323.向き合う
「いくぞ」
シンがそう言葉を零してサクラの耳に届いた時には
「・・・!」
サクラの目と鼻の先に既に迫っていた。しかもシンの構えからして横薙ぎにするものだった。
(早い・・・!)
とかそう言うレベルの問題では無かった。防ぐのがやっというそう言うレベルでもない。最早頭に浮かび浮かぶ言葉が「無理」とか「死ぬ」といった単語しか浮かばない。
「ぃ・・・」
小さな悲鳴を上げて後ろへ下がって体勢を立て直しつつ、糸を張っていくサクラ。
ピャ…
糸を張っていくに対してシンはその糸を斬っていって迫っていく。
「・・・・・」
何も感じさせない様な人形のような張り付いた顔で来るシンは次々に張っていく糸を斬って解いていく。
ピュ…
切る度に近付いてくる凍ったような無表情の顔に冷たい目でこちらを見てくるシンの様子にサクラは顔面蒼白になってきた。
「っぃ・・・」
更に小さな悲鳴を漏らした時、サクラの目が大きくなる。
ス…
シンの刀がそのままサクラの胸を突き刺す構えに入った。
「・・・!」
刹那。
その時、時間は不思議とゆっくりに感じる。
ハラリと切れていく自信が張った糸が切れてそのまま縮んでいく様を徐なスピードで進む最中、シンはいつの間にか自分を胸を刺そうとしているモーションに入っていた。
(死ぬ・・・!)
確実に。
そう感じたその時
ピタリ・・・
自分の胸の1cm手前でシンの刀の切先が止まった。
「・・・!!」
ハッ…ハッ…ハッ…
過呼吸手前の呼吸でシンの顔を覗き込むサクラの顔は蒼白を通り越して白くなって、眼は爛々としていた。目じりからは小さな滴が含んでそのまま頬に伝う。全身に掻いた冷汗は未だに流れ続いている。
「・・・・・」
自分の瞳の奥を覗く様に見るシンの目は井戸の奥底の様な暗い目だった。その目を見た時、サクラは唯々その目を見る事だけしかできず、そのままヘタリと地面に膝をついてしまった。
「・・・・・」
その様子を見たシンは
ピャウ…
突き立てていた刀を素早く引いて
「勝負あったな」
と言い放った。
「え・・・あ」
シンの言葉によって現実に引き戻されたサクラは大きく開いた目は元の普段の目付きに戻った。
「立てるか?」
シンがサクラが全身に力が抜けてしまっている事に気が付いてそっと手を差し伸べる。シンの顔は元の、普段のポーカーフェイスに戻っていた。その顔を見たサクラはコクリと頷いて
「ぁ・・・ああ、ありがとう」
言いながらシンの手に取ってそっと立ち上がった。
その時自分の身体に思う様に力が入らない事に気が付いた。
「・・・・・」
同時に斬り込みに来るシンの顔を見た時の事を思い出し、治まりかけたはずの冷や汗が再びタラリと流し始めたサクラは目が少しずつ大きくなり始める。
心には徐々に恐怖の色が支配されていく。
「・・・サクラ」
シンがサクラの方へ近付こうと手を伸ばして一歩程迫った。
「・・・!」
サクラは思わず膝をついたままそのまま後ろへ仰け反り、怯えた顔をシンに見せてしまった。
「・・・・・」
怯えきった顔をするサクラにシンはそっと手を下げた。普段ならポーカーフェイスの顔のはずのシンの顔が酷く寂しそうだった。その顔を見たサクラは我に返ったように平静さを少しだけ取り戻した。
「・・・・・」
アレを見たからか?
斬り込みに来るシンのあの様子を見たサクラは言葉が思う様に出なかった。アレを見たからひどく納得がいくものを感じたサクラは何か言う事が出来なかった。
「・・・・・」
シンはそのまま踵を返してその場を後にしようと動き始めた。
「部屋に戻る」
シンの声に虚ろな印象のある声でそう答えた。
その言葉を耳にしたサクラは俯いた。
「・・・・・・」
サクラは自分が何もできないでいる自分に問うた。
ワタシは一体何が出来る?
