312.本気ではない
「・・・本気出している様に見えるか?」
「そういう風には見えないな」
「ボスもそう思うか・・・」
そうした会話の大元になっているのはシンが持っているスクロール型のタブレットだった。それにはディエーグがドラゴンと戦っている上空視点の映像が映っていた。
その様子を見てシンは眉間に皺を寄せていた。
「本気出していなくてここまでだろ?」
「ああ」
目を細めてそう言うシンの言葉とアカツキの言葉に
「申し訳ございません」
と答えたのは手術台に横たわっているディエーグだった。ディエーグはドラゴンとの戦いで思う様に体を動かす事が出来なかった。だから一度体の調節と共に今後の方向性についても考える事にした。
だがディエーグは飽く迄も「ブレンドウォーズ」のキャラクターの内の一体だ。現実にいてオリジナルではない。しかも現代戦に特化している。この世界に向いている戦闘スタイルとは言えない部分の方が多い。
「いや気にするな。これは相手が悪い」
「ああ、こちらは飽く迄も対人が主流だ。しかもブレンドウォーズのドラゴンとかは30mmの機銃でも倒せていたが・・・」
「通用しない可能性も十分にあるという事か?」
「そう考えた方が良いかもしれないな・・・」
ブレンドウォーズでは対人戦用にとして開発されている武器兵器がモンスター相手には十分に通用していた。それこそ最も強いとされているドラゴン相手ですらも、30mm機関砲で十分に対応できた。しかし現状この世界で最も脅威とされている未確認のドラゴン相手ではそれが通用しない可能性がある。何故なら相手がこちらがどういう攻撃をしようとするのかの意図をすぐに見抜いて行動する。だから砲塔先を向けた時に何かしらの対策をする。ブレンドウォーズでのドラゴンは知能が低い動物として扱われているが、この世界では人間並みの知能を有している。その事から現代兵器をもってしても通用するというのは考えない方が良いだろう。
「クマの眉間にライフル弾って事か?」
「・・・もあり得るって事だな」
「そうか・・・」
更に言えば体の構造上の丈夫さの件もあるからと言うのがある。
実際北海道にいるヒグマは眉間にライフル弾を撃ち込んでも分厚い頭蓋骨の部分が脳を守っているから傷を負わせる事が出来ても致命傷にはならないのだ。
1800年代~1900年代後半までアフリカゾウを象牙目的の為に平気で狩っていた時代、アフリカゾウ相手にライフル銃では倒す事が出来なかった。
何故ならライフル銃程度では象の眉間に風穴開く事はおろか、皮膚に傷を負わす事程度で終わる事が多くあった。象は陸上の哺乳類の中では最大級で、それなりに威力のある銃を使わないと倒せない。象のように皮膚が厚く硬い動物を硬皮動物と言い、弾丸もそれなりに侵轍力のあるものを使わなければならなかった。
一応、「象撃ち銃」と言う銃は存在はする。猛獣狩りに使用される大口径銃の総称である。象等の大型の動物を狩る事が目的なので、このような名称で呼ばれる。シングルショットライフルや二連式ライフル、ボルトアクションライフル等が該当する。
19世紀後半、ジャケット弾と無煙火薬が登場した事で猛獣狩りのスタイルが変化する。特に、初速・貫通力で抜きんでたニトロエクスプレス弾をはじめとする、大口径のマグナムライフル弾が登場した事で、それ以前の象撃ち銃は姿を消してしまった。
また、運搬面や象牙の乱獲等で狩猟が禁止となった等の理由で、後の象撃ち銃の役目は、猟区管理人やツアーガイドのハンターが携行するバックアップ用銃へと変わった。
通常、FMJが使われる。象撃ちに使われる375マグナムや458マグナムにはFMJの弾丸があるが、日本国内で鹿、猪で使われる30-06や308と言った弾薬で傷つかないという事ではない。
いくら硬皮、硬い皮膚といっても所詮は皮膚であるから、当然、内部に侵轍する。ただ皮膚が硬く厚いので、体内の致命的な部分まで弾丸が侵轍せず、即死には至らず、なかなか死なないのだ。
