290.是非もない
今後の予定についてなのですが、やはり仕事の関係で時間が取れない上に、今の状況で執筆活動をしても思う様な文章が書けませんので、思い切って休息を取り入れる事にしました。
という事ですので、申し訳ございませんが暫くの間は1ヶ月につき3話のみとさせて頂きます。
楽しみにされている方々には大変申し訳ございません。
余裕が出来次第また投稿頻度を上げていきますのでどうか長くて温かい目で見守って下さると嬉しいです。
床に血痕が少量ながらも残されており、床に伏していた貴族の男の息子。息を荒くして顔を真っ赤にして爆発寸前の爆弾の様になっていた。
そんな室内に
「お館様!」
と大慌ての兵士がやって来た。
「おい、取り込んでいるんだ!」
お館様に付き従っていた側近が、今はそれどころでは無い、と言わんばかりに声を荒げた。だがそれを制止させ、何の報告でやって来たのかは想像が付いていたお館様は想像していた事を口にした。
「よい、それに何が言いたいのかは分かっている!ドラゴニュートだろ!?」
「は、はいっ!」
間違いのない事実に舌打ちをしたお館様は息子にこれ以上要はないと言わんばかりに視線を切って
「非常事態だ!鐘を鳴らせ!城塞都市に来る者達を審査せずに即座に入れよ!これは戦と思え!」
と的確で即時的な命令を下した。
「しょ、承知致しました!」
報告にやって来た兵士はすぐさまその部屋を後にして事に当たりに向かった。丁度すれ違う様に入って来た兵士。
「お館様!」
「今度は何事だ!?」
兵士の態度からしてあまりいい報告ではない事を察したお館様は眉間に深い皺を寄せて口調を強めに立拗ねた。
そしてお館様が想定もしていなかった事を口にした。
「ドラゴニュートがもうそこまで・・・!」
「な・・・っ!」
その報告を聞いた時、自分の血の気が引いて今にも自分の肌の色が青かったのではないかと錯覚する位にまで顔面蒼白になった。
ズン…
その地響きは森の奥から聞こえた。
ズン…
その地響きは足音だった。
ズン…
その足跡の主は身長が7mもある武装したドラゴンだった。
フ~…
そのドラゴンはドラゴンではない。
グルルルルルル…
ドラゴニュートだ。
ドラゴニュートとは大陸では代表格に当たる決して敵に回してはならないものの内の一つ。基本的に4足歩行で動く事の方が多いが、直立2足歩行で動く事も屡々見受けれる。ゴリラに近い体格に長くて太い尾を引きずり、凶暴な肉食竜を彷彿させる頭部には太くて丈夫そうな角が2本と無数の小さな角が鬣のように生えている。背中には翼こそ無いが翼の名残と思われる小さな突起がある。恐ろしい事に火を扱う事が出来るだけでなく、口から火を吐く事が出来る。しかも皮膚が火矢熱に強いというおまけ付きだ。彼らは群れで行動している。雑食だが基本的に植物を食べている事の方が多い。直立2足歩行で動く理由でもある、器用に扱える両手。当然道具や服といった物を作る事が出来る。だから個性はあるものの服や道具を持っていた。
何よりも脅威的なのが知能の高さだ。ドラゴニュートは他の群棲生物とは全く持って違う。人間並みの知性を兼ね備えている。だから生活様式も人間に近い。
道具を作るのは勿論の事、簡単な農業、高度なコミュニケーション能力、罠を張る等の狩りと漁の仕方、群れにおいての役割分担等々何もかもにおいて高度な生態系だ。
無論、戦争の仕方も。
ゴロゴロ…
自分達の身長より一回り大きくて丸い岩を転がすドラゴニュート。
ズリズリ…
自分達よりも相当巨大な亀のような生物の甲羅で橇の様を引くドラゴニュート。
ズン…
共通していたのはほとんどが武装をしていた。持っていた武器は丸太に細かい石の棘を打ち込んだ棍棒に、堅い岩を削って作られた棍棒、鋭利な石器ナイフを片手で握り締めていた。草木で造られた服・・・と言うよりもカモフラージュも兼ね備えた鎧を着こんでいて、中には別の動物の頭蓋骨で造られた盾を持っているドラゴニュートもいた。
この様子からして明らかに戦争をする為にここまで来たという事が素人でもいやでも分かる。
だから
ギャアアアアアアアアアアアアアアアア…!
「逃げろー!」
「走れー!」
「荷は捨てろ!命あっての物種だ!」
「おい!どけ!」
「いやあぁぁぁぁぁぁ!」
城壁都市に入る為に並んでいた人々は大パニックになった。それ故に一気に城門に駆け寄って我先にと城門を通行しようと駆け寄って来た。
だが奥にはドラゴニュートの軍勢。このままでは攻め込まれてしまう。
だから大パニックなっている人々の逃げ道を塞ぐ様に
ガラガラ…!
ガシャン!
