295.シカエシ
街中を走る避難民達はある場所に向かっていた。その場所は安全で貴族にも庶民にも親しみのある場所だった。
「もうすぐ、ギルドだ!」
それはこの城壁都市支部ギルドだ。ギルド自体は全世界の国々にほぼ配置されている為、知らない者の方が珍しい。
同時に非常時には避難できる丈夫な施設として活用ができる為、戦時中や大災害等に使われている。
「おーい!ここだ!ここ!」
ギルドの扉から半身出してこっちに来るように大きく手招きする男は制服を着ていた。その制服は兵士の物では無かった。ギルドの職員の服の様だった。
「早く!」
女性職員も大きな声を掛けて誘導を掛ける。
その誘導の言葉に一気に走り駆け込むかのように駆け足でギルドに駆け込む避難民達。
「はぁはぁ・・・助かった・・・」
「死ぬかと思った・・・」
「パパァ…ママァ…」
ギルドに入り込む事に成功した避難民達は安堵で胸を撫で下ろした。だが失ったものの方が大きすぎてショックを受けたり、子供に至ってはぐずり出していた。
「・・・・・」
こうした惨状にただ黙っているしかなかった誘導していた兵士側と冒険者側はすぐに動き始めた。
「兎に角もっと安全な所へ・・・」
そう言ってギルドの奥へと誘導し始めるギルドの職員。そんな対応に避難してきた男は疑問を口にした。
「は?ここでは無理なのかよ?」
「・・・はっきり言って無理だ」
首を横に振りながらそう答える冒険者の男。
「あいつらの力の事を考えればこの建物自体ではもたない・・・」
「だから今いる所以上に安全な場所に移る必要がある」
冷静に考えればあれだけ巨大で群れで行動している生物が暴れ回っていればいくら丈夫な建物とは言えども必ず崩壊するのは間違いない。
時間の問題だ。
だからギルド支部以上に安全な場所に移る必要がある。
「・・・・・」
流石に冒険者絡みや軍事絡みとは一切関係のない人間すらも理解させられる。だから無言で肯定を示した。
全員が移動する事に賛成している事を空気で感じ取った一人の冒険者が武力を持つ者の代表として代弁に入った。
「俺達が時間を稼ぐから、女子供は優先してくれ」
安全な場所へ移動するにしても外はドラゴニュート達がうろついている。しかも彼らは賢い。だから家屋に隠れているという手段は当然理解できている。だから必ず家捜しする。ここに居ても外に出ても危険は拭う事は出来ない。
そこで冒険者達と兵士達が囮となって避難民を更に安全な場所へと向かわせるという方法ととる事にした。
「・・・・・」
当然この無言は他に手段はなく、議論している時間も惜しい。だから自然と肯定の無言となった。
グルルルル…
ギルドの周りにはドラゴニュート達が集まり始めて自然と囲む様な形をとっていた。
ここまでくる道中、ドラゴニュート達は建物全てを窓から覗いたり、聞き耳を立てたり、荒っぽい方法ならば建物自体に攻撃を加えて逃げ出してくるかどうかで、人間の存在の有無を確認していた。当然目的は駆除だ。
見つけ次第、人間をそのまま殺しに掛かった。方法は様々だが、どれもこれも惨くて即死レベルのものばかりだった。
そんなドラゴニュート達に
「おい!化け物!」
と張る声が聞こえた。
ッ?
