319.見送る、見送られる
その日は小雨だった。
そのせいか少し肌寒い。
「・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
沈痛な顔で行列を作り、決まった服装で行進の様に進んでいた。こうした行列は軍隊の更新でもあるか用だったが、違う。
この行列は葬列だった。
「・・・・・」
長く黒を基調とした大きな箱を4人の小人族の男達が運んでいた。運んでいる箱の大きさからすれば人間の大きさだ。この事からこれは棺桶である事が分かる。
ゾロソロと歩く足の向きは沢山の丸太で組まれた物が頂上に置かれている丘へと向かっていた。
降り注ぐ小雨は葬列に参加する者全てにとっては酷く重く感じた。
キャンプファイヤーの時に組まれている丸太の上には大きな木の板が敷かれていて、その上には黒い棺が置かれていた。その周りには花や木で作られた皿や器に食べ物や飲み物が供えられていた。
棺は少しだけ開けられてグランツは穏やかな顔で眠っているかの様に棺の中で横たわっていた。
「ギルド長、グランツ・オルビーンはエーデル公国のギルド支部の長として重き務めを果たしました。その最中、日々務めを果たしに回っている冒険者が要する書物を守る為に命を捧げる事となりました。一同、その行為に敬意と祈りを捧げて下さい」
そう言う神事を司っている人物だろうか神父の様に聖書を開くどころか持たずに一言一句、言葉が詰まる事も間違う事無く言い切る小人族の女。
その女性は白と黒で構成された礼服に白い帽子から垂れさがる黒いベールで顔を覆っていた。
丁寧で穏やかな口調で言う女にその場にいた一同の内、大半がグスグスと咽び泣く声が聞こえ始めた。
「・・・祈りを」
その声と同時に一同は黙とうを捧げる様に目を閉じて黙った。だがギルド長、グランツとの思い出のせいで咽び泣く声を零さずにいる事は出来ない者の方が多くいた。
「皆様、ありがとうございました」
1分ほど経った時、小人族の女はそう答えた。
「「「・・・・・・・・・・」」」
参列の者達は一斉に目を開けた。その顔は未だに沈痛な面立ちだった。
「「送りの火」を灯しますので、これより最後に挨拶や送り物を済ませて下さい」
小人族の女はそう言うと、参列の者達は手に持っている物を棺桶の周りに置き始めた。それは酒であったり、肴だったり、手紙と言った思い出の品が供えられていた。これから冥府に行く物に対してこうした形で送り物を送るのがこの国の葬儀方法なのだろう。
そして、送られる物の中にはギルド長には似つかわしくない可愛いティーカップが供えられていた。
「・・・・・」
教会に似た建物の中から丘の頂上で煙を上げながら小さな赤い光がユラユラと揺れている様子を見ているマリーの手には取っ手の取れたティーカップを握りしめていた。
目は沈痛で遠い目をしており、小さな溜息をついていた。
「・・・マリー、ギルド長」
喪服を着ているギルドの職員はマリーにそっと声を掛ける様に呼んだ。
そして、いなくなったグランツギルド長に代わってマリーが繰り上がりの昇進という形でギルド長になった。
「・・・何?」
ボソリと呟く声は「放っといて欲しい」と言わんばかりの拒絶の言葉だった。
「・・・そろそろ、ギルド長として」
正直な所、本当はそっとしておくのが最善なのだろうが、ギルド長としての仕事は葬儀当日でもある。流石にある程度は仕事量は抑えられているが、しなければならない事は多くあった。
その事はマリーも十分に理解していた。
「・・・うん、そうね。そろそろ行くわ」
「・・・少しだけ時間がございますので、ごゆっくりなさって下さい」
マリーの力無い返答に職員はそっとしておきたい心境でそう言った。
「うん・・・」
「・・・失礼します」
まだ力ない声にマリーの言葉にそっと声を掛ける様に言って退室した職員。マリーは窓の外を見てグランツの事を思い出していた。
(グランツギルド長・・・)
グランツと初めて出会ったのはマリーが冒険者を引退してそのままギルドに勤めた時だった。当時は受付嬢として働いたが、マリーの機転やそつなくこなす勤務姿勢にグランツが早い段階で副ギルド長にまで上げてくれたのだ。