1980年代にて、当時増えすぎたアフリカ象はケニア軍が処分していたのだが、ヘリコプターの上から.308の軍用小銃をめった撃ちして倒していた。当然、一発で即死というわけにはいかず、耳の後ろへ数発~数十発、撃ちこんでやっとだった。
この世界のドラゴンの大きさは様々だ。今回の場合であれば以前戦ったドラゴンと比べると一回り大きい。
その事を考えれば全高が3m~20mもあってもおかしくない。しかも硬い鱗があるというおまけ付きだ。
という事は、ライフル弾どころか象撃ち銃すらも期待できない可能性も十分にある。それ処かアンチマテリアルライフルでやっと傷付くか、傷付かないか位のレベルも十分にある。
そうした可能性も示唆された事により流石に今のままの装備ではもたない可能性がいよいよ出て来てしまった。となればBBPの使用もやむなしとなって来る。
「だが、詳しい事についてとか対策はやはりリーチェリカの意見が必要になるな」
確かに実際には飽く迄も自分達の主観で物語っている面も多い。客観的で的確な分析が出来るリーチェリカの意見が必要になる。
「ああ・・・所でその本人は?」
肝心のリーチェリカがいない。こうした話題ならばすぐそこに居てもおかしくない位に食らいつく話題だ。それなのにも関わらずいない。キョロキョロするシンにディエーグが
「サクラ殿と手合わせしているのでは・・・?」
と提言。
そして確実に事実である事を口にしたのは
「勝っているぞ、嬢ちゃんが」
アカツキだった。
この答えにシンは思わず
「は?」
と一言だけ声を漏らす。
この「は?」にはあいつ何をやっているんだ?、とサクラが勝っている事に対するものだった。
「・・・・・」
サクラとリーチェリカがいる現場まで来たシンは現状を飲み込む為に思わず黙って周りを見渡していた。跪くサクラと地面に伏せてしまっているリーチェリカがそこに居た。
激しい戦闘こそはないとは言え、今のこの状況から察するに高度な技術を要する様な手合わせしていた事が理解できた。
何故ならリーチェリカが一対一としているサクラに対して集団用に使うはずの筋弛緩ガスをばら撒いていたからだ。つまりリーチェリカがこうでもしないとサクラを戦闘不能に持ち込ませる事が出来ない事を物語っている。
(お互い、本気こそ出していないが、サクラの方が上手だったか・・・)
こうした状況をある程度飲み込んだシンに跪いているサクラが
「シンか。このリカと言う女とはどんな関係だ?」
と単刀直入に訊ねた。
藪から棒の質問にシンは眉間に皺を寄せながら
「単刀直入だな・・・と言うか何の話だ?」
と訊ねる。
「シンはこのリカと言う女とはどういう関係だ?」
「それは分かってる。そうじゃなくてどうしてこの話になったんだ?」
どことなく痺れを切らしている様なサクラに対してそう改めて訊ねるシン。その言葉にサクラははっきりと言ってやろうとする。
「・・・・・」
だがすぐに口籠るように黙った。
サクラの質問は「そのリカはシンの娘と言っていた!お前の娘と言う事は母親は誰だ!?」と言う意味合いも取れる。それは事実そう言う意味もあってその質問をしたのだが、それを訊ねるのは何か違う様に感じたサクラは瞬間的に顔を紅潮して別の意味合いの説明をする必要がある。
だからすぐにその説明をし始めた。
「このリカと言う女はシンと顔見知っていたし、知らない物を知っているから日本人かと思って・・・な」
流石政を携わる王族と言った所か、確かにサクラとしても知りたい質問であると同時に本当の意味での質問をすり替える事が容易に出来た。
「・・・どう説明したんだ?」
何か引っ掛かりを感じたシンだがその原因はリーチェリカにあると考えてリーチェリカの方へ向いてそう尋ねた。すると動けないリーチェリカは
「えへへ・・・娘」
笑って誤魔化し気味にそう答えた。はっきり言えば「てへぺろ」と言わんばかりの態度だった。傍から見れば見た目が14~5歳程の少女の姿でおっとりとして優雅な雰囲気があるから尚更可愛く見える。
だが内容が内容なだけに真面目な面が多い。だからそれでなぁなぁに済ますのは悪手過ぎる。
「・・・・・」
だから、少し呆れたシンはただ黙っていたのだ。