309.2人との出会い
レンスターティア王国の国王在住の王城にて。
第2の謁見の間にて国王の前にはサクラが跪いていた。周りには数人程の護衛と王妃がいた。
「サクラ嬢」
そう尋ねる国王の目は酷く心配していた。
「はい、陛下」
答えるサクラの声には空元気の様にどことなく力が無い様に感じる。その声を聞いた、その場にいた全員がサクラの身を案じた。
一息を入れる為に間を空けてから口を開く国王は穏やかな口調で訊ねる。
「聞くに当たっては何でも従者に束縛が強すぎると耳にしているのだが?」
「・・・はい」
力無い声で答えるサクラ。
その様子に小さな溜息をつく国王は更に穏やかで諭す様な口調で語り掛ける。
「・・・あまり耳に入れたくない事が入ってそうなっているのは理解している。だが、だからと言ってそれをしてもいいという理由にはならん」
国王が言うそれと言うのは当然サクラが使用人の手首に糸を巻き付ける件の事だ。従者に糸を巻き付ける行為について王国中に知れ渡っていた。しかも雇う度にその巻き付けた糸が原因でケガをしたり、拘束される事に心身疲労が祟ってそのまま暇を、辞める者が多くいたのだ。その事については当然国王の耳にも入る。このままではエイゼンボーン家の名前の格が下がってしまいかねない。それは避ける為にも、と国王はサクラを呼び出して事情を知っている者達だけで構成させて面識を図ったのだ。
こうして面と向かって事で理解できたのが、サクラの様子だった。
国王は目を細めて「無理もない」と言う心境になる。と言うのは慕っていた父と母が幼い頃に亡くなってから貴族社会に放り出された様な面もある。確かに教養や教育は受けているが経験自体が浅い。それ故に子供染みた面が露わになった時、サクラ自身の首を絞める目に遭っている。
こうした事態には前々から知っていた。だが、国内事情がゴタゴタとしていた為、サクラの件について関わる事が出来ずにいたのだ。
だからここで動く事にしたのだ。
「・・・はい」
国王が案じている事にサクラは力無く返事する。憔悴している・・・とまではいかなくともこのままではいけないと考えてしまう程にまで追い込まれつつある。そう感じさせるサクラに国王は一計を案じた。
「そこでかつて余の執事として動いておった息子と同じく働いておったメイドの孫娘にサクラ嬢の屋敷で働くという事に手配した」
それは国王公認の従者をサクラに就かせるといった方法だった。国王はサクラと違って相当長い間人と接してきた。善しも悪しも同時に見てきた国王はその従者達とも接して知っている。
紹介した2人は元国王直属の執事とメイドの親族の上に同じ職についているから箔が付く。その上、国王が認めた人物。だから彼らに任せるのが良いと判断したのだ。
その事について考えが及んでいないのか、サクラは首を傾げていた。
「それは、どういうつもりで」
サクラの言葉に国王は穏やかで力強い言葉で
「信じて見よという事だ、サクラ嬢」
と言い切った。
「・・・・・」
そんな国王にサクラは黙ってその命令を承った。
「お嬢様、御血を」
そう丁寧な口調でたっぷりと動物の血液が入った杯を持ってきたのはステラだった。ステラは丁寧ですぐにでも笑顔が出来るような顔でサクラの顔を覗き込んだ。
そんなステラにサクラはジロッとステラの右手を見た。その右手首にはサクラの魔法による糸で括られていた。
「お前は気にならないのか?」
サクラの猜疑心で訊ねる様な口調でそう言うと、ステラはにこやかな笑顔で
「気になりますよ」
と答えた。
とても嘘や無理している様子などはなかった。正直に答えていた。
「ならば何故逃げない」
今まで雇ってきた従者達は縛り付けるサクラの事を恐れていた。だがこのメイドは違う。明らかにサクラの事を信用していた。そればかりか自分の手首に巻き付けられた糸の事をまるでアクセサリーのように扱っているか様な雰囲気があった。そんな様子のステラにサクラは驚いていた。
「逃げる気等毛頭ございません」
この言葉にも嘘や無理をしている様子などなかった。ステラは心の底からそう言っていたのだ。
「・・・・・」
そう判断したサクラは目を大きくしてステラをジッと見ていた。
書斎で書類と格闘しているサクラはペンを動かしながら
「アルバと言ったな?」
と訊ねた。
「その通りでございます、お嬢様」
そう答えるアルバはサクラがこなしている作業をサポートという形で執務をテキパキとこなしながらそう答える。
「アルバ、その手首にある糸の事をどう思っている?」
サクラがそう尋ねるとアルバは執務をこなしながら2秒ほど経ってから答え始めた。
「正直に申しますると、作業面では酷く邪魔な時がございます。しかし・・・」
言葉の区切りの所で丁度執務が終えてまとめた書類をサクラに手渡した時に
「これがお嬢様のお望みとあらば」
と曇りも澱みの色が無いスッキリとした答えを口にした。
そんな様子のアルバにサクラは黙ったまま
「・・・・・」
書類を受け取り、アルバの姿を数秒程眺めて作業に戻った。
ある日の昼下がりの事。
それは突然だった。
フッ
「「!?」」
アルバとステラの手首に巻き付けられていた。あの糸がその時を境に瞬時に消えたのだ。その瞬間を見た2人は目を大きく見開いてしまった。
この事からまさか、自分の主の身に何か起きたのかと連想して即座にサクラの元まで駆け寄った。
「お、お嬢様、これは・・・!?」
少し息を切らしながらサクラがいる部屋まで来たアルバとステラにサクラは一筆終えた手紙を封筒に入れた直後だった。
「逃げるつもりがないのだろう?」
そう答えつつ、封筒に蝋を利用して封するサクラは一瞥もせずにそう尋ねた。
「「・・・・・」」
「何か軽い物を用意してくれ」
黙っている2人にサクラは小腹が空いている事を言う。
その言葉に2人はハッと我に帰る様に気が付き
「「・・・畏まりました」」
と返事をして一礼をして直ちにサンドイッチの様な軽食を用意しようと動き始めた。
その時
「それから・・・」
サクラが言葉を繋げた。その言葉に気が付いた2人はサクラの方を向いた。
「すまなかった」
面と向かった時にサクラは謝罪の言葉を口にした。この謝罪の言葉はサクラが従者達の手首に糸を巻いた事に対する謝罪の言葉だった。
その言葉を受け止めた2人は
「「お気になさらずに」」
と言って一礼して軽食の用意を再開した。
白い景色。
その奥には誰かが立っていた。
「気に入ったものは兎に角手に入れた」
サクラは奥にいる誰かを確認する為に歩み始めた。
「物は裏切らず、逃げない。だが人は裏切り逃げていく。だから逃げない様に裏切らない様に糸で縛る」
そのまま歩いていけば行く程その人物の影が大きくなる。近付いている証拠だ。
「そうでないと解れば、縛る必要は無い」
その影が自分よりも少し背が高く、男であると理解できた。
「他に・・・他にワタシが気に入る者は・・・」
その人物の影はサクラの存在に気が付き、後ろへと振り返ろうとした。
サクラはその人物の顔を見た時、目を大きくなり景色は白く輝いた————
白かった。
目を覚ました時にあったのは誰もおらず、何も無かった。あるのはただ只管に白かった。
「・・・・・」
寝ぼけ眼でよく見れば、それは白い天井だった。天井である事を理解できたのは自分の身体の感覚で今横になっている事を理解していた。だから今自分が見ているのが天井であるとすぐに理解できたのだ。
知らない白い天井にサクラは思わず、そのまま見たまま事を口にした。
「白いな・・・」