318.K.O
「おいたが過ぎる悪ガキには拳骨を食らわせにゃならんのぅ」
好戦的な獰猛な笑みを浮かべるグランツは普段の姿ばかりしか知らない者からすればかなり驚くだろう顔だった。
「・・・叱れるものなら叱って下さいよ」
若い男は挑戦的な言葉をグランツに送り付けた。
この瞬間、お互いが本領が発揮できる状態で戦える事を理解してすぐさま行動に移った。
先に動いたのは
「喝ッ!」
メリ…
グランツだった。
喝破を入れた瞬間、足元の地面が盛り上がるのを感じた若い男は
「っ!」
即座に避けた。
ドゴン!
地面から巨大な拳が突き上げてきた。
グイン!
「!」
拳の軌道が変わってそのまま若い男目掛けて振り下ろされてくる。
ドゴン!
地面に叩きつけられた巨大な拳はその場に残り、巻き上げられた砂や小石がパラパラと落ちていく音が聞こえた。
こうした攻撃にドヤ顔で言うグランツは挑発をしていた。
「中々のもんじゃろう?」
「ええ大したものです」
何かを狙っているのは間違いなかった。一体何かと考える若い男は流石に漠然とした焦りが芽生え始めた。
その時、路地の外から声が聞こえてきた。
「何の音だ?」
「こっちから聞こえたよ!」
この声を聞いた時、本当の狙いが分かった若い男は一気に焦りを感じた。
(結構拙い・・・人も集まって来る・・・。このまま何もせずにいれば間違いなく仕留め損ねてしまうな・・・。おまけにギルド長と言う立場だから発言力も信用性も高い。尚更このまま生かすわけにはいかない)
巨大な拳を殴りつけるという事は大きな物音が聞こえてくる。そうなれば通りにいる者達が野次馬で集まり次第に騒ぎになって衛兵がやって来る。
そうなれば完全にグランツを仕留め損ねてしまう結果になる。しかも、グランツはギルド長と言う立場であるし、この国では著名人だ。となれば発言力も高く、信用性も高い。自分達の目的や狙いに繋がりかねない発言でもすればかなりの打撃になる。
尚更ここで少々目立ってもいいから殺しに掛からねばならない。
「いくぞぉ!、若いの!!」
辺りがビリビリとくる程の大きな声を張るグランツに
「ええ!」
と強めの口調で行動に出る若い男。
ジャラジャラ!
鎖の付いた投げナイフをもう一度触手の様に動かして臨戦態勢を整える。いつでもナイフを刺す事が出来る様に構える若い男自身も貫手が出来る様に構えた。
「・・・・・」
「・・・・・」
お互いの出方を探り合う独特の間が出来、5秒程続いた。
先に沈黙を破ったのは
「フンッ!」
ドッ
グランツだった。
「っ!」
地面から人の拳と同じ大きさの土で出来た拳が瞬時に盛り上がって若い男の顎を目掛けて来た。
サッ!
避けた若い男はすぐさま右腕の鎖の付いた投げナイフ3本を飛ばした。
「ぬぅ!?」
鎖の付いた投げナイフはグネグネと複雑な軌道を描きながらグランツ目掛けて飛んでくる。それを避けるグランツはまるでボクシングのボクサーが飛んでくるピンポン玉を軽く避けていく様にして避けた。
避けたグランツに若い男は小さな舌打ちをして
「ならば・・・!」
更にもう片方の腕から例の投げナイフ、もう3本を飛ばしてきた。当然複雑な軌道を描いてグランツ目掛けて飛ばしていた。
飛んでくるナイフにグランツは鼻らで笑った。
「無意味じゃ!」
そう一喝するグランツは避け切ってそのまま踏む込もうとした時、飛んでくる投げナイフに付いていた鎖がグランツを囲っていた。
完全に囲まれているこの状況にグランツは流石に少し焦った。
「むぅっ!?」
囲まれている状況下で更に悪い状況に陥った。それは投げナイフの先が四方八方からグランツ目掛けていた。
その事に気が付いたグランツはすぐさま行動に移した。
「・・・!」
飛んでくる投げナイフをを躱しつつ、ヒョロヒョロと路地の壁の方へと向かっていた。躱しているとは言え、幾つもの投げナイフによる掠り傷が少しずつできていた。
「っ!」
ドンッ!