城壁都市の城門の落とし格子が一気に降りた。
しかも、城門の中に入り込んできた人々を下敷きになってもお構いなしに降ろしたのだ。お陰で落とし格子の餌食になった無残な人だったものが、赤い何かと言う形でその場に残った。
「なっ!?」
「嘘だろ!?」
「おい、テメェ!どういう事だ!?」
「わ、分からない!俺達もどうしてここに居るのかも・・・」
突然、落とし格子が下りた事に訳が分からず一瞬静まり返る。だが、疑問と不満が一気に噴出してすぐにパニックに近い状況になった。
即座の現場判断だったからか、通行を審査する兵士達もその場に取り残されたのだ。しかも取り残された兵士ですらもどうしてこうなったのかすらも分からず、プチパニックになっていた。
「入れてくれぇ!!」
「お願い!せめて子供だけでも・・・!」
格子に押し寄せてくる人々は慈悲の懇願の声を上げていた。だが虚しくそれが届く事は無かった。
城壁都市内では兵士達が荒々しい足音共に戦闘準備に追われていた。
「急げー!」
弓矢をすぐに手に取れるように矢筒を配置する兵士。
「バリスタとトレシュビットをいつでも使える様にしろ!」
恐らく、ドラゴニュートでもダメージを与えられるとされる兵器をいつでも放てる事が出来る様に巨大な矢と石球を大量に傍に置く兵士達。
「油を焚け!水も沸騰させろ!」
女給達と協力して城門から流れ落とす為に熱した油と水を大きな瓶に入れて運び込む兵士達。
「使える物は兎に角使え!」
何でもいいから兎に角何とか解決できるならば何でもいいから武器となれそうな物を用意するように指示する将官クラスの兵士。
そんな兵士の耳に入ってきてほしくない事実が入って来た。
「来たぞー!」
遂にやって来た。最早死兵覚悟で挑まなければ自分達に明日はない。
そう覚悟して剣を抜いた。
「我が領・・・取り囲まれておりまする!」
その報告を聞いたお館様は静かに目を閉じた。瞼の裏に映るのはこの国の領民、亡くなった奥方、無垢で幼い頃の息子だった。それが今やこのような事態・・・。
「・・・是非もないというのはこの事だな」
目を閉じたまま、静かにそう言って覚悟を決めたお館様は静かでありながら火山の噴火前の様な怒りを持ちつつ、愚かになってしまった息子の方を向いた。
「これ程にまで「愚息」と言う言葉が似合うとは思わなかったぞ、我が息子よ・・・!」
一人息子だった。
それ故に大事に育ててきたのだが、どこで間違えてしまったのか・・・。
悲しさと悔しさが込み上げて現状をより一層悲惨さを漂わせて静かな怒りが見える言葉。
その言葉を聞き取り、父親の様子に息子は自分のしでかした事が本当はどれだけの事なのかについて改めて思い返す息子。
「ち、父上!私は・・・私は・・・!」
未だに言い訳しようとする息子に父親であるお館様は
「黙れ!」
「っ」
突き放す様に言い放った一喝の言葉にはどことなく悲しみを感じさせる。
息子は思わず口を噤み黙って父親の言葉に耳を傾けた。
「貴様にはこれより重責を持ってして外に居るドラゴニュートの軍勢に単身で挑め」
胸の奥底から絞り出すかのように吐き出した言葉には悲しい覚悟を感じさせる。
「ち、父上・・・何を・・・?」
ドラゴニュートの子供を殺したのは息子。もしかすれば息子1人を犠牲にこの町が助かるかもしれない。そう考えたお館様は意を決してそう言った。
一人息子だ。家族はこの息子1人だ。はっきり言えばこんな命令を下したくない。だがこの先の城壁都市の事を考えればこうした非常な判断を下さねばならない。
だから覚悟を決めて下したのだ。
「こうした事態を招いたのは貴様だろう!?」
「私に言葉の通じない獣共に戦えとおっしゃるのでございますか!?」
「ここまで愚かだったとはな・・・」
「は!?」
一喝に反論。その反論を耳にして呆れが生まれてくる。
「ドラゴニュートはこちらの言葉を理解している。それ故に貴様の謝罪を受け入れてくれるかもしれんと言っているのだ!」
「何を馬鹿な・・・」
小馬鹿にした様な物言いに呆れ果てたお館様は最早言葉が出なくなってしまった。
「っ~~~!もうよい!最早息子とも思わんわ!放り出せ!」
悲しい覚悟を決めたとは言え、最後の最後に自分のしでかした過ちに気が付いて欲しかった父親の思いは虚しい結果になった。
どうする事も出来ない事にそう命令を下した。
「父上!?」
叫ぶ息子に
ガッ!
近くにいた2人の兵士達が息子を掴んで連行していった。
「離せ!何をする!」
ジタバタと藻掻く息子に万力の様に掴んでいた兵士の手を振り解く事が出来なかった。これはもう何もできない事を悟った息子は父親に慈悲を懇願した。
「お待ちください!父上ー!!」
だがそれは虚しい叫びだった。
そのまま連行されて強制的に部屋を後にした。
「ほ、本当によろしかったのでございますか?」
その様子に側近は恐る恐るそう尋ねる。
「是非もない事だ・・・」
一言だけそう答える父だったお館様の背中は小さかった。
「・・・・・」
その事に唯々只管見ている事しかできない側近は無言になっていた。
そんな空気が数秒続き、やっと口を開いたお館様の言葉は
「それよりも、領民をどう避難させるかを考えろ」
と決心した毅然としたものだった。
「は、はい・・・」
その事に側近はそう返事をして事態の収拾に乗り出した。