306.せざるえない
ぐったり。
そう言わんばかりに力が抜けているサクラの体は一気に重くなっていく。そんな状態のサクラにシンは
「サクラ!?サクラ!!」
と声を張って意識があるかどうかを確認する。
「・・・・・」
意識はあるようだ。少し体に力が入っているのが背中から伝わる。
だが、ハァハァという徐々に激しくなっていく呼吸使いにシンは嫌な予感がした。
「いつからだ?いつから具合が悪かったんだ?」
「・・・あの怪物に、だ」
(っ!急にという事はあの時、アマノジャクから何か受けたのか・・・!?)
その返答にアマノジャクがサクラに何かしたと判断したシンは考えを巡らす。
(独特の生臭さがあるな・・・もしかして、これがその原因か?)
サクラの体、正確には体の一部から何か生臭い物が漂っていた。毒の可能性がある。
(ダメージを受けている上に、この環境下・・・。具合が悪くならない方がおかしい話か)
更に今のサクラにとって過酷な環境だ。悪化した体調を更に悪化してもおかしくない話だ。早く何とかしなければならない。
(拙いな・・・。もし毒か感染症の類の可能性なら現状では助ける事が出来ない。すぐにでも仲間との合流を試みないと・・・)
シンがそう考えて上空の方を見ようとした時だった。
「ボス、嬢ちゃんの執事たちがその場から離れる形で移動しているぞ!」
「!」
その報告を聞いたシンは顔が険しくなった。
「多分だが、ボスの周辺の地域は過酷な紛争地域になっている様な状態だ。ナマハゲの激しい移動とアマノジャクの散り散りの移動のせいで合流も難しい。間違いなくナマハゲとアマノジャクとの衝突だろう。それに巻き込まれる事だけは避ける為に執事連中は一時撤退に踏み切ったんだ」
「っ・・・!」
歯噛みするシンは一先ず、安全で少しでも低い温度から逃れられる場所を探した。
「!」
そこは少し登れると長い年月をかけて横穴という形で出来た洞穴があった。シンはそこなら問題ないと考えて
バシャッ!
水辺から離れてその洞穴へ入っていった。
「・・・・・」
徐々に息遣いが荒くなっていくサクラにシンは一先ず、サクラを横にさせて状態を見た。
(バイタルは多分安定していないよな・・・)
多分どころか絶対安定していない。
改めてそう考えたシンはサクラの顔の方へ近付く。
「・・・・・」
シンはサクラの額に手を当てた。
(思ってい以上に熱があるな・・・)
目を細めてそう考えたシンは更に様子を見た。その時サクラの肩に触れた。
(そのくせ、全身に着地した時に浴びた水のせいで身体を冷やしてしまっている。おまけにアマノジャクに不意を突かれてダメージを受けてしまっている)
恐らくだがアマノジャクは短絡的に動く群れで行動する霊長類の様な生き物なのだろう。最初はナマハゲ達の子供を狙っていたが、上手くいきそうになかったから急遽体が小さく弱そうなサクラを狙ったのだろう。
だから対応できるはずのサクラが、アマノジャクにタックルを喰らってしまったのだろう。しかも警戒心の強いはずのサクラが予め何も用意しなかったのは逸脱の民であるナマハゲの事を考えて何もしなかったのだろう。
そう考えていたシンはサクラの腹の所を見た。
「!(腹には微かに切り傷があるな・・・。爪にでも毒でもあったのか?)」
その傷は小さなナイフのような物で軽く切られて様な跡があった。この事から、やはりアマノジャクがタックルを喰らった時に何かされたと考えるべきだろう。
そう判断したシンは毒と判断してどうにかしてサクラを医療が充実した所へと移動せねばならないと瞬時に考えた。
(どうにかしたいが、合流は不可能。サクラはこんな状態。地形的に移動は1人がギリギリ。かなり厳しいな・・・)
そう。
現状はかなり厳しい。しかも仲間とは相当離れている上に避難している事を考えれば、尚更頼れる相手はすぐに連想で来た。
その相手の所まで行くにはまず、移動する必要があった。
「・・・・・」
