317.知る者
「・・・君は一体誰じゃ?」
構えてはいないとは言え、臨戦態勢に入っている。
その事に気が付いているからか、早々に手を出してこない若い男は獲物を狙う猛獣の様な鋭い眼光を放っていた。
グランツの訊ねる言葉に普段の様な笑顔で
「ほほほ、申すわけありま・・・」
と独特の笑い声を上げながら、答えながらすぐさまに身を低くして
「せんっ!」
同時にグランツとの距離を詰めた。
「・・・!(貫手!)」
ビリビリと服が破けつつも若い男からの貫手を避ける事に成功した。同時に若い男の貫手の威力を服が破けるという形で知った。
この威力ならば間違いなく容易く胴を貫く事が出来る。
「ふ~っ!」
貫きそこなったその手を息を吐いて
「フンッ!」
横薙ぎに手刀で切った。
「・・・!」
だが切ったのは空だった。
力の逃げ場が逃げ切った所まで行った様子を見たグランツは机を起点にそのまま上に逆立ちの要領で乗って机を若い男との間に入れて更に距離を取って逃げる算段を立てた。
(窓・・・!)
グランツは窓から逃げる事を思いつき、そのまま飛び出そうと動こうとした時だった。
トッ!
「っ!」
そのまま逃げろうと動こうとした時目の前に、袖から鎖の付いた投げナイフが飛んで壁に突き刺さった。
「逃がしませんよ?」
逃がさない。
そのまま落命して頂きたい。
そういう目でグランツを見ていた。
このままでは逃げる事は出来ない。
そう判断したグランツは若い男の方を向いて両手を突き出して
「コッ!」
と独特の呼吸をした時だった。
カッ…!
「っ!?」
グランツが独特の呼吸をした時、両掌から強烈な閃光が光り、若い男は目が眩んだ。その瞬間を見逃さずにグランツは窓に向かって走ってそのまま跳び出した。
ガッシャーン!
割れた窓ガラスの破片が地面に降り注ぐ中、同時に降りてきたグランツはそのまま走った。
「やってくれますね・・・」
目の眩みが収まった若い男は目をグシグシと擦りながらグランツの行方を探るべく、窓の外を見た。
「逃げれるとは思わないで下さい」
窓の外を見た若い男の目に映ったのはグランツが人気のない路地に入っていくのを見た。
その時、外の廊下から足音が聞こえてきた。
「・・・・・」
若い男は誰か近付いて来る事に気が付き、曲芸師の様に頭の先を窓の方へと突っ込む形で外へと静かに飛び出した。
その数秒後に
「ギルド長、何かあったのですか・・・!?」
慌てているから乱暴に開けた事によって大きな音を立てて入るマリーの目には荒らされた資料室には誰もいない事だけしか映らなかった。
「ギルド長?」
虚しく響く資料室からは誰も答える声はしなかった。
「これは参ったのぅ」
降り立って一旦体勢を立て直そうと路地に入ったグランツ。
(やれやれ、老い先短い老いぼれ相手にここまで腕の立つ人間を送るとは、敵はワシが誰かなのを知っておる様じゃな・・・)
ギルドの建物自体は目立つ上に、冒険者達だけでなく、一般人ですらも知れ渡っている。この事から考えればギルドの事を知らずにただ単に暴れるだけの愉快犯という訳ではないのはすぐに理解した。
そればかりか、グランツ自身の身分も知ったうえで襲ってきた。
という事はあの若い男は間違いなく自分を殺す為に動いている、言わば暗殺者として動いている事になる。
(このままギルドに向かうのは得策ではないないのぅ・・・)
今回の襲撃は考えれば資料室に入って、城壁都市の件や戦闘地域、戦の燻りのある事柄である事に気が付いた瞬間に襲われた。
という事は・・・
「ギルド長」
聞き覚えのある声だった。
「む?」
声のする方へ向いたグランツの目に飛び込んできたのは
「マリーか!」
副ギルド長であるマリーだった。
「一体どうされたのですかこれは!?」
ギルド長、グランツの姿を見たマリーが慌てて近寄っていく。
「どうもこうも・・・」
近付く手前でマリーの顎目掛けて
「貴様のせいじゃ!」
蹴りを入れる。
瞬時に体が反応してそのまま後ろに交代すると同時にマリーの姿がすぐさま変わり
「よく分かりましたね」
若い男になった。と言うよりも戻ったというべきか。
若い男はマリーに戻って油断した隙を狙って仕留めるつもりでいた。だがグランツが先にマリーでhな愛事に気が付いて反撃された。
「歩き方じゃよ。マリー君はそんな静かに歩く様な真似はせん」
マリーは冒険者から副ギルド長になった人物。
この場合であれば慌ててギルド長を探すから足音が聞こえてもおかしくない。
静かに歩くのは相手に気付かれる事なく近付くのに必要だから。しかもそれが日常的であれば、生まれてすぐに暗殺者として育てられた生粋の暗殺者。
という事はこの人物はマリーではなく別の誰かという事だ。
「お年の割に耳がよろしいのですね」
ビュッ!