ドラゴニュート達は声がする方へと向いた。
「貴様の相手はこの私だ!」
そこに居たのはお館様の息子だった。何故ドラゴニュート達に向けて声を張ったのかと言うのは
(私が囮になって、他の者が弓矢で射る。こうする事で確実に1体位なら・・・)
そう、ドラゴニュート達の視線を自分の方へと釘付けている間に瓦礫や崩れかけた建物の中、といった物陰と言う物陰から矢で射るという方法を取ったのだ。ドラゴニュートの皮膚の事を考えれば矢が突き刺さる事は無いが、明らかに柔らかい部分は突き刺さる。
例えば「目」とか。
ギョロッ…
「・・・っ!」
この時確実な殺気を感じ取ったお館様の息子は思わず一歩程後ろに引いてしまう。同時に矢を射ようとしていた者達も同様の反応をした。ドラゴニュート達は強い怒りと憎しみを持ち、親の子の敵と言わんばかりの殺気だった視線をお館様の息子にぶつけた。
「・・・・・!」
その殺意はジロウにも突き刺さった。
「・・・!?」
ナーモ達も感じ取った様だ。
その殺気は遠く離れた城壁都市からでは無かった。
・・・・・・・・・・
その殺気は自分達の隣にいるドラゴニュートから滲み出ていたものだった。
「・・・・・」
こちらの様子を見ているドラゴニュートの視線と殺気が余りにも強烈で重く圧し掛かり、冷たいものが全身に流れていくのが分かった。
明らかに感じた事の無いプレッシャーだった。そのプレッシャーを受け過ぎて胃がねじ切れる様な感覚を覚えて今にも嘔吐しそうになるニックとエリー。
だがそれでも気丈に振舞い、城壁都市の様子と周りの様子を注視していた。
そんな2人の様子にジロウは問題ない事に少し安心していた。
(ここで吐くかと、思ったが何とか堪えたか・・・)
こうして囲まれて殺意とプレッシャーによって嘔吐してもおかしくない位のものだった。だから実戦経験がほぼ無いに等しいナーモ達は誰かが履いてもおかしくないと考えていたのだ。
だがそうではなく耐えて、尚これからどうするべきかと考えている様子にジロウは感心していた。
(さて・・・)
ジロウはこちらに目を向けてくるドラゴニュートの方を見た。
(・・・ドラゴニュート達がここで殺気を出しつつも、我々に襲ってこない事を考えれば恐らく試されているのだろうな)
目を細めて両手の力を抜いた。いつでも抜刀と周りに控えていたシロウ、ゴロウ、ロクロウにいつでも指示を出す事が出来る様に。
(だが、ナーモ殿達の幼い様子は向こうも理解している。ここまでするのに余程の理由があったのだろうな・・・)
だが下手に手を出すわけにもいかない。何故なら飽く迄もこちらに殺意を向けているが、手を出す気配がなかったからだ。本気で殺す気ではない。本気で殺す気であればもう既に殺されているからだ。
ここまで手を出してこないのは何か試されていると考えるべきだろう。
何かを確認する為に。
「お館様!」
着替え終えていつでも文字通りの「伝家の宝刀」と呼んでもいい位の鞘に収まっている剣を握っていつでも出陣が出来る用意が出来ていた。だが顔自体はどことなく浮かない顔をしていた。
その理由は自分の息子の事だった。息子を育てるのに何をしたからこうなったのか。そんな考えが常々と言わんばかりに回っていた。
そんなお館様に伝令が届いた。
「申せ!」
すぐさまお館様がそう言うが、伝令に来た兵士は沈黙していた。
「・・・・・」
その様子に眉を顰めてもう一度
「申さぬか!」
と催促する様に命令した。
すると伝令に来た兵士は少し口籠り気味に答え始めた。
「ご、ご子息様が・・・!」
伝令兵が最後の方で口を籠らせて言わずにいる様子を見た瞬間
「・・・!」
お館様は思いたくもない「まさか」が浮かんでしまった。
ただでさえ惨状と言える街中であるのだが、更に酷くなっていた。崩れかけていた複数の家屋は全壊して家財道具はもう使う事が許されない形になっていた。崩れなくとも何かしらの形で火の手が上がって火事となっている建物も少なくはない。
建物だったその中にいた者は弓矢を片手に絶命をしていた。死因は様々だが、圧死や四肢、頭部の何れが欠損しているという損壊の激しい形となっていた。
・・・・・
ドラゴニュート達の視線は家屋の壁に打ち付けられた一つの遺体に向けられていた。その遺体は上半身と下半身が互いに別れを告げて物言わぬ存在になっていた。
血だらけになっていたその顔は辛うじて誰が誰なのかが判別できる状態だった。
それはお館様の息子は物言わぬ屍となり果ててしまった。
・・・・・
そのお館様の息子だったそれを拾い上げたドラゴニュートは乱暴に持って行った。