今は谷底にいる。登ろうにも人一人で移動するのがやっとだ。サクラを抱えて登るにはかなり厳しい。
常人ならば。
「・・・・・」
こうした状況にどうするべきか、ベストな方法は何をすればいいのかをすぐに考えたシンはサクラの顔を見た。
「・・・・・」
息づかいが激しくなるサクラは朦朧とし始めた。それを確認したシンは眉間に皺を寄せて目を細めて小声で口を開いた。
「アカツキ・・・」
真剣で逼迫したかのような声にアカツキは
「何だ、ボス?」
とどことなくシンが何をするのかを理解出来たかのような口調で訊ねた。
「この近くで着陸しても問題なさそうな地点を検索してくれ」
「OKボス」
シンの言葉を聞いたアカツキはやはりかと言わんばかりの口調でそう答えた。
「・・・・・」
シンはサクラの傍まで来て、屈んだ。
「・・・やるしかないか」
シンはそう言って、まずサクラの腹部に持っていた手拭いを当てて止血した。止血し終えたシンはそのまま立ち上がって
シュル…
ファサ…
自分の上着と肌着をその場で脱いだ。BBPを晒した状態でそっとサクラの体が密接に慣れる様にもっと近付いた。
メキ…
シンのBBPが形状を変えていく。
メキメキメキ…
徐々に触手状になって
ソッ…
サクラの体を包む様に巻き付けて持ち上げ始めた。
「よし・・・」
そう言ったシンは洞穴から出た。
洞穴から出たシンの姿は異様なものだった。
上半身を脱ぐ形の半裸になったシンの両肩からはBBP特有の黒い質感の太くて長い触手が伸びており、サクラを包帯の様に巻き付ける様にして包んで自分の背中に背負い込む様な形で固定していた。
「・・・・・」
谷底にいる自分達がいかにして登れるかを、理解する為に状況を確認するシンの目はキョロキョロと異常な速さで最適解を探した。
「・・・!」
シンの目がビタッ!と止まった。
どうやら見つけた様だった。
その証拠にすぐに行動に移した。
ドッ!
力強く大きな音が出ている割にシンの身体自体がフワッと軽い羽根が浮き上がっているかの様な軽やかでG等の衝撃が無い様な形で跳んだ。
「・・・・・」
流石に今の出来事にサクラは薄らと僅かに目を開けた。
「・・・・・」
自分が飛んで浮いている。
サクラの視点からは見上げた空が映っていた。それだけの光景だが、自分が飛んで浮いているのが感覚として理解できた。
「・・・・・」
見上げる空への視線を切り、身体が微動だにしない状況にサクラは自分の状況を改めて周りを見た。
「・・・・・・・・!」
サクラの目に映ったのはシンの黒い部分が自分の身体の方へと続いて拘束、と言うよりも安全の為に固定されていた事に理解した。
「・・・シ・・・・・ン」
サクラはそう呟きを口にして再び目を瞑った。
体力の消費と言う理由もあるが、あの黒い触手が帯の様に包まれたあの感触が心地良かった。
それは赤ん坊の時に肌触りの良いおくるみの布に包まれたかのような酷く安心できるあの感覚だった。
「・・・・・」
シンはサクラの呟きに目を少し細めた。
同時に一定の所まで飛んで着地したシンは次の所まで跳ぶ場所を確認したシンは同じ要領で跳んた。
フワッ…
「っ!」
!
跳んだ先にいたのは複数体のアマノジャクがいた。アマノジャク達は谷底へと降りようとしている最中だった様だった。
「邪魔だ」
シンがそう呟いた瞬間に
ズ…
アマノジャク達の首元に一筋の赤い線が浮かび上がり
ズルリ…
シンの視線はおろかシンが居る位置とアマノジャク達がいる位置が上と下とズレて、誰もアマノジャク達の結末が誰も分からないものとなった。唯一知っているのは確実に絶命まで追い込んだシンだけだった。
フワッ…
「着いた」
シンがそう言ったと同時にそのまま着地した。そこは谷底へと向かった時に飛び降りたあの崖だった。
同時にワラワラとアマノジャク達がいた。
ピャウ!
着地と同時に風を斬る様な音を鳴らしたシンの目は何も映らない黒いものだった。
そして確実に生きているアマノジャクはどこにもいなかった。