言葉の切れにすぐさまにまた鎖の付いた投げナイフが飛んできた。だがグランツは首を傾ける形で避けた。
「そうして飛ばす事しか能が無いのか?」
芸の無い奴と言わんばかりに吐き捨てる捨て台詞に若い男はクックックと笑い始めた。
「どこのどなたが飛ばすだけと言っていたのですか?」
トスッ…
「っ・・・!」
後ろ左脇腹に何かが突き刺さる痛みを感じたグランツは痛みを感じる場所を確認した。
「何・・・じゃ?」
それは鎖の付いた投げナイフだった。
「他にも」
若い男がそう言って両袖からジャラジャラと鎖の付いた投げナイフが合計でもう3本伸ばしてきた。
「!」
それを目にしたグランツは投げナイフを抜いて即座に後退した。
「恨みとかはございませんが、御命頂戴。これ言ってみたかったんですね~」
と言った瞬間に投げるモーションが入っていないのに独りでに鎖の付いた投げナイフが触手の様に動き始めた。
「ぬぅ!」
グランツは更に後退して横薙ぎに動く投げナイフを避けて
「コッ!」
例の閃光の魔法を入れる。
「そんな事をしても無駄ですよ!」
そう言って投げナイフを自分の身体の周りを激しく動き回らせた。
「・・・!」
動き回る投げナイフは段々スピードが増していき、次第に若い男の周りに刃の竜巻の様になっていた。
「しゅっ!」
若い男がそう掛け声を入れると同時にグランツとの距離が一気に縮めた。
「くっ・・・」
このままではズタズタにされてしまうのがオチだ。そう考えた時、グランツは強く足を一歩前に踏み込んだ。
グバッ!
本来ならばこうした状況であれば無意味で死を早める行為だが、グランツにとっては意味のある行為だった。
突如土煙が出て来た。
「!?」
何が起きたのかと疑問と同時に、手ごたえの無い事に気が付いた若い男はすぐに距離を詰めるのを止めてその場に立ち止まって様子を確認する事にした。
(・・・また逃げるのか。芸がないのはどちら・・・)
その時だった。
「っ!」
ドバン!
若い男の上から振って来た巨大な物、それは大きな岩の拳骨だった。
土煙の中、薄く見える大きな影を見て避ける事が出来たが、普通であれば避ける事が出来ずにペシャンコだ。初見殺しも良い所だ。
「・・・流石ですね、ギルド長」
土煙が晴れた時、グランツは腕を組み、鋭い目付きで若い男を睨みつけていた。
「潰しそこなったか・・・」
「・・・本当に恐ろしいですね」
小さく舌打ちするグランツに背中に何かが登って行くようなものを感じた若い男は余裕ある声で答える。
「ふん・・・儂にそんなものを打ち込んだくせに、よく言うわい」
傷からはタラタラと血を流していた。だが出ている量はそれほど多くなく、グランツは余裕があった。
「ギルドではそれを繰り出す事が出来ないから、ここまで来たのですね?」
「・・・・・」
面白くなさそうに鼻で笑うグランツは睨みを絶え間なく効かせていた。
「まぁ仕方がないですよね。何せ、数多の群れるモンスターをその拳で潰してきたのですからね・・・」
若い男はグランツが本腰を入れていた事により、流石にすべて出すつもりでやらねばならないと考えた。
「「拳骨」のグランツ」
同時に若い男も鋭い目付きになった。