299.今後
ギィ…
朽ち果てていく事しか知らない様な数々の廃屋の内の一つの家屋の扉が蝶番が悲鳴上げつつ開いた。
仄暗い家屋の奥から出てきたのは
「ここは?」
城壁都市にいた冒険者だった。
あまり見た事の無い光景に冒険者はキョロキョロと辺りを見渡した。
だが言うまでもなく辺りは廃村の一画でこのまま朽ち果てていく事しか知らない光景だった。物々しい喧騒が多くあった城壁都市は違って、人気が無く不気味なまでに静けさがあった。
「ここは城壁都市より6km程離れた廃村だ」
その廃村について簡単な説明をするのはここまで案内したウルターだった。
「だいぶ歩いていたからかなり遠い所だろうとは思っていたが、こんな所まで繋がっていたのか」
そう言って後ろの方を見る。見た方向の先には仄暗い家屋の奥には倉庫の為に作られた地下室があり、その地下室から次から次へと人々が出てきた。どうやらここから城壁都市からここまで掘っていた様だ。
「お館様、この様な地下道は・・・」
「いや、知らぬ。私も初めてだ」
しかも、城壁都市の関係者、領主の立場であるお館様ですらも知らない事実のようだ。
「この地下道は吾輩が掘ったものだ」
「ウルター殿・・・」
説明しながら家屋から青白い2つの光を揺らしながら出てきたウルターはお館様の方を見ていた。
「何から何まで忝い」
お館様は頭を軽く下げて礼を言う。
「よい、所用のついでの事。礼には及ばぬ」
「所用?」
「うむ」
「そうか・・・」
手の突き出しと首を横に振りながらそう答えるウルター。そのウルターの言葉でに気になる単語に気が付いたお館様は何となくウルターを見てある事を思い出した。
「ところでウルター殿の鎧を見ると昔の事を思い出しますな」
「昔?」
首を傾げながらそう尋ねるウルターにお館様は懐かしみながら遠い目で子供の頃を思い出していた。
「子供の頃、高笑いする死神の話をよく聞かされておりました」
それは所謂御伽噺の類に当たる内容だ。夜中に夜更かし等すると高笑いする死神が現れて連れ去れらてしまう、と言う内容だ。
その事を聞いたウルターは
「・・・そうか、「高笑いの死神」か」
と呟く様に答えて何かを思い出していた。
その様子に何となく気になったお館様は
「ウルター殿?」
と声を掛ける。
だがウルターは首を振って今後の事についてを訊ねた。
「いや何でもない。それよりも今後どうするかについては決めたな?」
「え、ええ、ここら一帯を一先ずは立て直すつもりで構えまする。ですが・・・」
言い澱むお館様にウルターはズバリと
「金か?」
と訊ねた。
そしてそれは言い当てた。
「はい。ここまで持ってきた金品は一先ずは何とかこの冬は凌げる事は出来ますが・・・」
今ある金額では今年の冬は越せても今後の事はかなり難しいものになる。自分一人ではどうにかできるが、自治していた都市民を食わせていくにはかなり難しいものになる。下手をすれば身売りや餓死者が出て来ても変な話ではない。
その事について悩んでいるお館様にウルターはすぐに提案した。
「・・・元いた城壁都市の近くにダンジョンが出来つつあった」
「ダンジョン?」
ダンジョン。
その存在は人々に恵みを齎し、同時に災厄を齎す、もう一つの自然。
それが付近にあればただの小さな集落が数年もかからずに大都市になる。だがダンジョンにはあらゆる生物や未確認の人工物と思しき魔法による可動する何かが跋扈し、定期的にそれが溢れ出して人々に牙を剥く。
そうした2つの面のある存在が城壁都市の近くに出来つつあったのだ。
「あのダンジョンは恐らく城壁都市まで広がるだろう。臨時の冒険者ギルドを設立し、調査を行いつつ、人が寄ってこれる様に設けよ」
的確にそう言うウルターの言葉にはどことなく慣れている様に感じる。
だが対してお館様は
「そ、そんな・・・ダンジョンが出来ていたとは・・・」
