顔は日の昇りに対して心地よさを感じる。その様子にシンは
「そうか・・・」
と答えて昇る日の方を視線を向けた。
(そう言えば俺も夜明けを見るのは久しぶりだな・・・)
その光景を見ていたシンも懐かしさを感じていた。
その懐かしさは現代世界の人間だった頃の真の頃と、この世界にやって来て日の昇りを見た時の事を思い出していた。