冒険者の引退は一気に収入が減る。だから冒険者にとっては死ぬの次に恐ろしい話なのだ。ほとんどの場合は故郷に帰って家業を継いだり、職人の弟子入り等が多いが、傷病等の原因では国が管理している施設や宗教による教会等に入る事もある。だが国によってはそうした方の整備が無かったり、遅れたり等が原因で物乞いや犯罪に手を染める事も多くあるのだ。
この件でギルド側が何かしてくれることは無い。
その事を考えればマリーはかなり恵まれている。だからグランツには恩もあるし、元冒険者としてのグランツには尊敬の念もあった。
そんな尊敬の対象のグランツはもういない。
グランツはギルド長として務めていた。人を気に掛けて、困っている人を放っておけない。その上、元Aランク冒険者だ。
何故殺されてしまったのか。
何故・・・。
「(そういえば)あの時・・・」
疑問を心の中で渦巻いていると何か記憶の中で引っ掛かりを感じたマリーは
「資料室に行って何を調べようとしていたの・・・?」
そう呟いた。
マリーの記憶の中で引っ掛かった記憶、それはグランツが資料室に向かった時の事だった。資料室に向かう時、誰も入らせない様に言っていた。
「・・・・・」
何かある、そう考えたマリーは足早にその場を後にした。
駅馬車の中。草原に近い環境の中、僅かにある様な木々と岩がその馬車を見守る様にあった。
ナーモ達とジロウは次の町まで行く時、街道を歩いていた時に定期的に走っている駅馬車と遭遇して乗せてもらっていた。
中は小綺麗で客は自分達だけだった。
「ナーモ、ねてるね・・・」
「うん」
「・・・・・」
スゥスゥと寝息の音を鳴らすナーモは窓の傍でもたれかかっていた。ククとココは興味津々に寝ているナーモを見ていた。
(年上だからと言って、そこまで気を張っているからかしら・・・)
シーナは心配そうに見ていた。
ここ最近、ナーモ自身はここに居るメンバーで年長者だ。それで気負っているのかと心配しているシーナは自分が持っている武器をジッと見ていた。
(あの時、短剣を抜いて刺したようには見えなかった。元からケガをしていたも考えられるけど、それならサッサと殺していたと思うし・・・ナーモが見えない剣を持っていたから?)
エリーはそんな事を考えていた。
思い返してみれば確かにドラゴニュートに握られた時、短剣を抜いて刺したようには見えない。そもそも、ドラゴニュートの手は鱗だらけで相当固いはずだ。ケガした手で触れたというのも考えられるが、短剣で指した程度であれ程暴れる一歩手前までの事をするのか。
つまり、ナーモが以前言っていた「見えない剣」が関係しているのではないかと考えたのだ。
見えない剣。
それを言い始めたのはエーデル公国の時だ。
エーデル公国・・・。
「そう言えば、グランツさんどうしているかな・・・?」
連想でグランツギルド長に繋がったエリーはそう呟いた。
「何?突然・・・」
そんなエリーに気が付いたニックは苦笑気味に訊ねた。
「うん、ちょっと気になって」
ふと思い出した程度だからそう答えるエリーの言葉に広がる様にグランツの事について思い出し始めるメンバーは懐かしそうに語り始めた。
「グランツギルド長、私達の事気に掛けていたよね・・・」
「まぁ、あんな事件に巻き込まれていたらね~」
「ん・・・」
流石にあれだけの大事に巻き込まれていたら心配はしてもおかしくはないな。そう考えていたメンバー。
そんな中、寝息を立てていたナーモは徐に目を開け始めた。
その時、馬車の外、窓から道端に人影が見えた。
そこに居たのは
「・・・・・・」
馬車とすれ違いざまに木陰で穏やかに手を振るグランツだった。穏やかな笑顔でこちらを見ていた。
「・・・!」
ガバッ!
跳び起きる様に起きたナーモ。
「うわっ!」
「どうしたの?」
突然飛び起きたナーモの様子に驚くメンバー達。
「・・・・・!」
すれ違いざまだから確実にグランツである、と言う確かなものは無い。だが、それでも余りにも似ている。だから気になって仕方がない衝動で窓から改めてグランツかどうかを確かめた。
「・・・?」
木陰の下には誰もいなかった。周りには人はおろか物すらもなかった。
「何?寝ぼけているの?」
突然起きたナーモにシーナは少し心配気味にそう尋ねた。
「・・・・・」
数秒程外を見ていたナーモはシーナの方へ向いて
「・・・何でもない。ゴメン」
もうひと眠りについた。