ダンジョンが出来る事による利潤が得られる嬉しさとまさか脅威となるダンジョンが出来る事に驚きが混じり合った言葉が零れていた。
「ウルター殿、その報告に感謝する。そして、ここまでしてくださった事に深く感謝を述べる」
「よい、先程申したであろう?ついで、だと」
再び手の突き出しと首を横に振りながらそう答えるウルターに自然と笑みが零れるお館様。
「そうでしたな。ところで・・・これからどちらに向かわれるので?」
ウルターの身分についても一応は確認していた。研究家で旅人で冒険者でもあるウルターは各地で転々と旅していた。
そんな根無し草同然のウルターは
「そうだな・・・一先ず壁外の冒険者の安否を確認でもするとしようかと思うておる」
と答える。
確かに何かしらの用事で城壁外に出ている者達もそれなりにいた。それこそ冒険者や旅人等だ。
「委細了解した。出会ったのであればここの事について知らせてくれ。貴殿に幸あらん事を」
お館様はこれからすぐにでもこの廃村を新たな自治して人々を守らなくてならない。だからここでウルターとも別れるから、素気なさを感じさせる挨拶を交わした。
「うむ」
ウルターもその事について理解出来ているから、そう答えてすぐにその場を、廃村を後にした。
背の向こうには城壁都市にいた人々がウルターの方に手を振っていた。
しかし、ウルターは振り返る事もせずそのまま先を進んで行った。
「あ~、痕が・・・」
うわぁ・・・と言わんばかりにナーモの上半身、主に背中にあるドラゴニュートの握られた痕を見て痛そうに言うシーナは顔を歪めていた。
「だが大半はすぐに消えていく。問題は無かろう」
シーナと共にナーモの上半身の跡を見て打ち身の様に紫色に変色した痕を見たジロウは安心させる様にそう言った。
「そうですか・・・」
ナーモはジロウの言葉にどことなく気の抜けた様な返事をする。
そんな様子のナーモにシーナ達は疲れているのだろう、と考えてそれ以上何も声を掛けなかった。
「でも何であんなに殺す気満々だったのに・・・」
「ね」
別の話題、ドラゴニュート達があれだけ殺気立っていた様子が一気に消えた事へについてを話し合おうとした。
その時、ジロウがエリーの方を向いた。
「エリー殿」
「は、はい・・・」
ジロウがそう声を掛けるとエリーはビクッと体を震わせてジロウの方へ向いた。
「先程のは「手話」か?」
確実な単語「手話」。
この言葉は下手すれば日本人と言う事実に触れられる重要な単語。
最早自分が元日本人である事が明るみになる。
「え、ええ・・・まぁ・・・」
言い逃れが出来ない。
そろそろ覚悟を決めて事実を話すか。
「では、エリー殿は・・・」
生唾を飲み込むエリー。
そして次に口から出た言葉は・・・
「「逸脱の民」が手話で会話している事を予め存じておったのだな?」
「・・・・・え?」
的外れだった。
そればかりか、手話についてはそれなりに浸透している上に勝手な解釈をしていた。
この様子だとジロウはエリーが手話について俄か程度に知っていてある程度の挨拶が出来る、学者にでも目指している少女だと考えているようだった。
「それならそうと何故・・・と、エリー殿は若かったな。すまない、配慮が足りんかったな」
若いから出しゃばるような真似しても出させてもらえない。それにその知識を持っていても若い上に世間知らずな少女にとっては碌な事にならない事の方が多い。ならば言わぬが花である事の方が多い。
そう考えたジロウはそれ以上追及しなかった。
「いえ・・・」
勝手な解釈で何とかなった。
ジロウの無自覚の自爆で助かって少し呆気なさを感じる安堵に浸った。
対してナーモは自分の腰に下げていた霊剣の方へと目を向けていた。
「・・・・・」
何故あの時、霊剣が抜けたのか。
そう言わんばかりにジッと腰に下げていた霊剣を見ていた。