305.瞬時の出来事
「「お嬢様!」」
そう我が主の名を叫ぶ2人は半ば身を乗り出しそうに前に進む。その様子を見たカナラは
「行ってはならん!」
と声を強く張った。
「なっ!?」
カナラの言葉に短い反論の言葉を投げかけるステラ。その言葉を発したステラをそっと手で制するように促したアルバはどういう事かと言わんばかりの眼差しでカナラの方を見た。
「この近辺にアマノジャクがいるという事はナマハゲらは山狩りをする!此度の事に変に関われば命を落とす事になり兼ねん!」
気迫ある声に滅を細めるアルバ。
「つまり・・・」
「変に関わればアマノジャクに襲われる事になるかもしれませんし、アマノジャクと間違えて殺されるかもしれないという事でございますか?」
ステラは思いたくない言葉を口にしようとした時、代わりにアルバが答える。その言葉にカナラは頷いた。
「・・・逸脱の民は想像以上に賢い。間違えて殺したとなれば向こうは反省をしてころさないようにするが、後々がややこしくなる。万が一こちらの事を敵と判断した場合はこの国の民にも危険が及ぶ。下手に動く事は許さん」
「そんな・・・」
「・・・お嬢様・・・シン様の安否は?」
ギュッと拳を握り締めるステラに、剣呑な心境を堪えつつ2人の安否を尋ねる。そんなアルバとステラに目とギュッと瞑ったカナラ。
「誠に遺憾だが、温りが冷めるまでは動けんと思うてくれ」
「「・・・!」」
答えづらい答えにショックを受ける。特に自分達の主であるサクラが危機に瀕しているというのに動く事が出来ない事が何よりも大きかった。
「此度の件については、ありのままに報告する。そちらもそうして頂く事を強く勧める」
「「・・・・・」」
オオキミ武国の危険性は周辺国では周知されている。それはレンスターティア王国もそうだ。
それ故にその国で命を落とす事になったとしてもこうした事情であれば責任は自己のものとなる。
だが、今回は事情が違う。仮にも王族が行方不明になった。それは大きな外交問題になる。
だから今回の件についてはお互いに慎重に議論する必要がある。
「「・・・・・」」
事の重大さに顔を歪めて下の方へ俯くアルバとステラ。その様子にカナラは目元を細めて
「サクラ殿の力量はそちらが良く知っておろう?案ずる必要は無いはずだ」
と諭す様に言った。
「・・・しかし!」
荒げ気味に声を張るステラにアルバは冷静な口調で
「・・・確かに事実でございますが、それでも我々はお嬢様に忠を捧げる事を誓った身。ここで指を咥えて待てと言う方が如何なるものかと」
と何か強いものを感じさせる反論を講じた。
その言葉を聞いたカナラは一息吸って
「ならば主を信じよ」
力強く芯の通った真っ直ぐな言葉を言い放った。
その目には刃が宿っていると言って良い程に鋭くて、決して有無を言わせない様な瞳だった。
「「・・・!」」
その瞳を見た2人は思わず黙ってしまった。
その様子を見たカナラは目を閉じて小さく頷いた。
「知らぬ事の方が多いとは言え、あの御仁ならば問題無かろう。それに・・・」
少し一息整え目を開けて
「あのシンという男には目を見張るものがあると思うが?」
「「・・・・・」」
と自信ある答えを口にした。
その答えを聞いたアルバとステラは目を細めて黙る。
「一先ず、崖の下を散策する形で戻る事とする」
黙っている2人にカナラは意を汲みつつ、危険が無く、可能な限り安全に戻ろうという方面で動く事を提案した。
「・・・畏まりました」
「アルバ様!?」
カナラの提案に乗っかったアルバの判断にステラは何を!?と言わんばかりの顔になってアルバの名を上げる。
そのステラにアルバはステラの方を向いて
「ステラ、お嬢様を信じなさい」
と真っ直ぐな目でそう言い切ったアルバ。
「・・・・・」
アルバを見たステラは黙った。
数秒程経った時、ステラはコクリと一礼して
「承知、致しました」
とカナラの提案に承諾した。
そんな様子の2人にカナラは小さな声で「フム」と唸った。
(良い従者達だ)
そう思い目を細める。
(あの時・・・)
それはシンが崖の方へと飛び込んでいく光景を思い出していた。
(自分から進んで飛び込んだのは、拙者達かナマハゲに真の力を見せたくなかったからか?)