避けていくと同時にそのまま右手を壁の方に思いきり殴った。
その瞬間だった。
バゴッ!
「!?」
若い男の左頬に土壁で出来た人の拳が思いきり殴りつけてきたのだ。グランツを仕留める事に集中している上にいきなりの事に避ける事が出来ずにそのまま喰らってしまったのだ。
「ぐっ・・・」
ドサァ…
「!」
地面に倒れ込んだ若い男。
グランツはそれを見てすぐに攻勢に掛けようと動いた。
「むんっ!」
ドン…!
そう言って強く地面に踏み込んだ時だった。
グラ…
急に全身の力抜けていくのを感じたグランツ。
ドサッ…
地面に倒れ込んでしまったグランツ。
その時、倒れ込んだはずの若い男の口元が三日月の形に歪んで、そのまま起き上がった。
「毒か・・・」
戦う最中、口の周りの痺れ、頭痛、腹痛が僅かに感じていた。
確実に症状が出たのは今だ。
手や足の痺れ、歩行困難が起きてまともに立ち上がれそうになくなっていた。まともな戦闘が出来なくなった。
「その通りです」
そう答える若い男は口元が三日月に歪んで立っていた。頬には殴られた青痣があった。毒は恐らく投げナイフの刃に塗られていたのだろう。
「これで終わりで、お別れです」
「ぬ・・・」
次第に息苦しくなっていくグランツは息絶え絶えになっていく。
「貴方との会話は楽しかったですよ。残念です」
そう言って若い男は踵を返した。その先は路地先の向かいの街道だ。人通りが多く、多種多様な種族がいる。その中に紛れ込んでその場を去るのだろう。
「・・・・・!」
グランツは息絶え絶えに動かすのが難しいはずの腕を必死に伸ばして口元が「待て」と動かしていた。
ギルド職員総出でギルド長を探している最中、ギルド長の机の側にいたマリーが
ペキン…!
音を聞いて
「あら!」
思わず声を上げてしまう。
一体何の音なのかと勘くんするマリーはすぐさまその音の正体に気が付いた。
「割れてしまった」
それはギルド長が愛用しているティーカップだった。ティーカップの取っ手が落ちたわけでも無く撮れてる形で割れてしまったのだ。
「あ、それ誰のですか?」
割れてしまったティーカップを持っているマリーを見ていた職員の1人が声を掛けた。
「ギルド長の」
「あ~」
簡素に答えるマリーに職員は人当たりの良い声でそう言う職員。
「でも落として割ったわけじゃないんですし、寿命?でやられたんでしょう」
そう言う他の職員は仕方が無さそうにそう言った。
「買ってその後謝ればいいんじゃないですか?」
そう提案する職員にマリーは
「・・・そうね」
とフッと笑いながらそう答えた。
「どういうのにします?それもう売ってませんよね?」
ティーカップの事について気になった職員は近付いてそう言う。確かに手に取っているティーカップは少なくとも国内ではもうお目にかかる事は無い。
だから新しいティーカップを買う必要があった。
「そうね・・・」
考え込むマリーはすぐに何か思いついてクスリと笑った。
「ギルド長らしくない可愛いのを買うわ」
マリーはギルド長に似つかわしくない可愛いティーカップでも渡そうと考えたマリーは小さな悪戯心を持ってそう言って買うつもりにしていた。
当の本人は路地の真ん中で地面に伏せて伸ばした手が酷く白くなっている事にマリーはおろか職員が気が付くまでそれほど掛からなかった。