ワタシにしてくれた事をシンに対して何をした?
ワタシはシンに・・・
「・・・!」
タッ!
待って欲しい。
そう思った瞬間、体が勝手に動いたサクラ。
ギュッ…
強くも優しい手でシンの背中に抱きついたサクラ。
「・・・!」
いきなり抱きついてきた事に驚きつつも安堵と穏やかな心境になるシン。
「・・・・・」
自分の身体に温かく、しっかりと硬いはずだが、決して鉄の様なものではなかった。寧ろそれに触れていると安心する。
ツンとした強いハッカの香りと僅かだが男の特有の鍛え上げた香ばしい香りが鼻を擽る。その匂いは不快な要素は決してなく安心できる。
そんな印象のあるシンの存在に「怖い」という存在との向き合う姿勢に入るサクラ。
(温かい・・・)
安堵感に浸るサクラはそっと手を動かして
ギュッ…
シンを強く抱きしめた。
「・・・・・!」
離したくない気持ちが徐々に強くしていくにつれて比例するかのように抱きつく力が徐々に強くなっていく。
グッ
サクラの抱きしめる手の平が強くシンの服を握っており、ブルブルと震えていた。
「・・・・・」
サクラは必死にシンに対する恐れと戦っていた。
あんな顔をして。
あんな目をして。
あんな雰囲気を出しているシンに。
恐れるなと言う方が無理がある。
背中の冷汗は滝の様に掻いており、顔面は蒼白、目は見開いて恐れの色を出していたサクラ。
「~~~~!」
それでもシンに対する思いや好意は大事にしたい。
シンに対する思いは確かだ。
大事にしたい。
そうした思いが大きな間欠泉の様に溢れていた。
だから離れない。
向き合いたい。
そうした思いが強くなるにつれて強く抱きしめていた。
「・・・サクラ」
シンは名前を口にしてサクラが強く抱きしめている手の甲をそっと手を当てた。
「・・・・・」
優しく当てるその手から伝わるのはサクラの温かい手の甲の感触だった。
白くて小さい手が抱きしめる力が強い。
フワッ…
風が吹いた。
後ろから香る甘い香り。
サクラの香り。
「・・・・・」
安心できる香りだ。
「・・・シン」
安心できたのかシンに声を掛けるサクラの声には先程の恐れが減っていた。
「何だ・・・?」
穏やかな声で訊ねるシンはサクラの小さな手を安心させるためにそっと触れていた。
「お前とは・・・まだ、まともに・・・向き合えるようになるには・・・時間が掛かる」
恐れてシンにあんな顔をさせてしまった事に言い難くい気持ちがありながらも、向き合う事に決意している事には変わりない。だから時間は掛かれども少しずつ向き合ってシンの事を知っていこうとサクラは大きな一歩を踏み出した。
その言葉を聞いたシンは
「そうか・・・」
とポツリと零す様に答えた。
「すまなかった」
答えを聞いたサクラはギュッと抱きしめる力を強くしながら謝罪する。サクラの様子にシンは当てていた手を少しだけ、ほんの少しだけ当てる力を強くして
「・・・気にするな」
と答えた。
その後10秒程静かな間が空いた。気まずさと安堵の空間が漂って浸る2人。
だがこのまま黙っているのはどうかと考えたのかサクラは先に声を発した。
「シン・・・」
ポソリと声を掛けるサクラ。
「何だ・・・?」
シンは少しだけ首を傾ける様にしてサクラの方を見た。
「もう少しこのままで居させてくれ・・・」
その言葉を着たシンはコクリと頷いて強く当てていた手をそっと触れる程度に弱めた。
「ああ、好きなようにしてくれ・・・」
今はまだ向き合える事は出来ない。
だがそれでも向き合いたいという意思は確かだ。
だからまだ抱きついていた。
そしてシンは小さな溜息をついてサクラがやりたいようにさせて20分程その場にいた。