自分から飛び込んだ時の光景でどことなく状況的に不利だからそのまま崖から飛び降りたというよりも、仕方がないから飛び降りたかのように見えた。
そう感じたカナラは今一度、崖の方へと目を向けた。
(いずれにせよ、見つけてからの話か・・・)
トッ…
トッ…
トッ…
柔らかくも乾いた物が固い物にぶつかる音が谷の中で響いた。その音は音が鳴る度に下へ下へと落ちていく様に感じさせる鳴り方だった。
「・・・・・」
鳴らしていた音の正体はサクラを背負ったシンだった。シンはそのまま落ちていくにつれてそこの方に何があるのかをすぐに理解して
「っ!」
一気に息を吸って
ドボンッ…!
谷底に流れている川の中に入った。だが思いの外、川自体は決して深くなく脛の真ん中程度位の浅かった。
冷え込んだ谷の底まで着いたシン達は着地した瞬間に飛んだ盛大な水飛沫をシャワーの様に浴びた。そのせいで一気にずぶ濡れになってしまった。
濡れ鼠になってしまったシンとサクラだが、その事について言及どころかリアクションすら起こさなかった。
何故なら
「・・・結構しつこいな」
「ゲホッ・・・ああ」
谷底には無数のアマノジャク達がいたからだ。どうやら谷底に落とされてきた事も含めて動いているようだった。溜息交じりに一息吸った分の息を吐きだした。
しかもこの中には上にいたアマノジャクがいた。どこかに下って行けれる道があるのだろう。でなければここまで早く来ない。
「・・・煩わしい」
一瞬の前に位前は全くこちらにはノーマークだったのにすぐにこちらに狙いを付けた上に明らかに見る限り弱そうなサクラを狙っている。こうした悪辣さと気まぐれの様な反応に苛立ちを覚えた上に明らかに悪意と敵意がある。これらの事にシンは
ザワッ…
全身から殺気立った。醸し出した殺気は酷く凍えた身を斬る様なものを感じさせ、目は奥底に何かがいるのかが分からないはずなのに確実に何かがおり、決して姿を見せてはならない何かが宿っている恐ろしいものを感じさせる目。
その瞬間
「!」
ッ!
その場にいたシン以外の者達は全身に力が入った。
先に気が付いたのは背負われていたサクラはすぐに感じて身構える。次に気が付いたアマノジャク達は身構え
ヘオオオオオオ…
威嚇の唸り声を上げる。その唸り声は独特だった。
「・・・・・」
殺気立つシン。
パシャ…
パシャ…
パシャ…
ジリジリと寄って来るアマノジャク達。
食うか食われるかのこうした状況だ。アマノジャク達はどこまでなら問題なく手を出す事が出来るかを探るべく動いていた。
そして、事態は大きく動いた。
ギャオオオオオオ!
今の状況に耐え切れなかったのかすぐに行動に移したアマノジャクが出た。
「・・・・・」
その瞬間を見逃さなかったシン。
ピャウ…
「!?」
風が切る様な音と共にサクラは一瞬だが何かを見た。
ズル…
!?
同時にアマノジャク達の身体に赤い一筋の線が浮かび上がってすぐにずれ始めて
ブッ…シューッ
赤い噴水が出来て
バシャ―ン…
アマノジャクだったそれはそのまま倒れた。
「こうした生き方か・・・」
倒れたアマノジャク達の死骸を見たシンはジロッと視線を向けて
「本能に従って生きていろ」
と酷くイラつき、冷たい怒声を口にした。
その時だった。
ガクン…
力無くなった事に気が付いたシンはすぐにサクラの方を見て
「サクラ!?」
と谷で呼びかけの声が木霊した。